石井 りな
精神科専門医、産業医/フェミナス産業医・労働衛生コンサルタント事務所、(株)プロヘルス代表

 睡眠にまつわる悩みは、産業医へ健康相談にくる理由のトップ3に入ります。どの職場にも、睡眠に悩むビジネスパーソンはいるはず。働く私たちにとって睡眠を快適にとれないことは、翌日の勤怠だけでなく、その日の集中力・作業遂行力・コミュニケーション力に影響し、仕事の質をも左右します。今回は、ある社員の睡眠障害について職場が一丸となって取り組んだ、ちょっと心温まるケースをご紹介します。

 食品会社A社に勤めるC子さんは、10代の頃から睡眠覚醒リズムが乱れがちで、大学生になってからはコンビニやファミレスのアルバイトに励んだ影響もあり、昼夜逆転の生活を送っていました。新卒で入った1社目のB社では、夜に眠れず結局寝入るのは朝方なため、朝起きられずに遅刻が多発。大事な会議も寝過ごしてしまうこともあったようです。周囲からは「ルーズな人」と思われ、困った存在として扱われるようになりました。周囲の勧めで、心療内科の睡眠外来に通うものの、睡眠薬を手放せなくなり、寝過ごすことが余計に増えてしまいました。結局2年足らずでB社を退社することに。確かに、職場から見ると仕事が任せられず、困ってしまいますね。

 次に入社したのが現在のA社ですが、前職と同様にとにかく遅刻や無断欠勤が多く、再三指導しても改善がないため、人事は困惑を通り越して怒りすら感じていたようです。

 そんな矢先、
 「私が毎朝起こそうか?」
という女性社長の提案が、みんなの気持ちや状況を変え始めました。「どうしようね、困ったちゃん」から「よし、みんなで協力してなんとかしてやろう!」という流れに変わっていき、本人も含めて職場で話し合い「遅刻削減プロジェクト」が始まりました。

 実はC子さんは、社会人になって上京したこともあり一人暮らしでした。そばで起こしてくれる人は誰もいません。特に睡眠障害は、本人がこのままではいけない、治したいと思っても、自己の努力だけでは難しいことも多いのです。「いい大人なんだから1人で起きるのが当然」と言いたくなるところですが、この状況で正論を言っても改善しないので、今回は置いておきましょう。

 「遅刻削減プロジェクト」の具体的な取り組みはというと……。はじめは社長が携帯電話を鳴らして起こしていましたが、あまり効果がなかったので、「この際とことんやろう!」と近くに住む同僚や通勤途中の同僚が当番制で、C子さんの自宅へ朝迎えにいくことにしました(もちろん、本人の承諾をとったうえで)。時には社長自ら起こしにいくこともあったようです。

 半ば強制的にですが、周囲の力を借りて、C子さんは決まった時間に起きて家を出るようになりました。体が慣れるまでしんどい時もあったようですが、同僚や上司みんなが力を貸してくれているとの思いから、C子さんも脱落せず継続し、徐々に夜眠れるようになっていきました。それから1年経過した現在では、心療内科での通院治療はなく、睡眠薬を一切使わずに、夜寝て・朝起きるという本来当然の生活が、1人でできるようになりました。時折、遅刻はあるようですが、以前とは比べものにならない程度で、職場としては許容範囲とのことです。

 社長が社員を家族のように大事にしていること、ベンチャー気質で、社員同士の風通しも良く、「難しい課題は皆で知恵を出し合って取り組む」という姿勢の会社であったことが功を奏しました。規則一辺倒で、「職場のルールに沿うように指導していく」だけでは、前職B社の時と同じ結果になっていて、C子さんの社会適応の回復は望めなかったでしょう。