「前田さぁ、古美術とか興味ある?」「買ったり集めたりしたことはないけれど、美しいものはなんでも好きだよ」。ここは、京都、祇園の一角にある古門前通。江戸時代から続く古美術街として知られるこの通りに店を構える「てっさい堂」が今回の訪問先だ。

 対談相手は、同店で、書画を扱う貴道(きどう)俊行さんと、豆皿や帯留の収集家でもあるお母様の裕子さん。小さい頃は「カーデザイナー」になりたかったクルマ好きの俊行さんと、古美術商の家に生まれ、ジャンルにとらわれず「美しいモノ」が大好きな裕子さんは、インタビュアーの仲森が若輩の頃からの旧知の間柄。阿吽の呼吸の4人が、芳醇な「ものづくり」論を展開していくこととなった。

 デザインテーマ「魂動(こどう)」を打ち出し、広島の自動車メーカー、マツダの改革をデザインで牽引してきた人物、前田育男と、その中学・高校時代の同級生、仲森智博(日経BP総研フェロー)が、京都の「目利き」たちと語りあう。「相克のイデア」第6幕、いざ開演!

(撮影:栗原克己)

前田 ここに掛かっているのが、仲森が持っている良寛注1)の書なのかな?

注1)大愚良寛(たいぐ りょうかん)。宝暦8年10月2日(1758年11月2日)~ 天保2年1月6日(1831年2月18日)。江戸時代後期の曹洞宗の僧侶 歌人。天衣無縫な書は多くの人を魅了し続けている。

―― そう。てっさい堂さんがお持ちの素晴らしい画や書を拝見させていただく前に、ちょっとだけ前田に自慢したくてね(笑)。表具を替えるために京都の表具師さんに預けていたんだけど、さっき持ってきたんだ。

前田 パッと見の印象で気になったのは、文字とその周りの「間」の取り方。なんとなくだけど、詰まっているような気がする。

―― すごいところを見るなぁ。これ、詩稿っていって、良寛が詩の草稿を書き付けたノートの切れっ端みたいなものなんだ。当時、紙は貴重品だったから、作品として書いたものより間を詰めているのかもね。

前田 下書きノートだったわけね(笑)。

(撮影:栗原克己)

―― 良寛の書は、書かれた当時から今日に至るまで絶大な人気を保ち続けているけれど、とてもカッコいい流麗な書とはいえなくて、むしろ子供が書いた文字みたい。良寛自身は、相当に書の鍛錬をされた方なんだけど、それを微塵も感じさせないところがすごい。これは下書だから、余計に良寛らしさ全開なんだよね。

前田 うん。稚拙に見えるけど、見ればみるほど味わいが出てくる感じだね。

貴道俊行 「作品について、それに詳しい人に尋ねるより、それが好きで好きでしょうがないという人の話は面白いし、そういう人と一緒に見る機会があれば、何か発見がある」と、父(故貴道昂氏。妻の裕子さんとてっさい堂を始める。書画の目利きとして知られた)が、生前申しておりました。仲森様の様に、その書が好きで、書本位の表装を、延命を、と考えられる方と見るのが、書画や骨董の一番良い見方なのかもしれません。

貴道俊行氏
(撮影:栗原克己)

前田 だったら仲森に感謝しないとね(笑)。それはそうと、先ほどお店の方で素晴らしい陶磁器の数々を拝見させていただきました。中でも印象的だったのが「古伊万里(江戸時代に現在の佐賀県有田町を中心とする地域で製作された陶磁器全般。国内外において骨董的価値を高く評価される)」ですが、あれは江戸時代にヨーロッパに輸出されて大人気となったと聞きました。

貴道裕子 そうですね。海外からのニーズにうまく応えて、高く評価されるようになったんです。

貴道俊行 ただ、ヨーロッパに渡ったものは、全体の中のほんの何割かだけなんですよ。「鍋島焼(鍋島藩直営の窯で製造された高級磁器)」などはヨーロッパには輸出されていないはずです。

貴道裕子氏
(撮影:栗原克己)

前田 そうだったんですね。

―― 柿右衛門(江戸初期の作家、酒井田柿右衛門が創始したとされる大和絵風の図柄を特徴とする磁器の様式)」などがヨーロッパに輸出されそこで高く評価されて、「これ、そんなに良いものだったの!?」と日本人が逆に驚く、みたいな感じだったんでしょうね。自分たちの国で作ったものの魅力を海外の人に発見してもらったみたいな。浮世絵にもこの「評価の逆輸入」みたいな現象があったけれど、前田も同じような経験をしたんじゃなかったっけ?

前田 そうそう、魂動デザインを打ち出して最初に発表したコンセプトカー「SHINARI」は、まずイタリアでお披露目しんだけれど、現地のヨーロッパの人たちに「すごく日本を感じさせて、心に響いた」と言われた。その評判を聞いた日本人からは、「へー、そんな評価のされ方をするのか」とびっくりされた。

貴道俊行 なるほど。日本では日本的と思われないものがヨーロッパでは日本的と感じられて、それがすごくいいと認められたんですね。

前田 2017年に発表したコンセプトモデルの「ビジョンクーペ」では驚く体験もしました。あのクルマに込めたテーマは「凛」だったのですが、この「凛とした空気感」って言葉、英語などにはうまく訳せない、日本独特の美意識なんですね。だから、どこまで海外の方に伝わるか、発表するまで不安でもあったんです。ところが、我々の意図をひと目で見抜いて「和を感じるクルマだ」という感想をくれたイタリア人の方がおられました。すごいクルマの目利きとして知られていて、ヴィンテージカーのコレクターでもある方なのですが。

前田育男氏 マツダ 常務執行役員 デザイン・ブランドスタイル担当
(撮影:栗原克己)

―― どの分野にも少数だけど存在する、本当に微妙な本質が分かる人なんでしょう。

前田 そう。クルマは元々ヨーロッパが発祥の地。カーデザインの本場といえばやっぱりイタリア。その地に生まれ育って、クルマの作り方や伝統などを全て肌感覚のレベルで分かっている方には、僕がクルマに込めたメッセージを見抜かれた。ショックですらありました。

貴道俊行 ショックって言われるけど、本当はうれしかったんと違いますか?

前田 その通り(笑)。本場の目利きに評価された。このことが素直にうれしかった。

―― 海外の方が、日本よりも「日本らしさ」に敏感に反応する傾向があるというのは、クルマの世界でも同じなんでしょうね。そういえばこの前、前田と「80年代で何かが死んだ」っていう話をしたんです。

貴道俊行 面白そうな話です。

―― 僕たちにとって、少々お金を積んででも欲しくなる古いクルマがある一方で、ある時期を境に、食指が動かなくなってしまう。そうなるのは、デザインの本質的な「何か」の有無が関係しているのでは、という話だったんですけど、今、前田が作ってるクルマが、何十年と時を経てヴィンテージになった時に、どういう評価を受けるか興味あるよね。

前田 そうだね。効率重視でEVや自動運転化が進んで、まさにクルマの概念が変わってしまいそうな今だからこそいいクルマを作りたいと思っているけれど。

貴道俊行 少し話が変わるかもしれないですが、今、掛けさせて頂いた盤珪禅師注2)の円相注3)には、円を月に見立て「月は虚(こ)にありて、欠けることも、余ることもない」と書いてあります。私は「虚にありて」の箇所を「主観や客観といった理性のフィルターを介さずに」「月そのものになってしまえば・・・」と解釈しています。

 優れた作品と向き合い、作者の思いや意図を「私」という尺度で計ろうとしても、及ばないのは当たり前。自分より優れた作品と出会ったおかげで、思い込みが転じたり、自身の尺度が少しでも伸ばせたなら、と作品との出会いをその様に考えるきっかけとなりました。その様な体験を経る事が、作品との関わりだと思いますし、その距離が縮まるほど「作品になれる」のではないでしょうか。

注2)盤珪永琢(ばんけい ようたく/えいたく)。元和8年3月8日(1622年4月18日)~ 元禄6年9月3日(1693年10月2日)。江戸時代前期の臨済宗の僧。諡号は仏智弘済禅師・大法正眼国師。

注3)禅における書画の1つ。図形の丸を一筆で描いたもの。「一円相(いちえんそう)」「円相図(えんそうず)」などとも呼ばれる。 悟りや真理、仏性、宇宙全体などを円形で象徴的に表現したものとされる。

(撮影:栗原克己)

前田 深い話ですね。そこまで後世の人たちに感じてもらえる作品づくりこそ、クルマづくりに携わる我々が目指すべきことです。

貴道俊行 僕は、及ばぬながら、作者の考えに想いを馳せ、意図を理解しようともするんです。我々が商わせていただく作品のほとんどは、作者がもう亡くなっています。ご本人に聞くわけにはいきません。となれば、例えばですが同じ作者の年代が違う作品や、時代背景を共有するであろう他者の作品などからアプローチしていく。そうすることで、客観的な「作者の言い分」が見えてくる様な気がするんです。「クルマ」も、それを単なる機械と思わない人の目には、その様に映っているのではないでしょうか。

―― 俊行さん、えらいクルマの目利きですねぇ(笑)。

貴道俊行 いやいや、好きなだけです(笑)。でもね、クルマには、その生みの親たる人々の行動が、まっすぐ「形」や「機能」に表れるはずなんです。生みの親の「熱き信念」は、クルマに興味がない人にも伝わると思います。一方で、「あ、ここは妥協したんかな」と思うこともあります。デザイナーさんたちの言い訳めいたもの感じるんですが、どんな理由があっても、やっぱり言い訳はあかんと思います。

前田 うーん、我々カーデザイナーは襟を正さないといけないですね。「言い訳ありきのデザイン」、指摘されれば確かにあります。いろいろ説明を聞かされて、「それって全部言い訳なんじゃない」と思える時すらある。その言い訳がケレン味や妥協感みたいなものになって現れる。形に出てしまう。それは、やっぱりダメ。そこは肝に銘じないと。

貴道俊行 そう思います。

前田 ただ、ここで名作の数々を拝見していると、これらの作者のことが羨ましくも感じます。一作、魂を込めて作って、後世に残す。我々カーデザイナーは、ひとつの車種をデザインすると、それを100万台規模で市場に出すことになります。これは僕の願望なんですが、特別なクルマを1台だけ、誰か特定の人に向けて作ってみたいと感じたりもするんです。至高の1台を、それこそ手で叩いて作ってみたい。

貴道裕子 私がこの仕事をしてきて思うことは「数を沢山作っておかなければ、絶対に残らない」という事です。1人の人に1台だけ作ったものは、たとえどんなに良いものでも、後世に残らないと思いますよ。

前田 そうなんですか。

貴道裕子 ええ。骨董や書画も、数を作ったからこそ今でも残っているんです。例えば昔の絵描きさんは、電気もないうえに、今よりずっと寿命も短かかったと思うけど、そのなかで精一杯、作品を描いていたんですね。生涯かけて描き続けた結果、今、名作として世の中に残っているんです。

(撮影:栗原克己)

前田 カーデザイナーも、数多く世に送り出すことに誇りを持っていいんですね。

―― 多ければいいということでもないでしょうけどね(笑)。このお店にあるものって、何百年もの間ずっと評価され続けて残っているものばかり。ときどきの人が愛し、残そうと思ったから残ったんだと思います。これまでいろいろ取材させていただいたなかで、「デザインや商品企画の一つの方法論として、買い換え需要を喚起するために、あえて数年たったら陳腐化するようなものに仕立てるべき」みたいなことを言う方が少なからずいらっしゃいました。けど、そのような考え方でつくったものがどれだけ残るものか。

前田 うん。仲森の言うようなマーケティング至上のデザインと、純粋に「いいクルマ」のデザインの間には、すごい乖離があるような気がしている。そのギャップをいかに埋めるか。いろいろ考えた結果として、1人に1台みたいなことも考えてきたけど、今いいことをお母様におっしゃっていただいたなぁ。「たくさん作ること」は悪いことではない。むしろ後世に残るものを作るためには必要なことなんだって。励みになります。

貴道裕子 ただ、仲森さんの話じゃないけど、本質がなかったらあきませんよ(笑)。

前田 そうですね、大量消費材として作ってしまうと、数だけは出るけど残らないんですよね。「残したい」と思ってもらえるものを作ります。

貴道裕子 ええことですね。

京都を舞台に「美」を共通項とした「クルマ」と「古美術・骨董」をめぐる話は、さらに深化していきます。次回も乞うご期待!

(撮影:栗原克己)

(文:常緑編集室 服部夏生)

前田育男 マツダ 常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当
1959年生まれ。修道中学・高等学校、京都工芸繊維大学卒業。1982年にマツダに入社。横浜デザインスタジオ、北米デザインスタジオで先行デザイン開発、FORDデトロイトスタジオ駐在を経て、本社デザインスタジオで量産デザイン開発に従事。2009年にデザイン本部長に就任。デザインコンセプト「魂動」を軸に、商品開発、展示会や販売店舗のデザインなど総合的に推進するプロジェクトをけん引した。2016年より現職。

仲森智博 日経BP総研 フェロー
1959年生まれ。修道中学・高等学校、早稲田大学理工学部卒業。1984年沖電気工業入社、基盤技術研究所にて結晶成長の研究などに従事。1989年日経BP社入社、日経メカニカル(現日経ものづくり)編集長、日経ビズテック編集長、日経BP未来研究所長などを経て2018年から現職。早稲田大学研究院客員教授なども務めた。『思索の副作用』(電子出版)、『自動運転』(共著)など著書多数。日本文化、伝統工芸の分野での仕事も多く、「技のココロ」(連載、共著)、『日本刀-神が宿る武器』(共著)などの書籍、記事がある。