食品業界で野菜の洗浄殺菌に広く使われている次亜塩素酸ナトリウム系水溶液に、オゾンで挑んだのがライオンと子会社のライオンハイジーンだ。殺菌力の高いオゾンは、"次亜" とは違って食味の劣化を起こさない一方で、濃度が高くなると人体(工場従事者)の健康に害を及ぼすため、コストを抑えながら実用化するのは難しいとされてきた。マイクロバブル化技術やオゾン分解技術を通じて、そうした課題を打ち破るカット野菜洗浄装置を開発した。(文:関 行宏)

 スーパーマーケットやコンビニエンスストアで好調な売り上げを示しているのがカット野菜やパックサラダだ(図1)。野菜を個別に購入するよりも手軽で、下ごしらえも不要といったメリットがあり、仕事や育児に忙しい消費者に受け入れられている。国内の市場規模は、2017年には2420億円と推計注1)されていて、この6年間でほぼ2倍になった。今後もさらなる成長が見込まれている。

注1)独立行政法人 農畜産業振興機構「平成29年度カット野菜・冷凍野菜・野菜惣菜に係る小売販売動向調査」、平成30年7月

図1 人気を博しているカット野菜やパックサラダ商品。
(写真はイメージで、殺菌・洗浄方法を示すものではありません) 画像提供:セーラム / PIXTA(ピクスタ)

 こうしたカット野菜は、衛生管理が徹底された食品加工工場で作られる。元となる野菜を水洗いしたのち、商品に適したサイズにカットし、殺菌・洗浄および脱水を経て、計量・包装して出荷される。

 ライオンの子会社で、食品用洗剤や衛生管理ソリューションを手がけるライオンハイジーンが開発したのが、カットした野菜を殺菌・洗浄する「野菜キレイMiBO(ミーボ)システム」である(図2)。殺菌手段として、この分野で一般的となっている次亜塩素酸ナトリウム系水溶液注2)ではなく、オゾンを用いたのが最大の特徴だ。

注2)溶液や溶剤の詳細は厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」で規定。

図2 「野菜キレイMiBOシステム」の全景(これは4槽で構成した評価設備)。本体部分は業界大手の細田工業とパートナーを組んで開発した。奥の左側がオゾン発生装置、中央がオゾン分解機である。発散したオゾンを回収する吸気孔などは目立たないように組み込まれている。
(撮影:栗原正巳)

 開発の背景について、ライオンハイジーンで企画開発を担当する宮坂広夫氏は次のように説明する。「カット野菜やパックサラダはとても便利な商品ですが、新鮮な生野菜と食べ比べると、いわゆる『えぐ味』を感じることがあります。実は次亜塩素酸ナトリウム系水溶液は野菜の細胞膜を破壊してしまうことが知られており、えぐ味のほか、独特の臭いがする、野菜の色が黄色っぽくなる、ボリューム感が失われる、水が出やすい、といった課題が以前から指摘されていました」。

 代替手段としてライオンハイジーンが着目したのが「オゾン」だった。3個の酸素原子が結合したオゾン(O3)は、酸素(O2)に比べて原子がひとつ多いだけだが、強い酸化作用があり、殺菌や脱臭などに用いられている。

 「"次亜" ではなくオゾンで洗えば、野菜が傷まず味も落ちない」――食品加工業界の一部では知られているそうだが、オゾンは濃度が上がると人体(工場従事者)の健康に影響を及ぼしてしまうという厄介な性質を持つため、実際に運用するとなるとかなり難しい。装置を密閉構造にしたり、加工工場内に排気装置を設置したりするなどの対策を行えば理屈の上では解決できるが、次亜塩素酸ナトリウム系水溶液を使った従来の洗浄方法にコストで負けてしまう。食味の変化などのマイナス面があるとはいえ、「"次亜" の壁」を乗り越えるのは簡単ではなかった。

次世代の洗浄方法としてマイクロバブルに着目

 開発の発端は2004年だったと、かつてライオンの応用研究所でマイクロバブルを使ったオゾン洗浄の基礎研究を進め、その後、実用化に向けたプロジェクトとともに子会社のライオンハイジーンに移った久保園隆康氏は言う。「当時、洗剤ゼロのコースを備えた洗濯機が登場してきたのがきっかけでした。洗剤業界にゲームチェンジが起こるのではないかといった危機感があり、次世代の洗浄方法の研究をスタートさせたのです。ですから当初の対象は野菜ではなく衣料でした」。

(左)ライオンハイジーン 企画開発部 研究所 ディレクター 鍋田優氏、(中)ライオンハイジーン 企画開発部 研究所 所長 久保園隆康 氏、(右)ライオンハイジーン 取締役 企画開発部長 宮坂広夫氏(いずれも取材当時)
(撮影:栗原克己)

 ライオンが次世代の洗浄方法としてまず着目したのがマイクロバブルだった注3)。直径が100μm以下の微細な泡には洗浄や殺菌の作用があることが知られていたからだ。ただし効果を検証したものの、衣料に関しては洗剤の代わりになるほどの洗浄力は得られないとの結論に至ったという。

注3)直径1~100μmの気泡の総称で、水などの液体に生体活性や洗浄性など様々な機能を与える。直径1μm以下のウルトラファインバブルと合わせて、ファインバブルと総称される。

 通常ならばその時点でマイクロバブルは研究候補から外されるところだが、長時間消えずに水中に留まるといったマイクロバブルが持つ様々な性質に当時の担当者が大きな可能性を感じ、そのやる気に押される形で洗浄対象の見直しが行われた。

 「ライオンのグループ全体で見ると、衣料だけではなく、半導体、工業部品、食品など、あらゆる分野の洗浄を扱っています。いろいろと調べてみると、食品加工業界では殺菌に次亜塩素酸ナトリウム系水溶液を使っているものの食材にダメージを与えることが課題となっていることが分かり、また、カット野菜市場の成長が見込まれていたため、それであれば殺菌力の高いオゾンとマイクロバブルとを組み合わせてみたら面白いのではないかと考え、洗浄対象を野菜に変えて再スタートを切ってみようということになりました」(久保園氏)。

業界の常識を破る「開放型」でのオゾン洗浄に挑戦

 ここでオゾンについて少し説明しておこう。オゾンは3個の酸素原子で構成されていて、自然界に0.005ppm程度存在している。ちなみに、古いコピー機の周辺で感じられる独特の臭いは、内部の高圧回路で発生したオゾンの臭いである(現在のコピー機は対策が進んでいてオゾンはほとんど発生しない)。

 オゾンは酸化作用を持っているため殺菌や脱臭などに広く用いられている一方で、濃度が高くなると人体に有毒となる。労働環境のガイドラインで示されているのは平均濃度0.1ppm以下である注4)。オゾンが漏れないよう密閉構造にした野菜洗浄装置は実用化されているが、処理できる量が少ない。量産工場に適するレベルでオゾンを使った野菜洗浄の実用化が進んでいないのは、工場内環境での濃度の制御が難しいからともいえる。

注4)社団法人 日本産業衛生学会は、労働者が1 日8 時間,週間40 時間程度,肉体的に激しくない労働強度で有害物質に曝露される場合のオゾン濃度を、0.1ppm以下と定めている。

 ただし、オゾンは他の物質に触れて酸化反応が生じると安全な酸素に変わり、残留したり副生物を生んだりはしない。すなわち適切に分解(失活)すれば無害になる。

 オゾンに関してこのような制約がある中で、基礎的な技術開発を担当したライオン(応用研究所)と、その後カット野菜洗浄装置の実用化を担当したライオンハイジーンは、既存の加工工場にも手軽に導入してもらえるよう、密閉型ではなく開放型を目標に据えた。

 開発には様々な課題があったそうだが、代表的なのは2点である。

 まず、水中のオゾン濃度の向上である。オゾンは水に溶解しにくいため、水中に泡を晒しただけでは水に溶けずに洗浄槽の表面から発散し、野菜に対して殺菌作用を発揮しないまま環境濃度をいたずらに高めてしまう。そこで、次世代の洗浄方法として調査研究を行ったマイクロバブルをオゾンに適用することにした。泡のサイズが小さくなれば表面積が増えて溶解しやすくなるからだ。

 ただし、一般的なマイクロバブル発生装置は泡を機械的に剪断(せん断)する過程で熱が発生し、冷温に維持すべき洗浄水の温度を上昇させてしまう懸念があった。また、洗浄槽を循環する野菜くずが剪断部分に挟まる可能性も考えられた。

 そこで久保園氏らは、界面活性剤を使ってマイクロバブルを発生させる方法を発想する(図3)。「界面活性剤を入れると泡が小さくなることはわれわれにとっては常識のひとつでした。今でこそマイクロバブル生成の一手段として用いられていますが、当時はあまり知られていなかったようです。界面活性剤に詳しいライオンだから発想できたアイデアだったと思っています」(同氏)。

図3 界面活性剤を使ったマイクロバブル化の様子。右のように特殊な界面活性剤をわずかに注入するだけで、泡の表面張力が低下して微細になり、50μm程度のマイクロバブルになる。機械的に泡を剪断する手法に比べてエネルギーが少なくて済む。
(画像提供:ライオンハイジーン)

 様々な試行錯誤を経て、食品添加物として認められている2種類の界面活性剤を組み合わせると、次亜塩素酸ナトリウム系水溶液とほぼ同等のランニングコストで、オゾンガスを50μm程度のマイクロバブルにできることを発見。野菜くずが詰まらないよう工夫した専用のオゾン・エジェクタ(図4)もあわせて開発した。

図4 青いユニットが気液混合によるオゾン・エジェクタ。野菜くずなどが流れてきても詰まらないよう、循環経路を太くするなどの工夫を行った。混合されたオゾンは通常の泡として洗浄槽に入るが、写真奥から注入されるマイクロバブル化剤(図3右)によってマイクロバブルに変わる。
(撮影:栗原正巳)

残留オゾンの分解手段を確立し安全な濃度の維持に成功

 もうひとつの課題は作業環境の安全性だった。そこを主に担ったのがライオンハイジーンの鍋田優らのチームである。「オゾンのマイクロバブル化によって、通常サイズの泡で混入させる場合に比べて濃度を10分の1程度に抑えることが可能になり、また、オゾンが水中にとどまっている間にほとんどが酸素に変わるのですが、それでも、一部は洗浄槽の表面から空気中へと発散するため、洗浄槽の周囲から吸引し失活させる方法を開発しました」。

 吸い込んだオゾンを含む空気は、排気設備があればそのまま外に流せばよいが、加工工場から見ると導入が難しくなる。回収したオゾンをシステム内部で失活させたほうが自由度が上がる。「洗浄装置周辺の平均オゾン濃度をガイドラインで示されている0.1ppm以下に維持するには、洗浄槽周りから毎分数立方メートル以上の空気を吸引する必要があることが分かり、それだけの風量に対して、低温かつ高湿となる加工工場の環境でも機能するオゾン分解方法を見つけるのに苦労しました」(鍋田氏)。様々な分解剤をテストした末、食品工場での悪臭除去を専門とする業者が扱う分解剤に効果があることを見つけ、閉空間となる工場の中を安全な濃度レベルに維持することに成功した(図4)。

 さらに、周囲のオゾン濃度をほぼリアルタイム(1秒単位)に計測するために、センサーも独自に開発した。ハンディタイプのセンサーも併用しながら作業者の安全を確保している。

 実用化に向けて残ったのが殺菌効果や食味の検証である。まず殺菌処理後の生菌数や大腸菌群数注5)については次亜塩素酸ナトリウム系水溶液と同等の結果が見られ、日持ちについても問題ないことが確認された。オゾンでの殺菌は野菜の細胞膜を破壊しないため、栄養成分や見た目においても水洗いと変化はなかった。

注5)生食用野菜に関する微生物数の基準は一般に地方自治体によって定められており、各事業者はそれらに従い自主的な基準を設けている。

 また、実践女子大学生活科学部食生活科学科の数野千恵子教授や信州大学繊維学部の西松豊典教授(当時)・金井博幸准教授らの協力を得て、食味などの官能評価を行い、オゾンで洗浄した野菜の食味が真水で洗ったものと同等との結果を得た(図5)。筆者ら取材チームも、次亜塩素酸ナトリウム系水溶液で洗った野菜とは明らかに違うことを試食で確認させてもらった(図6)。

図5 実践女子大学の20代女性による官能評価試験結果。オゾン洗浄(図中のMiBO)は食味などに優れ、水道水洗浄と同等の品質との評価が得られた。
(図提供:ライオンハイジーン)
図6 次亜塩素酸ナトリウム系水溶液で殺菌洗浄したキャベツの千切り(左)と、オゾンで殺菌洗浄した同じ量のキャベツの千切り(右)。オゾン殺菌洗浄のほうが本来の鮮度を維持していることが分かる。
(画像提供:ライオンハイジーン)

困難にも諦めなかった技術者の熱意が成功を呼ぶ

 完成したオゾン洗浄システムは、「Micro Bubble Ozone」から「野菜キレイMiBOシステム」と名づけられ、2017年6月開催のFOOMA JAPAN 2016(国際食品工業展)でお披露目された(図2、図7)。2004年に次世代の洗浄方法の検討を開始してから13年が経っていた。

図7 「野菜キレイMiBOシステム」の全体構成。図中の「野菜キレイ MiBO-A/MiBO-B」はエジェクターで混合したオゾンの泡をマイクロバブル化する界面活性剤。オゾンモニター(センサー)とオゾン分解機によって周囲環境の安全性を確保している。
(図提供:ライオンハイジーン)

 実はここに至るまでにはひとつの失敗があったそうだ。「MiBOを製品化する6年前の2011年に、実用化に協力していただいたある大手食品メーカーの工場に第一世代のシステムを納入したことがありました。そのときは設備周りのオゾン濃度を下げる技術が確立できていなかったため、工場内に排気設備を新設してもらわなければならないなど、様々な負担をお願いしなければなりませんでした」と久保園氏は説明する。低温に維持しなければならない工場内の冷気を排出することにもなり、室温上昇を抑えるために空調コストが余計にかかるなどの問題が解決できず、結局その食品メーカーでは3年ほどで使用を終えたという。

 開放型のオゾン洗浄装置の実用化が難しいことをうかがわせるエピソードだ。

 野菜キレイMiBOシステムはすでに数社の食品工場に複数システムが納入され、人気の高いカット野菜の生産を担っている。また、2018年6月には、オゾン技術の普及推進に貢献したとして、特定非営利活動法人 日本オゾン協会から推進賞を受賞した。「食品加工業界での知名度も広がりつつあり、評価設備を見学に来られるお客様も増えてきました。ライオンハイジーンとしては、MiBOだけではなく食品工場全体の衛生管理や洗浄を含めてご提案できるため、今後、より大きなビジネスにつなげられると考えています」(宮坂氏)。

 これまで様々なメーカーが挑戦しては断念した開放型オゾン洗浄システムを実用化できたのは、マイクロバブルへの着想とマイクロバブル化剤の開発や、オゾン分解手段の確立と安全性の確保など、困難に直面しても諦めなかった技術者の熱意がいくつものブレークスルーをもたらしたからだろう。野菜をもっと美味しく提供したいという市場ニーズに、ライオンおよびライオンハイジーンにとってのコアコンピタンスのひとつである「洗浄」で応えたとも言える。

 生産した野菜をおいしく食べてもらえれば生産者にとっては張り合いになり、小売事業者は商品の価値を高められる。消費者はおいしい野菜を口にできる。技術革新が様々なメリットをもたらした。

 ライオンハイジーンではカット野菜以外への展開も検討しているそうで、今後の取り組みにも注目したい。

野菜洗浄の先駆けとなったライオンの「ライポンF」

戦前から戦後にかけて日本では回虫や鉤虫(こうちゅう)の陽性率が高く、厚生省(当時)の統計によれば1949年(昭和24年)には陽性率は73%にも達し、多くの死者も出ていた。まだ人糞を肥料として使っていた時代で、虫卵が野菜を介して人の口に入っていたためである。事態を深刻に捉えた厚生省の後押しもあり、ライオンが1956年(昭和31年)に発売したのが食器や生野菜用の洗剤「ライポンF」だった。通常の水洗いに比べて虫卵や残留農薬を効果的に除去できるというのがポイントで、多くの家庭で使われる人気商品となり、こうした取り組みもあって寄生中卵の陽性率は大きく低下した。ライポンFのブランドは現在も残っており、調理器具や野菜などの業務用洗剤として、ライオンハイジーンから液体タイプと粉末タイプが販売されている。

ライポンFの当時の広告
(資料提供:ライオン)