潜在性診断によって効率化を提言

 潜在性診断の例を見てみよう。バイエルン州・ニュルンベルグ近郊のテーギングという町にあるSpangler社では、140人の社員が機械部品やプラント向けの半製品を製造している。同社は、典型的なドイツのミッテルシュタントだ。

 この会社では、顧客から製品の注文が入ると、組み立て用の部品が生産ラインに運び込まれて組み立てプロジェクトが始まる仕組みになっていた。しかし、注文が入った時点で部品がまだ会社に到着していないこともある。この場合、部品が到着した時点で、その部品がどの組み立てプロジェクト用のものであるかを特定しなければならない。ここで無駄な時間がかかっていた。

 ミッテルシュタント4.0技能センターの専門家は同社のエンジニアたちとワークショップを行った結果、「プロジェクトと組み立て用の部品の位置やステータスを、タブレット端末上で、一目で把握できるシステムを導入するために、工程のデジタル化が必要」とアドバイスした。このシステムを作れば、部品が到着したことを技術者に自動的に知らせることができるので、組み立てプロジェクトを特定するための時間を節約できる。

部品を管理する自動アイデンティフィケーション・システムを構築したSpangler社
(画像提供:Spangler GmbH)

 アドバイスを受けたSpangler社は、自動アイデンティフィケーション・システムの構築を決めた。ミッテルシュタント4.0技能センターは、フラウンホーファー研究所の支援を受けながら、Spangler社向けアプリケーションのモックアップ(雛形)制作にも関わったという。

 もう一つの事例は、バイエルン州のグンデルフィンゲンにあるGartner Extrusion 社(従業員数100人)である。同社は、自動車メーカーなどのためにアルミニウム製の部品を製造している。同社では顧客からの注文の内容が変わるたびに、営業社員が自社のERP(企業リソース計画)システムの中から製造プロジェクトを探して、手作業で内容をアップデートしなくてはならなかった。

 この作業の効率化を図るために同社は、デジタル化担当部長を雇い、ミッテルシュタント4.0技能センターにアドバイスを要請した。同センターのエンジニアたちは同社を訪れて数回にわたり聞き取り調査やミーティングを実施。その結果同社は、現在のERPシステムにアルゴリズムや追加モジュールを付け足すことによって、顧客の注文を自動的にアップデートするシステムを新たに開発。同社は、新システムのおかげで営業部門の非生産的な仕事を減らすことができた。この新しいシステムに蓄積されたデータは、輸送などのロジスティクス部門でも活用できる。

デジタル化のための最初の一歩を手助け

 読者の中にはこれらの実例を読んで「ドイツのミッテルシュタントは随分初歩的なデジタル化を行っているのだな」という感想を持つ人もいるだろう。だが大企業に比べると、ミッテルシュタントは資金や人材の面で水を開けられている。

 特に、中小企業がITスペシャリストを見つけるのは、ドイツでは至難の業だ。多くのIT技術者は待遇が良い大企業に吸い寄せられてしまうからだ。このためデジタル化の度合いについては大企業とミッテルシュタントの間で格差が広がりつつある。2019年1月にIT業界の企業団体であるドイツ情報通信ニューメディア連合会(BITKOM)が発表したアンケート結果によると、回答企業の約47%が「インダストリー4.0関連の技術を導入している」と答えた。これに対し2018年3月にドイツ復興金融公庫(KfW)が発表した研究報告書によると、2014年~2016年にデジタル化プロジェクトを実行したミッテルシュタントの比率は26%にとどまっていた。

2014~2016年にデジタル化に関連したプロジェクトを実行したドイツの中小企業の比率
(出典:KfW Research,"Digitalisierung im Mittelstand. Durchführung von Vorhaben und Höhe der Digitalisierungsausgaben",2018年3月)

 また2016年に中小企業がデジタル化のために行った投資額は、建物や機械への投資額の約10%にすぎなかった。

2016年のドイツ中小企業の投資額
(出典:KfW Research,"Digitalisierung im Mittelstand. Durchführung von Vorhaben und Höhe der Digitalisierungsausgaben",2018年3月)

 つまりドイツ政府は、デジタル化プロジェクトがどんなに初歩的なものであっても、ミッテルシュタントがインダストリー4.0の世界へ足を踏み入れることが重要だと考えて、ミッテルシュタント4.0技能センターに現場レベルでの支援作業を強化させているのだ。

 日本政府はデジタル化に関して、まだこれほど組織的な中小企業支援策を実施していない。その意味でミッテルシュタント4.0技能センターの活動には、我々が学ぶことができる要素が含まれているのではないだろうか。

熊谷 徹(くまがい・とおる)
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力四〇年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖 ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国 緊急報告・VW排ガス不正の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)、「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SBクリエイティブ)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。