DMG森精機と野村総合研究所は、製造業のデジタル化を支援する新会社「テクニウム」を2018年1月に設立した。ICT(情報通信技術)の浸透とともに、ものづくりがサービス産業化するといわれるなか、工作機械のビジネスも機械の販売だけにとどまらない総合的なサービスが求められるようになっている。製造業の歴史的な変革点とも指摘されるデジタル化の波を、工作機械業界はどのように生かして新たな価値を生み出すのか。そのテーマにいち早く取り組み始めたテクニウムの代表取締役社長 川島昭彦氏が語った。(文:松尾康徳)

 テクニウムは、工作機械ビジネスの変革を進める会社です。デジタル化というメガトレンドを背景に、お客様のニーズが高度化しています。従来のままでは、工作機械メーカーは生き残れません。例えば最近、生産の自動化に対するニーズが急速に高まっています。工作機械の分野では、複数の工程を連結して自動化を図る動きが加速してきました。多くの工程をこなせることから省人化や効率化に貢献する装置として注目を集める5軸加工機を中心に工程集約を図る動きも目立っています。

テクニウム株式会社 代表取締役社長 川島昭彦氏
(撮影:栗原克己)

 自動化が進むとシステムは複雑化します。それとともにソフトウエアやネットワークの役割が重要になってきました。これまで工作機械メーカーは、主にハードウエアの領域で製品の価値を高めてきたわけですが、もはやソフトウエアやネットワークも含むトータルな提案ができなければ、競争力を維持できない状況になったということです。こうした変化に応じたビジネスモデルの先鞭をつけるのがテクニウムの役割だと考えています。

 設立にあたってDMG森精機だけでなく、ITソリューションで豊富な実績を持つ野村総合研究所と共同出資という形を取りました。デジタル化に合わせた新サービスを展開するにはB to Cのノウハウも必要ですが、DMG森精機は残念ながらこうした領域には縁がありませんでした。野村総合研究所にはB to Cの知見もあります。

 また製造業の現場でやり取りされるデータはノウハウの塊であり、データを活用した新たなビジネスを展開するには高度なセキュリティー技術が必須です。ここでも、多くの金融機関のシステム構築を手がけるなど、セキュリティー分野で多くの実績がある野村総合研究所の力が役立ちます。当社にとって、最高のパートナーだといえるでしょう。

(撮影:栗原克己)

時代を先読みしながらサービスを拡充

 当社が提供するサービスの基本的な考え方は、「工作機械のライフサイクルを通したサポート」です。これまで工作機械メーカーのビジネスは機械を買っていただくことで成り立っていました。この場合、どうしても買っていただくまでのプロセスに重きが置かれます。もちろん買っていただいた後のアフターサポートをメーカーは提供していますが、現状では付帯的なものという域を出ていません。稼働している装置がある限り、サービス・プログラムを継続して提供するというモデルを、当社で確立したいと考えています。

 同時にサービス対象の範囲も広げます。お客様はDMG森精機の工作機械だけを使っているわけではありません。実際の現場では計測機や洗浄機など、さまざまな装置が使われています。お客様の課題を解決するには、自社の製品だけなく、ほかのメーカーの装置も含めて設備全体をサポートする必要があるわけです。そこで当社は、メーカーの枠を超えて対応できる体制やサービスの実現を目指すことにしました。DMG森精機から分離して、別の社名にしたのも、そうした理由からです。

 サービスの第1弾として6月から始めたのが、DMG森精機が提供した工作機械の情報を一元管理する会員制のWebサイト「テクニウム」です。装置に関する情報だけでなくマニュアルや契約情報、メンテナンス記録などをすべてWebから確認できるようになります。さらに集約した情報をもとに、使っておられる工作機械に関するオプションや関連するサポートを、当社から先に提案するサービスも展開する予定です。

 こちらから提案するサービスには、工作機械を使われる方々の教育も含みます。工作機械メーカーが、教育プログラムを提供すること自体はめずらしいことではありません。ただし、これまでは新しく工作機械を使いこなしていただくためのプログラムが多かったのではないでしょうか。このため、その目的を達成したところで終了することが前提のプログラムがほとんどです。私たちが考えているのは、継続的な教育プログラムです。基本的な使い方だけでなく、より高度かつ先進的な工作機械の使い方を学べるプログラムも用意するつもりです。これによって、お客様の満足度を一段と高めることができるでしょう。

 これまでお話ししたサービスを起点に、サービスの幅を工作機械のライフサイクル全体に広げます。購入前の情報提供や営業支援、使った後の処分なども網羅する考えです。購入前に提供するサービスの手始めとして、2018年にDMG森精機が立ち上げた「5軸加工研究会」の活動をサポートしています。

 同研究会を設立した目的は、海外に比べて日本での導入率が低い5軸加工機を実際に使いながら学ぶ場を提供することです。具体的にはDMG森精機の5軸加工機を会員企業70社に貸し出して、実際に使っていただき、そのメリットを体感していただきます。さらに、より多くの方々に5軸加工機の優位性を実感していただくために、貸し出した先の企業で場所をお借りして、周辺の企業の方々を対象にしたプライベートレッスンも実施しています。この活動をテクニウムが推進しています。

「インターネット普及前夜」と同じ

 今後、製造業におけるデジタル化の動向に合わせてテクニウムの事業を強化する考えです。現在、社員は企画担当を中心に十数名です。事業を軌道に乗せたところでエンジニアを増やし、3年後に50~60人体制に持っていきたいと考えています。
(撮影:栗原克己)

 IoT(Internet of Things)やAI(人工知能)などの先進技術の普及とともに製造業の仕組みが大きく変わるという見方は、今や業界にかなり広がっています。実際に、先進的な取り組みを始める企業も出てきましたが、まだ大きな変化を誰もが実感できるような状況ではないと思います。そのような時期がいつなのかを答えることは私もできません。ただし、デジタル化が一気に加速するタイミングが来る予感はあります。今の状況が、インターネットが爆発的に普及する少し前の状況に似ているからです。

 インターネットが普及の兆しを見せ始めた1990年代半ば、インターネットがユーザーのコンピューティング環境を劇的に変えるという期待が高まりました。あらゆるコンピューターがインターネットで結ばれることでコンピューターの可能性が広がり、そこから社会を変える新たなサービスが次々と生まれるという予測が話題を集めたことを多くの方が覚えていると思います。

 ただ、予測には納得したものの、本当にそんな時代がすぐに訪れるかどうかについては懐疑的な人が少なくなかったのではないでしょうか。そのころ私は、情報セキュリティーに携わっており、インターネットの世界に比較的近いところにいましたが、それでもインターネットが、これほどまでに社会を変えるという予想はできませんでした。

 現在、IoTやAIによって製造業が大きく変わると予測されていますが、実際にいつ、どのように変わるのかについて、具体的なイメージを描いて確信している人は、実はそれほど多くはないと思います。いち早く先進的な取り組みを始めた方々の中でも、とりあえず製造現場からデータを集めて、何ができそうかを考えながら様子見している方が少なくないのではないでしょうか。この状況がまさに、インターネットが社会を席巻する直前の状況に酷似していると思うわけです。

 インターネットはその後、パソコンやサーバー、ネットワークなどの飛躍的な性能向上を受けて一気に普及し、今や世界的な規模で当たり前の存在になりました。それを基盤に、歴史を変えるサービスが続々と誕生し、人々の生活習慣をも変えたことは周知の通りです。同じように製造業でも、IoTやAIなどの先進技術を利用することが当たり前になり、従来は考えられなかったようなサービスがごく普通に使われる時代が一気に訪れてもおかしくはありません。その時、「あの頃は疑心暗鬼だったけど、本当にそういう時代が来たんだな」と今を振り返るのではないでしょうか。そんな予感がしています。

「お手本」があれば状況は一変

 デジタル化については、ほとんどの企業が多かれ少なかれ興味は持っています。しかしそこに大きな投資をかける企業は、まだ多くはありません。投資対効果が得られるという確信を持てないからです。投資対効果への疑問を解消するためには、「お手本」が必要です。大量のデータから価値ある情報が抽出できると言われても、集めたデータをどのように処理すれば、どういう有用な情報を得られるか。そのモデルとなるものがあれば、投資対効果をイメージしてもらえるはずです。

 デジタルの世界特有の複雑さに、製造業がなじめないというのも、本格的な投資が進まない理由かもしれません。しかしデジタル化の効果が明らかならば、多くの企業がデジタル化に挑むはずです。実際、自動車の運転にはそれなりに複雑で難しい操作が必要にもかかわらず、みんなお金を掛けて免許を取ってクルマを買っているのは、そのお金に見合う利便性があることを知っているからです。

 製造業においてデジタル化を進めることができる環境は、すでに整っていると思います。あとは何か一つ、火種となるものがあれば、インターネットの普及期のように一気に活用が広がり、製造業が一変するのではないでしょうか。どこかにあるはずの“発火点”を、当社は探っていきたいと考えています。(談)

(撮影:栗原克己)