「CPS(Cyber Physical System)企業」を目指し、全社を挙げてデジタル・トランスフォーメーション(DX)に取り組むことを経営方針として掲げている東芝。同社は、データから新たな価値を創出し、社会に還元する事業を手掛ける新たな子会社、東芝データを2020年2月に設立するなどDXを強力に推進する姿勢を一段と明確にしている。こうしたDX戦略の指揮を執る同社 執行役常務 最高デジタル責任者 島田太郎氏に、同社が取り組むDXの現状や新会社の事業展開などについて聞いた。(取材・文:松尾康徳)

―― 欧州企業の日本法人に在籍し、DXの重要性を日本でいち早く訴えていた島田さんが、東芝に転職されたときは業界で大きな話題になりました。その直後のインタビューでは、東芝のDX戦略の前提になっているコンセプトについて主にお話を聞かせていただきました。あれから約1年余りが過ぎましたが、実践に向けた取り組みの最新状況はいかがでしょうか。

島田太郎氏
東芝 執行役常務 最高デジタル責任者
東芝データ 代表取締役CEO
(撮影:栗原克己)

島田氏 この1年間に実行に移されたDX関連プロジェクトの数は、東芝グループ全体で33件あります。その内のいくつかは、すでにサービスインの段階を迎えています。ただし、収益への貢献という点では、いずれもまだまだです。進捗状況を具体的な形で示すと目標の10%程度といったところでしょうか。

 一方で、東芝グループが一体となってDXに取り組むという認識は、この1年間にグループ全体に定着したと思っています。これは、DXを実践するうえで重要なことです。前回のインタビューでもお話ししましたが、社内の一部のメンバーが取り組んでいる状態では、企業全体のデジタル変革は進みません。これまで社内のあらゆる部署の人たち全員がDXについて考える「みんなのDX」と呼ぶ活動を、グループ企業も巻き込んで展開してきました。東芝グループの社員全体のDXに対する意識が変わったのは、この活動の成果だと自負しています。

―― サービスインしているプロジェクトの事例を具体的に紹介してください。

島田氏 事例の多くは、まだ内容を公開することができないのですが、可能なところを少しだけご紹介しましょう。例えば、海外で展開している郵便局向けの小包仕分けサービスです。東芝は、物流向けのOCR(Optical Character Recognition:光学文字認識)システムの市場で高いシェアを持っています。この技術やノウハウを利用して小包に記載された宛先などを読み取って自動的に仕分けするシステムも提供していますが、このシステムをそのまま販売するのではなく、人手で仕分けする工程と組み合わせたうえで、1つのサービスとして提供することを始めました。

(撮影:栗原克己)

 仕分けの現場では、書かれている文字が乱れていてOCRで情報を判別できない小包が少なからずあります。しかも、それぞれの小包の形が異なります。このため仕分け作業を完全に自動化するのは、なかなか難しいのが現状です。そこで、人手で仕分けする工程を組み合わせることで、全数を仕分けできるようにしました。そのときに、人手による工程の構築をお客様に任せるのではなく、こちらで手配し、自動仕分け装置と一緒に提供しているのがポイントです。売り上げの源泉はシステムではなく、システムが提供するサービスです。

 これは従来のビジネスとは仕組みが全く違います。モノ単体のビジネスをサービスのビジネスに昇華させたものです。この場合、サービスの部分を別のレイヤとして切り出せば、競合他社の装置をベースに同じサービスを提供することもできます。これによってビジネスの可能性は一段と広がるでしょう。さらに今後はここに当社独自の技術を掛け合わせることで、新たなサービスを生み出すつもりです。

得意の量子暗号通信でビジネス創出

―― 新サービスにつながる独自技術には、どのようなものがあるのでしょうか。

島田氏 東芝が長年にわたって開発を続けてきた高度な技術の中には、大きな可能性を秘めた技術が数多くあります。その代表例が、当社が英国ケンブリッジ大学と共同で開発した量子暗号通信です。光の粒子である光子に情報を乗せて転送する量子暗号通信は、情報の分割やなりすましが原理的に不可能な強力なセキュリティ技術です。医療や金融取引などに関する高い秘匿性を求められるデータを、情報ネットワークを介して安全にやり取りするためには欠かせない技術となるでしょう。東芝は、量子暗号通信の分野で優れた技術を持っており、これまでに世界最高のデータを示せる成果を2件も上げています。

 量子暗号通信では、暗号化した情報を解読するために必要な鍵データを、送信先に向けて安全に配信する必要があります。そのために東芝は「QKD(Quantum Key Distribution)」と呼ぶ技術を開発しました。このQKDを5G(第5世代移動通信システム)と組み合わせると、暗号通信システムの鍵データを安全に配信するための基盤を構築することができます。

 例えば分散型発電システムや自動運転システム、金融システムでは鍵データの配信に極めて高いセキュリティが求められています。だからといって、このために専用の通信ラインをあちこちに引き回すとコストや手間が膨れ上がってしまうでしょう。5GとQKDを組み合わせた基盤は、こうした問題を解決します。5Gの基地局にQKDの機能を実装するだけで、高度なセキュリティの下で安全に鍵データを配信する仕組みが実現できるからです。

 東芝は、このための技術や装置を販売するビジネスを狙うのではなく、高セキュリティを備えた鍵データ配信サービスをグローバルな規模で展開する考えです。この市場は今後10~15年で2兆円規模にまで広がると言われています。他社にない技術をもとにしたサービスなので、こうした有望な市場で有利にビジネスを展開できるはずです。

 量子暗号通信やQKDのように東芝が長年をかけて築いた技術を核にして、大きく4つの新規事業を、これから立ち上げるつもりです。1つは、いまご説明したQKDを利用した鍵データ配信サービス。もう1つは、量子コンピュータの研究成果を活用したシミュレーション・サービス。創薬やFintechの分野に向けて展開します。3つ目は、血液中のマイクロRNAを使ったがん検出技術を軸にした医療サービスです。東芝は、医療機器事業を手放してしまいましたが、新たな医療サービスを足がかりに再び医療分野に進出します。最後の1つは、データ・ビジネスです。このために2020年2月に東芝データを設立しました。

(撮影:栗原克己)