ドイツ連邦政府が製造業のデジタル化計画「インダストリー4.0」を公表してから、8年が過ぎた。現在ドイツでは大企業と中小企業の間でデジタル化の進捗度について格差が開きつつある。Siemens社やRobert Bosch社、Volkswagen社などの大企業ではIoT(Internet of Things)の導入が急速に進んでいる。大企業は潤沢な資金と豊富な人材を抱えているうえ、外国での情報収集活動を行う態勢を持っている。これに対して資金力や人材に乏しい中小製造業では、インダストリー4.0関連技術の導入に二の足を踏む企業が少なくない。このためドイツ政府は、中小企業がインダストリー4.0関連技術の導入に踏み切ることができるように、様々な形で支援を行っている。日本ではほとんど知られていない中小企業のデジタル化支援措置についてお伝えする(熊谷徹:在独ジャーナリスト)。

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 中小企業のデジタル化支援措置を推進しているのは連邦経済エネルギー省(BMWi)と連邦教育研究省(BMBF)が率いるIoTの推進機関「プラットフォーム・インダストリー4.0(Plattform Industrie 4.0)」だ。この推進機関は、ドイツの企業数の約99%を占めるミッテルシュタント(中小企業)にインダストリー4.0関連技術を普及させることを、今最も重要な課題としている。ミッテルシュタントは同国のものづくり産業の大黒柱であり、イノベーションの源泉である。したがってミッテルシュタントがインダストリー4.0に参加しなければ、このデジタル化計画は成功したことにはならないからだ。

 ドイツのインダストリー4.0普及プロジェクトは、表1に示した4つのレベルで行われている(表1)。

表1 4つのレベルで進むインダストリー4.0普及プロジェクト

支援センターを全国に展開

 このうち、実際に現場でミッテルシュタントの経営者や技術者を支援するのが、「ミッテルシュタント4.0技能センター(Mittelstand 4.0 Competence Center)」である。2019年8月の時点で、ベルリン、アウグスブルクなど18カ所にミッテルシュタント4.0技能センターが置かれている。この他、職種別・テーマ別のミッテルシュタント4.0技能センターも25カ所に設置されている(表2)。

表2 全国に展開しているミッテルシュタント4.0技能センター

 各地のミッテルシュタント4.0技能センターの主な活動は、大きく次の3種類に分けられる。
①インダストリー4.0についての教育、研修、情報拡散
②無料コンサルティング
③実現プロジェクト

 まずミッテルシュタント4.0技能センターの職員たちは、中小企業の経営者やエンジニアたちのために、無料でインダストリー4.0に関する研修会、講演会、専門的な講座を実施する。こうした研修は、全国各地で行われている。

 さらにトラックの荷台にインダストリー4.0に関する展示ブースを載せ、専門家とともに各地の企業を巡回するという活動も行っている。ミッテルシュタントの中には、大都市から遠く離れた地域に本社を持つ企業も多い。そのような会社にとって、この巡回サービスは便利だ。この他、既にインダストリー4.0関連技術を導入している企業の実例を、ウエブサイト上で紹介することもミッテルシュタント4.0技能センターの重要な任務である。

 草の根レベルでの支援活動として特に重要なのが、無料コンサルティングと実現プロジェクトだ。ミッテルシュタントの中には、「我が社の生産プロセス、受注プロセスの中でこの部分が非効率的なので、デジタル化することによって効率性や生産性を改善したい」と考えている会社が少なくない。しかし、どのようにデジタル化を実践すれば良いのか分からないという経営者も多い。

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 ミッテルシュタント4.0技能センターの職員たちは、こうした疑問や要望を持つ企業を訪れてミーティングや聞き取り調査を行い、アイデアの実現の仕方やデジタル化のヒントなどについてアドバイスをする。興味深いことに、ミッテルシュタント4.0技能センターが提供する、このコンサルティング・サービスは無料である。このサービスは、デジタル化のための「潜在性診断」と呼ばれている。

 無料コンサルティングを受けるための条件は、従業員の数が500人未満であることと、21ページに及ぶ分厚い質問票に企業の活動内容やデジタル化に関する要望などを記入して提出することだ。さらに企業は、ミッテルシュタント4.0技能センターが潜在性診断を実施した結果を企業名や写真とともに、センターのホームページで公表することに同意しなくてはならない(もちろん収益に関する部分など、企業秘密に関する内容を公表する必要はない)。

 その理由は、ドイツ政府がインダストリー4.0に関する情報の共有を極めて重視しており、無料で行う診断の結果を企業が独り占めすることを避けたいと考えているからだ。一部の大企業を除けば、ドイツのインダストリー4.0は研究開発段階にある。このためドイツ政府はこの技術ができるだけ広く製造業界で普及するように、中小企業の間での情報の共有を重視している。

 さて潜在性診断の結果、デジタル化によって生産性を改善できる見込みが大きいと判断された場合、ミッテルシュタント4.0技能センターの職員たちは、企業が希望すればアイデアを実現するためのプロジェクトに参加する。プロジェクトの期間は数週間~数ヶ月まで、様々である。例えばアウグスブルクのミッテルシュタント4.0技能センターは、今年8月までに9社で潜在性診断を実施し、3社で実現プロジェクトを実施している。この支援措置も、無料である。