「データ」を活用して新しい価値やサービスを創出することがDX(Digital Transformation)を加速するという考えが、企業間で急速に広がりつつある。こうした中で村田製作所は、道路から収集した交通量データを様々な事業者に提供するビジネスを、パートナ企業とともに2021年4月からインドネシアで開始した。同社の新しい事業展開の可能性を探る取り組みの1つだという。電子部品事業を主力としてきた同社のデータビジネスは唐突にも見える。だが実は、10年以上も前から続けてきた新規事業開発の取り組みの中から生まれたものだ。異分野のデータビジネスに同社が行き着いた経緯や、新事業の現状、今後の展開について、当初からこの事業をリードしてきたIoT事業推進部 津守宏晃氏に聞いた。(取材・文:松尾康徳)

―― 新たに立ち上げたデータビジネスの概要を教えてください。

津守氏 村田製作所が開発した交通量データ収集システム「トラフィックカウンタシステム」で集めたデータを、社外に販売するビジネスです。実際にデータを販売するのは、インドネシアで活動するパートナー企業です。データの収集、販売先の開拓、顧客サポート、機器のメンテナンスはパートナー企業が担当します。村田製作所は、「トラフィックカウンタシステム」をパートナー企業に提供し、現地の道路に実装するサポートをします。データ販売の売り上げはパートナー企業のものです。サーバーや機器の使用料などトラフィックカウンタシステムに関するライセンスフィーが村田製作所の売り上げになります。

(画像提供:村田製作所)
(画像提供:村田製作所)

 2014年にタイのバンコク、2016年にインドネシアで、それぞれ現地のパートナー企業と一緒にトラフィックカウンタシステムによる交通量データ収集の実証実験を実施しています。このときにパートナー企業と一緒に、トラフィックカウンタシステムを使ったサービスの事業性を調べました。インドネシアで展開中の事業は、その結果を踏まえて構築したビジネスモデルに基づいています。インドネシアに続いて、タイやマレーシアでも同じように現地のパートナー企業と組んでデータ販売ビジネスを立ち上げる準備を進めているところです。

―― データの販売先は。

津守氏 インドネシアにおける主なデータの販売先は、ジャカルタ政府や広告事業者です。ジャカルタ政府がデータを利用している用途は、深刻化する市街における交通渋滞の解消に向けた交通インフラのプランニングや、交通量の制御です。広告事業社は、屋外広告の視聴者数を把握するために、データを利用しています。つまり、道路に沿って設置した看板の前を通過した車両の台数をトラフィックカウンタシステムで測定し、このデータを視聴者数として使うわけです。トラフィックカウンタシステムで使っているセンシングデバイスには複数のセンサーが実装されており、センサーの前を通過するクルマの数だけでなく、大型車や小型車、乗用車や商用車といったように通過したクルマの大きさや種類も検出できます。このためクルマの種類ごとの交通量を測定することも可能です。

―― 既存のビジネスとは異質のデータビジネスに村田製作所が取り組むことになった経緯を教えてください。

津守氏 キッカケを作ったのは私です。入社してから10年ほど通信用高周波デバイスを扱う事業部で商品営業を担当していました。ところが、ある時期から自分で新しい仕事を創り出したいと考えるようになりました。そこで上司に相談して事業部傘下の新規事業開発部門へ異動させてもらったのです。そこでは高周波デバイスの応用開拓や製品企画に取り組んでいたのですが、やがてその仕事は立ち消えになってしまいました。事業部門の限られたリソースの中で、既存事業と新規事業開発を両立させるのは難しかったようです。

(撮影:栗原克己)
(撮影:栗原克己)

 その後、本社の管理部門(企画部と人事部)に異動して社員教育などに携わっていたのですが、このときに新規事業を始めるには組織をどう動かせばよいか、そのツボがだんだん見えてきました。そこから再び新規事業開発に取り組みたくなり、今度は米国に赴任してシリコンバレーの拠点で新規事業開発に取り組みたいと上司に希望を出したのです。幸いなことに事業部の上層部に、私の考えを支持して下さる方がいて、この希望が通りました。このときシリコンバレーを選んだのは、「新規事業の実例を作るならやっぱりシリコンバレーだよな」という軽い考えからでした。もっとも、このときのミッションは、高周波デバイスに関する新規事業の開発です。まだデータビジネスとは無縁でした。

「許認可だけあればいい」

―― そこから、どのようにデータビジネスにつながったのでしょうか。

津守氏 当初からデータビジネスを狙っていたわけではありませんでした。何度かの幸運な出会いによって、そこに行き着きました。始まりは2014年に米国ラスベガスで開催された民生用電子機器の大型展示会「International CES」です。そこに村田製作所が出展しており、私は電子デバイスの展示コーナーに説明員として立っていました。そのときに車載制御システムの開発環境などを手掛ける名古屋の企業、AZAPAの米国法人の方が私に声をかけてくださいました。その方は、自動運転車の普及に向けて交通量を測定するシステムの需要が伸びると考えておられたのですが、村田製作所ならば、それに役立つ技術や製品を提供しているはずだと考えてブースを訪ねてきてくださったのです。

 これがキッカケとなって、道路沿いに多数のセンサーを設置してリアルタイムで交通量を測定するシステムの開発と、そのマーケティングを、AZAPAと共同で始めることになりました。当初は欧米市場に目を向けていたのですが、ある自動車メーカーの方からアドバイスをいただいて最初にタイをターゲットすることにしました。市街地の激しい交通渋滞が大きな問題となっていたからです。タイの市場では日本車のシェアが高いので、日本の技術や製品が浸透しやすいはずだと考えたのも理由です。

 しかし、いざマーケティングを始めてみると、特定の課題解決に向けてデータ収集システムを提供するだけでは事業が広がらないことに気づきました。データビジネスを志向するようになったのは、このときからです。当初は、交通渋滞対策に取り組む政府に売り込もうとしていました。それはそれでビジネスになる可能性はありましたが、政府は渋滞解消の目的で導入したシステムを、ほかの用途に展開することは、なかなか考えてくれません。しかも、ビジネスの規模は政府の予算を超えて拡大することはないでしょう。

 そこで私たちは方針を変えることにしました。「お金」ではなく「許認可」を政府にお願いすることにしたのです。データビジネスをスケールアウトするには、できるだけ多くのデータを収集したほうが有利です。そこで、多数のセンサーを道路に設置するのに注力することにしました。そのときに問題になるのが許認可の手続きです。多くの場合、工事を実施する許可を得るために、面倒な手続きが必要になります。そこでタイ政府に、許認可の手続きが従来よりも簡単に済むようにお願いしました。

 ありがたいことに、この考え方にタイ政府の担当者の方が共感してくださり、工事の許認可の手続きが迅速に進むように手配してくれました。このおかげで、最初のプレゼンテーションからわずか2カ月と過去に例がない早いタイミングで実証実験を始めることができました。データで儲けるため仕組みについて考えだしたのは、このころからです。

(撮影:栗原克己)
(撮影:栗原克己)