飛行機のレーダーや衛星通信など高度な情報通信システムを中心に利用されてきたマイクロ波。衛生陶器・住宅設備機器メーカーのTOTOは、この技術を利用して、便器にとっての付加価値となる斬新なデザインや節水などを実現した。衛生陶器の老舗として高い製陶技術を誇る同社とは接点がなさそうなマイクロ波の技術が、なぜトイレに利用されたのか。どのように新しい付加価値を生み出したのか。その経緯を探った。(文中敬称略)  (文:関 行宏)

 希望小売価格で57万円(税抜き)もする高級便器が想定以上に売れて、工務店への納入が間に合わないほど品薄になったこともある。――にわかには信じがたい話だが、TOTOが創立100周年となる2017年に 「グローバル統一モデル」 として発売した温水洗浄便座一体形便器のフラグシップモデル「ネオレストNX」(図1)の販売が好調だという。

図1  TOTOの「ネオレストNX」
製陶技術を駆使して陶器ならではのなめらかな曲面の美しさを引き出した「ノイズレスデザイン」が特徴。(画像提供:TOTO)

 あらゆるインテリアをハイグレードなもので揃えたいといった高級車ディーラーや商業施設からの引き合いだけではなく、個人宅においても新築やリフォームを機に最高のものを使いたいというニーズが顕在化した形だ。

 ネオレストNXは、少量の水で汚物を確実に流すトルネード洗浄や、掃除が容易なフチなし形状などの機能的な特徴を備えるが、やはりまず目に付くのが流線形の斬新な外観だろう。陶器ならではのなめらかな曲面の美しさを引き出すために、便器本体、温水洗浄便座および便フタを一体として見せるシンプルで凹凸のない「ノイズレスデザイン」が採り入れられた。従来のデザイン上の制約になっていたくぼみや小窓などをすべて廃したのがポイントである。

 ではTOTOはどのようにしてノイズレスデザインを実現したのだろうか。大きな鍵を握るのが、本題となるマイクロ波センシングである注1)。マイクロ波を使って人やモノの有無や動きを検出する技術だ。

注1) マイクロ波:周波数が300MHzから300GHzの範囲の電波を一般にマイクロ波と呼ぶ。センシングに使われるのは、10.525GHz帯または24.15GHz帯である。

「小窓」を何とかしたい

 マイクロ波センシングに関するTOTOの取り組みを紹介する前に、トイレにおけるセンシングの歴史を簡単に振り返ってみたい。

 トイレにセンサーが付けられたのは男性用の小便器が最初だ。水タンクを高いところに設けて一定時間ごとに流す旧来の方式では、用が足されていない便器を含めて一律に水を流すため、多くの無駄が発生する。そこで人感センサーを便器上部に設けて人が便器の前に立ったことを検出し、用を足して立ち去った時に、使用した便器のフラッシュバルブを自動的に開けて水を流すシステムが1970年代半ばから1980年代半ばにかけて開発され、駅、オフィスビル、商業施設などに導入された。

 小便器から遅れること10年以上、洋式トイレに人感センサーが搭載されるようになったのは1990年代のことだ。1992年にINAX(現LIXIL)が発売した「シャワートイレJ」が最初とされている。トイレに人が入ったことを検知して便ブタを自動で開閉する「便フタノンタッチ開閉」機能を実現するために人感センサーが使われた。こうした人感センサーには、赤外線を用いた測距センサーまたは焦電センサーが使われた。

 ただし、赤外線センサーにはいくつかの課題があった。その1つが「小窓」問題である。赤外線センサーは人が発する熱(体温)を赤外線受光素子で捉えて人の接近を検知するのがおおまかな原理だ。そのため、赤外線の受光部となる小窓を、便座本体もしくは周囲に必ず設けなければならない(図2)。この小窓はどうしても目立つため、意匠デザインを追求するうえでは好ましくない。また、くぼみなどに汚れがたまりやすいという問題や、公衆トイレなど不特定多数の人が利用するところでは、目に付くためいたずらをされるという懸念もあった。

図2 デザイン上の課題になっていた従来センサーの「小窓」
測距センサー用の黒窓(赤丸部分)が付いた2002年発売の「ネオレストEX」。(画像提供:TOTO)

 さらに、TOTOの設計者はもう1つの課題を感じていた。赤外線センサーでは人が便器の前に立っている時間は計測できるものの、尿量までは検知できないことだ。もし尿量が検知できれば、洗浄水量を最適に調整することで、無駄な水を減らせる。「節水」が実現できれば、商品の有力なセールスポイントになる。

陶器を通過するマイクロ波に注目

 これらの課題を解決するためにTOTOが着目したのがマイクロ波だった。マイクロ波は赤外線とは違って陶器を通過する性質があるため、便器に内蔵しても小窓が要らない。すなわち、デザインの自由度が上がり、くぼみなどをなくせるため汚れもたまらない。また、人がいるいないを検知する赤外線センサーに対して、マイクロ波センサーはドップラー効果注2)を使って動く物体を検知するため、人の動きまでも高精度に識別することができる。さらに、水分に対しても反応するため、尿をしている時間(≒尿量)も検出できる可能性も秘めていた。いわば便器に、高性能な小型レーダーを内蔵しようという発想だ。

注2)ドップラー効果:近づいてくる場合は反射波の周波数が高くなり、遠ざかっている場合は反射波の周波数が低くなる性質。救急車が通過する際にサイレンの音程が低くなる現象と同じ。対象のわずかな動きでも反射波の周波数スペクトルが微妙に変化するため、検知精度が高い。

 しかし、TOTOは1990年代にマイクロ波センシングを一度は検討するも、当時は法律(電波法)によって、民間での利用が制限されていたため、人感センサーには利用できなかった。このため開発を始めるには至らなかった。

 状況が変わったのは2001年のことだ。電波法改正によって「移動体検知センサー用特定小電力無線局」というカテゴリーで10.525GHz帯と24.15GHz帯がマイクロ波センシング用周波数として割り当てられた。さっそく同社は、公衆用小便器に実装するマイクロ波センサーの開発に着手する。

 GHzクラスの高周波回路にまつわる技術の蓄積がない同社は、技術者の育成をはじめ、開発や測定の環境を整えるところから始めた。なんとか10.525GHz帯のマイクロ波センサーを自社で開発し、これを組み込んだ業界初となるマイクロ波センサー内蔵の小便器を製品化したのは2005年2月のことだ。当初の目的のとおり、センシング用の小窓を削除。また、尿をしている時間が分かるようになったため、そのデータを尿量に置き換えることで、尿量に応じた洗浄水量の制御ができるようになった。これによって当時で最も節水が進んでいた従来モデルに対してさらに10%以上の節水に成功した(図3)。

図3 マイクロ波センサーを用いて人の接近だけではなく尿量を検出
尿量を基に洗浄水量の最適制御することで節水を実現。左の写真は10GHz帯のマイクロ波センサーを内蔵した壁掛け小便器「RESTROOM ITEM 01」。便器の上方にある丸い吐水部の裏側付近にセンサーが内蔵されている。(画像提供:TOTO)

9年かけて便座に展開

 公衆用小便器には組み込めたものの、商品として見れば出荷台数は多くない。「TOTOを代表する技術の1つに育てるには、月間数万台を売る主力商品である洋式便器に搭載する必要がありました」と、現在マイクロ波センサーの開発を束ねる山中らは考え、2008年に便座向けの開発に着手するとともに、マイクロ波センシングのメリットを社内に説いて回った。「お客様視点で従来の技術よりも優れていることを明確にしないと、社内で採用してもらえません。当時は、従来の赤外線センサーで機能的には十分ではないかと考えられていましたし、そもそも小便器では実用化できても便座への内蔵は無理だろうというのがもっぱらの評価でした」(山中氏)。

TOTO エレクトロニクス技術本部 電子機器開発第二部 技術主幹 兼 電子機器研究開発グループリーダー 山中 章己氏
(撮影:関行宏)

 周囲の指摘どおり、開発の難易度は小便器に比べて格段に高かった。公衆トイレの小便器の場合は、センサーで把握するべき人の動きは単純だ。主に、接近、小用、離反が分かればいい。一方の洋式便器の便座では、トイレのドアを外から開ける、トイレに入る、身体の向きを変えてドアを閉める、脱衣する、しゃがむ、用を足す、立ち上がる、着衣する、身体の向きを変えてドアを開ける、トイレから出る、トイレのドアを外から閉める、といった複雑な動作を伴い、それぞれで受信波が変化する。しかも、小さい子供、大柄な成人、動きが遅い老人、身障者も含めて、あらゆる利用者を正しく検知できなければならない。さらにトイレの広さや扉の位置によって人の動きも変わり、マイクロ波の反射も変わる。

 難易度が高いことから、マイクロ波センサーを構成するアンテナモジュール部分の開発は、高周波回路設計に強い社外メーカーに委託することで開発の負荷を削減。TOTOは、センシングの肝となる信号処理ソフトウエアの開発や、センサーを便座に実装する技術に専念することにし、ソフトウエア担当の立木(ついき)や実装担当の安形(やすがた)らをチームに加え開発体制の強化を図った(図4)。

図4 開発したマイクロ波センサー
洋式便器の便座に実装するに当たってさらに小型化を図った。グローバルに使われている24.15GHz帯を採用している。先端部分(写真では右端)のアンテナモジュールのみ専業メーカーに委託。ほかのアンプ基板などはすべて自社開発である。(撮影:関行宏)

 開発で最も苦労したのはやはり人の動きの検知だった。制御プログラムを開発するには、実際に使っている人の動きや姿勢に関する情報と、それに応じてマイクロ波センサーが出力する信号を揃えて、両方を付き合わせながらプログラムを最適化するのが望ましい。だが、トイレの中をのぞいたり撮影したりするわけにはいかない。「試作センサーを評価する際には社員にも協力してもらうのですが、信号だけを使って動きを推測し、その推測を元にプログラムを調整する、といった遠回りのアプローチをとったこともありました」と立木は苦労を振り返る。「おかげで開発の最後の方では、信号波形を見るだけで、トイレ内での人の動きがだいたい分かるようになったほどです」と笑う。

TOTO エレクトロニクス技術本部 電子機器開発第二部 電子機器研究開発第二グループ 立木 翔一氏
(撮影:関行宏)

 予期していなかった問題も次々と浮上した。マイクロ波センサーは感度が高いため、人の動き以外の、たとえば洗浄ノズル内部の水流や気泡までも検知してしまうことも分かり、不要な信号成分を除去するフィルタリング処理を追加しなければならなかった。「男性が小用のために便座を上げた場合を評価して分かったことですが、センサーの取り付け位置によっては、便座内のヒーター線が電波をシールド(遮蔽)してしまう問題も発生しました」と、実装設計を担当した安形氏は説明する。「しかも最近の便座にはモデルによっては20個近いモーターと、それらを制御する電子回路などが内蔵されているため、最適な取り付け位置や取り付け角度を求めるのにとても苦労しました。照射角度によっては人で反射した信号がすべて天井の方向に抜けてしまうからです。搭載スペースをめぐって、他の機構担当者とのせめぎあいも当然ありました」。

TOTO エレクトロニクス技術本部 電子機器開発第二部 電子機器研究開発第三グループ 安形 壮史氏
(撮影:関行宏)

 こうした問題を乗り越えながら、開発着手から9年という異例ともいえる長い期間を経て、創立100周年となる2017年モデルになんとか間に合わせることができ、冒頭のネオレストNXのほか、「ネオレストAH」、「ネオレストRH」、「レストパルF」などのマイクロ波センサー内蔵洋式便器の製品化を果たすことができた。苦労の甲斐があり、同社が開発したマイクロ波センシング技術は、一般社団法人電波産業会から「便座用マイクロ波センサの実用化」として、2018年6月に第29回「電波功績賞」の電波産業会会長賞を受賞している。

新たなアイデアが続々

 長い歴史を持つ白い陶器と、最先端のセンシング技術であるマイクロ波センサーの組み合わせは、一見すると異色である。しかし、その異色の組み合わせが、新たな価値を生み、TOTOのビジネスを進化させた。たとえば小便器では顧客となるビル所有者や設計事務所に対して節水の効果を強くアピールすることができるようになり、商談の機会がぐっと増えた。一台あたりの節水がわずかでも、設置台数の多いビルや商業施設全体では大きなコスト削減につながるからだ。温水洗浄便座一体型便器のフラグシップモデルとなるネオレストNXの人気ぶりは冒頭で述べたとおりだ。斬新な流線形の中に従来と同じようなセンサーの小窓がのぞいていたとすれば、「画竜点睛を欠く」ではないが、デザインの完璧性は損なわれていただろう。

 マイクロ波センシングの技術は、トイレにさらなる進化をもたらす可能性を数多く秘めていて、現在はその一部を形にしたに過ぎないと、山中らは考えている。立木も、「言ってみればまだ赤外線センサーの置き換えでしかないので、マイクロ波でなければできないことをやってみたい」と話す。例えば、センサー信号の変化パターンから家族それぞれを識別し、便座の温度や洗浄強さなどを自動で切り替える、といった機能もソフトウエア次第で実現できると見込む。山中も、「トイレをもっともっと『おもてなし』の空間にしていきたい。そのためにマイクロ波センサーで何ができるかを考えています」と述べている。また、バスルームやキッチンなど、ほかの商材へにもマイクロ波センシング技術を活用し、それぞれの付加価値を高めようというアイデアが次々と社内で挙がっているという。

 近年はマイクロ波センシングを使って、心臓の鼓動(脈拍)などの生体情報を非接触で検知したり、高齢者の見守りサービスに応用したりしようという動きもある。一方で、製品の付加価値や市場競争力の源泉を異分野に求める企業も増えている。TOTOの事例は、こうした取り組みをいち早く形にした好例といえる。同社が開発で得た知見は新しいアプリケーションへと生かされていくだろう。

(撮影:関行宏)