勘と経験が頼りの作業にはデータがない

――深層学習や機械学習を製造業の現場に実装してみて意外だったことはありましたか。

奥田氏 製造業では、人の勘と経験に頼っている部分が、思いのほか多いことに驚きました。同じ装置を使っても、特定の人以外できない作業がたくさんあるのです。

 もちろん、その人の技術をベストプラクティスとして共有・継承しようと試みてはいるものの、日本の製造業のレベルを長期間にわたって保ち、さらに先を目指すためには、同じ作業を誰でも再現できるようにしておく必要があります。ところが、技能を機械化しようにも、その技能を持つ人がどのように装置を操っているのかが、その人自身の中で暗黙知となっていて説明できないことがあります。当然、学習用に使えるデータなどあるわけもなく、最初からデータを取り直す必要があります。

 このデータを集める作業はとても大変です。何十年もかけて習得した技能をどのようにデータ化すればよいのか的確に定義する必要があります。また、そもそも技能を持つ人がいて、現時点で何の問題もなくこなせている作業なので、コストをかけてデータを取ることに現場の理解が得にくい点も問題です。

(撮影:栗原克己)
(撮影:栗原克己)

企業の壁を越えたAI活用を簡単に

――ファナック以外のパートナーとも、産業用AIの開発に取り組む可能性はありますか。

奥田氏 PFNのパートナーは、1業界1社が基本です。例えば、自動車業界ではトヨタ自動車、工作機械やロボットではファナックをパートナーとしています。ファナックとは、「FIELD(FANUC Intelligent Edge Link & Drive) system注1)」 と呼ぶIoTオープンプラットフォームの開発にも取り組んでいます。私たちの技術は、このFIELD systemを通して、様々な製造業のアプリケーションに展開することができます。

 深層学習や機械学習は、実装するだけですぐに成果が得られるという技術ではありません。このため、私たち単独では、ユーザーに付加価値を提供できません。ファナックがPFNの技術を利用し、具体的なデータをそろえることで、初めて私たちの技術が効果を発揮するわけです。つまり、高い信頼を得ているパートナーを通じてPFNの技術を届けることが、結果として広く活用してもらうための早道になると考えています。

注1)FIELD systemは、ファナックと米Cisco Systems、ロックウェル オートメーション ジャパン、PFN、NTT、NTTコミュニケーションズ、NTTデータの7社を主要メンバーとして開発された。

 FIELD systemには2つの狙いがあります。1つは、当然、より多くのユーザーに使ってもらうこと。そして、もう1つがパートナーの輪を広げていくことです。今では、様々な企業がIoTプラットフォーム事業を手掛けるようになりましたが、ことオープン化によるパートナーの広がりに関しては、FIELD systemが頭1つ抜けていると思います。

 FIELD systemは、着々と進化しています。2016年に開催された工作機械の展示会「JIMTOF2016」で、ファナックはFIELD systemを介して自社製の装置同士が連携するデモンストレーションを披露しました。2年後に開催された2018年の「JIMTOF2018」では、ファナックの装置だけでなく他社のシステムも、FIELD system上で連携して動作する様子を見せています。FIELD systemはエコシステムを実現することを目指しており、ファナック製以外のロボットも同じフレームワークにつなぐことで、さらにユーザー価値を高めるという大きな構想もあります。

製造業のビジネスモデルに変革を起こす

――製造業の分野で、PFNは最終的にどのようなことを実現しようとしているのでしょうか。

奥田氏 工場の生産性向上を、ブレることなく追求していきます。その実現のアプローチは大きく2つあります。1つは自動化の追求です。もしかすると完全自動化工場も実現できるかもしれません。もう1つは、「人と機械の協調」です。

 かつて産業ロボットは安全柵で人と隔てられた領域の中にしか設置できませんでしたが、安全に関する法令や規格の改定を受けて、最近では一定の条件を満たせば人と同じ領域に設置できるようになりました。これは、高い生産性を追求するうえで有利です。人がかかわる工程とロボットを使った工程が別々の領域にあると、二つの工程の間で非効率なワークの受け渡しが発生しますが、同じ領域に人と機械が共存できれば、こうしたプロセスを排除できます。さらに、人と一緒に作業する産業用ロボットにAIを適用して、より効果的に協調するようにすれば、作業効率を一段と高めることができるでしょう。

――工場におけるAIの活用を加速するうえでの課題は。

奥田氏 キーポイントは、AIを利用して製造装置やロボットを簡単に使えるようにすることだと思います。今の製造装置やロボットは、かなり複雑な作業ができますが、それを使う人には専門的な知識やスキルが欠かせません。また、ある仕事をしているロボットに別のことをさせようとすると、再設定のための時間が必要になります。

 ロボットを移動して、1時間程度の準備作業ですぐ使える。そんな状態にできれば、工場内での装置やロボットを柔軟に配置転換できます。生産品目ごとに行う配置転換や条件設定など生産ラインを立ち上げる作業が効率化できるため、工場の生産性は大幅に向上すると思います。また、同じモノを作り続ける少品種生産ラインから、製品の改善や市場のニーズに合わせて柔軟にモノを生産できる多品種生産ラインへと進化させることも可能になります。

(撮影:栗原克己)
(撮影:栗原克己)

――そうした生産ラインが実現すれば、製造業のビジネスモデルにイノベーションが起きるほどのインパクトがありそうです。

奥田氏 まさに、その通りです。ファブレス企業が自由な発想で設計した、いかなる製品でも、一つのファウンドリーで生産できるようになります。また、最小製造単位や製造期間といった、設計条件の縛りとなる要件もなくなります。これによって、製品の設計者は冒険的な取り組みもしやすくなるでしょう。

 工場の自動化は、お金さえかければ、今でも可能です。問題は、やみくもに自動化すると、立ち上げにかかるコストと時間が膨大になることです。自動化はできるが、自動化に要するコストに見合った売り上げが得られなくて踏み切れないでいる現場がほとんどだと思います。また、自動化に足る生産量を確保するため、冒険的な製品設計ができない状況があるようにも見えます。

「すべての人にロボットを」

――2018年10月に開催された展示会「CEATEC JAPAN」で、家庭用ロボットへの展開も始めることをPFNが発表しました注2)。製造業向けの取り組みは変わるのでしょうか。

奥田氏 製造業向けに関しては、力を緩めることなく取り組んでいきます。PFN社長の西川徹のビジョン「すべての人にロボットを」という言葉を聞くと、パーソナル・ロボットにフォーカスするように聞こえるかもしれません。しかし、すべての人の中には工場で働く人も含まれています。B2B向けとB2C向けは、用途が違っても技術的共通点は多いので、シナジーを生み出せると考えています。

注2)PFNは、CEATEC JAPAN 2018で、現在開発中のパーソナルロボットシステム「全自動お片付けロボットシステム」を公開した。規格化されていない環境である人間の生活空間の中での複雑に変化する状況に臨機応変の対応や人との自然なコミュニケーションができるロボットの実現を目指したものだ。CEATECでは、従来の物体認識・ロボット制御技術では困難だった「散らかった部屋の全自動お片付け」をデモした。乱雑に置かれた洋服、おもちゃ、文房具などを認識し、所定の場所に片付けることができるものだ。また、ロボットに対して口頭やジェスチャーで片付け指示を出すなど、直感的なコミュニケーションも可能である。

――パーソナル・ロボットは、どのような点が技術的に難しいのですか。

奥田氏 パーソナル・ロボットは、一人ひとりのニーズや居住環境に合わせて動く必要があります。また、生活空間はとても変化が大きい点が特徴です。こうした違いや変化に柔軟に対応できるロボットを開発する必要があります。ここに、深層学習や機械学習を活用します。

――確かに、一人ひとりの人は、生まれた時には大差ないのですが、年を経るにつれて、抱えている課題や体力など大きな違いが出てきます。パーソナル・ロボットが実現できる技術があれば、様々な産業分野のニーズに柔軟に対応できそうです。

奥田氏 例えば、今では聴覚障がいを持つ方も、スマホを使ってコミュニケーションできるようになりました。ほんの少し前には、聴覚障がい者向けのデバイスを専用に作る必要がありました。アプリケーションの入れ替えだけで、対応できるようになったことは大きな進歩だと思います。私たちは、こうしたスマホで実現しているような、違いや変化に簡単に対応できるロボット・プラットフォームを作っていきたいと思っています。

(撮影:栗原克己)
(撮影:栗原克己)