海水の低酸素化で魚介類の鮮度を維持

 同じくファインバブルでの応用だが、窒素を海水に混ぜることで、流通過程における魚の鮮度を維持する方法を実用化したのが、水産物の仲卸を営む丸福水産(北九州市小倉市)とその子会社のナノクス(同)である。

 鮮度を劣化させる原因のひとつが魚体中に含まれる油分の酸化にある。無酸素状態にできれば酸化は抑えられるものの、単純に窒素を海水に曝気しただけでは酸素は置換されない。そこで着目したのがファインバブルだった。

 「すべての水産業者が課題としている鮮度問題を解決できればと、丸福水産が別の用途で研究を進めていた流体混合技術を活用して、窒素のウルトラファインバブル(直径1μm以下)を生成し海水を低酸素化できないかと考えた」(ナノクス代表取締役専務の米澤裕二氏)。

 研究の結果、ウルトラファインバブル化した窒素を海水に混ぜると、窒素の泡が海水中や魚体中の酸素を内包して浮上し、溶存酸素濃度はおよそ10分の1にまで下がり、魚全体が脱酸素に近い状態になることが分かった。しかも残った窒素は長時間水中にとどまるため効果が持続しやすい。油分の酸化や好気性細菌の増殖が抑えられ、第三者機関による細菌数の調査や、食味の官能検査でも顕著な結果が得られたという。

 こうした成果を踏まえて、ナノクスでは専用のウルトラファインバブル生成装置「ナノ・フレッシャー」を2012年に製品化。装置は、まぐろ延縄漁船、漁港、魚市場などに数多く導入されており、船倉の臭いがなくなった、身質が向上した、鮮度が長持ちする、変わらない食味を維持できる、といった高い評価を受けているという。(ちなみにナノ・フレッシャーは高酸素ウルトラファインバブル海水も作れるため、養殖などにも活用されている)。

 鮮度が落ちなければ、産地から離れた消費地にも魚介類を新鮮なまま届けられ、商機の拡大が図れるとともに、流通や小売りでの廃棄も減らせる。使い方は簡単で、出荷前に低酸素ウルトラファインバブル海水に魚介類を30分ほど浸し、あとは水を切って通常通り発泡スチロール製の魚箱に箱詰めするだけでよい(図3)。

図3 窒素を用いた低酸素ウルトラファインバブル海水に水揚げした魚介類を30分程度漬けるだけで鮮度を維持
(画像提供:ナノクス)

 両社の取り組みは、経済産業省の地域イノベーション創出研究開発事業や、中小企業庁が推進する戦略的基盤技術高度化・連携支援事業および戦略的基盤技術高度化支援事業などに採択されており、地域イノベーションのひとつとしても着目されている。

賞味期限の延長や消費者の買い置きに有効なMAP包装

 スーパーの鮮魚や精肉売り場で見かける一般的なトレイ+ラップに代わり、専用のトレイを使い、中に窒素ガスなどを充てんし酸素を置換して、鮮度の低下を防ぐとともに消費期限/賞味期限を延ばす「MAP包装」がスーパーマーケットに広がってきた(図4)。店頭での鮮度維持と廃棄の削減、セントラルキッチンへの発注頻度の削減、および、消費者に対して買い置きの提案などが主な狙いである。

図4 スーパーマーケットの鮮魚や精肉売り場に広がるMAP包装(画像はイメージ)

 MAPとはModified Atmosphere Packagingの略で、「ガス置換包装」や「ロングライフ包装」とも呼ばれる。食品工場で大量生産される食品にはかなり以前から用いられてきたが、重さなどが一品ずつ異なる魚介や精肉にも広がってきたのが近年の特徴といえよう。

 空気を置換するガスとしては窒素が主流で、ほかに二酸化炭素(CO2)や酸素(O2)なども用いられる。食品ごとに最適なガス配合は異なり、MAP包装機を提供するメーカーあるいはMAP包装を利用する小売業者のノウハウとなっている。

 課題はコストと手間だ。従来のラップ包装のように手軽にはいかず、トレイとラップ(フィルム)には機密性の高い専用のものが必要で、シーラー(包装機)も導入しなければならない。窒素などガスの供給も要る。そのため包装作業は、各店舗のバックヤードではなくセントラルキッチンで行われることが多い。

 代表的なところでは、ダイエーが2016年12月から一部の鮮魚や精肉にMAP包装を採用し、全店舗に展開している。包装(セントラルキッチン)は同社のグループ会社であるアルティフーズが請け負っている。

手軽な窒素ガス精製装置も登場

 窒素ガスを使って商品の付加価値を高めていくこうした取り組みは、新たな商機を生み出しているといえるだろう。また、食品業界においては、国内だけで年間600万トンを超える可食食品の廃棄(いわゆる「食品ロス」)をいかに減らすかが課題になっており、包装材および包装技術の開発と併せて、窒素が持つ保存性に対する期待は高い。

 一方で、窒素ガスを使おうとすると、一般にはボンベを購入するか、それなりの大きさを持つ窒素ガス発生装置を備えなければならず、前者は保安等に注意が必要である。

 そこで、窒素ガスをより手軽に扱いたいというニーズの拡大を受けて、中空糸分離膜を使って圧縮空気から窒素を分離生成するコンパクトな装置をCKDが製品化している。半導体製造のような工業プロセスとは違って、超高純度の窒素ガスを必要としない包装用途には十分であり、設備投資や保安管理のハードルを下げられるとして、MAP包装などへの導入が増えているという(図5)。

図5 圧縮空気から中空糸分離膜を利用して窒素富化ガスを生成する装置の例
CKDの製品。写真のシステムにはインライン酸素濃度計も組み込まれている。窒素を分離した後の空気中の酸素濃度を測定することで、窒素濃度を常時監視できる。(撮影:関行宏)

 以上、窒素ガスの新しい応用の一端を紹介したが、こうした活用が付加価値を生み、新たな商機へとつながることが期待される。