非鉄鍛造、アルミ鋳造、精密切削加工などを手がける戸畑ターレット工作所(本社:北九州市)は、市販の民生用デバイスを利用した低コストのIoT(Internet of Things)システムを自作して、手作業を伴うアルミ製機構部品のバリ取り工程などに実装。作業時間の「見える化」による生産性改善を進めている。その大きな目的の1つは、将来の大型IT投資のための“貯金”だという。(取材・文:松尾康徳)

北九州市小倉南区の戸畑ターレット工作所 第二工場

 「うーん、やっぱり結構かかるなあ・・・」。

 戸畑ターレット工作所 第二工場 技術部 生産技術グループの中野貴敏グループ長代理は、ITベンダーから送られてきた見積書を見て思わずつぶやいた。生産性改善に向けて生産現場にIoTを導入しようと、そのためのシステム構築費の見積もりを依頼したのだが、その金額は想定を大きく超えていた。

 同氏がIoTの導入を考えたキッカケは、主力製品である自動車のヘッドライト用部品の受注が急増したことだった。2016年初めのことである。生産性を高めることで生産量を増やそうとしたのだが、これが思うように進まなかった。その大きな原因が、アルミ鋳造で作る同部品の製造工程に欠かせない、人手によるバリ取り作業だった。この工程の最適化を図り、生産性を高めるためにIoTの仕組みを利用した作業の「見える化」が必要だと考えた。

戸畑ターレット工作所 第二工場 技術部 生産技術グループ グループ長代理 中野貴敏氏

 バリ取り工程の生産性向上に向けて最初に取り組んだのが、ロボットの導入による作業の自動化だった。バリ取り作業の多くを、ロボットを使って実施し、最後の仕上げ部分だけを手作業とすることにした。ところが、こうした工程を実際に構築し、運用を始めたところ、1つの問題に直面した。手作業によるバリ取り工程を3つに分けてライン化し、3人の作業者が順番に流れ作業でバリ取りをするようにしたのだが、ラインごとの生産数量のバラつきが大きいうえに、1ライン当たりの生産量が思うように伸びなかった。

 だからといって、無理に作業者を急がせると品質の問題を招きかねない。作業が遅れがちなラインを支援する人員を配置するとこともできなくはないが、作業者を増やすことは、生産性を高めるうえで不利だ。こうした課題を解決するために中野氏は、各人員の作業時間を把握したうえで、人員の配置と、各自に割り振る作業の負荷を最適化することにした。

手作業によるバリ取りは1ライン当たり3人が担当

 ここでさらに新たな問題が浮上した。中野氏だけでは、各人員の作業時間を測定することができなかった。「ストップウォッチで作業時間を計測しようとしたが、集中力を求められる作業なので、1人で計測できるのはせいぜい1時間。この間に全員の作業時間を測定するのは難しい。しかも、統計的に有意な情報を得るには、何度もデータを収集する必要がある。そうなるとさらに多くの時間が必要になる」(中野氏)。もっとも、作業量が多いことだけが問題ならば、何人かで手分けすれば済む。「しかし中小規模の企業では、生産管理のためだけに多くの人手をかけることはできない」(中野氏)。

 こうした問題に直面したときに同氏が注目したのが、IoTの活用だった。IoTの仕組みを使って全員の作業状況に関する情報を同時に、しかも自動的に収集すれば、効率よく作業状況の「見える化」ができると考えた。早速、同氏は地元のITベンダーに必要な機能を伝えて、見積もりを依頼したところ、受け取った見積書に書かれていた金額は380万円だった。これを見たときの中野氏の様子は冒頭の通りである。しかも、この金額は「見える化」だけにかかる費用だ。実際に成果につなげるには、さらに費用がかかる可能性がある。「経営陣に、その費用対効果を問われても、的確な答えができるとは思えなかった」(中野氏)。結局、同氏は社内決裁を仰ぐことを断念。生産性向上の取り組みは、いったん振り出しに戻った。

「頭から煙が出そうだった」

 再び動き出すキッカケとなったのが、地元の産学連携機関である北九州産業学術推進機構(FAIS)の関係者からのアドバイスだった。自動車関連産業の育成に取り組んでいるFAISのメンバーとは、かねてから交流があった。費用が高額でIoTの導入を断念したことを、メンバーの1人に話したところ、1万円前後で購入できる市販のワンボードコンピュータ「Raspberry Pi(ラズベリーパイ)」を使えば、所望の機能を備えたIoTシステムを低コストで実現できる可能性があるとアドバイスを受けた。

 しかし、手軽に実現できると言っても、プログラミングは必須だ。コンピュータの知識は「ExcelやWordを日常業務で使う程度」という中野氏には、手軽というには程遠い。それでも自作で解決できるかもしれないのであれば、取り組んでみる価値はあると考えた同氏は、FAISから紹介されたベテラン技術者の指導も受けながら、自ら開発に挑戦することにした。

 プログラミングなどを一から学ばなければならなかった中野氏は、「頭から煙が出そうな日々だった」と当時を思い出して苦笑いする。プログラミング以上に中野氏が苦労したのはネットワークの設計だったという。家庭用の無線ルーターを使って実験環境を構築し、試行錯誤を繰り返しながら開発を進めた。ネットワーク設計には、インターンとして業務に参加していた九州工業大学工学部の学生、山口将史氏も協力した。1年以上を要し、ようやくシステムが完成したのは2018年春だった。

バリ取り作業の現場
ロボットと手作業を組み合わせている

30万円で見える化システム完成

 中野氏らが開発したシステムは、データを集計するサーバーに複数のラズベリーパイが、無線LANを介して接続されている。それぞれのラズベリーパイには、データを収集するセンサーとウエブカメラが接続されており、作業に関連するデータとともに作業の様子を捉えた映像もサーバーに記録できるようになっている。映像データは、約1か月分をサーバーに蓄積することが可能だ。この映像は、異常なデータが発見されたときに速やかに原因を究明するのに役立つ。

バリ取り作業の現場の天上に配置されたワンボードコンピュータ「ラズベリーパイ」(左)とウエブカメラ(右)

 バリ取り作業のラインでは、センサーの1つとして作業台に取り付けたスイッチを使用した。スイッチは柔軟性を備えた棒状のレバーを備えており、作業台の端にレバーが垂直に立つようにスイッチが取り付けられている。作業者が自分の作業を終えて、隣にある通い箱に部品を運ぶときに、その手でレバーを動かすことで、作業終了の時間が記録できる。手の導線上にレバーがあるので、部品を運ぶ動作をすれば、自然にレバーに触れるようになっている。このスイッチはもともと生産量を積算するカウンターに情報を送るために設けていたものだが、その情報をラズベリーパイにも送信。時刻と突き合わせて集計することで、生産量だけでなく1回1回の作業時間も見える化できるようにした。

作業台に備え付けられたスイッチ
長い棒状のレバーを作業終了時に操作することで作業終了の情報を検出する。

 収集したデータは、サーバーに実装したExcelのVBA (Visual Basic for Applications)で作成したプログラムで加工し、分かりやすい形にして生産現場や管理部門に設置したディスプレイなどに表示する。例えば、各作業のサイクルタイムを算出し、グラフ化して表示する。このグラフをモニタすることで、作業が、計画通りに進んでいるかを随時確認することが可能だ。

管理部門のオフィスのディスプレイに現場から収集した情報がリアルタイムで表示される
 

 現在、このシステムは、アルミ鋳造などバリ取り以外の工程でも使われている。同社の製造現場には、約20台のラズベリーパイや無線LAN機器、Webカメラや管理者用ディスプレイなどが設置されているという。このうちの無線LANルーター以外は、いずれも民生用の市販品を使っている。このため、設備のために費やした費用は約30万円で済んでいる。ITベンダーの見積もりの約10分の1で実現したわけだ。

バリ取りライン以外にも工場のさまざまな場所にウエブカメラとワンボードコンピュータが設置されている

作業の分担に問題があったことが明らかに

 開発経験ゼロから自作した見える化システムは、稼働を始めて2~3カ月後には早くも効果を発揮し、バリ取り工程における生産性向上の取り組みに具体的な成果をもたらした。例えば、生産量や品質のバラつきの原因は、作業者の技能ではなく、作業の割り当て方にあったことが明らかになった。「当初はラインの中に作業が遅い人がいると、その人がボトルネックになって生産量が落ちると思っていた。しかしシステムで吸い上げたデータを分析すると、3人に適切に作業量を配分したはずが、そうではなかったことが分かりました。その結果、負荷が一人に偏っており、それが原因で生産量が伸び悩んでいた」(中野氏)。

 この結果を受けて中野氏は作業の分担の見直しに着手。3人の役割をどう見直せば平準化できるかを、データを見ながら調整した結果、生産量は安定するようになった。それにより生産計画に沿ったものづくりが可能になっただけでなく、作業が遅れた場合に備えて補助の作業者を置く必要もなくなった。

 中野氏は「1人の管理者が管理できる範囲が広がったのも大きな効果」と指摘する。作業者に比べて管理者の人件費は相対的に高いことを考えると、少ない人数でも管理が可能になることの利点は少なくない。

将来の大型投資への「貯金」

 苦労のかいあって、同社はラズベリーパイをベースにしたIoT活用のノウハウを得ることができ、実績もあげることができた。しかし中野氏は「現状のシステムを使い続けるつもりはない」と明言する。「ラズベリーパイ・ベースの低価格システムは、今後の大きな改善に必要な原資と実績を作るためのもの」(中野氏)と位置付けている。

 ラズベリーパイで自ら改善できることが明らかになっても、同じアプローチで工場レベルの改善まで行うのは無理がある。大きな改善にはやはり専門のベンダーの存在が不可欠であり、それにはどうしても大きな投資が必要になる。しかしその費用が手当てできないからといって放置していては、いつまでも改善は進まない。そこで、手軽にできるラズベリーパイ・ベースのシステムを使った改善でコスト削減して費用を捻出。これを「貯金」として積み立て、将来の大規模なシステム投資に備える考えだ。

 IoTなどITの導入に興味があるものの費用対効果が明確でないため、なかなか投資に踏み切れないという中小製造業の経営者は少なくない。戸畑ターレット工作所のように、小さく始めて生産性を高め、そこから捻出した費用を蓄えて再投資しながら、機能やシステムを強化するというアプローチは、中小製造業におけるIT化の現実的なアプローチの1つかもしれない。

 また中野氏は、FAISのように必要な部分だけの技術サポートを提供するサービスの重要性も指摘する。「特にIoTシステムの場合、丸ごと提供するベンダーが多い。ただし、システム全体をベンダーに任せると、どうしても費用が高額になるので、中小規模の企業にとって敷居が高くなってしまう。どうしても自前でできないところだけに絞って費用を抑えたサポートを提供するベンダーが出てくれば、そうしたベンダーと自社のリソースを活用してIoTの導入に取り組む中小企業は増えるのではないだろうか」(中野氏)。実際、ラズベリーパイのプログラム開発だけ、あるいはネットワーク設計だけを支援するようなベンダーがあったら、有償でも同社はサポートを委託していただろう。同社の事例は、IoT時代のシステム提供のあり方に対するアンチテーゼでもあるようだ。

左が九州工業大学工学部の山口将史氏