エッジ向け市場が拡大へ

 今後、市場拡大が本格化しそうなのがエッジ側の機器に向けた組み込みAIチップだ。既にスマートフォンでは、AI処理の専用回路を内蔵するSoCを使う例が増えつつある。先陣を切ったのは米Apple社。2017年秋に発売した「iPhone X」など向けのアプリケーションプロセッサー「A11 Bionic」に、AI専用回路「Neural Engine」を搭載した(関連記事)。2018年には第2世代のNeural Engineを備える「A12 Bionic」を最新のiPhoneに組み込んだ。このほかHuawei社なども自社のスマートフォンに同様な回路を採用している。

AppleのNeural Engineは2世代目に
AppleのNeural Engineは2世代目に
米Apple社の最新iPhone向けSoC「A12 Bionic」は、第2世代の「Neural Engine」を採用した。(出典:同社の動画(https://www.apple.com/jp/apple-events/september-2018/)から)

 今後広がるのが、2020年代初頭にかけて製品が登場する自動運転車向けのAIチップだ。2018年12月にGoogle社の関連会社、米Waymo社が自動運転車を使ったタクシーの有料サービスを米国で開始するなど、人が運転しないクルマの実用化は始まりつつある。自動ブレーキ向けの画像処理チップで名を馳せIntel社が買収したイスラエルMobileye社や、多くの自動車メーカーと提携するNVIDIA社、車載用画像処理チップで手を組んだデンソーと東芝をはじめ、多くのメーカーがしのぎを削っている(関連記事)。このほか、監視カメラへの内蔵や、製造装置の故障診断といった用途でもAIチップの採用が広がっていくだろう。

CPU、GPU、AI専用回路などを集積
CPU、GPU、AI専用回路などを集積
米NVIDIA社の自動運転車向けプロセッサー「Xavier」は、CPUコアに加えて、AI処理を想定した8ビット整数の行列演算回路を組み込んだGPU、さらにはAI処理の専用回路DLA(Deep Learning Accelerator)などを集積している。(出典:「GTC Japan 2018」での同社CEO Jensen Huang氏の発表資料(https://www.nvidia.com/content/apac/gtc/ja/pdf/2018/1001.pdf)から)

 その先に見えてくるのが、自律的に動作する多様な機械の市場である。家庭向けの家事ロボット、工場内の協働ロボットや無人搬送車、屋外では無人の宅配自動車や自動で作業ができる建設機械などだ。例えばPFNが2020年代の実用化を目指す家事ロボットは、現状のデモでは無線でつないだGPU搭載のサーバー機でAIの処理を実行している(関連記事)。この処理を電池で動作するロボット内で完結するためには、現在のチップと比べて、消費電力あたりの性能をさらに高める必要がありそうだ。先述のPFNのAIチップは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託を受け「超低消費電力深層学習プロセッサおよびソフトウェア層の研究開発」との名目で理化学研究所と共同開発してきた成果であり、その知見をエッジ側にも生かす可能性はある(関連資料)。

家庭用ロボットにもAIチップ
家庭用ロボットにもAIチップ
Preferred Networksが2018年10月に公開した家庭用のお片づけロボットのデモでは、AIの処理は無線LANで接続したGPU搭載サーバー機で実行していた。(2018年10月の「CEATEC JAPAN 2018」で撮影)

多様な提案が入り乱れる

 組み込み機器の裾野の広さを考えると、AIチップに求められる処理能力は千差万別になるだろう。例えば映像に映った人数をカウントするだけの監視カメラと、複数のカメラやLiDARなどをフル装備した自動運転車が同じチップを使うとは考えにくい。既存のマイコンのように、用途に応じて多彩なラインナップが登場しそうだ。

 こうした将来を見越して、様々な組み込み向けAIチップが提案されている。組み込み向けCPUコアで圧倒的な存在感を示す英Arm社は「Project Trillium 」で独自の推論処理向けコアを開発しているほか、NVIDIA社がオープンソース化した専用回路NVDLAを利用することも表明(発表資料)。米Cadence Design Systems社(関連記事)や米CEVA社(関連記事)といったDSPコアを手掛ける企業も、次々に推論処理に特化したIPコアを発表している。

 日本国内でも、デンソーの子会社NSITEXEが米ThinCI社と共同で「DFP(Data Flow Processor)」と呼ぶ独自プロセッサを開発(関連記事)。ルネサスエレクトロニクスは、動的に回路の再構成が可能なDRP(Dynamically Reconfigurable Processor)技術をAIのアクセラレータに用いた製品を2019年後半に投入する計画だ(発表資料)。このほか、NEDOが公募した「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/【研究開発項目〔1〕】革新的AIエッジコンピューティング技術の開発」事業の委託先には、三菱電機やNECといった大手電機企業からアクセルやアラヤといった新興企業までが名を連ねた(発表資料)。

大手電機からスタートアップまで
大手電機からスタートアップまで
NEDOが公募した「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/【研究開発項目〔1〕】革新的AIエッジコンピューティング技術の開発」の委託先には多くの国内企業が名を連ねた。(出典:NEDOの発表資料(http://www.nedo.go.jp/content/100882166.pdf))

混戦状態から抜け出せるか

 AIチップを開発する企業は、実際の市場で戦いながら、まずは個別の用途ごとに標準の座を目指すことになりそうだ。優勝劣敗が鮮明になるまでには、今後何年もかかる見込みである。ディープラーニング技術自体が発展途上であり、産業応用もまだまだ手探りの段階であるからだ。標準的なベンチマークの確立(関連記事)や、オープンソースソフトウエアが中心の開発環境を有償でサポートする動き(例えば米MathWorks社のMATLAB、関連記事)、異なる開発環境で開発したAIの互換性確保(関連記事)などもまだまだ改善の余地が大きい。 

  他者に先行する企業の条件を1つ挙げるとすれば、先進的なユーザーと密接な関係を築くことだろう。AIチップに先々求められる機能をいち早く知るためには、業界をリードする使い手との共同開発が一番だ。

 この点で先行する企業は、AIチップの世代が変わるごとに、大幅な性能向上を果たしてきた。NVIDIA社のXavierは前世代の「Parker」と比べてAI処理の性能を25倍、Apple社の第2世代Neural Engineは第一世代の8倍に高めた。いずれも、AIを応用する開発者が従来よりも格段に高い性能を要求したためと見られる。AIチップの分野で日本企業が存在感を示すためにも、AIの新たな用途を切り開く企業との連携が不可欠になるだろう。