システムより人を信じたいニッポン

 日本は、働き手の意識やスキルに頼ることなく、システムとして安全・品質・低コストを作り込むことに慣れていないと言われている。費用が掛かる設備投資や手間の掛かるマニュアルの作成などをしなくても、働き手の意識やスキルを高めた方がよほど手っ取り早く、確実だと考える傾向があるようだ。

 近年、HACCPと同様の文脈で、属人的な意識やスキルに頼らず、システムによる、ものづくりの管理を求められることが多くなった。特に製造業で、ISOの取得に向けて会社中が大騒ぎになった経験をしたことのある人は少なくないだろう。ISOとは、国際的取引を円滑に進めるための基準を作る国際標準化機構(International Organization for Standardization :ISO)である。つまり、国際的な取引をする際には、各国や地域で価値観や仕事の流儀は違っても、これだけは最低限守って欲しいという国際的なコンセンサスを得た要求事項だと言える。

 たとえば、製品の品質管理のシステムが問われる「ISO 9000シリーズ」、環境管理に関する「ISO 14001」、情報セキュリティ管理に関する「ISO 27001」、事業継続管理に関する「ISO 22301」などがある。そして、ISO対応については、日本企業の対応はおしなべて後手に回っている傾向がある。こうした管理が、属人的なスキルによるところが多かったからだ。クルマの電気・電子機器に不具合や故障が起きた際にリカバーして安全性を確保する機能安全を作り込むための管理体制を問われる「ISO 26262」が正式発効された2011年には、日本の自動車業界は安全対策の考え方の根本的な転換を迫られた。それまでも、日本の自動車メーカーは知恵の限りを尽くしてクルマの安全性を作り込んできたが、その過程が不明瞭でブラックボックス化している部分があったため、国際基準に沿わなかったからだ。

食品業界ではISO準拠でも万全とはいかない

 HACCP関連にもISOが定めた規格がある。ただし、ISO以外にも複数の食品安全管理システムの標準規格がある。これから日本の食品関連企業は、どの規格に沿ってHACCPの導入を進めたらよいのか。それぞれの関係が複雑に入り組んでいるので、それらの違いを整理しながら見ていこう(図1)。

図1 HACCPに関連した食品安全管理システムの標準規格の相互関係

 まず、ISOの規格として、「ISO 22000」がある。これは、品質管理システムの規格である「ISO9001」に、食品を衛生的に製造するための前提条件となる「一般衛生管理プログラム(Prerequisite Programs:PPまたはPRP)」とHACCPで求める危害要因分析による管理手法を加えて、体系化されたものだ。

 2018年6月、ISO 22000はより厳しい方向へと改定された。たとえば、危害要因分析では、細菌など生物学的危害要因、残留農薬など化学的危害要因、金属片など物理的危害要因を分析するための管理が求められているが、管理を進める際のフローダイヤグラムには、以前から対象としていた原料・材料・加工助剤・包装材料・中間部品に加え、新たにユーティリティも盛り込まれた。たとえば、食品の生産ライン上で、原料に混入した異物を除去するために吹き付けられる圧縮空気などについても、管理対象になる。

 ISO 22000に準拠すれば万全というわけでもない。実は、世界約650社の食品事業者が組織している非営利団体「GFSI(Global Food Safety Initiative)」が、ISO 22000を承認していない。GFSIは、食の安全を守るために、食品の作り方に対する要求項目を基準をとしてまとめている団体で、取引先に安全規格の認証を求めている。その規格は複数あり、食品メーカーは、その中から選択することになる。

 日本で比較的多くの企業が認証を受けているのは「FSSC22000」だが、2018年11月16日に日本発の食品安全規格「ASIAGAP」(農場が対象)と「JFS-C」(食品製造業が対象)が承認されている。これまで海外発の規格ばかりだったので、日本のメーカーとしては日本発の規格が気になる所だろう。だが、選択するうえで重要なポイントは、日本で義務化されたのは、HACCPを独自にアレンジした「日本式HACCP」ではなく、国際的に通用する「Codex HACCP」の導入だという点だ。取引先からの要求がなく、独自に規格を選択する食品メーカーは、このポイントに注意すべきだ。

 FSSC 22000は、ISO 22000の内容に、PRPs技術仕様書と前提条件プログラム、さらにFSSC財団独自の追加要求事項を加えた、より厳しい内容になっている。たとえば、FSSC 22000では、先の圧縮空気の扱いに関連して、「圧縮空気、二酸化炭素、窒素、および他のガス類のシステムは、食品に接触する・しないに関わらず、汚染を防止するように作られ、保守されなければならない」と規定されている。直接食品に触れなくても、汚染を防止することを求められている点が、ISO 22000よりも厳しい点だ。

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 万全のHACCP対応を目指すのなら、こちらの方に準拠した方がよさそうだ。近年、日本の大型小売店の中で、取引する食品メーカーにFSSC 22000の取得を求めるところが出てきている。国際的な取引がなくても、国内市場でビジネスをしていくために必要になってきているのだ。

 また、日本発の食品安全規格もある。食品安全マネジメント協会(JFSM)が運営する食品製造業対象の食品安全規格を規定している。JFSMは、一般衛生管理を中心に定めた「JFS-A」、HACCPの実施を想定した「JFS-B」、そして国際取引にも適合できる「JFS-C」の3段階の規格を定めているが、最も厳しいJFS-CはGFSIの承認を得ている。その内容は、FSSC 22000と同等のものになっている。

意外なところで徹底対策が求められる

 では、HACCPの導入に際して、現場ではどのような対策を取ることになるのか、具体的な工程を挙げてみてみたい。例に挙げるのは、先に紹介した原料に混入した圧縮空気を吹き付けて異物を除去する工程である。

 異物除去の工程において、現在多くのメーカーは、圧縮空気として工業用エアを使っている。これは、電子機器の生産ラインなどで、プリント配線基板上の埃を吹き飛ばすために使われているのと同じものだ。実は、エアには、除菌された食品用エアというものもある。ホイップクリームのように、食品そのものに空気を混入する際には食品用エアが使われることもあるだろうが、異物の除去にも高価な食品用エアを使うことはまれだろう。食品の中に残留するわけでもなく、直接、材料に吹きかかることがあったとしても、材料を加工する工程に投入する前に、抜き取り検査で安全であることを確認しているからだ。

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 ところが、HACCPでは、生産工程中で意図して使われるモノは、原料と同じ扱いを受ける。異物を吹き飛ばすためのエアは、意図があって食品となる材料に吹きつけているので、エア自体が材料とみなされるのだ。このため何らかの対策が必要だ。

 異物除去の工程と同様に、エアが材料とみなされる工程は、食品の生産ラインの中に数多くある。特に、FSSC 22000への準拠を目指す場合には、直接食品に触れることがなくても対策の対象となるため、該当する工程は広がる。たとえば、包装用の袋に出来上がった食品を充填する前に、一度エアを入れて膨らませて充填しやする場合がある。これも意図的に使われ、しかもエアに細菌が混入し、袋に残留する可能性があるため問題視されることになる。最終的に袋の中を真空にしたとしても、扱いは同様だ。

HACCP対応に万能薬はない

 具体的対策を取る際に、注意すべき点がある。HACCP、さらにはFSSC 22000では、こうした工程で食品用エアを使うことを求めているわけではないことだ。

 使っているエアが安全なものであることを科学的に証明できる必要があるため、食品を扱うことを前提として作られていない工業用エアでは安全性に懸念が残る状態になってしまう。ただし、工業用エアを使っていたとしても、次の工程に送る前に有害な菌が付着していないことを全数、しかもリアルタイムで検査できれば安全性を確保できるとみなされる。しかし、食品衛生法では菌は24時間~48時間培養してからでないとその有無を判定できないため、事実上、こうした方法での検証は難しい。いかなる対策が的確であるのか、きっちりと見極める必要がある。

 現実問題として、食品メーカーが、それぞれの製品について、実験データをそろえて安全性を科学的に説明できるようにするのは難しい。このため、コンサルティングや生産設備を開発・販売するサプライヤーの知恵を借りながら、HACCP導入を進めることになることが多いだろう。

 HACCP導入の義務化によって、生産設備の刷新や改修が今後駆け込み的に加速する可能性がある。生産設備のサプライヤーも心得たもので、HACCPに関連して利用できそうな設備や装置の販促を活発化させている。ただし、導入する食品メーカーは1つ注意すべきことがある。「HACCP対応」とうたっている製品だ。HACCPでは、安全性を確保するための手法と安全性を証明するための参照データを、食品メーカー自身が自社の生産現場の環境、製品の特徴、文献や実験結果などを勘案して決めることになっている。だから、生産設備のサプライヤー側であらかじめ対応製品を作ることなどできない。これさえ導入しておけば、いかなる食品を生産する場合にも“HACCP対応”になるような万能薬はないということだ。

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