パソコンやスマホ、自動車、家電製品、制御装置、製造装置など、あらゆる機器やシステムで頭脳の役割を担うマイクロプロセッサー。1971年の登場から50年近くがたち、もはや我々の日々の生活や産業になくてはならない存在である。最近流行りの人工知能の処理では、主役の座こそ数値演算専用プロセッサーのGPU(Graphics Processing Unit)に奪われた感があるが、マイクロプロセッサーの出番も決して少なくない。そのマイクロプロセッサーが今、変革期を迎えている(横田英史:ETラボ 代表 コンサルタント 技術ジャーナリスト)。

 大きく変わろうとしているのは、マイクロプロセッサーを動かすための命令の仕様で、命令セットアーキテクチャー(ISA:Instruction Set Architecture、ISAはアイエスエーと発音)と呼ばれる設計図の部分。性能や消費電力、コストに大きな影響を与え、マイクロプロセッサーの性格を特徴づける重要な役割を果たしている。このISAに、「RISC-V(リスクファイブと発音)」と呼ぶ新たな風が吹き始めたのだ。RISC-Vの風はまだ静かだが、次第に風圧を強め、ブレーク間近を予感させる。

 そもそもISAは、米インテル社のx86アーキテクチャー、英Arm社のARMアーキテクチャーが市場を席巻し、この10年以上にわたって「凪」の状態が続いていた。前者はパソコンやサーバー、後者はスマホをはじめとするモバイル機器やコンピューター周辺装置、制御機器といった分野で80%を超えるシェアを占め、他のISAにつけ入るスキを与えなかった。この構図が、RISC-Vの登場によって大きく変わろうとしている。RISC-Vは、巨人(x86やARM)を打ち負かすダビデとなる可能性を持っているのだ。

RISC-V台頭に3つの要因

 RISC-V台頭の背景には大きく3つの要因がある。第1はRISC-Vを支える環境が整って来たこと、第2は半導体が直面する技術的限界を突破する潜在能力を秘めていること、第3は1兆個の端末がインターネットでつながると言われるIoT社会にマッチした技術的特徴を備えていることである。

 この3つの要因については後述するが、そもそもRISC-Vとは何なのかについてまず簡単に説明しよう。

 RISCとはReduced Instruction Set Computerの略である。コンピューター(マイクロプロセッサー)の設計手法の一つで、性能を高める効果があるとして1985年ころから広く普及した(図1)。RISCでは、コンピューターを動かすための命令を必要不可欠(単純)なものに限定する。命令数を減らし、コンピューターを実現するための半導体回路を単純化して性能向上を図る。半導体回路が単純になるので、コストと消費電力の低減にもつながる。複雑な処理は単純な命令を組み合わせて実行する。このとき単純な命令を組み合わせる作業は、コンパイラーと呼ぶソフトウエアの仕組みで行う。

図1 マイクロプロセッサーの設計手法の変遷
CISC(Complex Instruction Set Computer)からRISC(Reduced Instruction Set Computer)、マルチコア化へと進化した。しかし、むやみにプロセッサーコアの数を増やしても、アムダールの法則から性能は高まらなくなってきた。こうしたなか登場したのがDomain Specific Architectureと呼ぶ設計思想である。出典:Norman P. Jouppi, Cliff Young, Nishant Patil, David Patterson,“A Domain-Specific Architecture for Deep Neural Networks”,Communications of the ACM, September 2018, vol. 61 no. 9,pp.50-59(https://cacm.acm.org/magazines/2018/9/230571-a-domain-specific-architecture-for-deep-neural-networks/fulltext)を基に作成。

 ちなみに初期のマイクロプロセッサーは、一つの命令で多くの処理を実行するという思想で設計された。未成熟な段階にあったコンパイラー技術をハードウエアが補う「高級言語サポート」という考え方が設計者にあった。この時代の設計思想を、その後のRISCと対比してCISC(Complex Instruction Set Computer、シスクと発音)と呼ぶ。CISCは複雑な命令をどんどん詰め込んでいったものの、実際には使われない命令も多く効率が悪化し性能が上がらなくなった。CISCの反省から生まれたのがRISCであり、命令を減らし単純化して性能向上を図った。

 その後は一つのLSIに集積するプロセッサーの数を増やすマルチコア化で性能を高めていった。しかし2015年ころになると限界がきた。むやみにプロセッサーコアの数を増やしても性能は高まらなくなったのだ。こうしたなかで登場したのがDomain Specific Architecture(ドメイン固有アーキテクチャー)と呼ぶ設計思想である。Domain Specific Architectureについては後述する。

過去の「失敗」に学び、最新の知見を盛り込む

 RISC-Vは、米カリフォリニア大学バークレー校で開発された5番目のRISC命令セットで、Vは5を意味するローマ数字である。RISC-Vは2010年に、研究および授業で内部的に使うために開発された。しかし部外者が利用するようになったことから2011年に仕様をオープンソースとして公開し、商業製品にも利用しやすいBSDライセンス条件のもとで誰でも自由に使えるISAとなった。その後はコミュニティによって改良が続けられた。現在は、RISC-Vを採用したCPUコアやシステムLSI(SoC:System on Silicon)といった他のオープンハードウエアとともに、オープンソースの情報を集めたWebサイトGitHub(ギットハブと発音)で公開されている。

 RISC-Vの開発には、計算機科学のノーベル賞と言われるACMチューリング賞を2017年に受賞し、コンピューターアーキテクチャー研究の神様的存在であるデイビッド・パターソン氏(図2)が加わった。RISC-Vは、同氏の40年にわたるRISC研究の総決算と位置づけられる。著書である「RISC-V原典」の第1章でこう述べている。

図2 デイビッド・パターソン氏 米カリフォリニア大学バークレー校の名誉教授(左)とRISC-Vに関する日本で初めての解説書(右)
現在は米グーグル社リサーチラボの上級エンジニアとして、深層学習に適したコンピューターアーキテクチャーの研究を続けている。40年にわたってRISCを研究し、マイクロプロセッサー技術への貢献を評価されて、2017年に計算機科学のノーベル賞と言われるACMチューリング賞(ACM A.M. Turing Award)を、ジョン・ヘネシー氏(米スタンフォード大学の前学長、現在は米グーグル社の親会社である米アルファベットの会長)とともに受賞した。賞金は総額100万ドル。パターソン氏とヘネシー氏は、コンピューターアーキテクチャの世界的な定番教科書「Computer Architecture : Quantitative Approach(日本語訳はコンピュータアーキテクチャ 定量的アプローチ)」「Computer Organization and Design : The Hardware Software Interface(日本語訳はコンピュータの構成と設計)」の共著者でもある。RISC-Vの開発者の一人であるパターソン氏が筆を執った解説書(右)では、設計哲学から命令セット、レジスタ構成、動作モード、プログラミングなどについて説明している。日経BP社刊。

 RISC-Vは、過去の諸々のISAがおかした過ちを教訓にした、まっさらで最小規模のオープンな最新ISAである。RISC-Vのアーキテクトの目標は、最小のものから最速のものに至るすべてのコンピューティング・デバイスで有効に使えるようにすることだ。

 RISC-Vの特徴は大きく5つある。第1はシンプルな命令セットであること。実際、基本命令は50個ほどで、他の商用ISAに比べるとかなり少ない。第2は過去のしがらみがないクリーンな設計思想であること。例えば動作モード(特権モードとユーザーモード)を明確に分離している。半導体技術や実装方法に過度に依存しないように設計され、将来における柔軟性を担保する。第3はモジュラー構造のISAであり、基本ISAと拡張ISAから成る。メニュー方式でユーザーが命令を取捨選択できるようにする。第4はISAに余裕をもたせ、将来の拡張の余地を残している。第5は基本ISAの仕様策定作業が凍結され、基本ISAがすでに固定されていることである。

 再びRISC-V原典に戻ろう。パターソン氏はこう述べる。

 過去において多くのISAが単一の企業の運命や気まぐれに翻弄された。事実上すべての先行するアーキテクチャーと異なり、RISC-Vの将来にはそのような心配がない。RISC-Vは企業ではなくオープンな非営利団体が所有する。RISC-V基金の目標は、RISC-Vの安定性を維持し、純粋に技術的な理由でのみ徐々に注意深く進化させ、OSで普及したLinuxのような存在にハードウェア分野でなることである。

 ちなみにパターソン氏は米カリフォリニア大学バークレー校の名誉教授で、現在は米グーグル社リサーチラボの上級エンジニアとして、深層学習に適したコンピューターアーキテクチャーの研究に従事している。

グーグル、IBM、NVIDIA、サムスン、テスラなどが標準化団体に参加

 RISC-Vが脚光を浴び始めたキッカケは、2015年に標準化や啓蒙活動を手がける非営利のRISC-V Foundation(RISC-V基金、図3)の設立である。RISC-V躍進の第1の要因である支援環境がこれで整った。

図3 RISC-V Foundationのメンバー
RISC-V Foundationのメンバー RISC-Vの仕様策定や標準化、啓蒙活動などを推進する、2015年設立の非営利団体。2019年3月時点で230を超える企業、団体、教育機関が加盟する。出典:台湾で開催されたRISC-VワークショップにおけるRISC-V Foundation Executive DirectorのRick O’Connor氏の講演「RISC-V ISA & Foundation Overview」(https://content.riscv.org/wp-content/uploads/2019/03/09.00-OConnor-Welcome-RISC-V-ISA-Foundation-Overview.pdf)。

 設立時には、グーグル社や米IBM社、米NVIDIA社、米ウエスタンデジタル社といった大手企業が名を連ね、一躍注目をされるようになった。グーグル社やIBM社はいうまでもないが、NVIDIA社は先述のGPU、ウエスタンデジタル社はハードディスク装置(HDD)とフラッシュストレージ装置(SSD)の市場を牽引する最大手企業である。その後も米Hewlett Packard Enterprise社、米シーゲート社、米テスラ社、韓国サムスン社、台湾TSMC、中国アリババグループなど錚々たる企業が加わった。2019年3月時点でRISC-V Foundationに参加する企業・団体・教育機関は230を超えている。

 ちなみに日本企業では、日立製作所、SHコンサルティング、テカナリエ、ペジーコンピューティングが会員名簿に登場する。このほか創設メンバーである米Integrated Device Technology社を買収したルネサス エレクトロニクスも、加盟日本企業に挙げても良いかもしれない。

 情報収集を目的とする場合も少なくないので、参加企業が多いからといって、必ずしも市場に強いインパクトを与えられるとは限らない。しかしRISC-V Foundationの場合、市場をリードする企業ほど製品化あるいは製品への組み込みに積極的で、大きな波及効果をもたらしている。

 特にインパクトが大きいのがウエスタンデジタル社とNVIDIA社の動きである。ウエスタンデジタル社は、2019年あるいは2020年以降に発売するHDDとSSDのコントローラーのCPUコアをRISC-Vに全面移行することを2017年11月に明らかにした。1年間の出荷台数はCPUコアにして10億個に達するという。人工知能向けGPUの最大手であるNVIDIA社も積極的だ。GPUを制御するコントローラー・ユニットとしてRISC-Vを採用すると発表したほか、2018年12月には同社の深層学習アクセラレーター(NVIDIA Deep Learning Accelerator:NVDLA)および推論エンジンとRISC-Vとを組み合わせたプラットフォームを明らかにした。このほかグーグル社は、スマホPixel 2とPixel 2 XLに搭載した自社開発の画像処理/AI処理LSI「Pixel Visual Core」(図4)の一部を、RISC-Vのコアに置き換えて評価中である。

図4 米グーグルが独自開発した画像処理/AI処理LSI「Pixel Visual Core」の内部
IPU(Image Processinng Unit)の一部をRISC-Vに準拠したCPUコアに置き換えて評価中であることを、第8回RISC-Vワークショップで明らかにした。出典:第8回RISC-Vワークショップにおける米グーグル社Matt Cockrellの講演「Use of RISC-V on Pixel Visual Core」(https://content.riscv.org/wp-content/uploads/2018/05/13.15-13.30-matt-Cockrell.pdf)。
 

大盛況のワークショップから窺える関心の高さ

 グーグル社やNVIDIA社、ウエスタンデジタル社といった市場を牽引する大手企業の積極姿勢もあって、RISC-Vへの関心はこのところ急速に高まっている。背景の一つに、RISC-V Foundationが2015年から半年に1回の頻度で開いているRISC-Vワークショップの存在がある。例えば2018年12月に米国カリフォルニア州サンタクララでRISC-V Summitと題して開催し、約1000人の参加者を集めた。ほぼ1年前の第7回ワークショップの参加者が500人ほどだったので倍増したことになる。

 RISC-V Foundationの日本での活動にも活気が出てきた。日本版RISC-Vワークショップである「RISC-V Day」は2017年12月と2018年10月の2回開かれ、それぞれ350人と250人の参加者を集めた(図5)。特に第1回は、「ウエスタンデジタル社がRISC-Vを全面採用」というニュースが参加者募集中に飛び込んだこともあって、会場の東京大学伊藤謝恩ホールは満員で立ち見が出るほどの盛況ぶりだった(図5左)。2019年は9月に第3回RISC-V Dayが開かれる予定である。

図5 日本で開催されたワークショップRISC-V Dayの会場風景
左は2017年12月に東京大学伊藤謝恩ホール、右は2018年10月に慶應義塾大学藤原洋記念ホールで開かれたRISC-V Dayの様子。企業、大学などから前者は350人、後者は250人が出席した。

 第2回RISC-V Dayの2日後には、国際学会MICRO51でRISC-Vのワークショップが開かれた。MICROは米国電気電子学会IEEEと計算機科学の国際学会ACMが共催する権威ある国際シンポジウムだが、51回目の今回は日本で初めて開かれた。RISC-Vのワークショップにはアジア各国から100人を超える参加者が集まった。とりわけ中国からの参加者の多くが、20代から30代前半と若かったのが印象に残った。なお中国ではRISC-Vがブームになっており、中国Jinglue SemiconductorのAlex Guo氏がRISC-Vのアジア太平洋地域タスクグループの共同会長(もう1人の会長はSHコンサルティングの辻岡尚美氏)を務めている。

日本でもブームが到来か、企業や大学で開発が相次ぐ

 ワークショップだけではなく、日本での情報発信やLSIの開発にも弾みがついてきた。例えば、電子・情報・通信技術の総合誌である日経エレクトロニクスは2017年1月号で「IoTはARM一辺倒にあらず、RISC-Vに大きなチャンス」と題する対談、2018年8月号で「RISCはARMの牙城を崩せるか?」と題する企画記事を掲載したほか、同年11月号と12月号と2号連続でIBM Researchが開発した試作LSI(図6)を取り上げた。2017年1月からの2年間を見ると、日経BP社のすべての技術専門誌をあわせて18本の記事が誌面を賑わせた。日経BP社の記事を転載する形で日本経済新聞の電子版に2本の解説記事が載ったので、そちらをご覧になった方もいるかもしれない。

図6 IBM Researchが開発した試作LSI
次世代エッジ・コンピューティング向け。14nmの半導体製造技術を使い、チップ面積は0.076mm2、消費電力は0.2mWと小さい。 出典:日経エレクトロニクス、2018年11月号。

 IBM Researchが試作したのは、IoT時代を見据えた次世代エッジコンピューティング向けのLSIで、図6のようにチップ面積が0.076mm2と小さい。IBM Researchは、さらに性能と機能を向上させたLSIの開発に取り掛かっているという。日経エレクトロニクスの対談で、SHコンサルティングCEOの河崎俊平氏はモーター制御用の64ビットマイコンを開発予定であることを明らかにした。2018年4月に横浜で開催されたIEEE主催の国際シンポジウムCOOL Chips21のポスターセッションで、その一端を披露している。

 オープンソースで誰でも無料で使えるRISC-Vは大学に恩恵を与えている。日本の大学が研究目的でRISC-Vを使う事例が出てきたのだ。例えば電気通信大学は2018年のRISC-V Dayで64ビットのRISC-Vプロセッサーについて発表したし、東京電機大学は2018年12月に開かれた電子情報通信学会で、RISC-V準拠の2種類のプロセッサーを披露した。

 このほかRISC-Vは、経済産業省が進める「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発事業」(図7)でも採択された。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託を受けて、革新的AIエッジコンピューティング技術を開発する。

図7 経済産業省が進める「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発事業」
RISC-Vベースで、革新的AIエッジコンピューティング技術の開発を行う。

オープンソースでハードウエアのLinuxを目指す

 RISC-V台頭の背景にある第2の要因は、半導体の技術的問題に対応する潜在能力を秘めていることだ。技術的問題は大きく2つ。1つ目は半導体の微細化や大規模化によってLSIを開発するコストが急増していること(図8、図9)。2つ目は半導体を微細化しても、LSIの性能向上が思うに任せられなくなったことである。

図8 半導体の開発コストの推移
半導体製造技術の微細化とともに、開発費が急増している。IEEE主催の国際シンポジウムCOOL Chips21で米SiFive社共同設立者でCTOのYunsup Leeが行った招待講演の資料である。出典:Yunsup Lee、Designing the Next Billion Chips:How RISC-V is Revolutionizing Hardware。
図9 LSIの開発件数の推移
半導体製造技術の微細化とともに、開発件数は減少傾向にある。IEEE主催の国際シンポジウムCOOL Chips21で米SiFive社共同設立者でCTOのYunsup Leeが行った招待講演の資料である。出典:Yunsup Lee、Designing the Next Billion Chips:How RISC-V is Revolutionizing Hardware。

 図8と図9は、国際シンポジウムCOOL Chips21で米SiFive社CTOのYunsup Leeが行った講演資料である。SiFive社はRISC-Vを開発したカリフォルニア大学バークレイ校からスピンアウトした会社で、サイファイブと発音する。

 図8は横軸に半導体製造、縦軸に開発費をとった場合の推移である。半導体製造技術の微細化とともに、開発費が急増していることがよく分かる。詳細に内訳を見ると、LSIの複雑化にともなうソフトウエアの検証の伸び率による影響が大きいが、設計したLSIの品質を保証する検査(validation)や正しく設計されたかを保証する検証(verification)といった作業のコストも大きく伸びている。結果として、図9のように新規に開発されるLSIは減少傾向にある。

 この問題を解決するのが、RISC-Vの特徴の一つであるオープンソースという設計手法だ。RISC-VではISAがオープンソースとして無償で公開され、使用料(ライセンス料)とLSIごとのロイヤリティを支払うことなく、誰でも自由に改良・再配布が可能である。マイクロプロセッサーを独自に開発する場合に注意する必要のある特許侵害の懸念も払拭できる。ISAを使う敷居を下げて、企業や組織の枠を越えたコミュニティの衆知を集めて、低コストで技術の開発と改善を促す。オープンソースのOSとして確かな地歩を築いたLinux(リナックスと発音)と同様の考え方である。端的に言えば、RISC-Vは「ハードウエアのLinux」を狙っているといえる。

 ちなみにRISC-V Foundationは2018年12月、Linuxの普及を促進する非営利団体Linux Foundationとの協業を発表した。両Foundationは、RISC-Vプロセッサーを使ったシステムのLinuxへの対応だけではなく、組み込みOS「Zephyr(ゼファーと発音)」の開発・普及でも協力体制を敷く。

LSIの性能向上の限界に挑む

 マイクロプロセッサーの性能向上が壁にぶつかっているのは図10と図11を見るとよく分かるが、RISC-Vにはこの問題を想定した「Domain Specific Architecture」という考え方が組み込まれている。特定分野に的を絞った機能や仕組みをプロセッサーに組み込むことで、対象となる分野について高速処理を達成しようという考え方である。

図10 マイクロプロセッサーの動作周波数の推移
2005年を境に動作周波数はほとんど横ばい状態である。

 マイクロプロセッサーの性能を向上させる手っ取り早い方法は、半導体技術の微細化に応じて動作周波数を高めることである。ところが消費電力が大きくなりすぎるために、動作周波数を高められなくなってきた。図10から、2005年ころを境に動作周波数の向上に急ブレーキがかかっているのが分かる。2005年からしばらくは、1つのLSIに複数のプロセッサコアを内蔵し、並列処理を行うことで性能を高めてきた。しかし、それも限界に近づきつつある(図11)。

図11 マイクロプロセッサーの性能向上の推移
2010年以降の性能向上に急ブレーキがかかっている。

 こうした状況に対応するのが、マイクロプロセッサーを特定の処理向けに最適化するドメイン固有アーキテクチャーという考え方である。最近になって米Amazon.com社や米Microsoft社、グーグル社といった情報技術(IT)の巨大企業が、AIやクラウドコンピューティングに向けた専用チップの開発に動いているのも、この流れでとらえることができる。

 RISC-VのISAには、ドメイン固有の処理に対応した命令を組み込むための余地が開発当初から残されている。市場規模にもよるが、自動車や家電製品、制御装置、製造装置といったドメインに特化したRISC-Vチップが登場する可能性もある。パターソン氏はRISC-Vの設計思想について、RISC-V原典の第1章でこう述べている。

 ムーアの法則が通用しなくなったときにコスト・パフォーマンスを大きく向上させる唯一の道は、特定のドメイン向け命令を追加することである。例えばディープ・ラーニング、拡張現実、組み合せ最適化、グラフィックスなどのドメインが考えられる。つまり今日のISAにとって、オペコードの拡張の余地を予め確保しておくことが重要になっている。

IoT時代の主役になれるか、これからが正念場

 RISC-Vは小規模な組み込み用コントローラーから高性能で大規模なハイパフォーマンス・コンピュータまで、幅広いアプリケーションをカバーするISAである。だが、インテル社のx86アーキテクチャが押さえているパソコンやサーバー、Arm社が圧倒的に強いスマホの領域に今から参入しても勝ち目は薄い。

 パラダイムが大きく変化するときが、後発のISAにとっての勝機だ。こう考えると、狙いは今後の市場拡大が期待できるIoTの分野である。ソフトバンクがArm社を3兆3000億円で買収したのも、1兆個の機器がインターネットにつながるIoT時代の到来を見据えてのことだ。

 IoT機器に搭載するマイクロプロセッサーに求められる要件は多種多様である。しかも、現時点で想像もできないような提案が出てくる可能性も高い。こうしたときに、ドメイン固有アーキテクチャーの考え方を取り入れたRISC-Vの柔軟性が生きてくる。まっさらのISAで、過去のしがらみがないことも有利に働く。これがRISC-V台頭の第3の要因である。ARMの過去の成功は、資産でもあるが足かせにもなりうる。ライセンス料やロイヤリティも気にかかる。RISC-Vが食い込む余地は十分である。

 米ガートナーのハイプ・サイクルによれば、IoTが市場の主流になるまでに5年ほどかかる。現時点のRISC-Vの開発状況を考えると時間的な余裕はないが、ギリギリ間に合うタイミングだろう。「成功の女神には前髪しかない」と言われる。RISC-Vは今、正念場を迎えている。