京都、東山区の「真葛 宮川香齋」。観光客たちの喧騒も届かない静寂の空間で繰り広げられる「デザイン論」は、歴代の名作に囲まれながら、ますます深みを増していきます。 

 デザインテーマ「魂動(こどう)」を打ち出し、広島の自動車メーカー、マツダの改革をデザインで牽引してきた人物、前田育男と、その中学・高校時代の同級生、仲森智博(日経BP総研フェロー)が、300年以上に及ぶ歴史を持つ窯元を継承する父子と語り合う「相克のイデア」。後半が始まります。

(撮影:栗原克己)

宮川真一 今回の取材に先立って、この連載を読ませていただいたのですが、登場していらした方々は「クルマ好き」ばかりですよね。白状しますと、僕も父も、クルマに詳しくはないんですけれど、よかったんでしょうか(笑)。

前田 全く問題ないです(笑)。

宮川真一 とは言っても、一応、自分のクルマは持っているんです。ところが最近、若い人たちとクルマの話をすると、彼らは「クルマは特にいらんし、免許もいらんやん」と口をそろえて言うんです。彼らのような感覚を持っている人たちが日本で確実に増えているように感じます。

前田 おっしゃる通りですね。次の世代にも継承されていくクルマをつくるというのは、すごく難しい課題です。若い人たちのみならず、世の中全体のトレンドが、クルマに興味がない方向に進んでいますからね。

宮川真一氏
(撮影:栗原克己)

―― そうなった理由って、前田は何だと考えているの?

前田 いろいろあると思うけれど、日本の自動車メーカーが美しいクルマを作ってこなかったことが大きいと思ってる。伝統工芸品のような美しいクルマが次々と現れていたら、それに合わせて街が変わっていたかもしれない。つまり、新たな文化を創り出す役割をクルマが担うことができたのではないかと思っている。そうなれば、若い人たちの興味を、ずっと引きつけることができたはず。

 実は欧州には、まだ「クルマ好き」の若い連中がいっぱいいる。なぜかというと、クルマを格好良く乗りこなしている年配者が多いから。要するに若者が憧れる存在がいるんだね。

―― 個人的にはクルマとは「愛の受容体」なんだと思っているんだけど、最近はその受容体としてのキャパシティが小さくなった気がする。つまり、愛情を注ぎたい気持ちはすごくあるけど、注ぎようがないというか注ぎがいがないというか、そんなクルマが増えた気がするんだよね。街には、似た顔のクルマばかり走ってるし(笑)。まあ、一定数以上売れるクルマを作ろうと思えば、そうなってしまうのは分かるんだけど。

前田 僕は、クルマはもっともっと美しくなれるし、もっと人を魅了できる存在になれると思っていて、それはもう信念だね。そのためにも、我々が積み重ねてきたスキルや思考を少しでも、次の世代に伝えていかなければと。この思いを実践するために「魂動塾」を作ったりしているんだ。

宮川真一 面白そうですね。

前田 魂動塾では、大学や専門学校に通っている若い人たちを集めて、カーデザインのテクニックやノウハウを教えています。そこで、ものづくりの原点のような作業を経験すると、卒業する頃には立派な「クルマ好き」になっているんです(笑)。実際に、カーデザイナーになった人もいて。やっぱり体験することで伝わるものは多いようです。

宮川真一 私たちも、今年から美術を学ぶ学生をインターンとして迎えようかと考えているんです。漫画やアニメを描いている若い人たちに、うちの茶碗に好きな絵を描いてもらおうと思って。彼らにとっては、真葛焼、そこを通して「茶の湯」を知るキッカケになるでしょう。私たちにとっては、若いクリエイターの卵たちがどんなことを考えているのかを知る、またとないチャンスになります。

真葛 六代宮川香齋氏
(撮影:栗原克己)

前田 本物の匠と接することで、若い人たちが得られるものが必ずあるはずです。若い人たちだけでなく私たちも匠の皆さんから学ぶことがたくさんあります。匠と呼ばれる方々と交流することで、ものづくりの引き出しを少しでも増やしたいと思って、これまでに新潟県燕市を拠点に鎚起銅器を作ってきた「玉川堂」や、地元の広島で伝統技法の高盛絵を守っている漆芸家の「七代金城一国斎」といった方々とコラボレーションをしてきました。

―― コラボレーションで何が学べた感じ?

前田 一番は「時間をかける」ということかな。ものづくりにおいて、ことアーティスティックな部分に関しては簡単には答えは出ない、だから時間をかける。そういう考え方を伝統工芸の方々から学びました。ただし、製品である以上、我々のクルマづくりも「精神論」だけでは進められない部分がある。要するに、結果を出すまでに与えられる時間が限られているということ。そうなるとすべての工程に時間をかけるわけにはいかないから、効率化できるところは徹底的にして、時間を圧縮しなければならない。伝統工芸の世界の方々から学んだことが、こうした時間のメリハリをつけた開発プロセスを考えるキッカケになりました。

―― 真葛窯の人たちとマツダのクレイモデラーがコラボレーションして、何か作るのというのもいいんじゃない?

前田 うまく目的を設定する必要はあると思うけど、実現すれば得られるものは多いだろうね。今日、実際に作品を拝見すると、どれも、立体物として非常に高いレベルで完成している。これはすごいスキルがないとできない。

前田育男氏
マツダ 常務執行役員 デザイン・ブランドスタイル担当
(撮影:栗原克己)

―― 真葛焼は伝統的な京焼注)の技法を網羅しているから、技術の幅は広いですよね。

注)京焼は、茶の湯が流行った江戸時代に、手に入りにくい中国や朝鮮の焼き物の「写し(オリジナル作品の作風や技法に倣った作品)」を作ったのが始まりといわれる。「写し」は、単なる模写ではなく、名品の特徴を捉えつつ、作り手の創造性も加えて制作されるものとされている。

宮川真一 京焼の始まりは「写し」なんです。だから本来は何をやってもいいんですよ。逆に言えば「これが京焼だ」っていうものはありません。ですが、やっぱり歴代が作陶を続けてきた中で、なんとなく真葛焼の「らしさ」のようなものが出来上がっています。時代ごとの当主たちが「これはアーティスティックにやってみよう」とか「こうリファインしてみよう」とか工夫を重ねるうちに、少しずつ「真葛らしさ」が出来上がったのでしょう。

前田 床の間に飾られているオブジェは、真一さんが手掛けられた作品ですよね。独創的な形状やグラデーションのある色使いが印象的です。

宮川真一 ありがとうございます。最近作ったものですが、表面に直接文様を描いて、その上に釉薬(うわぐすり)をかけて焼き上げる「釉下彩(ゆうかさい)」という技法を使っています。前回、話に出た香山が、デコラティブな「高浮彫」の仕事の後、釉下彩を長い期間手がけていたことを念頭に置き、「ワラ灰釉」という釉薬を使って色味の違いを出しました。

六代香齋、真一合作 ワラ灰釉 釉下桃彩大花瓶 銘開花
(撮影:栗原克己)

前田 真葛窯の一番の特徴はワラ灰釉と伺いました。これは代々受け継がれてきたものなんですか?

宮川真一 はい。真葛焼を始めた宮川長造がこの釉薬の扱いに長けていて、それが代々受け継がれてきています。いわば鰻屋さんのタレのようなものです(笑)。

前田 真葛焼の「ここだけは絶対に譲れない」っていうところはあるんですか?

宮川真一 父から常に言われていることは「品」です。

宮川香齋 私らが一番大事にしていることは「品」があるものを作る、ということなんです。形も品がいい。絵付けも色味も、品がいい。全て「品」を基準にして作っています。私は昭和生まれで、大正生まれの親父(五代宮川香齋)と長い間一緒に仕事をしてきました。いわば、昭和の香りのする仕事をしてきたんですが、息子が仕事場に入ってから、真葛窯の様子も随分変わりました。でも「品」という基準があれば、真葛焼の伝統は受け継がれていくんやと思ってます。

―― 「写し」ってオリジナルの作風を再現しようとして作るわけだけど、どうも自然に作り手の「らしさ」がにじみでてくるようなんだ。例えば、江戸時代には朝鮮半島で焼かれたお茶碗を手本にした写しが日本全国で作られたんだけど、よく写しているようでも、日本で作ったものは、どことなく「和」の匂いがするんだ。

前田 なるほど。その感覚は分かる。

―― で、不思議なことにね、日本で作られた写しでも、九州で作ったものと京焼ではやっぱり違う。京焼からは「京の香り」みたいなものがにじみ出すんだよね(笑)。

前田 僕はその「らしさ」や「匂い」が、具体的にどういうものなのかを、クルマの世界で、徹底的に掘り下げていきたいと思ってる。例えばクルマのフォルムを削り出すのも、人間の手でやるのと、コンピュータを駆使してやるのでは、醸し出てくる雰囲気が全然違う。実は本当に、数値的にどう違うかを解析したことがある。すると、手で作り上げたフォルムは「間違いだらけ」。面と面の繋がり方とか、いろんなところで、おかしい。面構成なんか、色や質の違うパッチワークみたいになった。デジタルで作った方は、面のつなぎとかはまさに完璧だった。

―― でも、コンピュータや機械では「エラー」として処理されてしまうような部分に、実は「マツダらしさ」が潜んでいたりするんだよね。

宮川真一 「真葛らしさ」の要素はいろいろ考えられると思いますが、最終的には見てくださる方々が決めるものだと思っています。自分自身は、強調しすぎず、さりげなく「らしさ」を出していけたらと心がけています。

前田 先ほどのお茶室で拝見させていただいた、長造と当代の香齋先生の茶碗は、時代を超えて相通じるものを感じさせました。あの空気感こそ「真葛らしさ」でしょうし、歴史の厚みなのでしょうね。

宮川香齋 ああ、長造の作品は、本当に行き届いていますね。

宮川真一 こちらも長造の作品です。どうぞ、ご覧ください。外には松原を描き、見込み(内側)に富士を描いています。

前田 これも江戸時代の作品なんですか。モダンアートにも通じるようなセンスを感じますね。それでいて、奥ゆかしく、品がよく…。

宮川長造作 ワラ灰釉銹絵 富士に松原の絵 茶碗
(撮影:栗原克己)

―― そう、そう(笑)。絵付けは単色で、ラフな筆のタッチだけれど、これを工業製品風にきれいに整えたら、この魅力は生まれないと思う。幕末を代表する名工と言われた長造の、こういった「崩し方」に類いまれなセンスを感じますね。

宮川真一 それは最高の褒め言葉ですね。冬のりんとした空気の中の風景が再現されている。何気なく見せていますが、計算し尽くされた作だと思います。

前田 完璧にしないための、完璧な技巧が必要ってことなんですね。クルマのデザインにおいても、さりげなく、けれども時代を超えて人の心に訴えかける「美」を実現したいと思っているのですが、これがなかなか難しい。

―― 難しいのはわかる。けど、来年はマツダの創立100周年。クルマを作り出して100年も経つわけだから、そろそろ「日本らしさ」の答えを出さないと。それこそ、前田がやるべきことでしょう。先頭に立って。

前田 それは買いかぶりすぎ(笑)。でも、答えを探しながら、前に進んでいかないとね。

宮川真一 ところで、せっかくいらしていただいたことですし、工房で絵付けを体験していきはりません?

前田 え、いいんですか!?

宮川真一 はい、ぜひ!

―― おお、前田画伯の出番だ!

 伝統工芸とクルマの共通点を見出しながら、「次の100年」に向けるものづくりについて。京焼の継承者たちとの談義は、数々の示唆に満ちたものとなりました。次回は、マツダの本拠地、広島で1年に及んだ連載を振り返ります。

(撮影:栗原克己)

(文:常緑編集室 服部夏生)

前田育男 マツダ 常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当

1959年生まれ。修道中学・高等学校、京都工芸繊維大学卒業。1982年にマツダに入社。横浜デザインスタジオ、北米デザインスタジオで先行デザイン開発、FORDデトロイトスタジオ駐在を経て、本社デザインスタジオで量産デザイン開発に従事。2009年にデザイン本部長に就任。デザインコンセプト「魂動」を軸に、商品開発、展示会や販売店舗のデザインなど総合的に推進するプロジェクトをけん引した。2016年より現職。

仲森智博 日経BP総研 フェロー
1959年生まれ。修道中学・高等学校、早稲田大学理工学部卒業。1984年沖電気工業入社、基盤技術研究所にて結晶成長の研究などに従事。1989年日経BP社入社、日経メカニカル(現日経ものづくり)編集長、日経ビズテック編集長、日経BP未来研究所長などを経て2018年から現職。早稲田大学研究院客員教授なども務めた。『思索の副作用』(電子出版)、『自動運転』(共著)など著書多数。日本文化、伝統工芸の分野での仕事も多く、「技のココロ」(連載、共著)、『日本刀-神が宿る武器』(共著)などの書籍、記事がある。