人工知能(AI)の技術開発と活用では、日本は米国や中国に後れを取っていると見る向きがある。確かに、政府や企業がAI分野の研究開発や設備導入に費やす投資額を見る限り、うなずける話だ。そんな中、世界のAI開発をリードする日本のベンチャー企業がある。Preferred Networks(以下、PFN)だ。製造業におけるAI活用に、いち早く乗り出した同社には、最先端のものづくりの課題と、それをAIで解決するための知見が着実に蓄積されている。そこで同社 取締役 最高技術責任者の奥田遼介氏に、同社が肌感覚で感じる製造業でのAI活用の現状とこれからの展望を聞いた。(聞き手=伊藤元昭)

――製造業でAIの活用に対する関心が高まっています。PFNは、こうした潮流の最前線にいる企業です。AIに大きな注目が集まる現状をどのように見ていますか。

奥田氏 正直に言えば、バブルっぽい部分を感じます。“AI”という言葉が、無条件に価値あるものとして記号化され、語られる傾向はあると思います。ただし、その一方で、製造業をはじめとする様々な分野の企業に、高い関心を寄せてもらえるのは、深層学習(ディープラーニング)や機械学習を扱ってビジネスをする私たちにとって、ありがたいことだとも感じています。

 製造業は、もともと機械化が他業界よりも進んでいた分野です。さらに、ここにきて生産ラインにIoT(Internet of Things)の概念を取り入れる動きが始まり、多種多様な機械がネットワークにつながるようになって、製造業でAIを活用する素地がいよいよできつつあるように思います。

Preferred Networks  取締役 最高技術責任者 奥田遼介氏
(撮影:栗原克己)

人手が頼みの企業はAIの活用が下手

――製造業でAIを活用する企業と数多く接していることと思います。AIを上手に活用している企業に共通する特徴はあるのでしょうか。

奥田氏 AIを活用するには、機械化が前提になります、ここで企業文化が大きく影響しているように思います。これまで人材の力を頼みに仕事を回してきた企業では、なかなか機械化が進みません。こうした企業の場合、いざAIを活用しようとすると、どこを機械化すればよいのかから議論を始めなければなりません。一方、業界の中で後発の企業では、人材不足などを背景に機械化に積極的に取り組む傾向があります。機械化が進んでいれば、AIのアルゴリズムを実装するところから始めることが可能です。

 ただし、現状では積極的な企業においても、すべての工程が機械化されているわけではありません。つまり、あらゆる工程にAIが実装できる状況にはなっていません。例えば検査は、自動化が進んでいない工程の1つです。中国の製造業では自動化を進める企業が多く、AI導入に積極的な企業が多いのですが、いまだに検査工程については、数千人単位の人を配置して目視で検査している企業が少なくありません。

――日本企業は、人の有効活用を最優先に考えるところが多いように思えます。まず、機械化にもっと慣れる必要がありそうです。

奥田氏 AIを導入する企業だけでなく、それを支援する企業のレベルアップも必要でしょう。生産ラインは、高度な装置を複雑に組み合わせて構築します。単純に装置を並べて、つなげさえすれば、ライン全体が円滑に稼働するわけではありません。ライン全体が想定通りに稼働するように仕上げるためには、ライン全体のエンジニアリングを手掛けるいわゆるSIerの存在が欠かせません。生産ラインにAIを適用するには、SIerがAI活用の勘所を理解する必要があります。

 SIerの力を借りずに生産ラインを構築する方法として、いわゆる“ターンキー・ソリューション”を活用する方法があります。生産ラインの中に装置を組み込むだけで、すぐに機能するように装置を作り込む方法です。特定の条件や特定の物を対象とする検査システムを、“ターンキー・ソリューション”として提供することはできるかもしれません。しかし、様々な検査に対応できる汎用システムを、生産ラインに組み込んだ場合には、複雑なツールセットを高度に使いこなせるSIerの助けが必要になるでしょう。

バブルが沈静化してからが本番

――AIブームはいずれ沈静化するでしょう。その後、製造業を巡るAI活用の状況はどのように変わると思いますか。

奥田氏 現状では、投入するコストに対する効果が不明確なままAIに投資している傾向があります。とりあえずやってみよう、と投資に踏み切るケースです。ブームが沈静化すれば、こうした案件は減るのではないでしょうか。AIの応用分野の中には、確かにやってみないと効果が得られるか否かが分からないものもあります。そうした案件は、ブームが過ぎるとなかなか認められないという状況になるかもしれません。実は、私たちAI活用を支援する企業としては、そこからが本番だと考えています。

 製造業は、きちんとコストを管理する企業が多い業界です。たとえAIの導入によって工数を80%削る効果が得られたとしても、導入に際してのコストが高すぎて採算が合わないのならば手を出さないという企業が多いはずです。

 ところが現状では、そこをごまかしてしまっているケースがまだあるように思えます。現在行われているプロジェクトの多くは概念実証(Proof of Concept:PoC)の段階で、その先のプロジェクトで投資を回収できるという見込みがあるのかもしれません。だからといって、採算を度外視したプロジェクトを続けていると、本格導入の前にAIに失望する人を増やすことになりかねません。

(撮影:栗原克己)

最適解が最先端にあるとは限らない

――AIのような新しく高度な技術の活用には、相応のコストがかかるでしょう。成果なく、いつまでも多額の資金を出し続けるわけにはいかないですね。

奥田氏 実際にプロジェクトを始めてみると、深層学習のような高度な技術を使わなくても解決できる課題があることに気づく場合がたくさんあります。機械学習の基本的な要素を丁寧に適用することで解決できるケースです。

 最先端の手法を使うことが、あらゆる課題の最適解ではありません。実際、PFNでは検討を重ねた末に深層学習を使わず、最小二乗法のような極めて基礎的な統計処理手法を採用して課題解決する場合もあります。むやみに高度な技術を投入するようなことはしません。

 当然、私たちがフォーカスしたいのは深層学習のような最先端の技術です。しかし、最先端技術の効能を知っているからこそ、もっと簡単で費用対効果の高い方法も、自信を持って提案できるのだと思います。高度な手法だけ、あるいは簡単な手法だけ知っていたのでは、課題解決の最適手法を見極めることはできません。解決につながる可能性のあるすべての手法を俯瞰したうえで、お客様にとって最も適した手法を一緒に考えることが重要だと思っています。

壊れにくい機械の故障を予測する難しさ

――PFNは、産業用ロボットなどで有名なファナックと提携し、製造業で名が知られるようになりました。約3年経過した両社の取り組みの中で、どのような成果が得られましたか。

奥田氏 ファナックと最初に取り組んだのは、バラ積みされた製品を取り出すための画像認識技術の開発でした。ファナックの手法とPFNの深層学習技術を組み合わせて、ワークの取り出し順序の決定精度を高めることができました。

 ただし、バラ積み取り出しはキャッチーなテーマではありますが、生産ラインの中でそれほど多く使われている作業ではありません。実際の生産ラインでは、同じような作業の繰り返しにロボットが使われる場合が多いです。こうした工程の効率化が、より重要なテーマになります。そこで、より多くのロボットで使われる機能の開発を目指して、関節などロボットの可動部分に組み込む減速機の異常診断にも取り組んできました。ロボットに無茶な動きをさせると減速機を破損してしまいます。壊れるまで徐々に減速機に疲労が溜まるのですが、深層学習を使い、その疲労を推論して故障時期を予測します。すでに、かなり正確な予測が可能になっており、商品化に向けてこの技術の検証を進めています。

――産業用ロボット向けのAI活用で苦労している点はありますか。

奥田氏 実際に開発に取り組んでみると、様々な難しさがあって、挑戦しがいがあります。例えば、故障予測では、精度向上が最重要の開発テーマですが、精度の向上を図るには故障に至るまでの挙動についてのデータを集める必要があります。ところが、ゼロ・ダウンタイムを目指すファナックの製品はなかなか壊れないので、このデータが思うように手に入りません。

 よく壊れる製品を対象にすれば、データが簡単に集まります。しかし、壊れない製品の中から壊れる兆候を見つけるのは大変な仕事です。まず限られたデータを的確に収集するためにはファナックが蓄積してきた技術や知見が不可欠です。さらに、そこにPFNの技術を組み合わせ、壊れないケースのデータを上手に活用することで高精度な異常診断が可能になります。

(撮影:栗原克己)