石井 りな
精神科専門医、産業医/フェミナス産業医・労働衛生コンサルタント事務所、(株)プロヘルス代表

 内閣の「ニッポン一億総活躍プラン」などでも話題になっている、治療と職業生活の両立ですが、今日は、がん治療と職業生活の両立について考えてみましょう。

 ひと昔、ふた昔前までは、「がん」といえば、「不治の病」であり、「余命◯カ月」というような、短期的に命に直結する病気だと思われていました。しかし、近年の手術の技術進歩、抗がん剤治療の進化、放射線治療も含めた治療モダリティの多様化と適切な組み合わせの開発によって、がんの生存率は明らかな向上を見せ、「長く付き合う病気」になりました。そして、治療も入院治療から、通院治療へと、シフトしてきています。そのため、仕事をしながら治療を続けることが可能な状況も生まれてきています。

 私たちの産業医事務所でお付き合いしている企業でも、がん治療を経て復帰している社員の方々が何人もいらっしゃいます。実際に統計の数字を見てみると、現在、働く世代のがん患者が増加傾向にあり、がん患者の3人に1人は働く世代になってきています。特に女性の方では、乳がんや子宮がんなど、比較的若年でも見られるがんの罹患率が働く世代で高くなっています。今後、皆さんの職場でも直面する可能性が十分にあります。

 企業として「がん」になった社員にどう対応すべきかが問われる時代になってきているのです。皆さんの職場ではいかがでしょうか? 対応に悩まれることはないでしょうか? 私の専門性からメンタルにばかり相談が集まりがちなのですが、就労を継続していくという意味において、こちらも同じくらい大切な問題だと考えています。

 しかし、残念ながら仕事上の理由で適切な治療を受けることができないケースや、治療と職業生活の両立に悩む職場がみられます。がんという疾病やその治療を労働者自身が十分に理解できていない、あるいは職場側の理解や支援が不十分なため、離職に至ってしまう場合があります。

 実際に支援を検討する際に職場側で最も多い悩みは「病気や治療に関する見通しが分からない」「復職可否の判断が難しい」といったもののようです。もちろん、がんの種類やステージによって、見通しは異なりますが、国内の研究では、がんで休んでからフルタイムで復職するまでは約6カ月といわれています。さらに、時短勤務制度が導入されれば、復職率は8割以上にものぼり、病欠日数も2〜3カ月程度まで短縮されそうなことが分かってきました。

 こういった現状を踏まえ、厚生労働省は2016年の2月に「治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を策定しました。職場において、治療が必要な病気を抱える労働者が業務によって病気を悪化させることがないよう、治療と職業生活の両立に必要な就業上の措置や配慮を適切に行えるよう、支援の進め方をまとめたものです。

 まず、企業としては、がん治療との両立支援に関する研修や意識啓発を行い、相談窓口を設置するべきでしょう。先ほど紹介したデータからも分かるように、傷病休暇制度の充実(6カ月程度)や、時短勤務制度やフレックスタイムの導入などをぜひ検討してください。

 個別ケースの両立支援の進め方は、基本的にはメンタル不調の復職支援の仕方と流れはほぼ同じです。まずは、労働者から職場へ支援を申し出る。労働者から職場へ主治医の意見書を提出してもらいます。次に、産業医などの意見を聴いてください。その後、職場は主治医、産業医などの意見を参考に、労働者の希望も聴きながら、就労上の措置や支援を決定してください。この時に「両立支援プラン」を作成し、双方で確認をしながら進めるとよいでしょう。

 治療と職業生活の両立支援は、そう簡単なことではありませんが、大切な人材資源を失うことを防ぎ、社員のモチベーション向上や企業価値の向上に必ずつながります。そして、今後労働人口が減少するなかで大変意義のあることであり、若い人もシニアも、女性も男性も、健康な方も病気のある方も、互いに理解し受け入れ、支え合いながら活躍できる社会に近づくのではないでしょうか。

石井 りな(いしい・りな) 精神科専門医、産業医 / フェミナス産業医事務所、株式会社プロヘルス 代表
石井 りな

 千葉大学医学部卒。総合病院にて研修後、精神科病院や精神科クリニックに勤務。並行してうつ病リワーク施設や企業向けメンタルヘルス支援機関を経験。精神分析・力動的精神療法、認知行動療法などの精神療法も学ぶ。診療や企業での経験を通じて、従業員の健康対策は企業の生産性を高めるうえで必要不可欠だと確信。「健やかに活き活きと仕事に挑戦し続けられる社会」を目指し、精神科産業医の立場から企業を支援したいと思い、女性医師を中心にフェミナス産業医事務所を設立。現在、多くの企業で産業医として活動する傍ら、大学で費用対効果の高いメンタルヘルス対策についての研究も行っている。
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フェミナス産業医事務所

※筆者の会社名および役職は執筆当時のものです。