日産自動車が東京工業大学の広瀬茂男研究室と共同で開発し、同社の栃木工場に導入した多関節アーム型助力装置が、開発から10年を経て新たな脚光を浴びている。背景にあるのは、少子高齢化による労働力の減少や就労環境の改善に対する社会的ニーズで、同社からライセンスを受けた外部企業の手によって、より汎用的な装置として製品化され、重量物の移し替えや持ち上げなどの用途で他の業界にもユーザーが広がっている。こうした多関節アーム型助力装置の開発経緯を取材した。 (取材・文:関行宏)

 日産自動車栃木工場のボディ組み立て工程では、一風変わった装置が活躍している。最初は低く折りたたまれているアームの先端を、作業員が軽く持ち上げると、アームはあたかもシャクトリムシのように身体を伸ばして「く」の字形に立ち上がり、組み立て中のボディまで大型治具を支えてくれるという装置だ。

日産自動車栃木工場のボディ組み立てライン

 日産自動車が開発したこの装置は、人が重いものなどを運ぶときに支えて重量負荷を減らす、いわゆる助力装置の一種にあたる。ロボットとは違って自律的に動くことはなく、ちょうど電動アシスト自転車のように力を補助することが役割だ。

 近年、このような助力装置が数多く登場し、産業界の関心も高い。背景には、日本の総人口の減少と、それに伴う労働人口の減少に対する危機感があることは想像に難くない。特に将来の働き手をどう確保するかがあらゆる産業における課題になっている。

 助力装置は人手不足問題を直接解決するわけではないが、重量物の移動や運搬に伴う肉体的負担を軽減してくれるという意味で、労働環境の改善が図れるとともに、作業効率も上がる。ときには労災として認定されることもある腰痛の予防にもつながる。力の弱い人でも作業が可能となれば、就労機会も広がる。

 助力装置には、作業者が着用するパワーアシスト・スーツや、重量物を上部から吊り下げるクレーン式など、いくつかの方式があるが、日産自動車が開発した床置きでの多関節型は極めてユニークといえる。

多関節アーム型助力装置
日産自動車が開発した第2世代機(撮影:栗原克己)

東京工業大学の広瀬研究室の技術を活用

 この多関節アーム型助力装置の開発を振り返ってみよう。スタートは2007年。工場から要請があったわけではなく、生産技術を開発する車両生産技術本部 車両技術開発試作部(当時)からのシーズ案件だったと、プロジェクトを担当した楳澤正臣氏は当初の状況を説明する。「ヘビ型ロボットなどユニークな研究で知られる東京工業大学の広瀬茂男先生(現名誉教授)との共同研究の一環で、広瀬先生が持っていた多関節アーム型ロボティクス技術の具体的な活用方法を検討したのがそもそもの始まりでした」。

楳澤正臣氏
日産自動車 車両生産技術本部
車両技術開発試作部(開発当時)
(撮影:栗原克己)

 楳澤氏らは、まずフィージビリティ・スタディとして、社内の工場を回り、現場がどのような困り事を抱えているかを調査した。その結果、溶接や塗装が終わったボディの組み立て工程において、取り付ける部品やユニットの運搬や持ち上げが作業員の負担になっていることがあらためて明らかになった。

 また、ラインで作業に従事している人の年齢構成を調べてみたところ、やはり全体的に年齢層が高く、肉体的な作業負担を軽くしたいという潜在的ニーズがあることも確認された。「現場の困り事と、広瀬研究室が持つロボティクス技術とをマッピングした結果、多関節アーム型の助力装置があれば作業負担の軽減に加えて作業効率の向上が望めると判断し、開発に着手しました」(楳澤氏)。

 ラインの組み替えなどにも柔軟に対応できるように、作業者が乗り込みラインと同期して動く作業用台車にも据え付けられるサイズとし、床面を起点に伸縮するユニークな構造を採用することにした。

滑らかなアシスト制御を実現するもコストが課題に

 開発がスタートしてまず課題になったのが、アームの駆動源の選択だった。片側におもりを付けたワイヤーで引っ張るメカニカル式、電動、空圧、油圧などいくつかの方法が考えられる中で、最初にメカニカル式を検討したという。だが、荷重がなくなったときにアームが伸びてしまうという問題があった。また、試作機の評価中にワイヤーが切れてアームが落下するというハプニングも起きた。そこで安全性やコストも考慮し、現場で潤沢に供給されている圧縮空気(空圧)を駆動源として採用することにした。

 次に課題になったのが制御方法である。楳澤氏ら開発チームは、作業者の操作性を重視し、滑らかかつ均一な力でアームを動かせるように、アシスト量を細かく調整することにした。実装を担当した馬場智也氏は次のように説明する。「それぞれのアームがどのような位置や角度にあっても、作業者が同じ力で操作できるように、各アームの角度情報を、センサーを使って取得して、そのデータに基づいて電空レギュレータを制御する方式を実装しました。この場合、センサーから得た情報から制御データを導くために複雑な計算が必要になります」。

馬場智也氏
日産自動車 車両生産技術本部
車両技術開発試作部(開発当時)
(撮影:栗原克己)

 そうした高度な制御を採用した理由は、現場で困り事をヒアリングした際に、荷重の有無や状態によって動きに軽い重いが生じるような助力装置は使いにくい、といった意見が挙がっていたからだった。スムーズな動きを実現することで、現場に広く受け入れてもらおうという狙いである。

 完成した「第1世代」の多関節アーム型助力装置は2008年に同社の栃木工場に導入された。しかし大きな問題があった。第1世代機はコストが高すぎたのである。「社内で開発した技術だからといって、現場が無条件に導入してくれるわけではありません。新規の生産設備への投資に見合う効果を実現できなければならず、この装置を社内にもっと展開するには、コストを半分以下に抑える必要がありました」と楳澤氏は説明する。そこで開発チームは、思い切った挙に出る。コストのおよそ半分を占めていた上述の制御回路をなくしてしまおうというアイデアだった。

コントローラをなくしてコストを大幅削減

(撮影:栗原克己)

 現場に導入された第1世代機の使い方を調べてみたところ、意外なことが分かってきた。「どのような条件でも同じ力で動かせるようにと制御を工夫したものの、現場ではおよそ2分おきのペースで次の車体が流れてくるため、操作感の良し悪しを感じるほどの時間的余裕がなく、そこまでの使い勝手は必ずしも求められていないことが分かってきました」(楳澤氏)。

 それならばと制御部分の思い切った簡素化を発案する。コストの内訳を調べていくと、メカ部分と制御部分とがそれぞれ同じぐらいを占めていたこともあり、センサーやコントローラを実質的になくして、空圧だけで制御することにした。

本村和寛氏
日産自動車 車両生産技術本部
車両技術開発試作部(開発当時)
(撮影:栗原克己)

 「モノを支えていないとき、モノを持ち上げているとき、モノを支えたまま保持しているとき、という3段階で駆動力を制御しても十分なことが分かり、操作ボタンで切り替えるだけの単純な回路を開発しました」(制御を担当した馬場氏)。

 また、機構部分も工夫した。機構系の設計を担当した本村和寛氏は次のように説明する。「それぞれのアームの可動範囲として決めた60度の中でバランスするように、アームのリンク部分の最適化を行っています。また、複数のアームがどれかひとつだけではなく均等に回るような工夫も入れてあります。できるだけコストを抑えながら、衝撃にも強い構造を実現しました」。なお、これらの制御や構造の開発では、いわばフルスペックともいえる第1世代機の開発を通じて得られた知見が存分に反映されたという。

 最終的に第1世代機に比べてコストをおよそ3分の1にまで抑えた第2世代機を2009年に開発し、栃木工場に追加で6台が導入された。

タクトタイム短縮と作業負担軽減に寄与

 栃木工場に導入された多関節アーム型助力装置は、ボディの左右にフロント・フェンダー・パネルをねじ留めする作業の効率化に一役買っている。この工程では、左右のフロント・フェンダー・パネルを正確な位置に固定できるように、ねじで仮留めした両側のパネルを専用治具で支えて位置決めをしてから、作業者がねじを締める。

 ここで使う治具は、畳一枚ぐらいの大きさのフレームに、パネルを押さえる金具などを取り付けたもの。重量は約20kgである。1~2人で支えるには大きいうえに重い。しかも、こうした治具を、ボディが流れてくるたびに、両方のフロント・フェンダーにまたがるように上からボディに載せなければならない。さらに、ねじ留めの作業が終わったらボディから下ろして定位置に戻す必要もある。こうした一連の作業を繰り返す作業者の負担は大きい。

 従来は左右のパネルを、それぞれの別の小型治具を使って固定していた。左右の治具を一体化することで、左右同時に固定できるので工程の合理化を図れる。しかも、左右のパネルを一緒に固定するので、より正確に位置決めをすることができる。「2014年に新しい車種の生産を始めるタイミングで一体型の治具を導入することにしましたが、大きくて重い治具をボディに載せたり、下ろしたりする作業の負荷が大きいことは、導入前から懸念していました」(日産自動車 栃木工場 第一製造部 車体課 小林光男氏)。そこで、この工程ではねじ止め作業者2人に治具を支える補助係を1人加え、合計3人の人員を配置した。それでも導入開始後、すぐに改善を求める声が現場から挙がったという。

 これに応える形で、多関節アーム型助力装置の導入が決まった。「すでに、ほかの工場のラインで第2世代機が使われており、その特徴や評判を耳にしていたので、すぐに思いつきました(小林氏)。実際に導入したところ、補助係が不要になり担当する作業者を2人に減らすことができた。しかも作業者の負荷を削減したことで、作業時間の短縮も図れた。「治具を移動させるときの負荷が大幅に減ったことで女性や高齢者を、この工程に配置することができるようになりました。実際、現在ボディ組み立て工程では女性が作業に従事しています。多関節アーム型助力装置がなければ、これは実現できなかったでしょう」(小林氏)。

生産現場で磨いた技術を社外に提供

 日産自動車では2013年から多関節アーム型助力装置の基本技術を社外に提供し、ライセンスを取得した企業が製品化している。メーカーにとってノウハウかつ財産である生産設備の技術を外部に出すのは珍しい取り組みといえるだろう。

 日産自動車でライセンス事業を担当する手賀聡氏は、次のように説明する。「日産自動車がライセンス・ビジネスを立ち上げたのは2004年です。ライセンス対象は材料や車両技術など多岐にわたります。身近なところでは高速道路上でサービスエリアなどから合流する際、誤って反対車線に逆走で出てしまう場合にドライバーに警告を出すカーナビゲーションの技術などのライセンスも行っています」。

手賀聡氏
日産自動車 経営戦略本部
テクノロジービジネス部
(撮影:栗原克己)

  さらに手賀氏は、多関節アーム型助力装置をライセンス対象に加えたのは、日産自動車とライセンシーの両方に利点があるからだと語る。「他の工場にも設置するとなると、何台もの装置を製作しなければなりません。要求に応じた改良も必要です。この作業に、ずっと開発メンバーが関わるわけにはいきません。社内の技術開発が停滞してしまうからです。ライセンスによって、製作や改良のプロセスを社外に出すことで、この問題を解決できます。一方、ライセンシーは、日産自動車が現場で鍛えた技術を利用して新しいビジネスを展開することができます」。

 多関節アーム型助力装置の場合は、空気圧機器などを手がけるメーカーで、多関節アーム型助力装置の試作にも協力したCKDがライセンスを受けており、同社が「PFB2」シリーズ(最大荷重75kg)および「PAW」シリーズ(同80kg)として製品化している。後者は、欧州の安全規格であるCEマーキングを取得済みで、海外工場への展開も可能になっている。日産自動車でも海外の生産工場にPAWシリーズを紹介しているという。

 助力装置は、冒頭で触れたように、少子高齢化による労働力の減少や、就労環境の改善に対する社会的ニーズを背景に、それ自体が新たな産業のひとつとして注目されている。今回の日産自動車の取り組みによって多関節アーム型というユニークな選択肢が加わったことになり、この分野の進化が期待される。

(撮影:栗原克己)