過去の「失敗」に学び、最新の知見を盛り込む

 RISC-Vは、米カリフォリニア大学バークレー校で開発された5番目のRISC命令セットで、Vは5を意味するローマ数字である。RISC-Vは2010年に、研究および授業で内部的に使うために開発された。しかし部外者が利用するようになったことから2011年に仕様をオープンソースとして公開し、商業製品にも利用しやすいBSDライセンス条件のもとで誰でも自由に使えるISAとなった。その後はコミュニティによって改良が続けられた。現在は、RISC-Vを採用したCPUコアやシステムLSI(SoC:System on Silicon)といった他のオープンハードウエアとともに、オープンソースの情報を集めたWebサイトGitHub(ギットハブと発音)で公開されている。

 RISC-Vの開発には、計算機科学のノーベル賞と言われるACMチューリング賞を2017年に受賞し、コンピューターアーキテクチャー研究の神様的存在であるデイビッド・パターソン氏(図2)が加わった。RISC-Vは、同氏の40年にわたるRISC研究の総決算と位置づけられる。著書である「RISC-V原典」の第1章でこう述べている。

図2 デイビッド・パターソン氏 米カリフォリニア大学バークレー校の名誉教授(左)とRISC-Vに関する日本で初めての解説書(右)
現在は米グーグル社リサーチラボの上級エンジニアとして、深層学習に適したコンピューターアーキテクチャーの研究を続けている。40年にわたってRISCを研究し、マイクロプロセッサー技術への貢献を評価されて、2017年に計算機科学のノーベル賞と言われるACMチューリング賞(ACM A.M. Turing Award)を、ジョン・ヘネシー氏(米スタンフォード大学の前学長、現在は米グーグル社の親会社である米アルファベットの会長)とともに受賞した。賞金は総額100万ドル。パターソン氏とヘネシー氏は、コンピューターアーキテクチャの世界的な定番教科書「Computer Architecture : Quantitative Approach(日本語訳はコンピュータアーキテクチャ 定量的アプローチ)」「Computer Organization and Design : The Hardware Software Interface(日本語訳はコンピュータの構成と設計)」の共著者でもある。RISC-Vの開発者の一人であるパターソン氏が筆を執った解説書(右)では、設計哲学から命令セット、レジスタ構成、動作モード、プログラミングなどについて説明している。日経BP社刊。

 RISC-Vは、過去の諸々のISAがおかした過ちを教訓にした、まっさらで最小規模のオープンな最新ISAである。RISC-Vのアーキテクトの目標は、最小のものから最速のものに至るすべてのコンピューティング・デバイスで有効に使えるようにすることだ。

 RISC-Vの特徴は大きく5つある。第1はシンプルな命令セットであること。実際、基本命令は50個ほどで、他の商用ISAに比べるとかなり少ない。第2は過去のしがらみがないクリーンな設計思想であること。例えば動作モード(特権モードとユーザーモード)を明確に分離している。半導体技術や実装方法に過度に依存しないように設計され、将来における柔軟性を担保する。第3はモジュラー構造のISAであり、基本ISAと拡張ISAから成る。メニュー方式でユーザーが命令を取捨選択できるようにする。第4はISAに余裕をもたせ、将来の拡張の余地を残している。第5は基本ISAの仕様策定作業が凍結され、基本ISAがすでに固定されていることである。

 再びRISC-V原典に戻ろう。パターソン氏はこう述べる。

 過去において多くのISAが単一の企業の運命や気まぐれに翻弄された。事実上すべての先行するアーキテクチャーと異なり、RISC-Vの将来にはそのような心配がない。RISC-Vは企業ではなくオープンな非営利団体が所有する。RISC-V基金の目標は、RISC-Vの安定性を維持し、純粋に技術的な理由でのみ徐々に注意深く進化させ、OSで普及したLinuxのような存在にハードウェア分野でなることである。

 ちなみにパターソン氏は米カリフォリニア大学バークレー校の名誉教授で、現在は米グーグル社リサーチラボの上級エンジニアとして、深層学習に適したコンピューターアーキテクチャーの研究に従事している。

グーグル、IBM、NVIDIA、サムスン、テスラなどが標準化団体に参加

 RISC-Vが脚光を浴び始めたキッカケは、2015年に標準化や啓蒙活動を手がける非営利のRISC-V Foundation(RISC-V基金、図3)の設立である。RISC-V躍進の第1の要因である支援環境がこれで整った。

図3 RISC-V Foundationのメンバー
RISC-V Foundationのメンバー RISC-Vの仕様策定や標準化、啓蒙活動などを推進する、2015年設立の非営利団体。2019年3月時点で230を超える企業、団体、教育機関が加盟する。出典:台湾で開催されたRISC-VワークショップにおけるRISC-V Foundation Executive DirectorのRick O’Connor氏の講演「RISC-V ISA & Foundation Overview」(https://content.riscv.org/wp-content/uploads/2019/03/09.00-OConnor-Welcome-RISC-V-ISA-Foundation-Overview.pdf)。

 設立時には、グーグル社や米IBM社、米NVIDIA社、米ウエスタンデジタル社といった大手企業が名を連ね、一躍注目をされるようになった。グーグル社やIBM社はいうまでもないが、NVIDIA社は先述のGPU、ウエスタンデジタル社はハードディスク装置(HDD)とフラッシュストレージ装置(SSD)の市場を牽引する最大手企業である。その後も米Hewlett Packard Enterprise社、米シーゲート社、米テスラ社、韓国サムスン社、台湾TSMC、中国アリババグループなど錚々たる企業が加わった。2019年3月時点でRISC-V Foundationに参加する企業・団体・教育機関は230を超えている。

 ちなみに日本企業では、日立製作所、SHコンサルティング、テカナリエ、ペジーコンピューティングが会員名簿に登場する。このほか創設メンバーである米Integrated Device Technology社を買収したルネサス エレクトロニクスも、加盟日本企業に挙げても良いかもしれない。

 情報収集を目的とする場合も少なくないので、参加企業が多いからといって、必ずしも市場に強いインパクトを与えられるとは限らない。しかしRISC-V Foundationの場合、市場をリードする企業ほど製品化あるいは製品への組み込みに積極的で、大きな波及効果をもたらしている。

 特にインパクトが大きいのがウエスタンデジタル社とNVIDIA社の動きである。ウエスタンデジタル社は、2019年あるいは2020年以降に発売するHDDとSSDのコントローラーのCPUコアをRISC-Vに全面移行することを2017年11月に明らかにした。1年間の出荷台数はCPUコアにして10億個に達するという。人工知能向けGPUの最大手であるNVIDIA社も積極的だ。GPUを制御するコントローラー・ユニットとしてRISC-Vを採用すると発表したほか、2018年12月には同社の深層学習アクセラレーター(NVIDIA Deep Learning Accelerator:NVDLA)および推論エンジンとRISC-Vとを組み合わせたプラットフォームを明らかにした。このほかグーグル社は、スマホPixel 2とPixel 2 XLに搭載した自社開発の画像処理/AI処理LSI「Pixel Visual Core」(図4)の一部を、RISC-Vのコアに置き換えて評価中である。

図4 米グーグルが独自開発した画像処理/AI処理LSI「Pixel Visual Core」の内部
IPU(Image Processinng Unit)の一部をRISC-Vに準拠したCPUコアに置き換えて評価中であることを、第8回RISC-Vワークショップで明らかにした。出典:第8回RISC-Vワークショップにおける米グーグル社Matt Cockrellの講演「Use of RISC-V on Pixel Visual Core」(https://content.riscv.org/wp-content/uploads/2018/05/13.15-13.30-matt-Cockrell.pdf)。