世界屈指の規模を誇る大型産業見本市「Hannover Messe 2019」が2019年4月1~5日に開催された。「インダストリー4.0」の動向を探る場として、数年前から大きな注目を集めているこのイベント。今回は、「5G(第5世代移動通信システム)」や「AI(人工知能)」など先進技術が話題を集める一方で、華々しいコンセプトを前面に出した展示は鳴りを潜め、「ユースケース」やそれを支える製品や技術をアピールする出展企業が目立った。製造業革新を巡る話題の焦点は、「総論」から「各論」へと移行しつつある。

 毎年4月ころに開催されるHannover Messeは、ドイツの主要都市の1つ、ハノーバーの郊外にある広大な国際見本市会場で繰り広げられる(図1)。約100万m2の敷地内に設けられた27の展示ホールの総展示面積は49万8000m2に及ぶ。東京都江東区にある展示会場「東京ビッグサイト」の東ホールと西ホールを合わせた面積の約5.2倍である。Hannover Messeでは、この展示スペースのほぼすべてを使う。主催者の発表によると、2019年の出展社数は、世界75カ国から約6500以上に上る。昨年の約5800を700ほど上回った。会期中の来場者数は約21万5000人で、このうちの40%が海外から訪れているという。

図1 Hannover Messe 2019の会場風景
(撮影:Mari Kusakari)

 2013年ころからHannover Messeは、製造業革新の最新動向を把握できる場として世界の注目を集めている。キッカケは、ドイツ政府が2011年に立ち上げた製造業革新プロジェクト「インダストリー4.0(Industrie4.0)」である。2013年にプロジェクトのコンセプトをまとめたドキュメントがHannover Messeのタイミングに合わせて公開されると、ICT(情報通信技術)を駆使して新しい製造業の仕組みを実現するという斬新な内容が世界の注目を集めた。これを契機に製造業革新の機運が世界各地で盛り上がり、これとともにインダストリー4.0にまつわる様々な情報や技術、製品が登場するHannover Messeが注目を集めるようになった。

 来場者数が昨年の数字を上回り、依然として世界の関心が高いことがうかがえるHannover Messeだが、2019年は会場の雰囲気が少し変わった印象を筆者は受けた。イベントを総括するキーワードが会場で見当たらなかったからだ。ここ数年、「IoT(Internet of Things)」「IIoT(Industrial IoT)」「スマート工場/つながる工場(Connected Industries)」「デジタル化(Digitalization)」など製造業を巡る新しいコンセプトを表すキーワードが毎年のように登場し、会場のいたるところで目にしたり、耳にしたりした。2019年の会場では、こうした目新しいキーワードに出合う機会がほとんどなかった。

より具体的な提案を強化

 もっともこれは、新しい概念が業界に定着し、出展者や来場者の関心の対象が「総論」から「各論」へと移ってきたからだと見る。実際、こうした方向性を明確に打ち出していたのが、ドイツの製造業を代表する企業Siemensの展示ブースである(図2)。このイベントの中で最も注目を集めるブースの1つだ。

 例年同社は事業戦略を表すテーマを掲げて展示を展開する。2019年のテーマは、「Digital Enterprise - Thinking Industry Further」。現場から収集した大量のデータを活用してものづくりの仕組みを革新するデジタル化の進め方をより深く考えようというのが、このテーマの趣旨だ。過去のテーマと比べると同社が具体的なソリューションを強化する方向に向いてきたことが分かる。

 2017年のテーマは、「Discover the Value of the Digital Enterprise」。この年、同社はクラウド・ベースの産業用IoT基盤「MindSphere」を発表。デジタル化に向けたソリューションに本腰を入れる方針を打ち出した。2018年のテーマは、「Digital Enterprise - Implement Now!」。デジタル化に向けた一歩を踏み出すことを市場に訴えた。2019年のテーマは、様々な分野や業界のニーズに踏み込んだソリューションを提供する方針を表現したものだ。

 
図2 Siemensの展示ブース
(撮影:Mari Kusakari)

 このテーマに応じて、展示ブースでは昨年と同様にデジタル化のコンセプトをアピールする一方で、デジタル化を支える個別の製品や技術を強調して紹介していた。例えば、その1つが、産業用IoTシステムのエッジ領域に向けた情報処理用端末「Industrial Edge」(図3)。工場やプラントの現場で、AI(人工知能)など大量のデータを処理する用途に合わせて開発したデバイスである。

図3 エッジ領域に向けた情報処理用端末「Industrial Edge」
(撮影:Mari Kusakari)

 もう1つ新製品として積極的に紹介していたのが、プロセス系の工場やプラントに向けたWebベースの制御システム「Simatic PCS neo」である(図4)。エンジニアリング情報の管理、設備の状態や制御のモニタリングなどのシステムがGUI(Graphical User Interface)を使った簡単な操作で構築できる。展示では、Simatic PCS neo をベースに開発したプラント設備の管理システムのデモンストレーションを実施していた。AR(拡張現実)の技術を利用したもので、模型のプラントにタブレット端末を向けると、端末の画面に表示されたプラントの映像に重ねて設備の状態や関連情報が表示される。

図4 Webベースの制御システム「Simatic PCS neo」のデモンストレーション
(撮影:Mari Kusakari)

人と機械が協働する工場を実演

 ユースケースの展示を前面に出す出展者が目立っていたのも、業界の関心が「各論」にシフトしていることをうかがわせた。例えば、人と機械が協調しながら作業をする工場の将来像を具体的に見せていた独SEW Eurodriveや独ABBである。

 ギア変速機やギアモーターなどの駆動デバイスを手がけるSEW Eurodriveは、マスカスタマイゼーションに対応した自動車組み立て工場のデモンストレーションを披露した(図5)。大型のAGV(Automated guided vehicle:無人搬送車)に載った車体が、組み立て作業を分担している作業者の所を順番に移動し、それぞれの場所で作業者が部品を取り付ける。固定したラインを使わないので、生産プロセスを自由に変更できるのが特徴だ。小型AGVやモノレール型搬送装置が大型AGVと連携しながら生産現場に部品を供給する仕組みや、ARの技術とスマートグラスを利用した検査システムも盛り込まれている。

   
図5 SEW Eurodriveが展示した自動車工場
(撮影:Mari Kusakari)

 産業用ロボットを提供しているABBは、「Factory of the Future」というキャッチフレーズを掲げ、多品種少量生産に適した次世代の生産ラインを展示(図6)。人と機械が連携しながら、注文に応じたカスタムの腕時計を生産する工程を見せた。装置は、双腕型協働ロボット「YuMi」と多関節ロボット「IRB 1200」がそれぞれ2台、スカラロボット「IRB910SC」、独B&Rのリニア搬送システム「SuperTrak」を組み合わせたもの。腕時計の時計本体とベルトをピックアップして組み立ててから、箱詰めするまでの一連の作業を、5台のロボットが実行する。その工程の一部に人による作業が組み込まれている。スカラロボットと多関節ロボットは、一緒に作業する人間の安全を確保するために、人の動きを検出するセンサーなどを用いた安全装置を実装している。

図6 ABBが「Factory of the Future」と呼ぶ工場の実演
(撮影:Mari Kusakari)

IT業界も実践的な展示を強化

 インダストリー4.0が話題になったころから毎年数が増えているIT業界からの出展企業のブースでも、エンドユーザーの領域に一段と踏み込んだ製品や技術の展示が随所で見られた。

 例えば、2015年から大型の展示ブースを設けている米Microsoftの展示である(図7)。従来と同様にスペースの大半を使って、約30社のパートナー企業やユーザー企業の導入事例やユースケースを紹介していた。

 
図7 Microsoftの展示ブース
(撮影:Mari Kusakari)

 その中でデジタル化によるビジネス変革の事例として展示していたのがスイスの食品加工機メーカーBühlerのトウモロコシ選別装置である(図8)。AIと画像認識の技術を利用して、カビの発生によって有毒化したトウモロコシを選別する。有毒物質に紫外線を照射すると発光する仕組みを利用したものだ。実はこのシステムは昨年も展示している。今回は選別する際に収集したデータを、サプライチェーンを構成する企業間で共有して食の安全を保証する仕組みを実現するためのソリューションも展示した。クラウド・サービス「Azure」が提供するブロックチェーン技術「Azure Blockchain Workbench」をベースに開発したものだ。

図8 スイスBühlerのトウモロコシ選別装置
(撮影:Mari Kusakari)

 豊田自動織機の欧州法人Toyota Material Handling Europe(TMHE)とMicrosoftが共同開発したAGVの制御技術も前回に続いての展示だが、新しい技術を盛り込んだうえで、より実際に近い形でデモンストレーションを実施していた(図9)。具体的には倉庫を想定したスペースの中を、デモ用に開発した複数の小型フォークリフトが、他の小型フォークリフトや障害物を避けながら自律走行して荷物を運ぶ様子を見せた。

図9 Toyota Material Handling Europe(TMHE)とMicrosoftが共同開発したAGVの制御技術のデモンストレーション
(撮影:Mari Kusakari)

 小型フォークリフトの制御プログラムは、オープンソースソフトウエアとしてMicrosoftが公開している自動運転車シミュレータ「AirSim」を利用して開発した。倉庫内部や倉庫内の障害物を仮想空間に再現し、その中で仮想的なフォークリフトを動かしながら制御プログラムや制御用のデータを作成。それを実機に実装している。この仕組みは、2018年に展示していた装置と同じだが、2019年は制御プログラムを開発するプロセスに、Microsoftが2018年に買収した米国のAIベンチャーBonsaiが開発した深層強化学習技術を適用。これによって実際の倉庫で稼働させて取得したデータを使わずに制御プログラムが生成できるようにした。開発期間が短縮できるうえに、制御プログラムの精度も向上させることができるという。

 このほか同社は産業用IoTのエッジ領域、つまり現場に近いところで使うシステムをいくつか展示して、製造業のデジタル化を現場から支援する姿勢を強調していた。例えば、エッジ機器向けOS「Windows 10 IoT」および関連ハードウエア、エッジ領域にクラウドを構築するためのサーバー「Azure Stack」、制御機器と情報システムの間でデータを交換するための規格「OPC UA」の利便性を向上するツール群、「OPC Publisher」「OPC Twin」「OPC Vault」などである。