新薬が見つかる確率は3万分の1

――製薬会社は、創薬以外の工程をかなり積極的に外部委託しているのですね。創薬というのは、自社の既存事業を外部に出さなければ対応できないほど難易度が高まっているのでしょうか。

松川氏 創薬の段階で新しい物質を発見するペースは、落ちていません。また、治験の届け出件数も減っていません。しかし、承認されて製品化できる医薬品が生まれる確率が急激に下がっているのです。

村上氏 かつては、新しく生み出した物質のうち新薬となるものの割合は数千分の1とされていましたが、今では3万分の1と言われています。医薬品開発の難易度が高まったことで、製薬会社のビジネススタイル自体も大きく変わりました。例えば、かつては生活習慣病向けの医薬品のような100円の薬を1億錠作るビジネスが主流でしたが、今では稀少疾患向けの医薬品のような100万円の薬を1万個作るビジネスを狙うようになったのです。

――製薬会社は、製剤研究や製造をしなくて支障はないのでしょうか。

(撮影:栗原克己)

村上氏 もちろん、創薬研究から製剤製造まで、すべて自社でやった方が商品の付加価値が高まるので、やりたいところだとは思います。しかし、創薬研究と製剤製造では、あまりにも業態の特徴が異なるため、医薬品開発が難しくなった昨今、双方を同じ企業が行うのは非効率になってきたのです。創薬でも、原薬を作るラインは必要です。しかし、そこでは1種類の原薬だけを作る専用ラインが求められます。これに対し、製剤を量産製造するラインは、汎用ラインです。錠剤の量産製造ラインでは、多様な錠剤を同じ機械で作っています。従って、製剤の研究対象となる製造プロセスと製造ラインは、製薬会社が最も力を入れたい創薬の部分とは、開発指針も設計思想もまったく異なるのです。このため、創薬と製剤、製造を全て自社で行っても相乗効果が小さく、負担が増すばかりになります。

日本の医薬品市場の約1割が外部製造品

――なるほど。創薬から製剤研究までが研究開発なので、その後で役割分担した方がよいのかと思ったら大間違いなのですね。創薬と製剤研究の間で分担した方がよほど合理的です。現在、日本で出回っている医薬品のうち、製造を委託している割合はどのくらいなのですか。

松川氏 製造受託の総市場規模は約3500億円と言われています。医療用医薬品の国内製造額は約5兆8000億円ですから、金額ベースでの割合は約6%といったところです。ただし、いずれの数字にも原薬の製造が含まれていますから、製剤以降の割合だけに絞れば、委託分の割合はもう少し高く、8~10%ではないでしょうか。

――シミックでの現在のCDMOの事業規模はどのくらいなのですか。

松川氏 売り上げは安定的に伸び、2018年度は153億円でした。国内2カ所、米国と韓国に1カ所ずつに工場を保有し、1工場当たり15~20種類の製品を製造しています。私たちは、錠剤やカプセル剤など固形製剤、クリーム剤や軟膏など半固形製剤、さらに注射剤のいずれも製造できます。年間生産能力は、錠剤が40億錠、カプセルが7億カプセル、顆粒が330トン、注射剤が600万本、チューブが5500万本、ボトルが2000万本、ジャー/ポットが500万本、座薬が800万本です。2019年6月には、国内にもう1カ所工場が増え、生産能力はさらに高まります。

特許切れ品だけでなく新薬の製剤も外部委託

――製造委託の対象になる医薬品はどのようなものが多いのですか。

松川氏 長期収載品と呼ばれる、特許が切れて、安全性や有効性が確認されたものが中心です。こうした医薬品は、製薬会社にとっては売れ筋商品ではあります。しかし、自社の製造設備は新薬に回したいでしょうし、ジェネリックとの競争にさらされ薬価も下がるので、利益を最大化しようとすれば自社で製造するメリットはありません。また、長年製造してきた製品は技術移管もしやすいので、生産委託に向いています。

――かなり合理的な判断をしているのですね。

(撮影:栗原克己)

松川氏 さらに、現在では一歩進んで、開発戦略上の理由から、CDMOの活用を前提に置いて医薬品開発のポートフォーリオを管理する製薬会社が出てきています。たとえば、創薬して特許を押さえた開発品の候補が10個あった場合、自社の開発キャパシティーを使って5個を自社で製剤研究まで行い、その他をCDMOやCROに委託するという方法です。物質の特許の有効期間は20年と限られています。開発キャパシティーが足りないからと言って、寝かせておくわけにはいきません。CDMOを活用して同時並行的に開発を進めておけば、自社開発する5個のうちのいくつかが何らかの理由で開発が止まっても、製品化が遅れずに済みます。

――製薬会社が行う医薬品ビジネスは、かなり投機的色彩が出てきているのですね。

村上氏 その通りです。投資会社が資金周りを考慮して、外部企業の機能を上手く活用しながら、投機的ビジネスができる時代になってきています。実際、米国では投資銀行が資金を出して、いきなり新しい製薬会社が出来上がったりしています。その際、最も必要になるのは、求められる薬をかぎ分ける目利きの力ですね。

松川氏 開発競争も、かつては国内の競合だけに目配りして創薬を進めればよかったのですが、今では欧米企業はもとより、アジアの企業とも競うようになり、創薬には戦略的に考えた研究開発のポートフォリオが求められるようになってきました。

患者目線からの医薬品開発

――CDMOでは、ビジネスを拡大していくうえでのポイントはどこにあり、どのような点が他社に対する差異化要因になるのでしょうか。

松川氏 まず、医療現場のニーズを、どれだけ的確に製剤化に反映できるかが重要になると考えています。例えば、錠剤を毎日5個も6個も飲んでいる高齢者は多いと思います。高齢化社会が進めば、2個か3個で同じ効果が得られるようにできないか、といったニーズが出てきます。しかし、単純に錠剤を大きくしたのでは飲みづらくなってしまいます。ならば、錠剤ではなく、パッチにした方がよいのではないかといった改良法も出てきます。

 当社の話をさせていただくと、私たちは臨床試験を受託するCROと、ナースや臨床検査技師や薬剤師などが行う病院レベルでの臨床試験を支援するSMO(治験施設支援)の機能を持っていますから、患者さんや市場のニーズを把握しやすい位置にいると思います。CRO、CDMO、CSOなどを統合した私たち独自のサービスを「PVC(Pharmaceutical Value Creator)」と呼んでいるのですが、同様の事業形態を持つ競合はいません。PVCでは、医薬品バリューチェーン上の広範な工程の情報を掌握し、各機能を連携させながら最適な施策を取ることができます。委託する製薬会社から見れば、ワンストップ・サービス、ワンストップ・ソリューションを提供できる委託先ということになります。

患部に届けるまでが医薬品のデリバリー

――医薬品のバリューチェーンのほとんどを押さえている感じですね。

松川氏 確かに、製品を作る工程については完成に近づいたのですが、製品を病院や患者の元に届けるまでの物流の部分は、まだまだ未着手の状態です。医薬品では、安全かつ安定的に届ける、品質を維持できる温度なりの条件を整えて保管するといった高度な物流の仕組みが必要です。例えば、バイオの医薬品では、極めて厳密な温度管理が求められます。ここの部分での要求に応える確かな物流プラットフォームが確立できれば、コスト削減や安定供給といったメリットを生み出すことができると考えています。

(画像提供:シミックCMO)

――日本の医薬品産業では、“富山の置き薬”という極めて先進的なビジネスモデルが生まれました。確かに、薬の物流の部分では、様々な高付加価値ビジネスが生まれる余地がありそうです。

松川氏 最近では、ITの進化によって、医薬品のトレーサビリティーを確実に確保することができるようになりました。既に米国では、それが当たり前の状態になっており、今後はグローバルスタンダードになっていくと考えています。また、患者中心の物流も必要になることでしょう。例えば、人工透析では、一日当たり10リットルもの透析液を使いますから、1カ月分の処方が出れば、300リットルになります。これを在宅医療で行おうとしても、患者の家に一度に運ぶことはできません。医薬品が、処方通り的確なタイミングで、患者の手元に安全、確実、効率的に届く物流の体制が必要です。

村上氏 また、飲み忘れをなくしたり、飲みにくさを解消したりして、患者が医師の処方通り確実に服用してもらえるようにする工夫もまだまだできると考えています。医薬品のデリバリーは、病院や家に送り届けて終わりではありません。患部に届けるまでが本当のデリバリーです。世界では、そこまで追跡調査できる仕組みが既に開発され、実用化されています。たとえば、センサーを組み込んだ錠剤を作り、胃の中で溶けたら電波を発し、体に貼ったモニターで服用したことを検知し、病院に通知するスマートな製品が承認されました。。

――なるほど、これからは医薬品を作る技術とITや電子技術の融合が加速していくわけですね。意外性のある組み合わせですが、付加価値の高い商品やビジネスが生まれそうです。

松川氏 間違いなく生まれると思います。

バイオ製剤の受託開発製造には新たな発想が欠かせない

――お話をお聞きすると、CDMOや、それをさらに発展させたPVCは、単なる投資額勝負ではなく、付加価値を付けるための切り口が多様な知恵の勝負となるビジネスですね。

松川氏 あらゆる可能性の組み合わせを考え、価値を高めるための工夫が求められるビジネスです。現在のCDMOの対象になっている医薬品は、固形剤、半固形剤、注射剤の3つだけです。これから、バイオ製剤が入ってくると、さらに複雑なビジネスになると思います。現時点で医薬品の使用量のうち約30%がバイオ製剤です。これから、この割合は増えると言われています。

村上氏 私たちCDMOにとって重要なことは、バイオ医薬品の製造装置は、汎用的には使えない専用装置になるということです。このため、投資額が増大し、工場の設計思想も従来とは異なります。このため私たちにとっては、大きなチャレンジとなります。

――バイオ医薬品の製造を外部委託するというニーズは、既にあるのでしょうか。

松川氏 これから、ニーズが高まってくると見ています。バイオベンチャーや大学など研究機関は、新薬を研究開発できても、自分たちで生産することができません。既にバイオ医薬品を製造している製薬会社に委託しようにも、特許のライセンス契約を交わしてからでないと踏み切れません。たとえ契約したとしても、開発初期の段階ですから、開発する製薬会社も常に製造を引き受けてもらえるわけではないと思います。製造規模は小さくてもよいので、安全性や効能を確認するための製造を誰かに引き受けてもらいたいと考えているのです。

――バイオ製剤の受託に向けた準備は始めているのですか。

松川氏 現在、当社の静岡工場内にバイオプロセス開発棟を設け、JSRとのジョイントベンチャーが、200リットル規模のパイロットプラントを作りました。治験薬を作ろうとすると2000リットル規模のタンクが必要なので、現時点ではビジネス的には何もできない状況ですが、様々な検討を始めています。

シミック 静岡工場内のバイオプロセス開発棟内部
(画像提供:シミックCMO)

日本の医薬品業界のグローバル化に貢献

――確かに、これまでのCDMOとは違ったビジネススタイルが求められそうですね。

松川氏 とても大きなチャレンジです。私たちは、他にもう1つ、大きなチャレンジをしています。グローバル展開です。米国に工場を持っている日本のCMOは、私たちだけです。米国でのCMOの市場は成熟していますが、現在でも成長を続けています。日本の製薬会社も開発拠点を米国に置き、まずは米国市場を開拓し、次に日本市場に持ってくるといった戦略を取るようになりました。ところが、日本の製薬会社にとって、米国のCMOは使い勝手が悪かったり、受託の優先順位が米国企業に比べて低かったりと、不都合な点があるようです。このため、日本のCMOの米国展開が望まれています。また、私たちのPVCというビジネスモデルは、米国においても競争力が高いと思われます。米国の製薬会社からの受注も見込めます。

――日本の製薬会社がグローバルなビジネスをしていくための拠点としても重要ですね。