医薬品および原薬:「仮想備蓄」やプロセス変革で海外依存度を低減

 COVID-19のパンデミックにより、堅牢でレジリエントな(回復力のある)医療体制を維持することの重要性と、それを実現するための課題の両方が明らかになった。米国は長年にわたり、ジェネリック医薬品注1)と原薬(active pharmaceutical ingredient:API)注2)の不足に悩まされてきた。この背景には、この数十年間に米国内にあったジェネリック医薬品の製造拠点が、人件費と生産コストが低い海外に移ったことがある。こうした拠点が製造しているジェネリック医薬品は、抗生物質、抗うつ剤、経口避妊薬、がん、HIV/AIDS、糖尿病、パーキンソン病、てんかんの治療薬などが含まれており、米国市民に処方される医薬品の約90%を占めている。しかも、ジェネリック医薬品の原薬を製造する施設の約87%は現在、米国外にある。そのサプライチェーンの大部分を支配しているのが中国とインドだ。

注1)ジェネリック医薬品とは、過去に特許で保護されていた医薬品と同じ化学物質を含み、特許満了後に販売が許可される医薬品のこと。
注2)原薬とは、医薬品に含まれる有効成分。医薬品の目的とする医療効果をもたらすもの。

 米国は原薬の供給を中国に大きく依存しており、2020年だけで約18億米ドル(約2000億円)もの中国製原薬を輸入している(図3)。さらに米国は、ジェネリック医薬品の約40%(推定値)をインドから輸入しており、インドは原薬の約70%を中国から調達している。このような状況を踏まえて、「米国の医療に欠かせない医薬品の国内生産量が不足しているという事態」への対応が大幅に遅れていると、ホワイトハウスのリポートは警告している。

図3 国・地域別 ジェネリック医薬品 (ANDA承認)の原薬製造施設の割合
図3 国・地域別 ジェネリック医薬品 (ANDA承認)の原薬製造施設の割合
出典:Building Resilient Supply Chains, Revitalizing American Manufacturing, and Fostering Broad-Based Growth, June 2021, The White House

医薬品と原薬の国内生産を増強

 ホワイトハウスのリポートには、主要医薬品の国内生産量を増やすべきだと書かれている。この目標を達成するために、米国保健福祉省(Department of Health and Human Services:HHS)が、米国政府機関と民間企業の様々なステークホルダーで構成された新しい官民コンソーシアムを設立し、国内の医薬品生産を強化する方法を検討している。このコンソーシアムは、米国国防総省(Department of Defense)が管理する国防生産法(Defense Production Act:DPA)に関連する予算の一部を使って活動する。DPAでは、重要なインフラを担当する連邦政府機関が、生産量の増強や国家安全保障に関する措置を講じるために必要な資金を助成金や融資などの形で提供することができるとしている。

 同コンソーシアムは、米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)の情報に基づいて「必須医薬品」を特定し、これらの医薬品のグローバル・サプライチェーンをマッピングすることで、深刻なサプライチェーンリスクがどこに存在するかを判断する任務を負う。例えば米国内でまったく生産していない医薬品の有無や、市場の変化などに柔軟に対応するために欠かせないグローバル・サプライチェーンの冗長性の不足などがリスクの要因になる。

 同コンソーシアムでは、必須医薬品の国内生産を強化するために、米国政府の財政的インセンティブや投資をどのように活用できるかを検討している。また、中小企業を含む医薬品メーカーが安定した需要を獲得し、生産能力の強化に向けた投資ができるように、特定の医薬品については米国政府による調達保証を実施することが検討されている。最初のステップとして、米国保健福祉省は、APIの国内製造能力を高める方法を開発するために、DPAで配分された予算のうち約6000万ドル(約66億円)を投じる。さらに、特定の医薬品を米国内に備蓄する必要性についても検討する。

 ホワイトハウスのリポートが勧告する構想の1つは、必須医薬品を製造するために必要な「APIやその他の重要な材料の仮想備蓄」の構築である。「仮想備蓄」とは、米国政府が原薬メーカーや医薬品メーカーと契約し、各メーカーが緊急時に備えて原薬や医薬品の余剰分を確保する仕組みである。廃棄の可能性を抑えるために、この契約には、期限切れになり廃棄される前に材料を市場に戻すメカニズムが含まれている。リポートでは、原薬や医薬品を物理的に備蓄するのではなく、重要な医薬品リストに優先順位をつけ、可能な限り国内のサプライヤーによって仮想備蓄を行うべきだと述べている。

生産プロセスを変革

 ホワイトハウスのリポートでは、米国内における医薬品とAPIの生産量を増やすことに加えて、新しい製造技術とプロセスを実用化するための研究開発に向けた投資を強化することも提案している。この中にはCOVID-19パンデミック対策の取り組みも含まれる。

 リポートでは、米国保健福祉省と国防総省が共同で進めている革新的な技術プラットフォームを用いた医薬品・原薬のオンデマンド製造システムの必要性を特に強調している。リポートには、「これらのプラットフォームには、フローケミストリー、液液抽出、相分離といった技術の近代化によって必要なAPIを生成する新しい合成化学プロセスを導入しており、このプロセスが国内の医薬品製造に革命をもたらす。COVID-19に感染した患者に使用された医薬品を上回る規模で必須医薬品を生産できることを実証している」と書かれており、高い費用対効果で医薬品を生産できる同プラットフォームが有望な投資対象であると強調している。次のステップとして、米国保健福祉省は、米国食品医薬品局とタスクフォースを立ち上げて、民間や大学と連携してこれらの新しいプラットフォームをさらに発展させるための戦略を策定する予定である。

 さらにホワイトハウスのリポートは、医薬品の製造拠点が国外に移転した理由が、生産コストの抑制であることを指摘したうえで、医薬品やAPIの国内生産の促進を図るならば、従来の製造プロセスを根本的に変えて生産コストを各段に抑える必要があると訴えている。そうでないと、安価な労働力を確保しやすく、コストを押し上げる要因となる環境規制が米国ほど厳しくない中国やインドに対抗し得る競争力は得られない。

 コスト効率の高い生産プロセスの1つは、「連続生産」である。従来のバッチ生産では、製造工程が断続的で、処理工程に明確な区切りがあった。これに対して連続生産は、従来よりも工程が少なく、処理時間が短いプロセスを導入して、生産工程全体を統合管理しながら継続的に医薬品の最終製品を生産することができる。こうした連続生産は、初期投資以後は従来よりも低コストで生産できるのが特長だ。

 米国食品医薬品局は、連続生産などの新技術に関する規制問題に対処するために「Advanced Manufacturing Regulatory Framework Working Group(高度な製造規制枠組み分科会)」を結成し、低分子医薬品や経口固形薬のために連続生産を計画している医薬品メーカー向けのガイダンスを発表した。

 2015年から米国食品医薬品局は、革新的な技術の提案を受け入れる医薬品評価研究センター(Center for Drug Evaluation and Research:CDER)を通じて、連続生産やその他の高度な製造方法の開発を支援している。現在までに、CDERは100以上の革新的な生産技術の提案を受けている。他にCDERと米国食品医薬品局は11件の新技術を承認しており、そのうち10件は連続生産に関わるものである。

同盟国と協力してレジリエンスを強化

 ホワイトハウスのリポートで述べられているように、「アメリカの患者に必要なすべての医薬品を米国内で生産することは、実現可能でも、望ましいことでも、現実的でもない」。したがってリポートでは、米国政府が同盟国やパートナーと協力して、医薬品サプライチェーンのレジリエンスを強化することを勧告している。ここでいうレジリエンスの強化とは、「不必要な重複を排除したうえで、適切な冗長性を備えた生産」を実現することである。

 この点に関してリポートでは米国政府に対して、the International Coalition of Medicines Regulatory Authorities(薬事規制当局国際連携組織)、the International Council for Harmonization of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use(医薬品規制調和国際会議)、the Pharmaceutical Inspection Cooperation Scheme(医薬品査察協同スキーム)などの国際的な医薬品規制および調和機関と連携することを勧めている。

 さらにレポートでは、米国とその同盟国およびパートナー国が協力する新たな取り組みについて言及している。APIサプライヤーを一元管理するデータベースを構築することだ。現状では、こうしたデータベースは存在しないが、もし実現すれば、既存のAPIの供給が途絶えたときに、代替するサプライヤーを速やかに見つけることができる。これによって医薬品メーカーの生産が滞るリスクを軽減することが可能になる。 (以下、後編に続く)