産業に大きな変革をもたらす新しいムーブメントを表すキーワードとして、一時期メディアを賑わせた「インダストリー4.0」。表層的なブームが収束した後、産業界で進む本質的な変化をどのように捉えるべきか。多い時には年間100本以上もの講演をこなし、日本におけるインダストリー4.0の認知に貢献した、いわばエヴァンジェリストの1人であるベッコフオートメーション代表取締役社長の川野俊充氏に聞いた。変革が着実に進んでいることを実感する同氏は、技術者に求められる要件が一段と高度化していると強調する。(文:須野山律夫)

――「インダストリー4.0」という言葉が、それほど日本で認知されてなかったころから、多数の講演などを通じて幅広い分野の方に、「インダストリー4.0」にまつわる情報を提供されてきました。この数年間の業界の変化を、どのように感じていますか。

川野氏 以前は「我が社もインダストリー4.0を始めたい」といった、少し的外れな相談を受けることがありましたが、そういうことをおっしゃる方は、最近はすっかりいなくなりました。ベッコフオートメーションは主に産業用システムに向けたFA(Factory Automation)機器を扱っていますが、お客様と接していると、インダストリー4.0が単なるブームとして捉えられた時期が過ぎて、その概念をユーザーが具体的にどのように実装するかを、実際の現場で検討する段階に入ったなということを実感します。一つのマイルストーンを越えたと言えるかもしれません。

川野俊充氏 ベッコフオートメーション 代表取締役社長 
(撮影:栗原克己)

 もともとドイツが発信した「インダストリー4.0」という言葉は、当初日本では「黒船来襲」のように受け取られました。まだ見ぬ新しいものに恐怖感を覚え、必要以上に慌てていたように思えます。中にはその恐怖感につけ込むかのように、「このパッケージを導入すれば大丈夫」などと即効薬かのように製品をアピールする動きも業界の一部にありました。

 しかしインダストリー4.0がバズワードとして扱われる段階を過ぎてユーザーが冷静になった結果、そんな即効薬が存在しないことにユーザーは気づきました。現状の課題を見極め、本質的に何をやるべきか、そのために様々な要素技術をどう利用できるかを具体的に考える、真っ当な課題解決の道をユーザーが進み始めたのが現在の状況だと思います。

デファクトスタンダードはなじまない

――インダストリー4.0を国策として推進しているドイツでは、業界ごとの標準化や最適化が進んでいると聞きます。

川野氏 最近の例では、射出成形の業界が、射出成形機とITシステムを連携させる仕組みの標準「EUROMAP 83」を策定しました。また工作機械業界でも、業界団体が主導で「UMATI」(Universal MAchine Tool Interface)を規格化しています。ERPやMESなどのITシステムと工作機械を結ぶインタフェースの規格です。ITシステム側から工作機械の動作を管理する仕組みの業界標準と位置付けられています。

 IT分野では、最初に圧倒的な市場を取ったところの規格が、そのまま事実上の業界標準になることが多いですが、製造業は、この方式はなじまないと考えています。工場には既設の設備が多数あり、暗黙の了解で決まるデファクトスタンダードに合わせて、すべて設備を一斉に入れ替えるのは困難ですし、現実的ではありません。

 破壊的なイノベーションを起こすには、業界標準にある程度の強制力が必要です。強制力を持たせるためには関係者の明確な合意がなくてはなりません。つまり、デファクトスタンダードではなく、合議制で標準が決まるデジュールスタンダード方式が適していると思います。EUROMAP 83やUMATIもそういう手順を踏んで決まったものです。日本では、例えばIVI(Industrial Value Chain Initiative)が、ものづくりとITの融合に関連する標準規格の国際提案を進めていますが、その活動もドイツに近いやり方ではないでしょうか。グローバルで見ても注目すべき存在だと思います。

(撮影:栗原克己)

「オープン」にも温度差がある

――インダストリー4.0の実現に向けて提携や買収など企業の合従連衡の動きが増えてきました。こうした中、業界の動向をつかみかねているユーザーは少なくないのではないでしょうか。

川野氏 確かに企業の関係が複雑になると、ユーザーが混乱する可能性があります。しかし星取り表のようなものをわざわざ作って、それぞれのグループを比較するようなことは意味がないと思います。業界図は絶え間なく変わっているため、ある時点を取って比較してもすぐに役に立たなくなるでしょう。

 手を組むべきパートナーを選ぶうえで、重要なポイントになるのは「オープン性」だと思います。インダストリー4.0の世界を実践するうえで、オープン性を完全無視した技術はもはやあり得ません。今はどの企業グループもオープン性の重要性をアピールしていますが、よく精査すると、それぞれの温度感には微妙な違いがあります。その温度感の違いを嗅ぎ取り、自社のポリシーに合ったところを選択するのが、最適なパートナーを選ぶ一つのポイントだと思います。

(撮影:栗原克己)

SIerの領域に踏み込む

――インダストリー4.0の概念を実現するためには、エンドユーザー、つまり現場の人たちの取り組みが欠かせません。

川野氏 その通りです。しかし、実際のところインダストリー4.0の裾野を広げるためにすべきことと、当社のようなベンダーが、個々にお客様と進めている商談の内容の間には、大きなギャップがあります。その間を埋めるには、業界のあらゆるレイヤーのプレーヤーが連携し、インダストリー4.0の世界観が実感できる具体的な成果を提示することが重要です。このために、構成要素を提供する機器メーカーも、システム全体の構築に関わる、いわゆるSIerの領域に踏み込む必要があると思っています。

(撮影:栗原克己)

 これに関連する当社の活動成果の1つが、「2017国際ロボット展」などに出展した、マルチモーダルAIロボットです。産業用ロボットの大手、デンソーウェーブやAI(人工知能)ベンチャーのエクサウィザーズなどと共同で開発しました。近未来のロボットをいち早く形にしたものです。自動車の展示会で披露されるコンセプトカーに当たります。

 マルチモーダルAIロボットは、多指のハンドを装着した双腕型のロボットで、不定形物を扱う複数の作業を同一のロボットアームでこなします。深層学習とVR(バーチャルリアリティ)の技術を利用して、人が人に作業を教えるのと同じアプローチで作業を学習させることができるのが特徴です。つまり、多指ハンドを装着した双腕型ロボットアームで不定形物を扱う複数の作業を実行させるために欠かせなかった大規模で複雑なプログラムを作成しなくて済むのです。

 人が操作したロボットの動きをIoTの仕組みでデータ化し、そのデータをディープラーニングの手法を使ってロボットに学習させます。さらに学習結果が正しいかどうかをシミュレーション環境で人が検証していくことで、ロボットの知能化を進めながら、ロボットの運用をAIにバトンタッチさせていくことが可能になります。

双腕型マルチモーダルAIロボット
デンソーウェーブ、ベッコフオートメーション、エクサウィザーズの3社で共同開発した(画像提供:デンソーウェーブ)

 この技術が実用化されると、様々な現場でロボットを導入する際の敷居がグッと下がります。現状の産業用ロボットは、扱うモノが変わればハンドもプログラムもすべて変えなければなりません。このとき、様々な例外処理も全部あらかじめ想定して、プログラムに反映させる必要があります。こうした作業は、ロボットのプログラミングの知識がないと難しいでしょう。マルチモーダルAIロボットならば、“振り付け”さえ変えればどんなモノにも対応できるようになるはずです。つまり、専門の技術者がいなくても、プログラミングができるのです。

 このように汎用化を進めることで、現場に新しい技術を速やかに実装できるはずです。こうしたアプローチで先進技術や、それに基づく新しい仕組みを現場に浸透させることで、インダストリー4.0の世界が形になっていくのではないかと考えています。

科学的ものづくりのための人材育成を支援

――つまり、機器メーカーも、SIerの先にいるエンドユーザーに目を向けた取り組みが必要だということですね。

川野氏 エンドユーザーの皆さんが、インダストリー4.0の概念を実践するための新しいスキルを学ぶ場も必要になるでしょう。実は、2018年夏から慶應義塾大学 環境情報学部教授の田中浩也先生らが主催する「ファクトリーサイエンティスト養成講座」の企画に、アドバイザーとして関わっています。

 ファクトリーサイエンティスト養成講座は、ものづくりを科学で高度化する手法を、現場の技術者に学んでもらうことを目的とした講座です。すでに、最初のプログラムが試験的に実施されました。金型メーカーなど様々な製造業の技術者が参加し、機械が温度変化によって受ける影響をモニタリングして分析する手法など、科学的なものづくりを学んでおられました。こうしたデータをもとにした生産財の高度活用については、生産財メーカーから提案するケースが多いと思いますが、新しい機能を最適な形で、しかも速やかに現場に実装するには、エンドユーザーも自ら開発できる方が有利です。

(撮影:栗原克己)

多くの技術に通じて接点を広げる

――現場を支える人たちも次の時代に向けて変わっていくということでしょうか。

川野氏 インダストリー4.0の実践をリードするのは、新しい技術を冷静に捉え、様々な分野の人と接点を持って協業し、イノベーションに取り組む方々ではないでしょうか。特に技術者の方々は、新しい時代に向けて「フルスタック」になっていくのではないかと思っています。つまり、関わるシステムが大規模かつ複雑化するのは必至です。そのシステムを使いこなすために、機械も、電気も、制御も、ソフトも、すべてに通じた技術者を目指す方が増えると思います。

 すでに機械、エレクトロニクスや制御など様々な技術が集約されているロボット開発の現場では、そのような兆しが見えています。例えば、先日ロボット・コンテストに参加する大学生チーム「東大Robo Tech」の開発現場を拝見する機会がありました。彼らと話していると、自分が学生だったころに比べて幅広い知識を持っていることが分かりました。

 チームが一体となってロボットの機能や性能を追求するために、それぞれメンバーが担当する部分にとどまらず、1人ひとりがシステム全体の技術を把握した方が有利だと、それぞれが自然に考えるようになったからではないでしょうか。つまり、「フルスタックでなくては活躍できない」と思い始めたのでしょう。企業では機械の技術者ならずっと機械、電気の技術者ならずっと電気というように、縦割りでキャリアパスが決まりがちですが、そんなふうに役割を分けることがナンセンスと彼らは考えているのかもしれません。

 一人ひとりの技術者がフルスタックを目指すなら、個々の技術に共通する部分はある程度標準化し、プラットフォーム化する必要があります。当社が提供する計測や制御の要素技術はそのプラットフォームの発展に貢献するはずです。それにより技術者はさらなる高みを目指すことができるでしょう。

(撮影:栗原克己)