マツダの快進撃が止まらない。

 一時は経営危機に陥った広島の自動車メーカーは、新世代技術「スカイアクティブ・テクノロジー」とデザインテーマ「魂動(こどう)」を両輪に、全車種のラインナップを一新。「人馬一体」と表現される運転する楽しさを追求した車は、世界市場で人気を獲得し、見事な復活を遂げた。昨年発表されたコンセプトカー「ビジョンクーペ」や、次世代ガソリンエンジン「スカイアクティブX」などが指し示す、さらなる進化にも大きな期待が寄せられている。

 前田育男。マツダの革新をデザインで引っ張ってきた人物だ。「RX-8」や3代目「デミオ」といった名車のデザインを手がけ、2009年にデザイン部門のトップに立つ。以来、デザインプロセスをドラスティックに変革、「魂動」コンセプトのもと生命感あふれるデザインの車を生み出してきた。さらに、販売店のデザイン、モーターショー会場の監修なども手がけながら、マツダのアイデンティティをデザインで端的に表現してきた。

 現在、常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当を務め、マツダを「豊かな」ブランドにするべく疾走を続ける革新者に聞くのは、ずばり「デザイン論」、テーマは「相克」。伝統と革新、普遍性と時代性、マスとニッチ、合理性と無駄、光と影…。デザインとは、表裏一体、時として相反する命題に向かい合い、1つの「形」にまとめ上げるという宿命を持つ。そのデザインを頼みとし、マツダという会社を通して世界市場へと打って出た前田だけが語り得る「生きた」話の数々。それらが指し示す先には、どのような景色が広がっているだろう。

 インタビュアーを務めるのは、仲森智博(日経BP総研フェロー)。広島で育ち、中学、高校時代は、前田と同級生だったという人物だ。

「それにしても仲森は、あの頃と変わらんねえ」

 学生時代の思い出話も飛び出しながら紡がれる、ホンネの連載。初回は「前口上」だったはずが、のっけから熱い話となりました…。

前田育男氏 マツダ 常務執行役員 デザイン・ブランドスタイル担当
(撮影:栗原克己)

―― 久しぶりに会ったわけだし、まずはリップサービスからね。最近、車好きの人と話していると「最近のマツダいいよね」って言われることが多い。特にデザインがいいと。広島で育ったものとしては何やらうれしくなってしまうわけだけど、張本人である前田からすればどう?

前田 それは純粋にうれしいよ。特に「マツダ」ってところが。少し前だったら、例えば「RX-7いいよね」みたいに、特定の車種を指して褒めていただくことが多かったから。

―― その変化にはワケがあるよね?

前田 もちろん。2010年に「魂動デザイン」というテーマを設定して、マツダとして統一性のあるデザインを考えるように変えた。ブランド戦略を考えてそう変革した。その成果が「マツダいいよね」という言葉に集約されていると思う。

―― ブランドとしてのアイデンティティを際立たせたいという思いは、日本の他のメーカーだって強烈に持っているはずだけど、成果を出しているところは少ないように感じる。なのに、なぜマツダにはできた?

前田 いい意味で、開き直ったから。

 1996年からしばらくの間、フォードグループの傘下に入っていた頃は、マツダのブランドの方向性はフォードが決めていた。ところが2008年のリーマンショックの影響で経営危機に陥ったフォードが、経営の主導権を手放した。再び独り立ちすることになって「自分たちがどういうブランドなのか」という原点を、改めて考え直さなければならない立場に置かれたんだ。その時「マツダの世界シェアは2%程度。それなら最大公約数を狙うのではなくて、ファンの方たちが心底愛してくれるものづくりをしよう」、つまり車好きのコアな方々に向かって、ものづくりをしようと腹をくくった。

 2009年にぼくがデザイン本部長になってやったことの1つは、一般ユーザーにプロトタイプの感想を聞いて製品に反映させる「市場調査」をやめること。「マスに嫌われないようなデザインを」といった受動的な姿勢でいる限り、ブランドのアイデンティティは確立させられないから。経営状況がひっ迫していて、これから先、生きるか死ぬかもわからないんだったら、マツダの哲学を明確に打ち立てて世に問うてみようと。開き直るしかなかったのかもしれない。個人的には、危機感に加えて、フォード傘下時代に自分たちだけでブランドを作れなかったフラストレーションが、マグマのようにたぎって、ついに爆発した感はある。

―― マツダというブランドが1つのイメージとして捉えられるようになったのは、ブランドカラーを「赤」にしたことも大きいように思う。あの、独特の赤。あれを見ると「あ、マツダだ」って思う。でも、なんで赤?

ソウルレッドクリスタルメタリック
(提供:マツダ)

前田 それは、カープが赤だから。

―― ほんま?

前田 ほんま(笑)。というか、それもないではないということだね。実は、最初は違う色も候補にあった。マツダのロゴに使ってる「マツダブルー」、あの青系の色も考えた。でも、過去のヒット作を振り返ると、赤のファミリア、赤のMPV、赤のロードスター、赤のRX-8みたいに、なぜか「赤い車」が多かった。さらに言えば、マツダとして表現したいパッションや生命感、情熱といった要素もそこに込めたかった。そうなると青じゃない。赤。わりとすんなり決まった。そこからさらに模索して、フォルムの陰影を的確に表現できるメリハリの効いた「ソウルレッド」という独自の色にたどりついた。

―― そういえば友人が「カープのヘルメットの色がいつの間にか微妙に変わった、そして変わってからは、いつもぴかぴか輝いている」って言っていた。あればマツダのクルマの色に違いないって。ほんまなん?

前田 そうそう、実はあのヘルメットの色は、マツダのデザイン本部で作った。ただ、クルマで使う「ソウルレッド」の赤とはちょっと違う。カープ向けのスペシャルカラー。選手がフィールドに立ったときに、ちゃんとソウルレッドに見えるようにチューニングした。

(撮影:山本祥 提供:マツダ)

―― なるほど。「カープ女子」が話題だけど、野球観戦しながら「そういえば、赤ヘルってマツダの車みたいじゃない?」「ほんとだ、赤ヘルは最高だけど、マツダのクルマもいいよね」とか話しているかも。

前田 そう、色はブランドの哲学を表現する上で、とても大切な要素だから。

―― ちょっと話題をクルマ全般に広げたいのだけど、最近、個人的に「どうだ、格好いいだろう」って気張りすぎているデザインのクルマが増えてきたように感じている。クルマに限らず、ハイブランドの商品なんかにも「このデザイン、すごいだろ」って気張りすぎていて、見ている方が気恥ずかしくなるようなのがね。そういうの見るたびに、「イタい」って感じてしまうんだけど、前田はどう?

前田 確かにあるね。世間では「クール」とされるデジタル的でエッジーなもののなかに多いかもしれない。カッコいいと気張っているかどうかは分からないけど、結局そういうデザインは、足して、足して、足して、足し算のデザインだと思う。よく冗談で「インスタントに5分で作れるデザインだよね」と話している。要するに、試行錯誤のない、練り込まれていないデザイン。

 じゃあ闇雲に練り込めばいいのか、という話でもない。ぼくは、デザインはやっぱり人の手で練り込んでいくべきなんだと思っている。時間をかけて人の手で作り上げたものには、創り手の愛情が入って、奥深く、優しさのあるデザインになると信じている。いわばデザインのデジタル・デトックスだね。

 マツダは、社員たちが自社の車を愛称で呼ぶような社風。社内で至上とされている褒め言葉は「変態」だけど、まさに変態ばかりが集まっている会社(笑)。そんな自分たちにとってクルマとは、単なる商品や製品じゃない。相棒であり、恋人であり、家族であり、パートナー。車を命あるものとして捉えて、愛情を持って自らの手で練り込んでいくことこそ、魂動デザインの基本。そうやって人間が練り込んだデザインには「イタさ」は感じないはず。

 多くの人に嫌われないようにと考えれば、いろいろな要素を詰め込みたくなる。その結果、あれこれ「足した」デザインになる。自分たちは、その反対の方向、日本古来の「引き算の美学」みたいな美意識を目指したいんだ。

―― 「ビジョンクーペ」(2017年に発表したコンセプトモデル)は、その象徴ということ?

前田 そう。ビジョンクーペのデザインテーマは「光をつくる」こと。光の当て方を少し変えるだけで、ボディの表情がどんどん変わっていくような、微妙な陰影を表現したかった。

マツダ VISION COUPE
(提供:マツダ)

 この「光」を作るだけで2年かかった。そもそも車のデザインを決めるフォルミングはクレイモデルでやるから、実物の鉄板みたいには光らない。だからマツダが誇るクレイモデラーたちでも、実物にしたらどう光が反射するかまでは詳細には把握できないんだ。だから、ギブアップ寸前まで追い詰められた。

 そこで導入したのがコンピュータ・シミュレーション。クレイモデルを3Dデータに落とし込んで、光を当てるとどうなるかを確認する。そこで出てきた結果をもとにして、またモデラーがクレイモデルを作っていく。この作業を延々と繰り返していって、ようやくデザインの細部が研ぎ澄まされていった。手仕事に重きを置いて、必要な場面でコンピュータをサポートとして使うことで、日本の美意識を反映した、デリケートなフォルミングが実現できたと思っている。

―― お茶の世界での話なんだけど、茶碗の最高峰といわれるものの1つに「乙御前(おとごぜ)」というやつがある(スマホで画像を見せる)。日本美術史上最高の芸術家の一人と言われる本阿弥光悦の代表作。

前田 ああ、いいねえ。

本阿弥光悦 作 赤楽茶碗 銘 乙御前 個人所蔵 
画像提供:東京国立博物館 Image: TNM Image Archives

―― 欠けやゆがみもあって、自然な「やれた」味わいがある。ところが何年か前、光悦の茶碗を集めた展覧会に、同じような欠けやゆがみがある「類品」がいくつか展示されていたんだ。つまりこの味わいは偶然に生まれたものではなかった。人為的な計算の極致として生まれたものだったというわけ。

前田 自然な風合いに見えるけど、よく観察していくと計算し尽くされたバランスを保っていることに気づく。そういうものこそデザインの1つの理想だと思う。

―― 某伝説的な茶人は乙御前を見てただ一言、「たまらぬものなり」と評したらしい。まさに具体的にどう、あそこがどうというのではなく、言葉にしがたい魅力があるということではないかな。

前田 それはよく分かる。ぼくもフリーハンドで作った金型を使って、左右非対称のフォルムを持った車を世に送り出したい、と夢想することがあるんだ。でも、開発に300億円かけて100万台を売るクルマに、茶碗のような「ゆるさ」を取り入れるのはかなり難度が高い(笑)。そもそも今の車には、相当進化したデバイスが入っているから、その分デザインの自由度は低くなっている。

―― 確かに、クルマである以上、機能は犠牲にできない。

前田 それでも「たまらぬ」と評価されるような車を作ることは、いつか到達したい目標だな。ビジョンクーペもショーの後に「ずっと見ていても飽きない。立ち去る時『ああ、日本だな』と思った」などという感想をいただいた。そういった明確に「どこがいい」と言葉に変換しきれないような魅力も評価されたから、今年の国際自動車フェスティバルでの「モスト・ビューティフル・コンセプトカー・オブ・ザ・イヤー」を受賞できたのかなと思う。

(提供:マツダ)

―― 確かに、ビジョンクーペには表現し難い、不思議な魅力があるね。

前田 とことんこだわったから。ボディーに周りの環境をどう映しこむか、そこにどうすれば生命感を仕込めるか、という明確な意図を持ってフォルムを描いた。光に凄く敏感に反応する「匠塗(たくみぬり)」と呼ぶ独自の塗装も開発した。こうして、あらゆる環境に溶け込めるようにしたんだ。

―― 日本のショールームにある時と、ヨーローッパの街角にある時では、表情が全く違って見えて、しかも自然に周囲に溶け込むということ?

前田 そう。そこまで考えないとね、デザイナーなんだから。

話題はコンセプトカーから往年の名車に。「普遍美と時代性」「企業風土と地域文化」とテーマを変えながら、議論はさらに拡散し、そして深化していきます。(続く)

(文:常緑編集室 服部夏生)

前田育男 マツダ 常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当
1959年生まれ。修道中学・高等学校、京都工芸繊維大学卒業。1982年にマツダに入社。横浜デザインスタジオ、北米デザインスタジオで先行デザイン開発、FORDデトロイトスタジオ駐在を経て、本社デザインスタジオで量産デザイン開発に従事。2009年にデザイン本部長に就任。デザインコンセプト「魂動」を軸に、商品開発、展示会や販売店舗のデザインなど総合的に推進するプロジェクトをけん引した。2016年より現職。

仲森智博 日経BP総研 フェロー
1959年生まれ。修道中学・高等学校、早稲田大学理工学部卒業。1984年沖電気工業入社、基盤技術研究所にて結晶成長の研究などに従事。1989年日経BP社入社、日経メカニカル(現日経ものづくり)編集長、日経ビズテック編集長、日経BP未来研究所長などを経て2018年から現職。早稲田大学研究院客員教授なども務めた。『思索の副作用』(電子出版)、『自動運転』(共著)など著書多数。日本文化、伝統工芸の分野での仕事も多く、「技のココロ」(連載、共著)、『日本刀-神が宿る武器』(共著)などの書籍、記事がある。