「ものづくり大国」の看板を掲げてきた日本は、強みを発揮しつづけることはできるのか。 ものづくりの大局を見ている3人の識者。すなわち日本を代表するものづくり企業であるパナソニックの小川立夫氏、産業用の機械部品および装置の分野で独自の強みを発揮するCKDの梶本一典氏、小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーなど務めた宇宙航空研究開発機構(JAXA)の川口淳一郎氏が、こうした疑問について議論するこの鼎談。ものづくりを巡る環境の変化について語り合った前編に続く後編では、多くの企業が大きな課題として挙げる技術継承と人材育成へと話が進む。(文:伊藤元昭)

――日本のものづくりを取り巻く環境は、大きく変わりつつあります。過去に培ってきた強みは、ある部分は後進に継承し、ある部分は新しい発想を取り入れながら強化させていく必要があるように思えます。ところが、人口減少による人手不足が問題視され、ものづくりの現場で技術継承ができなくなることを懸念する声が挙がっています。実際のところ、どうなのでしょうか。

(左)川口淳一郎氏 宇宙航空研究開発機構 シニアフェロー 宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系教授 (中央) 梶本一典氏 CKD 代表取締役社長  (右)小川立夫氏 パナソニック 執行役員 生産革新担当(兼)マニュファクチャリングイノベーション本部長 品質・環境担当

小川氏 人手不足というより、若い世代を育てにくくなっているように思えます。当社が開発・生産する商品は、システムの構造がどんどん複雑になり、その規模もますます大きくなっています。生産ラインも同様で、複雑化と大規模化が進んでいます。これは、日本に限ったことではありません。しかし、こうした開発対象の変化が、これまでの人材育成の方法が通用しにくくしている要因になっていることは確かだと思います。

 新入社員をある生産設備の担当者として配属したとしましょう。すると、最近は最初から外注先への手配から覚えることになってしまいがちです。私なりにその原因を考えました。過去の生産技術のエンジニアは、検証設備から1号設備まで丸ごと任されて、プロセス担当者や制御担当者と協力しながら開発をして経験を積み、最終的に設備全体の構想設計ができるように育ちました。ところが、最近では設備自体が複雑化・大規模化して、1人のエンジニアの守備範囲が細分化され、全体が見えなくなってしまったのです。規模が小さくても、教育プログラムとして、全体の経験をさせないと、次の世代が育たないのではないかと感じています。

目先の効率化に捕われると機会を失う

梶本氏 確かに、規模が小さいものを丸ごと担当した方が、人材は育つのかもしれません。私たちは、中小企業とのお付き合いも多いのですが、中小企業は上手に若手を育成しているように見えます。新入社員の時から様々な現場を経験させて、2~3年の間に会社の一通りの仕事に携わるように配慮している企業が多いようです。こうした仕組みが若手を育てているのではないかと思っています。

 この点は、当社も勉強しないといけない点です。目先の業務効率を上げるために、一部分の仕事だけを若手に担当させてはだめですね。社会人になって最初の2~3年は、最も成長する時期ではないでしょうか。この間の貴重な経験の機会を奪ってしまいます。40~50年にわたって働いてもらうための基盤を作るため、長期的な視野に立った人材育成を心掛けるべきだと思います。

小川氏 最近の若手は、非常に素直な人が多い。また情報へのアクセシビリティがすごく高いように思えます。もっとも、これらの点はデメリットにもなり得ます。すぐに調べて、自分が分かった気になってしまう傾向があるからです。言われたことには非常に従順に取り組んでくれますが、本当に自分で納得してやってくれているのか、指示をしていて不安になる時があります。最近は、パワハラに対する懸念から、きつく怒ることもできないのでコミュニケーションもしにくく、なかなか育てるのが難しいですね。

川口氏 私は、習わせたって人材は育たないと思うのです。自分で勝ち取らない限り、身には付かないのではないでしょうか。

小川氏 企業として、すごく責任を感じますね。一時、企業が即戦力となる人材を求めたため、大学でキャリア教育を重視する動きが始まりました。しかし、やはり大学にいる間は、専門分野の最先端の世界に身を置き、解くべき課題を自ら設定し解法をとことん考える体験をしてほしいなと思います。すぐに答えを求め、じっくり取り組むことができないエンジニアが増える状況は、ものづくりの企業としての危機だと思っています。

魅力が若い世代に伝わっていない

川口氏 私は、教育者でもあるのですが、ものづくりとかエンジニアリングについて、少なくとも大学までどこも教えていないことを懸念しています。かつては学校で技術・家庭科の授業があったので、ここで工学を学べましたが、最近はこうした機会が、ほとんどなくなってしまいました。

 大学入試を受ける際に、初めて自分がどのようなことに取り組みたいのかを考えているのが今の高校生です。例えば、世の中で燃料電池が注目されているとメディアで知り、何となく将来性を感じて、それができる学科を受験する。こうした学生は少なくないのではないでしょうか。燃料電池とは何であるかも知らないまま、決めているわけです。本当は、高校などで工学を教え、燃料電池に使われている電気化学の魅力を授業で教える必要があると思うのです。

 物理、化学、生物といった理科と工学は別物です。学校で習う理科、つまり理学は知らないことを知る学問です。これに対し、工学は無いものを作ることを学ぶ学問なのです。この魅力が、若い世代に伝わっていないように思えます。ここは、教育に携わる者として、責任を感じます。ここに気づきを与えることが重要ではないかと思います。

 欧州では、ドイツもフランスも、工学に関しての実践的な教育があります。日本は、技術立国と言いながら、大学入試の際にたまたま選んだ進路に進んでいる。それではダメだと思うのです。自分で動機を見つけて、自分が取り組むことを決められるような環境を提供しないと、人は育たないのではないかと思います。

若い世代は違う環境で育っている

――みなさんが、今のお仕事で邁進してきた動機は何だったのでしょうか。

梶本氏 私が若手だった三十数年前には、お客様のものづくりの現場に入ることができました。そして、自社の商品が、現場でどう使われているのか分かったのです。現場で自分たちが作った商品が役立っている様子を目にして、やりがいと誇りを感じました。そして、製品が壊れてしまった現場を見ても、どのような使われ方をすると壊れてしまうのか。また、自分たちの製品をより効果的に活用してもらうためにはどのように訴求した方がよいのかが実感できたように思います。ところが今は、現場にはなかなか入れてくれなくなってしまいました。単に、教科書的に現状を教え込まれても実感できないでしょう。

小川氏 私は、昭和30年代の最後の生まれですが、労働主体として、人の役に立ってなんぼという教育を受けていたように思います。私の動機はそこですね。今の若い世代は、消費主体として育っており、しかも自分の子供を見ていても物欲がありません。大抵のものは持っていますから。このため、「人のためになれ」とか「お金持ちになれるから努力しろ」とか言っても動きません。その一方で、環境教育とか、社会教育といった面では明らかに私たちより進んだ感覚を持っています。私には大学生と大学院生の子供がいるのですが、どちらも自動車の免許を取りたがりません。理由を聞くと、逆に「なぜ、そんなに環境に悪いものに乗らなければならないのか」と聞かれました。私たちが持つステレオタイプの若者像は、考え直さなければならないと思いました。

川口氏 私が育ったのは高度成長期。東京オリンピックの声を聞きながら、小学校時代を過ごしました。アポロ計画を巡るニュースもリアルタイムで耳にし、世の中に自動車が増えるのを見て、自動車の普及を実感することもできました。このため否が応でもエンジニアに興味がわきました。この仕事を目指したのも単純に興味があったからですね。

 ただ、みなさんが言われるように、私が感じたのと同じ観点からの関心は、若手には薄くなっているのでしょう。日本のものづくりの根幹を揺るがしている要因があるとすれば、人口減少によって技術を継承すべき若い世代が少なくなったことではなく、ものづくりに興味を持つ人の割合が少なくなったことにあるように思えます。