人材や資金などのリソースが潤沢とは言い難い小さな規模の企業でありながら、自力でIoTやAIの開発に取り組んでいる熊本県の工業用ミシン針メーカー、九州オルガン針(熊本県玉東町)が、IoTによる予兆保全に続いて、今度はAI(人工知能)を活用した針の自動検査システムの実戦導入を開始した。これによって捻出したリソースを活用した、新規事業開拓にも乗り出している。自社が抱える課題を解決するために果敢にデジタル技術の導入に取り組む同社の姿勢を紹介した記事(2019年2月公開)は、これまでの「ものづくり未来図」のコンテンツの中で、もっとも反響が大きかった記事の1つだ。今回は、その続編。前回はPoC(Proof of Concept、概念実証)の段階だった自動検査装置を現場に実装するまでの経緯を報告する。(取材・文:松尾康徳)

九州オルガン針の工場内
左手前の白い機械が外観検査自動化のベースとなった装置。(撮影:若宮祐)

 熟練者の技に頼っている工業用ミシン針の外観検査を自動化したい。それは九州オルガン針にとって長年の課題だった。同社は、多いときには1日に100万本以上のミシン針を製造しており、その全数を出荷前に作業者が目視で検査している。目視による良否の判定は経験を要する作業だ。ところが、この作業に従事する人材の確保が年々難しくなっており、作業者の高齢化が進む一方だった。このままでは、やがて全数検査を続けることができなくなってしまう。そこで人手に頼ってきたミシン針の全数検査を自動化しようと、同社はこれまでにもさまざまな取り組みを続けてきた。だが、針の曲がりについては検査と矯正を自動化することはできたものの、傷や先端の折れなどの不良に対しては適切な検出方法がなかなか見つからなかった。

多いときには1日に100万本以上の針を全数検査
左の写真は熟練者による検査の様子。平らな台の上に150~200本並べた針から不良品を見つけて拾い出す。右の写真の右側にある針が、先端部が折れた不良品。良品との差はわずかであり、熟練者でなければ見分けることは難しい。(撮影:若宮祐)

 この状況を打破する技術として同社が可能性を見いだしたのが「AI」だった。同社は2018年から自動検査装置に組み込むAIの開発に着手した。目指したのは、不良のサンプル写真をディープラーニングにかけてパターン化し、それとカメラで撮影した検査対象の画像を照合することによって不良品を検出するシステムの実現である。開発を始めて、すぐに基本的な技術の有効性は確認できた。つまりPoCとしては成功した。

 そこで2019年夏から、熊本市のAIソリューションベンダー、ワイズ・リーディングの協力のもと、実際の検査業務に活用するためのシステム開発を始めた。ベースになったのは、2002年に外観検査の自動化を目指して開発した装置だ。十分な自動化はなし得なかった装置だが、カメラの画像で検査するという基本的な仕組みはAIを活用した新たな検査システムに展開できる。当初は、その機械の画像処理部分だけをAIを組み込んだ新システムに置き換えれば済むと考えていたという。ところが実際はそんなに単純ではなかった。

並列処理とGPUで目標の解析速度に

 自動検査装置の中核部分は、針を搬送する役割を担う背が低い円筒形の台と、円筒の周辺に沿って並んで取り付けられた4台のカメラで構成されている。円筒の側面には針を置く溝が設けてあり、ここに針を置くと、針が先端を通る軸を中心に回転するようになっている。回転する針を2本ずつ側面から1台のカメラで撮影する。このとき針を1回転させる間に10枚の画像を撮影。これが終わると円筒形の台が回転し、2本の針を2台目のカメラの前に移動させる。これを繰り返してカメラ毎に撮影する部位を変えながら、4台のカメラで、それぞれ10枚ずつ2本の針の画像を撮影する。このとき、検査対象となる針が次に撮影するカメラの前に移動するまでの間に、カメラに接続された産業用PCに画像データを伝送。産業用PCに実装したAIアルゴリズムを使って画像を解析し、良否を判定する。不良品が検出されると、速やかに装置から排出されるようになっている。

自動検査装置の中核部
機械に取り付けられた4台のカメラ(左)が、針を2本ずつ撮影してAIで検査する(右)。(撮影:若宮祐)

 この仕組みを開発する際に、プロジェクトメンバーが力を入れたことの1つが、解析のための「絵づくり」だった。「針表面の傷が見やすくなる照明の角度や明るさを模索し続けた」と、プロジェクトのリーダーを務めた生産本部 生産技術部 生産技術課 課長代理の菰田賢人氏は言う。PoCの段階では、照明メーカーの実験室で装置を稼働させていたので、撮影の条件を変えるのは比較的容易だったが、実際の現場では撮影条件を変えたり、細かい調整をしたりすることは、簡単にはできない。このため実際の現場で良否判定に適した画像を撮影できる条件を模索するのに、かなりの時間と手間を要したという。

九州オルガン針 生産本部 生産技術部 生産技術課 課長代理 菰田賢人氏
(撮影:若宮祐)

 並行して進められたのが、判定のための不良品集めだ。ワイズ・リーディングAIソリューショングループの古田貴彦マネージャーは、「判定の精度を十分上げるには1種類の針について、500~600本の不良サンプルが必要だった」と話す。針の先端は多くの針で共通する部分が多いため、相対的に少ない本数でも足りる。ところが、「針の根元は品番やロゴが入っているものがあり、それらが傷であると誤認識されて不良品として識別されてしまうことがあった」(ワイズ・リーディングAIソリューショングループの矢野雅明氏)。こうした誤判定を避けるためには、多くの不良サンプルが必要になる。同氏らは、必要な数の不良サンプルをかき集めるために、工場内をくまなく探し回ったという。

ワイズ・リーディングAIソリューショングループの古田貴彦マネージャー(左)と矢野雅明氏(右)
(撮影:若宮祐)

 判定のアルゴリズムを作り上げた後の課題は検査のスピードだった。1台のカメラで撮影から判定が終わるまでの時間を1本あたり1秒程度に抑えることを目指していたが、当初は10秒ほどかかっていた。そこで処理を並列化することで目標の1秒まで短縮。さらにカメラそれぞれに産業用PCを1台ずつつないで判定を行うのではなく、GPU搭載のサーバ1台に集約することで、処理の一層の高速化を図った。

自動検査装置の背面
AIによる判定はGPUを搭載したサーバ(左下)が担う。(撮影:若宮祐)

検査しにくい針に絞って自動化

 実際のシステム開発から約1年。さまざまな工夫を取り入れることにより、良品と不良品を正しく判定する精度は約95%にまで到達。AIを使った針の外観検査自動化は実現可能なレベルに近づいた。

 そこで同社は、生産している約2000種類のミシン針のうち、2種類に絞って自動検査装置を実際の製造現場に導入することにした。「人手で検査する際、多数の針を検査台に並べなくてはならないが、この2種類は、全長が短くて並べにくいなど検査の作業に手間取ることが多かった。しかも先端部に不良が発生する確率が他の品種よりも大きい」(ミシン針部3係の古閑竜也氏)。このため、この品種を敢えて選択したのだという。実際、同社の検査担当者が検査するペースは平均して1時間で約6000本だが、これら2種類の針は4000本程度にとどまり、以前からその対策が課題になっていた。

九州オルガン針 ミシン針部3係 古閑竜也氏
(撮影:若宮祐)

 自動検査装置が適用できる針の品種を最初から増やそうとすると、それだけ不良サンプルの収集と学習に時間がかかる。そうなると生産ラインにおける検査の自動化はなかなか始められない。そこで同社は、検査の範囲を広げるよりも自動化システムの早期立ち上げを優先し、検査の対象をこれまで作業効率が低かった2つの品種に絞った。2種類の針で自動検査ののノウハウを蓄積し、それを活用しながら徐々に検査可能な針の種類を増やす考えだ。当面は、検査対象の針を10種類にまで拡大することを目指す。

現場でAIを最適化できる仕組みは必須

 この自動検査装置の大きな特徴の1つは、熟練技術者のノウハウ蓄積できる仕組みも盛り込まれていることだ。ワイズ・リーディングの古田氏は、「現場でAIを最適化できるシステムにしてほしいというのが、九州オルガン針からの要望だった」と話す。九州オルガン針はAIにすべてを任せるのではなく、あくまでも現場の担当者がAIを“指導”できる体制を維持することを望んだ。

 精度の高いアルゴリズムを作り、AIがさらに学習を繰り返せば、究極的には検査に全く人が関与しない完全自動化が実現する見込みはある。しかし、そこに至るまでには相当な期間を要することが予想される。AIだけで既に95%の判定制度は達成できているが、そこから同じペースで100%まで引き上げることができるとは考えにくい。そこでもともとの検査ノウハウを持つ熟練技術者が、随時AIに教え込むことができる仕組みを作ったのだという。

自動検査装置の上に置かれたモニタ
AIによる判定結果を確認し、正しくない場合はその場で技術者が判定基準を変更できるようにしている。(撮影:若宮祐)

 具体的には、外観検査装置につながったサーバーから、検査に使用した写真や判定の結果などの情報を抽出し、画面上で確認できるようにしている。検査の現場に置いたディスプレイの画面を担当者が見て、AIによる判定が正しくなかったと判断した場合は、画面操作で判定基準を変更する。それをAIが学習することで、技術者のノウハウを検査システムに取り込むことができる。「これまでのようにAIのアルゴリズムの調整だけで判定基準を変えようとすると、そのたびに専任の技術者にアルゴリズムの修正を依頼しなければなりません。これでは現場の作業者に使ってもらえないでしょう。コンピュータに不慣れな人でも簡単にアルゴリズムが変えられる仕組みは必要だと考えました」(九州オルガン針の菰田氏)。ワイズ・リーディング専務の永木賢士氏も、「医療分野の画像解析でも、最初に病変をAIに教え込むのは医療現場のプロである医師。針の検査でもプロが教える機能を残すのは理にかなっている」と言う。

ワイズ・リーディング専務 永木賢士氏
(撮影:若宮祐)

新たに医療分野へ進出

 九州オルガン針がこのAI活用にかけた費用は約1000万円。今回ベースにした外観検査装置の開発にも数千万円かかっていることを考えると、これまで自動化を目指して注ぎ込んだ投資は大きい。そこまでして同社が自動化にこだわったのには、検査工程の効率化・省力化だけでなく、実はもう一つの大きな理由があった。新規事業の開拓である。

 同社が製造するミシン針は、縫製業が盛んなアジアの工業用ミシン向けの市場ではグループ企業全体ではトップクラスのシェアを握っている。一方で国内市場では長期に渡って市場の縮小傾向が続いている。このため同社は、ミシン針に次ぐ新たな事業の柱を立ち上げる必要に迫られている。ただし、これまで思うように進んでいないのが実情だ。新規事業を立ち上げのために必要な現場の人的リソースを、なかなか融通できなかったからだ。特に世界トップクラスのシェアを誇るミシン針サプライヤである同社の場合、無理にリソースを新規事業のために割いて、現状の供給能力や品質の低下を招くことは許されない。こうした中で、新規事業を立ち上げるには、既存業務の効率化を図り、そこから人的リソースを捻出するしかなかった。そのための最も効果的なポイントが、多くの人手が掛かっている検査業務だった。

 同社がいま注力している新規事業の一つが、医療用の針である。すでに同社は熊本大学医学部と共同で、がん細胞移植用針の開発を進めている。がん研究では実験の際にマウスに細胞移植する。従来は実験のたびに切開手術によってマウスにがん細胞を移植していた。しかし、これは手間がかかるうえに、動物愛護の観点からもできれば避けたいと多くの研究者が考えている。がん細胞移植用針を使うと、手術ではなく注射でがん細胞の移植ができる。ただし、がん細胞は粘性が高く、普通の針では注射できない。しかも、1回に注射する量が微量なので、普通の注射のようにシリンダを使って送りこむ方法が使えない。

九州オルガン針が熊本大学医学部と共同で開発したがん細胞移植用針
先端部の加工などに九州オルガン針の技術が生かされている。(撮影:若宮祐)

 こうした課題を解決するために、内径1.1mm、外径1.5mmのパイプから作った注射針を使って細胞を移植する技術を熊本大学医学部が考案した。これを実用化するのに九州オルガン針の技術が大きく貢献している。具体的には、先端部の切削や研磨、さらに針に細胞を直接補充する穴を作ったりする高度な加工に、同社がミシン針の加工で蓄積した技術が使われている。

 この注射針は2020年夏に完成。熊本大学発ベンチャーと共同で医療分野への展示会に出展するなど、事業展開を始めている。ミシン針の検査工程を自動化して捻出したリソースは、この事業を軌道に乗せるために必要な業務に振り向ける考えだ。

九州オルガン針 代表取締役 江藤怜氏
(撮影:若宮祐)

 同社のミシン針が手掛ける仕事の多くは、親会社のオルガン針(本社:長野県上田市)かから提供されているため、事業は安定しており、利益率も高いという。しかし「海外のグループ工場への生産移管も進んでおり、安閑としてはいられない。親会社からの受注だけに頼らない体制を作るために、今ある能力を多面的に活用する必要がある」と九州オルガン針代表取締役の江藤怜氏は新規事業への決意を新たにする。

 自社の課題解決や新たな発展の可能性の創出に向けて、躊躇なくAIやIoTなどの先進技術を活用する九州オルガン針。同社の積極的な取り組みは、着々と形になっているようだ。

(撮影:若宮祐)