「経済安全保障」に関する米国の産業政策の動向を、米国の政策に詳しい外国法事務弁護士(原資格国:米国コロンビア州特別区)が解説する連載の第4回では、経済安全保障に関する日本の動向について言及する。米国など海外の動きに反応する形で、2021年後半から日本の政治の場でも経済安全保障を巡る動きが活発化している。2022年1月19日には、岸田首相を議長とする「経済安全保障推進会議」が経済安全保障法案の骨子をまとめ、その内容を明らかにした。今回は、その概要を解説する。(日経BP 総合研究所)

Joel Greer氏
Joel Greer氏
法律事務所ZeLo・外国法共同事業
外国法事務弁護士
(第二東京弁護士会/原資格国:米国コロンビア特別区)
2000年イェール・ロー・スクール卒業。法務博士(専門職)。約15年前から日本で活動。主な著書に「Japan in Space ? National Architecture, Policy, Legislation and Business in the 21st Century」(Eleven International Publishing、2021年)などがある。

この記事で表明された見解および意見は、著者のみのものであり、法律事務所ZeLo・外国法共同事業の見解および意見を反映しているとはかぎりません。

 第1回~第3回では経済安全保障を巡る米国の産業政策の動向を解説した。第4回では、米国をはじめとする海外の動きを受けて、にわかに活発化している日本の経済安全保障に関する動向について言及する。2022年1月19日に経済安全保障を巡る大きな動きがあったからだ。岸田首相を議長とし、経済安全保障政策に関わる閣僚が参加する「経済安全保障推進会議」が主催する有識者会議が開催され、そこで議論された経済安全保障法案の骨組みが同日付けで公表された注1)

注1)経済安全保障法制に関する有識者会議は、提言骨子の策定に続いて、2022年2月1日に開かれた会合で「経済安全保障法制に関する提言」をまとめた。その内容は内閣官房のホームページ で公表されている。

 経済安全保障の議論は2021年9月に岸田政権が誕生してから急激に進展しており、それとともに様々な動きがあった。具体的には同年10月に経済安全保障担当大臣のポストを新たに設け、11月には「経済安全保障推進会議」を設置した(表1)。その際に岸田首相は、第1回の「経済安全保障推進会議」において経済安全保障法案策定の準備を進める「経済安全保障法制準備室」を内閣官房に設定すること。また、有識者会議を立ち上げ、法案について専門的な見地から検討を進めることを表明した。11月末に「経済安全保障法制に関する有識者会議」の初会合が開かれ、その後に何度か会合を重ねている。その成果が経済安全保障法案の骨子である。本法案を巡る国会審議は、予算成立後、つまり2022年3月31日以降に始まる見込みである注2)

注2)具体的な法律条文案については、まず自由民主党内および公明党内における事前審査がある。政権与党の事前審査を終えた後、2月末ごろに全大臣が出席する閣議において法案が策定されることになる。

表1 経済安全保障を巡る日本政府の動き
表1 経済安全保障を巡る日本政府の動き

「サプライチェーン」「インフラ」「先端技術」「特許」を網羅

 公開された経済安全保障法案の骨子は4つの柱からなる。すなわち、(1)「サプライチェーンの強靭化」、(2)「基幹インフラの安全性・信頼性の確保」、(3) 「官民技術協力」、(4)「特許出願の非公開化」である。以下、4つの柱の内容を内閣府が発表した資料を基に紹介する。

 「サプライチェーンの強靭化」では、重要な物資の供給が途絶えたときに国民生活や経済活動に重大な影響が及ぶ状況を回避すべく、国内における製造基盤の強化など、重要物資の安定供給を確保するため取り組みを進める制度を整備することを提言している。立法措置の主な枠組みとして挙がっている内容の主なポイントは以下の通りである。

 ①制度の対象となる特定重要物資を政府が指定する。②安定供給確保の取り組みを持続的にするために、特定重要物資にまつわるサプライチェーンの強靭化に関する事業者の取り組みを国が認定したうえで、財政支援や金融支援などニーズに応じた形で政府が支援する。③特定重要物資の生産などを所管する大臣が物資ごとに必要な対策を実施する。④サプライチェーンの状況などを把握する調査の実施に向けて、政府の権限や調査に対する事業者の応答を確保するための法的枠組みを整備する。

 「基幹インフラの安全性・信頼性の確保」では、基幹インフラ事業者による重要な設備導入やその維持管理などに関する委託の現状やリスクを政府が把握し、問題がある場合は設備導入の前に必要な措置を講じる制度を整備することなどを提言している。エネルギー、水道、情報通信、金融、運輸、郵便など国民生活や経済活動に不可欠な基幹インフラの機能維持などに関わる安全性および信頼性を確保し、機能停止といった事態を回避するためである。

 「官民技術協力」では、宇宙、海洋、量子、AI(人工知能)、バイオなど重要な先端技術の研究開発と活用を促進するための資金支援に加えて、円滑に情報共有や意見交換できる官民連携の枠組みを設けることを提言している。併せて重要技術に関する調査研究や、その調査研究を委託する制度の必要性についても言及している。  「特許非公開」では、国の安全保障上、機微な発明の特許出願について、非公開化の措置を講じ、発明が国外に流出するのを防ぐ制度を整備することを提言している。ここには特許出願の非公開審査、発明の実施や開示の制限、外国出願の制限などを実施することや、出願人などに制約を課したときに生じる損失を国が補償するといった内容が盛り込まれている。

欧米の動きを踏まえた骨子

 これらの骨子を策定する際には、この連載の第1回から第3回で解説した米国政府の動きや、欧州の動向は当然意識しているだろう。2021年2月の大統領令に基づいて2021年6月にホワイトハウスが発表したリポート「レジリエントなサプライチェーンの構築、米国内の製造業の再活性化、広範囲にわたる成長の促進(Building Resilient Supply Chains, Revitalizing American Manufacturing, and Fostering Broad-Based Growth)」では、「半導体」「医薬品および原薬」「大容量蓄電池」「重要鉱物および材料」について、経済安全保障を巡る現状と課題を詳細に分析したうえで、直ちに実施する短期的な対応を特定するとともに、産業基盤を構築するための施策について言及している。そのうえで、1年後のレビューの対象となる6つの産業基盤、すなわち、防衛産業基盤、公衆衛生及び生物事態対処産業基盤、情報通信技術産業基盤、エネルギー産業基盤、運輸産業基盤、農作物及び食糧については、これらを再活性化するための包括的な戦略を策定する旨が明記されている。 

 一方、EU(European Union、欧州連合)も、大容量蓄電池や半導体といった戦略的な重要物資のサプライチェーンに関する弱点を分析しており、海外依存度が高い137品目を特定している。2021年5月には重要物資の調達における特定国への依存度を抑えて自立化を図るために、「2020産業戦略アップデート(Updating the 2020 Industrial Strategy)」を発表した。これは、2020年に打ち出した産業政策を更新したものである。この政策には、加盟国間での標準共通化や適合性評価の迅速化などによる域内の物資供給の円滑化や、原材料、蓄電池、有効医薬品(active pharmaceutical ingredient:API)、水素、半導体、クラウドエッジ技術といった重要分野の自立化などの内容が盛り込まれている。

 こうした海外の動向を踏まえて、日本の経済安全保障法案骨子を策定するに当たってなされてきた有識者会合などでの議論では大きく3つの前提があった。  第1は、産業基盤のデジタル化と高度化。「第4次産業革命」の進展による産業基盤のデジタル化により、サイバー攻撃による脅威が高まっており、最近になって表面化している半導体不足のような事態が生じたときの影響も、ますます大きくなる。この一方で、従来は国や大企業が主に担っていた先端的な技術開発においては、スタートアップ、大学・研究機関の役割が一段と重要になる。

 第2は、新興国の経済成長とグローバル・バリューチェーンの深化。新興国の経済成長とグローバルなバリューチェーンの深化に伴う国際分業体制の変化により、半導体や医薬品などの重要物資を含め、特定の物資について国際的な供給ショックに対する脆弱性が増大している。

 第3は、安全保障の裾野拡大。安全保障の裾野が、経済や技術分野に急速に拡大し、国家間の競争が激化する中で、世界各国が国の安全保障においても経済的手段を用いた国益追及を志向するようになっている。

長期的に影響を受ける産業界

 日本の経済安全保障法案骨子を策定するうえでの基本的な考え方は、前述の通り、2021年6月に発表された「経済財政運営と改革の基本方針2021」(骨太方針2021)に基づいている。同方針の発表資料には、以下のように記載されている。「我が国のサプライチェーンを強靱化していく観点から、半導体、レアアースを含む重要鉱物、電池、医薬品等の先行的な重点項目について必要な措置を実施するとともに、電力、ガス、石油、通信、航空、鉄道、造船を含む海上物流、医療を始めとする重要業種について必要な対策を講ずるべく分析を進める」。

 経済安全保障法が成立したときに大きな影響を受けるのは、やはりサプライチェーンだろう。多くの企業が、状況に応じてサプライチェーンの再編や仕組みの強化を迫られる。グローバリゼーションの進展を背景に多様化し、複雑化したサプライチェーンの脆弱性が、コロナ禍によって表面化した。これを契機に日本政府は、2021年末に法律を改正し、重要分野である半導体や5G(第5世代移動通信システム)関連の研究開発や工場の誘致に乗り出した。同様の方法で今後、医療品、大容量蓄電池、レアアースなど重要物資のサプライチェーンの見直しと強化が始まるだろう。また基幹インフラのセキュリティー向上に向けて、電力やガス石油といったエネルギー関連産業における対策の強化、特にサイバーセキュリテー対策の強化が進むと見ている。これらの分野においても、半導体のサプライチェーン強化に向けて政府が工場誘致や研究開発の推進を図ったのと同じ方向の施策が進む可能性が高い。

国際的な取り組みも視野に

 国を挙げてサプライチェーンの強化を進めるうえで政府は、産業界に配慮した施策も実施するだろう。例えば、ハイテク分野では、自由貿易の原則を踏まえて経済安全保障政策と自由貿易のバランスを取るのが望ましい。したがって、経済安全保障を進めることで、企業の対外取引や資金確保が滞ることがないように、政府が配慮することも求められる。

 さらにサプライチェーンのマネジメントにおけるリスク管理を強化する企業への支援も重要になる。リスク管理のためのコストが増加するからだ。企業に過度な負担をかけないような制度設計が求められる。この制度設計に当たっては、産業界が国や関係機関と連携しながら進めることになるだろう。ここでは米国政府の規制の動きが大きな影響を与えることから、米国政府との綿密なコミュニケーションが欠かせない。

 加えて、日本の経済安全保障政策と国際法および整合性に対する配慮も重要である。すでに確定された国際法に従うだけでなく、今後多国間で議論される経済安全保障にまつわる国際法制度の設計に積極的に関与することも重要になるだろう。いまやサプライチェーンは世界中に広がっており、国際社会や国際経済との調和は大前提となっているからだ。