Winning Alone(ウィニング・アローン) 自己理解のパフォーマンス論
Winning Alone(ウィニング・アローン) 自己理解のパフォーマンス論
為末 大 著 / プレジデント社 / 1,650円(税込) / 260ページ

 私のクライアントである欧米企業には「ビジネスアスリート・トレーニング」という研修プログラムがある。各国の幹部クラスの社員を対象に、食事や体力、そしてメンタルといったパフォーマンスを出すための内面づくりに焦点を当てたプログラムである。ビジネスにおける外的なパフォーマンスを出すための戦略や戦術には一切触れず、徹底的にパフォーマンスを出す「人」の内面に焦点を当てる。働く期間の長期化、マネジメントする対象や顧客期待値の多様化、VUCA(変動・不確実・複雑・曖昧)と称される予測不能で不確実な世界でのパフォーマンス発揮には、リーダー自身が自らの自己理解と自己マネジメントを見直し、鍛えることが必須だというのが、このプログラムを実施している理由だ。

 著者の為末氏は、選手時代にコーチをつけないスタイルを貫いて、スプリントの世界大会で日本人として初めてメダルを獲得し、オリンピックに3大会連続で出場している。コーチを置かず、独学で自分の身体で実験を積み重ね、試行錯誤しながら競技を継続する体験は、ストイックに自分自身と向き合う体験ともいえる。本著で紹介されていることの一つに「科学には限界がある」という一文がある。多くの選手で検証された傾向値を見いだし、法則を提示するのが科学であるとすれば、統計を超えたパフォーマンスを目指すトップアスリートは科学の限界を超えた領域にいることになる。だからこそ「効くかどうか分からないけどやる」「誰もやっていないけどやる」を積み重ね、自分自身のモノサシを意識した実験結果が、この書籍には詰まっている。この書籍は、トップアスリートが世界の頂点を目指す過程において、著者自身が「心」「身体」そして「自分自身」について振り返り、パフォーマンス発揮のために積み重ねた観察を丁寧に言語化したものだ。

 孤独な環境、強いプレッシャーの下、簡単に相談する人が身近にいない状況は、どこか私たちが現在、身を置くコロナ禍でのビジネス環境に似ている。先行き不透明ななか、強制的にリモートでの孤独な仕事環境下になり、より成果を期待されるビジネスパーソンは「何」が自分自身のパフォーマンスとなるか、そして「どうすれば」それがパフォーマンスとして発揮されるのかを、実験を繰り返しながら見極めていく必要がある。その際、見落としてはならないのがパフォーマンスをつくる「心」と「身体」、そして「自己」に向けた視点だ。これがパフォーマンスを継続的につくる源泉となる。どうしても抽象的になりがちなこれらの視点を、本著では彼の定義による成功も失敗も含め、実用的かつ再現可能なまでに紹介している。トップアスリートでなくとも「自分の仕事にあてはめるとどう捉えられるか」と自分自身と対話しながら読み進めることができる。自分軸でパフォーマンスを出すことを意識される方なら、すべてのビジネスパーソンにお薦めしたい一冊である。

 2014年8月から今回まで81冊の書籍紹介を担当させていただきましたこのコーナーも、今回が最終回です。掲載ごとにいただくコメントや感想、このコーナーで紹介された本を題材に毎月勉強会を開いている企業人事部の方からのメッセージは、私にとって次の書評に向かう励ましとなりました。また、著者の皆様と書籍の枠を超えた交流やお仕事をご一緒する機会も多々あり、本を通して人を感じとれる機会は大きな学びでした。これからも、人事・人材育成担当者の皆様が、一冊の本から自分自身と向き合い、心豊かに働く機会を創られることを願っております。長きにわたる素晴らしい機会を頂戴しましたことを、この場をお借りして御礼申し上げます。私自身も人事・人材育成に携わる旅はまだ続きます。また、お会いしましょう。

参考書籍

負けを生かす技術
為末 大 著 / 朝日新聞出版 / 1,650円(税込) / 256ページ

池照 佳代(いけてる・かよ) 株式会社アイズプラス 代表取締役
池照 佳代

 約14年間、マスターフーズリミテッド、フォードジャパン、アディダスジャパン、ファイザー等で一貫して人事を担当。2006年法政大学経営大学院在学中に同社を設立。人材・組織開発コンサルタントとして、企業向けに人材採用・教育、人事制度設計支援・コンサルティング、ダイバーシティ・女性活躍推進施策企画、エグゼクティブコーチング、EQ(感情知性)開発支援を提供している。加えて、NPO法人キーパーソン21(キャリア教育の全国普及)理事、NPO法人IC(インディペンデントコントラクター)協会理事として活動。キャリア、働き方、起業支援や講演も多数。CDA(キャリアデベロプメントアドバイザー)、EQGA公認トレーナー。SEI EQプラクティショナー・アセッサー(国際認定資格)。The Bob Pike Groupプロフェッショナルトレーナー。
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※筆者の会社名および役職は執筆当時のものです。