経済安全保障に関連する米国の産業政策を解説する連載の第2回では、2021年6月にホワイトハウスが発表したレポートから、産業政策の重点分野となっている「半導体」「医薬品および原薬」「大容量蓄電池」「重要鉱物および材料」の4つの産業を巡る米政府の方針を読み解く。第2回前編の「半導体」「医薬品および原薬」に続いて、後編では「大容量蓄電池」「重要鉱物および材料」に関する方針を解説する。

Joel Greer氏
Joel Greer氏
法律事務所ZeLo・外国法共同事業
外国法事務弁護士
(第二東京弁護士会/原資格国:米国コロンビア特別区)
2000年イェール・ロー・スクール卒業。法務博士(専門職)。約15年前から日本で活動。主な著書に「Japan in Space – National Architecture, Policy, Legislation and Business in the 21st Century」(Eleven International Publishing、2021年)などがある。

この記事で表明された見解および意見は、著者のみのものであり、法律事務所ZeLo・外国法共同事業の見解および意見を反映しているとはかぎりません。

大容量蓄電池:EVの普及支援で需要を創出

 大容量蓄電池の主な用途には、家庭や事業所に電力を供給する系統電力システムの安定化用、電力を使用する需要側で使う定置用、主に電気自動車(EV)に使用される車載用がある。ホワイトハウスのリポートで主に言及しているのは、特に需要が大きい車載用の大容量蓄電池である。リポートでは、エネルギー密度が200Wh/kg以上を大容量蓄電池と定義した。ここでエネルギー密度とは、電池の重量に対するエネルギーの大きさを示す指標である。例えば、米Teslaの「Model3」には、エネルギー密度240Wh/kgの電池が使われている。米国は他国と同様に、化石燃料からの脱却を進めている。EV本体は二酸化炭素を排出しない。このため気候変動リスクを軽減するうえで重要な役割を果たすことが期待されている。

 EV化によって自動車産業は大容量蓄電池の需要をけん引する役割を担うことになる。EV向け車載用蓄電池の世界需要は、2025年までに現在の3倍以上に増えるとの予想もある。世界全体の動きと同様に米国内の車載用蓄電池の需要も高まる見込みだ。ところが、何も手を打たなければ米国内における車載用蓄電池の生産能力は国内需要を満すことはできない。EVの普及に合わせて大容量蓄電池の産業を強化するために国家政策が必要になる。

 大容量蓄電池の生産能力を高める取り組みで米国は、中国に大きく遅れている。2020年の車載用リチウムイオン電池の世界市場における米国のシェアは8%に過ぎない。これに対して、この分野に集中して計画的に投資をしている中国は76%ものシェアを握っている(図4)。

図4 蓄電池セルの製造能力の地域別割合(2020年と2025年の予測)
図4 蓄電池セルの製造能力の地域別割合(2020年と2025年の予測)
出典:Building Resilient Supply Chains, Revitalizing American Manufacturing, and Fostering Broad-Based Growth, June 2021, The White House

インフラ整備で国内需要を拡大

 バイデン大統領は、2030年までに米国で販売する新車の40%をEVにするよう業界に求めている。2020年に米国で販売された新車のうち、EVが占める割合は、わずか2%だったと言われていることを考えると、かなり野心的な目標である。これに対してホワイトハウスのリポートでは、「内需の支援、国内生産への投資、リサイクル、研究開発を含むエコシステムの構築」を進めることを提言している。

 内需については、米国政府による消費者奨励プログラムを実施する。国内でEVを購入した消費者に、米政府は最大7500米ドル(約83万円)の連邦税を控除する方針である。リポートでは、EV購入者に対する販売時点でのリベートの方が利用しやすいと指摘しているが、バイデン政権は現在、米国下院で審議中の法案を支持している。この法案には、7500米ドルの税額控除制度を継続・拡大することや、米国の労働組合員が製造した米国製の大容量蓄電池を搭載した電気自動車に最大5000米ドル(約55万円)のボーナスを付与することなどが盛り込まれている。 .

 EVを普及させるために欠かせないのが充電スタンドの整備である。現状では、充電スタンドは米国全体に均等に配置されてはいない。例えば、カリフォルニア州には、設置数が少ない39の州の合計数と、ほぼ同じ数の充電スタンドが設置されている。したがって、より多くのEVを普及させるためには、ホワイトハウスのリポートで提唱されているように、充電スタンドの設置台数を増やして、国全体にまんべんなく配置する必要がある。

 このため、2021年8月に米国上院で超党派の過半数で可決された「インフラ投資および雇用に関する法律(Infrastructure Investment and Jobs Act:IIJA)」では、国内の充電スタンド設置のために75億米ドル(約8300億円)の予算を割り当てている(この法律は米国下院で保留中)。IIJAでは、75億米ドルのうち、EV充電スタンドを開発するための米国運輸省(US Department of Transportation)のコミュニティー助成プログラムに約25億米ドルを投じる方針である。残る50億米ドルは、州が充電スタンドを建設するための追加資金として承認されている。また、充電インフラのサポートに加えて、州や地方自治体がスクールバスを電動化するための資金として50億米ドルの予算を計上している。

 こうした取り組みに加えて米国は政府調達を通じて、電力網の安定化など他の目的に使用される大容量蓄電池の需要も増やそうとしている。例えば、ホワイトハウスのリポートが発表された直後、米国エネルギー省(Department of Energy)は連邦政府の施設を対象にした蓄電プログラムを実施する方針を発表した。

電池材料調達のレジリエンスも強化

 大容量蓄電池には、いくつかの種類がある。その中で、市場のほとんどを占めているのが、リチウムイオン電池である。家電製品や防衛用機器、EV、系統電力の安定化システムなど、幅広い用途で使われている。市場の多くをリチウムイオン電池が占めている状況は今後も続くと予想される。そこでホワイトハウスのリポートを受け、エネルギー省は、傘下にある連邦先進電池コンソーシアム(Federal Consortium for Advanced Batteries: FCAB)と協力して、「国家リチウムイオン電池ブループリント 2021-2030( National Blueprint for Lithium Batteries 2021-2030)」を発表した。

 この「ブループリント」が作成された背景には、ホワイトハウスのリポートの中で、リチウムイオン電池のサプライチェーンに関する脆弱性が指摘されていることがある。つまり、米国内におけるリチウムの埋蔵量が限られている。しかも、リチウムの他にリチウムイオン電池に欠かせないニッケルとコバルトの埋蔵量も非常に少なく、これらの国内産出品がほぼ存在していない。さらに米国内におけるリチウムイオン電池の生産能力が小さいことが、リポートには書かれている。

 こうした課題を解決するための適切な政策と投資計画を決めるために、エネルギー省などの政府機関が中心となって、米国にあるリチウムおよびその他の主要な鉱物の埋蔵量を特定する「資源マッピング」の作業を進める必要がある。これらの資源を国内で継続して採掘し、材料に加工する事業への投資や、関連する技術の研究開発を促進するために、政府の調達力を利用することも必要だ。つまり、安定した需要を確保するために、材料を購入する価格や量を保証する。

 だが、リチウム、コバルト、ニッケルの埋蔵量の大部分は米国外にある。しかも、埋蔵量の多くを占めているのは、オーストラリアやカナダなどの同盟国だけでなく、中国などの競合国や、労働基準が緩い国である。この状況が、米国のグローバルなサプライチェーンの脆弱性をもたらしている。

 短期間で、この状況に対処するために、ホワイトハウスのリポートと「国家リチウムイオン電池ブループリント 2021-2030」のどちらにおいても、リチウムイオン電池における重要な材料のリサイクルを促進し、サプライチェーンのレジリエンスを強化することの重要性を強調している。ホワイトハウスのリポートでは、使用済みのEV用蓄電池や鉱業廃棄物などの2次資源からリチウム、コバルト、ニッケルを回収することで供給を増やす「全国的な回収とリサイクル政策」を提唱している。

 この他にホワイトハウスのリポートでは、いくつかの施策を提言している。例えば、米国政府が国際開発金融公社(International Development Finance Corporation)などの資金調達機関を活用して、主要な鉱物の持続可能な採掘および処理プロジェクトに資金を振り向ける。米国国際開発庁(US Agency for International Development:USAID)を通じて、透明で競争力のある鉱業権の実施を促進する。エネルギー資源ガバナンスイニシアチブ(Energy Resource Governance Initiative:ERGI)や国際標準化機構(International Organization for Standardization:ISO)のリチウム技術委員会などの多国間組織と協力して、鉱業における環境および社会の基準を強化する、などである。

国内生産の促進と先端技術の支援

 ホワイトハウスのリポートでは、米国における大容量蓄電池の生産強化に向けて、エネルギー省が、約170億米ドルの融資権限を持つ先進技術自動車製造ローンプログラム(Advanced Technology Vehicles Manufacturing Loan Program)を活用して、民間における設備の建設、拡大、改修を支援することを提言している。

 2020年後半にエネルギー省は、蓄電池メーカーがこのローンプログラムをどのように活用できるかを明確にするためのガイダンスを発表した。その後、連邦政府が資金提供する助成金や大容量蓄電池の研究開発プロジェクトについて、米国内の生産促進につながる要件を強化することを約束している。

 ホワイトハウスのリポートはまた、助成金、税額控除、政府調達力とともに、政府ローンプログラムを、米国内における研究開発の支援のために整備することも提言している。ここで重要なのは、米国政府の財政支援の対象となる新技術には、調達が難しい材料の削減につながる技術が含まれていることだ。長期的には、リチウムイオン電池の性能を向上させながら、コバルトやニッケルを使わないようにする。具体的には、シリコンアノード、リチウム金属アノード、全固体電池、および次世代カソードといった技術の開発を加速する考えだ。