「このキャンパスの雰囲気、懐かしくない?」。

「確かに。通っていた大学もこんな感じだったな」。

 ここは東京・多摩地区の一角にある、武蔵野美術大学。数多くのクリエイターを輩出してきた美大の名門だ。その学長を2015年から務めているのが、長澤忠徳(ながさわ・ただのり)。当時、最年少でグッドデザイン賞の選考委員を務めるなど、デザインをベースに、プロデュース、評論、戦略立案など多岐に渡る活動を第一線で続けてきた。その知見を生かし、次世代のデザインの担い手たちを育成すべく、2019年4月には造形構想学部と大学院造形構想研究科の創設も果たした。そんな氏は、コーディネーターの仲森が駆け出しの記者だった頃からの知己。前回までの「古美術編」に続き、阿吽の呼吸の3人が「デザイン」に正面から向かい合うこととなった。

 デザインテーマ「魂動(こどう)」を打ち出し、広島の自動車メーカー、マツダの改革をデザインで牽引してきた人物、前田育男と、その中学・高校時代の同級生、仲森智博(日経BP総研フェロー)が、デザイン界の「知」を代表する人物と語りあう。 「相克のイデア」第8幕、いざ開演!

(画像提供:武蔵野美術大学)

長澤 今回のお話に先立って、前田さんの著作「デザインが日本を変える」を拝読させていただきました。読み応えありました。

前田 ありがとうございます。

長澤 と言うのも、前田さんは、我々が教育理念として掲げているようなことを、マツダという企業でやっちゃっているんですよ。「全員がアーティスト」という意識づけをして、一人ひとりが自分の意思で手を動かし、頭を働かせて、ものづくりに向かい合う雰囲気を作りだす。しかも、人を育てるには「自分も相手も感動することから始まる」とおっしゃっている。これは、まさに我々、武蔵野美術大学がやろうとしている教育じゃないか! と(笑)。

長澤忠徳氏 武蔵野美術大学 学長
(撮影:栗原克己)

前田 そう言っていただくと、面はゆくもあるのですが、苦労してやってきた甲斐があったなと思います。

長澤 デジタル化が進んで、デザイナーのスキルはかなりコンピュータに移植されるような時代になって、美大のあり方も問われています。新しい学部を創設したのも、現代において本物のクリエイティブな感性を備えた人材を育成したいと考えたからです。何しろ今は、デザイン画だけ描いて造形の部分に関しては「外注」しよう、なんて若手もいたりしますから(笑)。

前田 なかなかそういった発想には行き着かないかもしれませんね、我々は(笑)。

 

長澤 今の若い子たちは、写真ひとつ取っても様々なソフトウェアで手軽に色味などを調整できることに慣れている。だから専門的なスキルを要するところまで自分たちが手を動かさなくてもいい、という考え方をするのも分からなくもないんです。でも、美大が連綿と教え続けてきたことは、例えば、自分の手を使って絵の具を混ぜて、無限大に近い選択肢の中から「これだ」という色を探すことだったはずです。新設した学部に限らず、自らの手を動かして、絵を描き続け、繰り返し造形することを通して、学生たちに「ものづくり」のマインドを教えていかなければと考えているんです。

―― そういえば長澤先生も、かつてグラフィックデザイナーとして本の装丁などの仕事をされていましたよね。

長澤 当時、活字を組んでくれる写植屋さんには、まさに名人級の職人が揃っていました。デザインのラフを渡すと、そんな職人たちが、微妙な文字の詰めなどをパッといい塩梅に調整して組んだものを出してくるんです。それをまたデザイナーが調整して…というやりとりを繰り返す。今は、グラフィックデザインも専用のレイアウト用ソフトで作ることが当たり前になりましたが、私たちが経験したような作り手同士の「やりとり」を経ないで作られたものだと思うと、いまだにちょっと違和感のようなものを覚えるんですよ。

前田 マツダのクレイモデラーは、我々デザイナーが「手で描いたラフスケッチが欲しい」と言うんですよ。少し前まで彼らは、送られてきたデータを機械的に立体モデルにしているだけでした。でも、デザイナーがニューモデルのデザインの意図を伝える、という対話を重ねていくと、コンピュータで作成されたデザインデータは「絵じゃないから」と突き返してくるようになったんです。なぜかと聞くと「デザイナーがペンで描いた結果生まれる『筆圧』が見たいんだ」と。強調したいところは濃くなるし、線に勢いの強弱も出ている。それを確かめたい、と言うんです。

(画像提供:マツダ)

―― なるほど、ペン描きの線の強弱や濃淡を読み取って、職人たちが補正をかけていくんだ。

前田 そう。コンピュータで作成されたスケッチは、汲み取るべき情報が乏しいから「それ以上」のものが作れない。でも、デザイナーのセンスに、職人のクリエイティビティが加わることで、想定以上のものが生まれる可能性がぐんと広がるんです。図面を読み取って「意訳」ができる人間こそ、凄腕の職人。彼らが持つ高いスキルを掘り起こし、その能力を最大限、ものづくりに反映させるような環境を作るのが、私の役割だと思っています。

長澤 前田さんがおっしゃるようなデザイナーとしての「矜持」や「姿勢」を表すものとして「デザイナーシップ」という造語を以前に作りました。スポーツマンシップと同じで、デザインが健全なものであり続けるために不可欠な要素は、このデザイナーたちおのおのが持つ「シップ」だと考えているんです。

前田 その言葉を作るに至った経緯を教えていただけませんか?

前田育男氏 マツダ 常務執行役員
デザイン・ブランドスタイル担当
(撮影:栗原克己)

長澤 1990年代に、企業などのコミュニティの方向性やあり方を提示するなど「デザイン」の領域が大きく広がった時期がありました。その際、我々が危惧したのは、スキルとマインドという、デザインを生み出す際の必要な要素をきちんと律する「何か」がなければ、思想的にまとまりのない、おかしなデザインが氾濫するかもしれないということでした。その「何か」こそ、デザイナーの精神性であると規定して「デザイナーシップ」と名付けたんです。

 今、お話を伺って、前田さんが「魂動」コンセプトでやってこられてきたことのひとつは、デザイナーたちに、この「デザイナーシップ」を伝えることだったんじゃないだろうか、と思うんです。根本さえちゃんとしていたら、進化していくテクノロジーも上手に使いこなして一定の水準以上の作品ができると、お考えになっていたのでは、と。

前田 鋭い分析で、ちょっと驚いています(笑)。僕がデザイン部門の責任者になってまず考えたのは、マツダという企業に独自の「スタイル」を持たせることでした。そのためには、まず自分のデザインへの「哲学」、つまり学長の言われる「シップ」をしっかり規定する必要がある、と気付きました。そこから、マツダの歴史を遡って、企業アイデンティティを探求するなどの作業を経て「魂動」というテーマに集約させたのですが、最初に哲学を確立させることで、マツダのデザインが進むべき方向をブレずに指し示すことができたように思います。

長澤 デザイン部門の責任者になられたのは、確か2009年でしたよね。

前田 はい。そうですね。

長澤 わずか10年で、マツダの車は、大きく変化しましたよ。よくぞここまで、と思います。

―― 欧州でもかなり人気があるんですよね。

長澤 そうそう。この前ドイツに行った時に、人気を実感しました。メルセデス・ベンツやBMWが生まれたいわば車の本場で、マツダ車が街中を走っている。あれを見ていると、前田さんをはじめとするマツダの方々の並々ならない努力が実を結んだんだなと感じますよ。

前田 ありがとうございます。

長澤 このタイミングで、問題提起してもいいですか?

前田 はい(笑)。

長澤 マツダのデザインは、この10年である意味「行ききった」感じもするんです。他の自動車メーカーのように、様々なユーザーに向けた車種を数多く作るのではなくて、「魂動」という一貫したコンセプトのもと、ターゲットも明確な車を厳選して出し続けてきた。ここまで研ぎ澄ませてきちゃうと、この先、どこに行くんだろうって。

―― 確かに「マツダ、この先どこに行く?」って、いろんな場所で聞きますよね。もちろん僕も気になっていることだけれど。

長澤 モーターショーなどでお披露目するコンセプトカーって、程度の差こそあれ、どこのメーカーも研ぎ澄ましたデザインを提案する。でも製品化されると、ある程度マスに向けなければならないから、どうしてもエッジの取れた穏やかなデザインになってしまう。ところがマツダは、コンセプトカーと市販車との間の「差」をあまり感じさせないんですよ。こんな緊張感あるものづくりを続けてきて、次はどうするんですか? 破壊? それとも何かの要素にフォーカスして膨らませていく?

前田 そうですね。正直に言うと、まだ、私の中では、マツダの車は「行ききって」はいないんです。

長澤 なるほど、そうですか。

前田 ある視点から見れば、それなりのところまでは作り込んだとは思っていますが、ちょっと視点を変えると、まだまだやれることはたくさんあります。もちろん、今後どう変えようかと悩んでいる部分もありますし、一度、ちょっと壊さないとダメなところもあるかもしれません。ちょっと具体的すぎる話かもしれませんが、「フォルム」や「光のアーティスティックな輝き」をより追求するためには、クレイモデルの素材を、柔らかくて光を反射しないクレイから、より完成品に近い素材に変えて、制作の初期段階から精度の高いトライアルを繰り返してみることなどを考えています。新しいツールや概念、ちょっとした手法で、ドラスティックな変化が生まれる可能性はまだ残っている。とにかく「表現する」ことや「挑戦する」ことをやめることはないですね。

(画像提供:マツダ)

―― クレイじゃなくて木彫とか?

前田 極端に言えばそういうこと。あと鉄板(彫金)とか。

―― 面白そう。まあ方法はどうあれ、壊そうという気概は大切だと思う。個人的には、ガラガラッと全部壊すんじゃなくって、完璧なものをちょっと壊すみたいな感じが好みだなぁ。日本の伝統的な美術品には、例えば篆刻(てんこく)のように、きれいに彫り上げた後でちょっと壊して味わいを深める、お茶の茶碗でも、精巧に成形したあと、わざと歪ませたり、ヘラ入れたりして「破調を作る」みたいなものが多いんですよね。

前田 その「壊し方」は参考になりそう。今の日本には、工業製品に関して一つの風潮みたいなものがあるように感じています。「短いスパンで路線を大きく変えることが正義」みたいな。でも、本当は、同じコンセプトを貫いたものづくりを続けないと、ブランドの様式っていうのはできてこないと思うんです。「魂動デザイン」になってから登場した新世代商品群のモデルチェンジが1通り終わりました。これからは「2巡目」に入っていくんですが、この周回でどこを「壊して」、どこを「守って」ということをすごく考えています。向かう先は、当初からブレていなくて、結局「マツダ」というブランドの雰囲気や匂いをより際立たせていきたい、ということに尽きるのですけれども。

―― 哲学やシップという根幹が揺らがなければ、変えられるところは変えてもいいってこと?

前田 そうだね。

長澤 「シップ」が根底にあるのだとしたら、ものすごく高級なクルマ、それこそ「匠モデラー(マツダが優れた技能を持つ技術スタッフに与える称号。社内では部長、幹部社員に匹敵する肩書き)」たちが、1台ずつ作ったような車を、世界で5台だけでいいから作ってもらいたいな。ものすごく高くてもいいんですよ。それこそ1億円でも購入したいという人が現れると思う。

―― コンセプトモデルを作る時に、最初から数台だけは実走できるように作って、それを販売するという形でもいいかもしれないですね。それで売り上げを上げるというよりも、ブランドのバリューを高めるため、という意味で。

前田 新しいスタイルの売り方だなあ(笑)。そういえば、少し前にイタリアのイベントにRXビジョンという車を展示したのですが、その時の体験が面白かったんですよ。

 そこは、愛好者たちが古い車を鑑賞するエクスクルーシブなイベントで、主催者側がOKを出したコンセプトカーだけは持ち込んでもいいというルールがあるんです。そうしたら、結構な数の「クルマ好き」から、「この車、いくらするの?」って声をかけられたんです。「これはコンセプトカーなので、販売していないんです」と答えたら、「だったら一緒に販売できる車を作ろう。いくら出せばいい?」と、さらに畳みかけてくる方もいらっしゃって…。

RX-VISION
(画像提供:マツダ)

―― なぜ売らない(笑)、それ絶対売った方がいいよ。

前田 ビジネスとしての成立性とか、簡単にはいかないから(笑)。ただ、手前味噌になってしまうかもしれませんが、美しいものに投資するっていうマインドは、少なくとも欧州の人たちは、ごく自然に持ち合わせていることを実感させられた体験でした。

長澤 美への投資ですか。そういったマインドを持っている人は数こそ少ないですが、確実に存在するし、影響力も大きい。彼らにコミットするプレミアムカーがあってもいいですよね。

前田 おっしゃる通りかもしれません。マツダが歴史的に作ってこなかった領域の、いわゆるスーパースポーツは、個人的には挑戦してみたい車です。

長澤 それは楽しみだなあ!

 縦横無尽に語られる「デザイン」論。豊かなエピソードも交え、その話はますます熱を帯びていきます。次回もご期待ください!

(撮影:栗原克己)

(文:常緑編集室 服部夏生)

前田育男 マツダ 常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当
1959年生まれ。修道中学・高等学校、京都工芸繊維大学卒業。1982年にマツダに入社。横浜デザインスタジオ、北米デザインスタジオで先行デザイン開発、FORDデトロイトスタジオ駐在を経て、本社デザインスタジオで量産デザイン開発に従事。2009年にデザイン本部長に就任。デザインコンセプト「魂動」を軸に、商品開発、展示会や販売店舗のデザインなど総合的に推進するプロジェクトをけん引した。2016年より現職。

仲森智博 日経BP総研 フェロー
1959年生まれ。修道中学・高等学校、早稲田大学理工学部卒業。1984年沖電気工業入社、基盤技術研究所にて結晶成長の研究などに従事。1989年日経BP社入社、日経メカニカル(現日経ものづくり)編集長、日経ビズテック編集長、日経BP未来研究所長などを経て2018年から現職。早稲田大学研究院客員教授なども務めた。『思索の副作用』(電子出版)、『自動運転』(共著)など著書多数。日本文化、伝統工芸の分野での仕事も多く、「技のココロ」(連載、共著)、『日本刀-神が宿る武器』(共著)などの書籍、記事がある。