30秒で150~200本を検査する技の自動化へ

 しかし針の不良は曲がりだけではない。長さや太さなどの狂いのほか、傷や先端の折れ、穴バリなどさまざまな不良があり、その種類は全部で33に及ぶ。曲がり以外の不良は矯正機で検出できないため、同社は人の目による全数検査を行っている。20数人の検査担当者が作業台の上に針を並べ、転がしたり光を当てたりしながら不良品を見つけていく。一度に150~200本の針を30秒ほどの間で次々とチェックしていく作業は、まさに職人技だ。

150~200本並べた針から不良品を見つけて拾い出す作業はまさに職人技
(撮影:栗原克己)

 ただ「10年ぐらいの経験が必要」(江藤氏)という職人技を伝承していくのは、決して容易ではない。そこで同社は2002年から外観検査の自動化にも取り組んでいる。針を回転させながら後ろから光を当て、その影の形状で検査する装置を開発した。

 しかしそれも万能ではなかったという。針の穴の位置や先端の折れなどの不良は検出できるようになったものの、針表面の傷や汚れなどは見つけることができない。また「しきい値で合否を判定するだけなので、本来は微妙な判定が必要なグレーゾーンのものも自動的に振り分けられてしまう」(江藤氏)という弱点も明らかになった。検査の速度も1分あたり60~70本程度が精一杯で、人の作業には遠く及ばない。「多少の負担軽減にはなるかもしれないが、人が見なくて済むというレベルには至らなかった」(菰田氏)ため、結局人の作業に頼らざるを得なかったという。

針の外観検査の自動化を目指して装置を開発したが万能ではなかった
(撮影:栗原克己)

 カメラ画像による外観検査の仕組みを生かしながら、人の作業を代替しうる検査は可能か。それを考えていた同社が目を付けたのが「AI」だった。

不良サンプル写真をディープラーニングに

 不良のサンプルを判定用画像として用意し、検査装置にすべて記憶させることができれば、その画像と一致するものを見つけてはじき出すことは、論理的には可能だ。しかし1種類の不良にも相当な量の画像が必要なことが予想されるうえに、4000もの品番があるミシン針すべてについて用意することは事実上無理と言わざるを得ない。そこでAIを使い、少ないサンプル画像でも判定ができないか、取り組むことにしたのである。

九州オルガン針取締役管理本部長 江藤怜氏
(撮影:栗原克己)

 具体的には、不良ごとにサンプル写真を用意し、ディープラーニングにかけてパターン化。それをもとに従来の外観検査装置で不良の判定が可能かどうかを試した。試す前は不良の種類ごとに100点以上のサンプルが必要と考えていたが、結果は「10点ほどのサンプルでも判定できることが分かった」(江藤氏)という。不良の中には傷のように多くのサンプルが必要なものもあったが、それでもAIを使わない場合に比べてサンプルを用意する負担は大きく軽減。カメラも今では一般的な500万画素クラスの解像度で十分だったという。

 AIの効果を確認した同社は、今後AIで作った判定システムを外観検査装置に導入し、実際の検査業務に生かしていくことを目指している。製品の規格変更などもあることから、一気に全部を自動化することは難しいとしているものの、それでも職人技に多くを依存する検査業務の負担軽減が進むのは間違いない。

「自分たちで作った機械だから全部分かる」

 同社は熊本県の中でも都市部から離れた郊外を拠点とする。従業員140人ほどでそれほど大きな規模でもなく、作っているのもミシン針という古くからある製品。一見、IoTやAIといった新しいデジタル技術に縁遠そうに思える同社が、ほとんど自力でIoTやAIの活用に成功したのには、いくつか理由がある。

生産本部生産技術部生産技術課係長代理 菰田賢人氏
(撮影:栗原克己)

 一つは、「社長自身がIoTやAIの活用に積極的」だったことだ。もともと同社がIoTやAIの活用を検討し始めたのは、社長の高沢昌則氏が情報収集のために出席したセミナーが最初のキッカケだったという。そのため、江藤氏ら生産現場の管理者が課題の解決にIoTやAIの活用を検討した際も、すぐに話が通り、必要な予算措置もはかることができたようだ。モデルケースがまだ少ないため、正確な費用対効果を事前に予測することが難しいIoTやAIには、トップの決裁が下りにくいと言われるが、同社の場合はそうした困難とは無縁だったのだ。

 二つめの理由は、「生産技術部門が積み重ねたノウハウ」だ。同社の生産技術部は8人のスタッフから成る。従業員約140人規模の会社にしては大きな存在の生産技術部が、グループ会社の生産技術部門とともに、同社の生産設備の約8割を自ら作っている。国内のミシン針メーカーが数少なくなったこともあって、専門の機械メーカーがないためだ。しかしそれが、自社設備への精通という形で逆に功を奏している。

 生産設備をベンダーに丸投げだった場合、現場で課題が見つかっても機械の中身が分からないため、自社で改善を施すことができない。IoTやAIの活用はトライアルアンドエラーになることが多く、効果が確信できない段階でベンダーに依頼して費用が発生するのも困りものだ。しかし設備の多くが自社製という同社の場合、「自分たちで作った機械だから、すぐにいろんなことを試すことができた」(菰田氏)のである。

ベンダーも手探り状態だから

 三つめの理由は「外部ブレーンの存在」だ。高度なノウハウを持つ生産技術部門でも、新しいIoTやAIに単独でチャレンジするのは難しい。やはり外部の力を借りる必要が出てくる。

 同社の場合、その力となったのが「熊本AIコミュニティ」だ。地場のSIベンダーなどで構成される団体で、AIを使った課題解決方法の研究や事例共有などに共同で取り組んでいる。同社社長の高沢氏がIoTやAIの情報収集のために参加したセミナーも、この熊本AIコミュニティが主催したものだった。ディープラーニングが使えるのではないかと仮説を立て、実際にサンプル提供を受けて検査のアルゴリズムを開発し、効果を確認する作業の裏には、常に熊本AIコミュニティの存在があった。

九州オルガン針の江藤氏、菰田氏と、同社を支援した熊本AIコミュニティのメンバー
九州オルガン針の江藤氏、菰田氏と、同社を支援した熊本AIコミュニティのメンバー。左から熊本市経済観光局産業部産業振興課の青山光一氏、ナレッジコミュニケーション代表取締役の奥沢明氏、九州オルガン針の菰田氏、江藤氏、ワイズ・リーディング上席研究員の古田貴彦氏、ワイズ・リーディング専務取締役の永木賢士氏。 (撮影:栗原克己)

 熊本AIコミュニティのメンバーで同社を支援した企業の一つ、ナレッジコミュニケーションの奥沢明代表取締役は、「実はここまでは自分たちの持ち出し」と苦笑いする。AI活用の方向性を見いだすまでの段階で、九州オルガン針側は特別な出費を必要としなかったのである。

 IoTやAIには、ユーザーだけでなくベンダーもまだ手探り状態。そのためベンダーが先行投資的に“手弁当”でユーザーの課題に協力するケースは少なくない。熊本AIコミュニティはそれを組織的に行っており、九州オルガン針はそれに乗った形だ。ベンダーが十分なノウハウや事例を積み重ねた後では、もはやこのような低コストでの支援は受けられなくなるだろう。

 国が音頭を取って「地方版IoT推進ラボ」の全国展開を図るなど、ベンダーだけでなく自治体もIoTやAIの支援体制を充実させており、熊本AIコミュニティのような組織は珍しいものではない。自社設備の知識さえ十分あればIoTやAIの活用は実は容易ということを、九州オルガン針の事例は物語っている。