30万円で見える化システム完成

 中野氏らが開発したシステムは、データを集計するサーバーに複数のラズベリーパイが、無線LANを介して接続されている。それぞれのラズベリーパイには、データを収集するセンサーとウエブカメラが接続されており、作業に関連するデータとともに作業の様子を捉えた映像もサーバーに記録できるようになっている。映像データは、約1か月分をサーバーに蓄積することが可能だ。この映像は、異常なデータが発見されたときに速やかに原因を究明するのに役立つ。

バリ取り作業の現場の天上に配置されたワンボードコンピュータ「ラズベリーパイ」(左)とウエブカメラ(右)

 バリ取り作業のラインでは、センサーの1つとして作業台に取り付けたスイッチを使用した。スイッチは柔軟性を備えた棒状のレバーを備えており、作業台の端にレバーが垂直に立つようにスイッチが取り付けられている。作業者が自分の作業を終えて、隣にある通い箱に部品を運ぶときに、その手でレバーを動かすことで、作業終了の時間が記録できる。手の導線上にレバーがあるので、部品を運ぶ動作をすれば、自然にレバーに触れるようになっている。このスイッチはもともと生産量を積算するカウンターに情報を送るために設けていたものだが、その情報をラズベリーパイにも送信。時刻と突き合わせて集計することで、生産量だけでなく1回1回の作業時間も見える化できるようにした。

作業台に備え付けられたスイッチ
長い棒状のレバーを作業終了時に操作することで作業終了の情報を検出する。

 収集したデータは、サーバーに実装したExcelのVBA (Visual Basic for Applications)で作成したプログラムで加工し、分かりやすい形にして生産現場や管理部門に設置したディスプレイなどに表示する。例えば、各作業のサイクルタイムを算出し、グラフ化して表示する。このグラフをモニタすることで、作業が、計画通りに進んでいるかを随時確認することが可能だ。

管理部門のオフィスのディスプレイに現場から収集した情報がリアルタイムで表示される
 

 現在、このシステムは、アルミ鋳造などバリ取り以外の工程でも使われている。同社の製造現場には、約20台のラズベリーパイや無線LAN機器、Webカメラや管理者用ディスプレイなどが設置されているという。このうちの無線LANルーター以外は、いずれも民生用の市販品を使っている。このため、設備のために費やした費用は約30万円で済んでいる。ITベンダーの見積もりの約10分の1で実現したわけだ。

バリ取りライン以外にも工場のさまざまな場所にウエブカメラとワンボードコンピュータが設置されている

作業の分担に問題があったことが明らかに

 開発経験ゼロから自作した見える化システムは、稼働を始めて2~3カ月後には早くも効果を発揮し、バリ取り工程における生産性向上の取り組みに具体的な成果をもたらした。例えば、生産量や品質のバラつきの原因は、作業者の技能ではなく、作業の割り当て方にあったことが明らかになった。「当初はラインの中に作業が遅い人がいると、その人がボトルネックになって生産量が落ちると思っていた。しかしシステムで吸い上げたデータを分析すると、3人に適切に作業量を配分したはずが、そうではなかったことが分かりました。その結果、負荷が一人に偏っており、それが原因で生産量が伸び悩んでいた」(中野氏)。

 この結果を受けて中野氏は作業の分担の見直しに着手。3人の役割をどう見直せば平準化できるかを、データを見ながら調整した結果、生産量は安定するようになった。それにより生産計画に沿ったものづくりが可能になっただけでなく、作業が遅れた場合に備えて補助の作業者を置く必要もなくなった。

 中野氏は「1人の管理者が管理できる範囲が広がったのも大きな効果」と指摘する。作業者に比べて管理者の人件費は相対的に高いことを考えると、少ない人数でも管理が可能になることの利点は少なくない。

将来の大型投資への「貯金」

 苦労のかいあって、同社はラズベリーパイをベースにしたIoT活用のノウハウを得ることができ、実績もあげることができた。しかし中野氏は「現状のシステムを使い続けるつもりはない」と明言する。「ラズベリーパイ・ベースの低価格システムは、今後の大きな改善に必要な原資と実績を作るためのもの」(中野氏)と位置付けている。

 ラズベリーパイで自ら改善できることが明らかになっても、同じアプローチで工場レベルの改善まで行うのは無理がある。大きな改善にはやはり専門のベンダーの存在が不可欠であり、それにはどうしても大きな投資が必要になる。しかしその費用が手当てできないからといって放置していては、いつまでも改善は進まない。そこで、手軽にできるラズベリーパイ・ベースのシステムを使った改善でコスト削減して費用を捻出。これを「貯金」として積み立て、将来の大規模なシステム投資に備える考えだ。

 IoTなどITの導入に興味があるものの費用対効果が明確でないため、なかなか投資に踏み切れないという中小製造業の経営者は少なくない。戸畑ターレット工作所のように、小さく始めて生産性を高め、そこから捻出した費用を蓄えて再投資しながら、機能やシステムを強化するというアプローチは、中小製造業におけるIT化の現実的なアプローチの1つかもしれない。

 また中野氏は、FAISのように必要な部分だけの技術サポートを提供するサービスの重要性も指摘する。「特にIoTシステムの場合、丸ごと提供するベンダーが多い。ただし、システム全体をベンダーに任せると、どうしても費用が高額になるので、中小規模の企業にとって敷居が高くなってしまう。どうしても自前でできないところだけに絞って費用を抑えたサポートを提供するベンダーが出てくれば、そうしたベンダーと自社のリソースを活用してIoTの導入に取り組む中小企業は増えるのではないだろうか」(中野氏)。実際、ラズベリーパイのプログラム開発だけ、あるいはネットワーク設計だけを支援するようなベンダーがあったら、有償でも同社はサポートを委託していただろう。同社の事例は、IoT時代のシステム提供のあり方に対するアンチテーゼでもあるようだ。

左が九州工業大学工学部の山口将史氏