他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論
他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論
宇田川 元一 著 / NewsPicksパブリッシング / 1,980円(税込) / 200ページ

 「このような拒絶を心理的○○と呼ぶんですよね」

 ある企業で管理職向けのコーチング研修を担当している。この企業では数年前からコーチングやマネジメント研修を毎年のように実施し、管理職育成にかなり力を入れている。プロの講師による最先端のプログラムを受講しているだけあり、参加者の中には人事コンサルタントでも知らないような理論を披露する人もいる。先の発言は、研修の最初の休み時間で真っ先に話しかけてくださった方のものだ。最近、話題になっている理論や事例の話が弾んだ後、「いや、分かっているんですけど。どうもセオリー通りに部下はやる気を出してはくれないんですよ」

 知識として正しいことと、実践との間には大きな隔たりがある。どんなにコーチングやマネジメントの研修を受けても、書籍を読んでも、そして大学院に行ったとしても、人が介在する組織という現場にはどうにもならないことがある、もどかしさがある。

 組織の中にいて経験する「他者との分かりあえない関係」を、対話を通してどのように乗り越えていくかが本書のテーマである。

 同じ組織で同じ価値観を共有し、同じ目標を目指しているはずなのに話がかみ合わない、それどころか相手は全く自分を分かろうとしていない――。そもそも「組織」とは人と人との関係性のことだと著者は説く。組織の問題の多くは人と人との関係性の中で生じるものであり、これは介在する一人ひとりが相互に有するナラティブ(固有の見え方や解釈)が異なることから生じている。

 一人ひとりの経験や意思、立場が異なることで生じるナラティブのズレが人と人との間の溝となり、まず、この溝の存在を自分自身が理解することから相手との関係構築が始まる。本著のメッセージは、組織における人と人の関係構築は「分かりあえない」という前提からスタートし、「分かりあえないを乗り越える」ことが必要だと説いている。

 いくら心理学や組織行動論を学んでも、それだけでは実際の組織の関係性は好転しない。そんなことは皆分かっている。それならばと、私のプログラムでは現場で起こっている課題や事象を皆で出し合うことにした。誰かの課題に対して、皆でそれぞれがこれまでの経験や知恵を出し合い、確実に取り組めそうな施策や現場にいる人の感情について話し合う。だからと言って、すべてがすぐに解決する訳ではない。それでも、多くの人が経験や知恵を出し合うことにより、少しずつ自身のナラティブと他人のナラティブの違いに気づきを得る。そしてそこから、「どうしたらこの組織がよりよくなるか」を話すようになる。これこそが、組織開発につながる第一歩だという確信がある。

 本著の帯にある「組織を動かす現実的で効果的な方法」は既存の知識や方法を知るだけで解決できるものではなく、関係性という厄介なものがカギを握っている。このことを理解し、この厄介さに向きあうことがこれからの組織開発の一助となる。我々人事・人材育成担当者に必要な視点の一つだ。 

参考書籍

わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か
平田 オリザ 著 / 講談社 / 814円(税込) / 232ページ

池照 佳代(いけてる・かよ) 株式会社アイズプラス 代表取締役
池照 佳代

 約14年間、マスターフーズリミテッド、フォードジャパン、アディダスジャパン、ファイザー等で一貫して人事を担当。2006年法政大学経営大学院在学中に同社を設立。人材・組織開発コンサルタントとして、企業向けに人材採用・教育、人事制度設計支援・コンサルティング、ダイバーシティ・女性活躍推進施策企画、エグゼクティブコーチング、EQ(感情知性)開発支援を提供している。加えて、NPO法人キーパーソン21(キャリア教育の全国普及)理事、NPO法人IC(インディペンデントコントラクター)協会理事として活動。キャリア、働き方、起業支援や講演も多数。CDA(キャリアデベロプメントアドバイザー)、EQGA公認トレーナー。SEI EQプラクティショナー・アセッサー(国際認定資格)。The Bob Pike Groupプロフェッショナルトレーナー。
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※筆者の会社名および役職は執筆当時のものです。