現場でAIを最適化できる仕組みは必須

 この自動検査装置の大きな特徴の1つは、熟練技術者のノウハウ蓄積できる仕組みも盛り込まれていることだ。ワイズ・リーディングの古田氏は、「現場でAIを最適化できるシステムにしてほしいというのが、九州オルガン針からの要望だった」と話す。九州オルガン針はAIにすべてを任せるのではなく、あくまでも現場の担当者がAIを“指導”できる体制を維持することを望んだ。

 精度の高いアルゴリズムを作り、AIがさらに学習を繰り返せば、究極的には検査に全く人が関与しない完全自動化が実現する見込みはある。しかし、そこに至るまでには相当な期間を要することが予想される。AIだけで既に95%の判定制度は達成できているが、そこから同じペースで100%まで引き上げることができるとは考えにくい。そこでもともとの検査ノウハウを持つ熟練技術者が、随時AIに教え込むことができる仕組みを作ったのだという。

自動検査装置の上に置かれたモニタ
AIによる判定結果を確認し、正しくない場合はその場で技術者が判定基準を変更できるようにしている。(撮影:若宮祐)

 具体的には、外観検査装置につながったサーバーから、検査に使用した写真や判定の結果などの情報を抽出し、画面上で確認できるようにしている。検査の現場に置いたディスプレイの画面を担当者が見て、AIによる判定が正しくなかったと判断した場合は、画面操作で判定基準を変更する。それをAIが学習することで、技術者のノウハウを検査システムに取り込むことができる。「これまでのようにAIのアルゴリズムの調整だけで判定基準を変えようとすると、そのたびに専任の技術者にアルゴリズムの修正を依頼しなければなりません。これでは現場の作業者に使ってもらえないでしょう。コンピュータに不慣れな人でも簡単にアルゴリズムが変えられる仕組みは必要だと考えました」(九州オルガン針の菰田氏)。ワイズ・リーディング専務の永木賢士氏も、「医療分野の画像解析でも、最初に病変をAIに教え込むのは医療現場のプロである医師。針の検査でもプロが教える機能を残すのは理にかなっている」と言う。

ワイズ・リーディング専務 永木賢士氏
(撮影:若宮祐)

新たに医療分野へ進出

 九州オルガン針がこのAI活用にかけた費用は約1000万円。今回ベースにした外観検査装置の開発にも数千万円かかっていることを考えると、これまで自動化を目指して注ぎ込んだ投資は大きい。そこまでして同社が自動化にこだわったのには、検査工程の効率化・省力化だけでなく、実はもう一つの大きな理由があった。新規事業の開拓である。

 同社が製造するミシン針は、縫製業が盛んなアジアの工業用ミシン向けの市場ではグループ企業全体ではトップクラスのシェアを握っている。一方で国内市場では長期に渡って市場の縮小傾向が続いている。このため同社は、ミシン針に次ぐ新たな事業の柱を立ち上げる必要に迫られている。ただし、これまで思うように進んでいないのが実情だ。新規事業を立ち上げのために必要な現場の人的リソースを、なかなか融通できなかったからだ。特に世界トップクラスのシェアを誇るミシン針サプライヤである同社の場合、無理にリソースを新規事業のために割いて、現状の供給能力や品質の低下を招くことは許されない。こうした中で、新規事業を立ち上げるには、既存業務の効率化を図り、そこから人的リソースを捻出するしかなかった。そのための最も効果的なポイントが、多くの人手が掛かっている検査業務だった。

 同社がいま注力している新規事業の一つが、医療用の針である。すでに同社は熊本大学医学部と共同で、がん細胞移植用針の開発を進めている。がん研究では実験の際にマウスに細胞移植する。従来は実験のたびに切開手術によってマウスにがん細胞を移植していた。しかし、これは手間がかかるうえに、動物愛護の観点からもできれば避けたいと多くの研究者が考えている。がん細胞移植用針を使うと、手術ではなく注射でがん細胞の移植ができる。ただし、がん細胞は粘性が高く、普通の針では注射できない。しかも、1回に注射する量が微量なので、普通の注射のようにシリンダを使って送りこむ方法が使えない。

九州オルガン針が熊本大学医学部と共同で開発したがん細胞移植用針
先端部の加工などに九州オルガン針の技術が生かされている。(撮影:若宮祐)

 こうした課題を解決するために、内径1.1mm、外径1.5mmのパイプから作った注射針を使って細胞を移植する技術を熊本大学医学部が考案した。これを実用化するのに九州オルガン針の技術が大きく貢献している。具体的には、先端部の切削や研磨、さらに針に細胞を直接補充する穴を作ったりする高度な加工に、同社がミシン針の加工で蓄積した技術が使われている。

 この注射針は2020年夏に完成。熊本大学発ベンチャーと共同で医療分野への展示会に出展するなど、事業展開を始めている。ミシン針の検査工程を自動化して捻出したリソースは、この事業を軌道に乗せるために必要な業務に振り向ける考えだ。

九州オルガン針 代表取締役 江藤怜氏
(撮影:若宮祐)

 同社のミシン針が手掛ける仕事の多くは、親会社のオルガン針(本社:長野県上田市)かから提供されているため、事業は安定しており、利益率も高いという。しかし「海外のグループ工場への生産移管も進んでおり、安閑としてはいられない。親会社からの受注だけに頼らない体制を作るために、今ある能力を多面的に活用する必要がある」と九州オルガン針代表取締役の江藤怜氏は新規事業への決意を新たにする。

 自社の課題解決や新たな発展の可能性の創出に向けて、躊躇なくAIやIoTなどの先進技術を活用する九州オルガン針。同社の積極的な取り組みは、着々と形になっているようだ。

(撮影:若宮祐)