最近、世界各地で広がっているキャッシュレス決済のキーテクノロジーとして脚光を浴びている「QRコード」。既にチケットレスサービス、商品のキャンペーンやクーポン、SNSなど様々な用途で使われており、今やあらゆる生活シーンで見かけるようになった。様々な産業や人々の生活に革新的な変化をもたらしている強力な技術だが、実はもともとは工場向けに開発されたもの。その用途が広がったのはなぜか。ほかの技術とは何が違うのか。業界を超えて様々な用途に広がるQRコードという技術の特性に迫ってみる。(関行宏)

 世界各国でキャッシュレス化が進んでいる。日本では現金での買い物がまだ一般的だが、既に一部の国や地域ではプリペイド式ICカードやクレジットカードなどを使ったキャッシュレス決済の利用者が現金の利用者の数を上回ろうとしている(図1)。こうした中、キャッシュレス先進国と呼ばれる中国で急速に広がっているのが「QRコード」を利用した決済サービスだ。

図1 QRコードを使ったキャッシュレス・サービスの普及が加速

 レジ脇に置かれたQRコードをスマホの専用アプリで撮影するか、自分のスマホ画面に表示したQRコードを店側で読み取ってもらうだけで支払いが終わる。「WeChat Pay」と「Alipay」という2つのサービスが覇を競っており、現金やカード類を持ち歩かなくてもスマホさえあれば買い物や食事に困ることはなく、バスやタクシーにも乗れる。屋台のテーブルにまでQRコードが貼られている。そうした利便性から急速に普及し、中国での年間決済額は600兆円を超えたといわれている。キャッシュレス後進国とさえ呼ばれるようになってしまった日本でも、類似のQRコード決済サービスがようやく広がりつつある。

 キャッシュレス決済で脚光を浴びているQRコードは、今から20年以上も前に日本で誕生した技術である。愛知県阿久比(あぐい)町に本社を置くデンソーウェーブの原昌宏氏らが開発し、1994年に発表した。

ものづくりの変化が開発のキッカケに

 当時はすでに1次元のバーコードが普及していた。工場でも使われている。こうした中で、なぜデンソーウェーブはQRコードを開発したのか。

 デンソーウェーブは、日本を代表する自動車部品メーカーであるデンソーの子会社で、産業用ロボットの開発・製造に加えて、工場向けの生産管理や在庫管理システムの構築および関連する機器の開発を手がけている。その一環として、従来から1次元のバーコードを利用するシステムや機器を開発していた。同社は、かつてはデンソーの傘下にある事業部の1つだったが、QRコードを開発したのはそのころである。

 同社が開発していたバーコード関連機器は、生産ラインでは、部品の入庫、出庫(ピッキング)、組み立て工程における部品照合などに使われていた。ところが、90年代になると大きな問題が浮上してきた。これがQRコード開発のキッカケとなる。 「90年代に入って自動車業界は多品種生産の時代を迎えました。これとともに扱う部品や工程が増えた結果、英数字で20文字程度しか記録できない従来の1次元バーコードでは、生産現場の管理が徐々に困難になってきました」(原氏)。当初は、1つの部品に複数のバーコードを貼って情報不足を補ったりもしていたが、バーコードリーダーで何回も読み取らなければならず、記録できる情報は増えるほど、作業の効率が下がってしまったという。

 さらに、この頃電子商取引(EDI:Electronic Data Interchange)を導入する動きが産業界に広がってきたことが、1次元バーコードに代わる新しいシステムを開発する方向へと原氏らの背中を押した。EDIの普及とともにサプライチェーン全体の電子化が進めば、より多くの情報を管理できる新しいバーコードが必要になると考えたからだ。

 このとき同氏が着目したのがバーコードの2次元化だった。1次元のバーコードに比べて格段に多くの情報を格納できる。すでに海外ではいくつかの規格が登場していたので、当初は適当なものがあれば既存の2次元バーコードを採用するつもりだった。ところが、他社の技術を評価してみると、生産現場の要求に対応できるものが見当たらなかったという。「例えば、コードの読み取りに数秒以上かかるものもあった。これでは効率を追求する生産現場ではとても使えない。そこで、もはや自分たちで開発するしかないと考えた」(原氏)。こうして原氏を含む2人のチームで開発に着手したのが1992年のことだった。

デンソーウェーブ 主席技師 原 昌宏氏
(撮影:早川俊昭)

「クイック・レスポンス」を重視

 開発当初、キャッシュレス決済など幅広い用途に展開することは、必ずしも想定していなかったという。あくまで現場で使う際の作業効率を重視しながら基本仕様を固めていった。まず新バーコードの開発では、読み取り時間の高速化を優先課題に掲げた。具体的には、既存の1次元バーコードの5倍の情報量を同等の速度(30ミリ秒)で読み取ることを目標に据えた。この考えを表す「クイック・レスポンス(Quick Response)」という言葉がQRコードの名称の基になっている。

 読み取りを高速化するには、ラベルや箱に印刷されたバーコードの位置や向きを、読み取り機(リーダー)がいかに短時間で検出できるかが一つのカギになる。そこで原氏が考案したのが目印となるシンボルを正方形の3つの頂点に配置する方法だった。4つのうちの3頂点に配置するので、バーコードの向きが簡単に検出できる。このシンボルはファインダパターンとも呼ばれ、QRコードの図形的な特徴にもなっている(図2)。ファインダパターンは、大きさが異なる黒、白、黒の正方形が、大中小の順に同心上に重なった絵柄になっている。黒を“1”、白を“0”としたときに、中心を通るどの方向から走査しても、“1”の時間と“0”の時間の比が、1:1:3:1:1になるように設計されている。つまり、どの方向から走査しても、この比からファインダパターンが検出できる。「延べ5000ページ以上にわたって、帳票類、商品の外箱、折り込みチラシ、ビジネス文書などを図形として解析した結果、1:1:3:1:1というパターンの出現頻度がきわめて低いことを発見した」(原氏)。

 さらに新バーコードには汚れや破損への強さ(耐性)も強化することにした。バーコードが汚れたり、破損したりすることは現場では頻繁に起こる。それが原因で読み取りエラーが発生すると、なんども作業を止めてしまうことになりかねない。このために原氏らは、多少の汚れやキズがあっても情報を正しく読み取れるように、通信などで使われている誤り訂正の技術を盛り込んだ符号化技術を新たに開発した。これによってQRコードのパターンのうち最大30%の領域が読み取れなくてもデータを復元できるという。

 また、用途に応じて記録できる情報量を調整できるように、バージョン1~バージョン40まで40種類のサイズを定めた。最大のQRコード(バージョン40)では7089桁の数字または1817文字のかな漢字を記録できる。

図2 QRコードの高速検出を実現したファインダパターン
(提供:デンソーウェーブ)

カメラ付き携帯の登場が契機に

 2年の開発期間を経て完成したQRコードは、当初の目的である生産管理用としてトヨタ自動車の生産ラインに導入された。その後、文具業界やコンタクトレンズ業界がQRコードに飛びついた。カタログの商品の脇にQRコードを印刷しておけば、卸業者や店舗での発注作業を効率化できるからだ(図3)。「従来の1次元バーコードよりも面積が小さいパターンが用意されているので、パッケージが小さい商品が多い業界の目に留まった」(原氏)。その後、アパレル業界での入出庫管理、店舗などでの在庫管理、倉庫におけるピッキング、食品業界におけるトレーサビリティー管理など続々と採用の動きが広がる。さらに生産管理や物流管理以外の民生用途にもQRコードの応用が拡大していった。

図3 デンソーウェーブの倉庫内でのQRコードを使った棚卸しの様子
(提供:デンソーウェーブ)

 このように比較的短い期間で、業界や分野を超えて採用する動きが広がったのなぜか。その理由の一つは、QRコードの基本仕様を当初からライセンスフリーで公開したことだと見る向きは多い。「従来のバーコードは特許が切れていて無償で使えるようになっていた。もしユーザーにライセンス料を要求していたら不利になるのは明らか。他社が似たようなバーコードを開発してシェア争いに巻き込まれるのも心配だった。そこで最初から無償で提供することにした」(原氏)。ライセンス料が得られなくても、読み取り機や関連するシステムを販売することで、利益は得られると考えた。

 だが、用途拡大に関して、さらにインパクトが大きかったのが、カメラ付き携帯電話の登場だったという。民生用途への展開が一気に加速した。携帯電話やスマートフォンで読み取るだけで関連するウェッブサイトにアクセスできるように、QRコードを掲載した広告や告知を、最近ではいたるところで見かける。「QRコードの仕様が公開されており、ライセンス料が不要。しかも、読み取り機の機能がソフトウェアで実装できるので、携帯電話端末のメーカーの開発負担がそれほど大きくなかったことも普及を後押しする要因になった」(原氏)。

 さらにスマートフォンが登場したことでQRコードの応用が一段と加速する。航空会社各社が手がけるチケットレスサービス、2012年からJリーグが始めた「QRチケット」、2018年2月に東京ディズニーリゾートが始めた「ディズニーeチケット」などチケットの代わりに使われるケースが増えた。スマートフォンの画面に表示させたQRコードを読み取り機にかざすだけで入場できるシステムだ。運営者にとっては発券の手間が軽減できる。利用者にとってはチケット売り場に並ばなくても済むなど、双方にとってメリットが大きい。このほか「LINE」では、お互いの画面に表示されたQRコードを撮影するだけで友だち申請ができるようになった。そして最近では、冒頭で触れた通りQRコード決済も登場している。実は、こうした新しい用途のすべてにデンソーウェーブがかかわっているわけではない。つまり、QRコードの用途が開発元とは別のところで生まれるようになったわけだ。

 新しいニーズに対応できるように、デンソーウェーブはQRコードのバリエーションも増やしている。代表的なところでは、記録されている情報の一部を暗号化して、公開情報と非公開情報を格納できるようにした「SQRCコード」(2007年)。特殊インクによって複製を困難にした「複製防止QRコード」(2012年)。キャンバス領域にイラストなどを入れられる「フレームQR」(2014年)(図4)などがある。また、ホログラムと暗号とを組み合わせて偽造や複製を困難にした新たなQRコードをベースに、製品のトレーサビリティー管理やブランド品の真正性の証明をクラウドで行う「Q-revo」サービスも2014年11月から展開している。

図4 イラスト、企業ロゴ、商品写真、メッセージなどを組み合わせられる「フレームQR」
(提供:デンソーウェーブ)

基本設計が用途拡大のカギ

 元々は生産管理用に開発されたQRコードは、当初の想定をはるかに上回る多彩な用途で使われるようになり、日本から世界へと広がっている。

 ここまで普及した理由はいくつか考えられる。その中でも大きいのは、将来にわたって使える「汎用性の高い情報の器」を基本設計の段階から目指したことではないだろうか。つまり、高速な読み取りレスポンス、汚れやキズへの耐性、情報量に応じたサイズの規定など、生産現場での使い勝手を高めるには何が必要か、という本質的な課題に取り組み、最後までぶれなかったことだ。さらに、仕様をライセンスフリーで公開したことと相まって、誰にとっても使いやすい「汎用性の高い情報の器」が出来上がった。

 また、QRコードがキャリアや端末を問わずに使えることも普及の一因だろう。例えばアップルの「Apple Pay」やドコモの「おサイフケータイ」などの決済機能を使うにはそれぞれ対応する機種が必要だが、QRコード決済は専用アプリをインストールするだけ済む。このためサービス事業者はより多くのユーザーを獲得しやすい。QRコードを用いたチケットレスサービスも同じように機種を問わずに使える。

 汎用性や使いやすさを背景にQRコードの応用はさらに拡大している。顔の特徴量データをQRコード化した顔認証システム、キャッシュカードレスでのインターネットバンキング、身元確認シールによる徘徊がちな認知症患者の身元照合、オフィスでの勤怠管理、ホームドアの制御など、QRコードを利用した様々なサービスが、実用化あるいは実証の過程にある(図5)。

図5 QRコードを使ってホームドアを制御するシステムを開発
車両の窓ガラスに貼付したQRコードをホーム側から読み取り、どのような車両が入線してきたかを検出してドア数やドア位置に応じてホームドアを制御する。2017年11月に実証実験が行われた。東京都交通局とデンソーウェーブなどが共同で開発した。(提供:東京都交通局)

 既存の事業で培った技術を、新しい分野や業界に横展開することで新たなビジネスチャンスを創出しようとしている企業が増えつつある。幅広い分野で用途が拡大し続けているQRコードの事例は、こうした企業にとって注目すべき事例といえよう。