ドイツ発の「インダストリー4.0」をはじめ、製造業革新を巡る様々なプロジェクトが世界各地で進んでいる。こうした中、日本発の取り組みとして、製造業関係者の関心を常に集めているのが「Industrial Value Chain Initiative(IVI)」だ。そのIVIを立ち上げ、製造業の新たなプラットフォームの実現に向けた取り組みをリードしている法政大学の西岡靖之氏に、活動の前提になっている製造業の将来像や、製造業革新に対する思いなどについて聞いた。同氏は、ユーザーの熱が冷めかかっていることに若干の懸念を示しながらも、「新たな製造業のメガプラットフォームは、日本から生み出したい」と熱意を燃やす。(取材・文:松尾康徳)

――毎年4月頃にドイツで開催される産業見本市「Hannover Messe 」は、「インダストリー4.0」に関するコンセプトや技術革新の最新動向を探る場として、数年前から世界の注目を集めてきました。2019年は、コンセプトの展示は鳴りを潜め、ユースケースなど具体的な内容の展示にシフトした印象を強く受けました。西岡先生も会場をご覧になっていますが、こうした変化を、どう捉えていますか。

西岡氏 確かにHannover Messeでコンセプトをアピールする局面は終わったように思います。新しいコンセプトに基づく仕組みのPoC(概念実証)も進み、今やユーザーはそれを実際の現場に実装するための手段を知りたがっています。一方、ベンダーもコンセプトを打ち出すだけでは売り上げが立たないので、具体的な実装方法を提案するようになりました。

 もっとも、そうした実践的な提案を見ているユーザーの方では、製造業革新に対する熱が冷めているように見えました。これは少し気になっています。

法政大学 デザイン工学部 システムデザイン学科 教授 西岡靖之氏
(撮影:栗原克己)

――それはなぜでしょうか。

西岡氏 ベンダーの提案が、現実的なものに見えないというユーザーが少なくないからだと思います。新しい仕組みが実現できるのは分かりましたが、費用対効果には懐疑的なユーザーが多いのではないでしょうか。つまり、実装する方法は分かったけど現実に移行するハードルを越えられない。そこに、今の問題があるように思います。

 Hannover Messeのような展示会では、売る側であるベンダーが前のめりのメッセージを発するのは当然です。ベンダーはより多くのユーザーをブースに呼びたいため、どうしても展示を派手なものにせざるを得ません。ユーザーの関心は具体的なものに移っているのですが、そうしたソリューションは往々にして地味で安価なので、展示になじまない。派手なものを見せたいベンダーと、地味で現実的なものを求めるユーザーにギャップが生まれたことから、来場者が冷めた雰囲気を漂わせていたのかもしれません。

――昨年のHannover Messeでは、「デジタライゼーション(Digitalization)」という言葉を、会場の至る所で目にしたり、耳にしたりしました。デジタライゼーションは、「スマート工場」や「IoT(Internet of Things)」など、製造業の新しい仕組みのすべてを包含する大きな概念だと思います。これに続く次の新しいコンセプトは、今年は見当たりませんでした。これもユーザーの熱が冷めたように見える理由ではないでしょうか。

西岡氏 そうですね。それに私はデジタライゼーションに向けた取り組みは、まだ進んでいないように思います。ITを利用してあらゆる工程をつなぐという考えは業界にかなり広がりました。しかし、これは必要条件にすぎず、それで何をするのかというレベルの話まで昇華させてはいません。

 デジタル化がもたらす利点の典型例に予知保全があります。それとて現状のメンテナンス業務の一部だけを効率化したにすぎません。確かに予知保全は作業の効率を高めてくれる点で有効ですが、業務の仕組みは従来のままであり、ものづくりを根本から変えるための取り組みとは言えないでしょう。

 本来、「インダストリー4.0」は、デジタル化によって産業構造まで変えることを目指していたはずです。しかし、今のところデジタル化の取り組みは、個別の業務改善レベルにとどまっています。大手ベンダーは、産業構造の変化まで念頭に置いた壮大なシナリオを、既に持っているかもしれません。これが明らかになれば、確実に脚光を浴びるでしょう。

(撮影:栗原克己)

顔の見えるデータ共有

――産業構造の変化までもたらすデジタル化の仕組みには、どのようなものが考えられますか。

西岡氏 一つはデータの共有の仕方。現場のデータを不特定多数で共有するのではなく、関係あるところとだけピアツーピアで共有することを可能にする仕組みです。言うなれば「顔の見えるデータ共有」です。これは、産業構造を変えるキッカケになり得ると思います。

 既存のデータ共有の仕組みは、1対多、または多対多のやりとりが前提になっているものが多いのではないでしょうか。クラウドに様々なデータを集めて、ここに複数のユーザーがアクセスする仕組みも、そうです。しかし、どんなに強固なセキュリティ対策が実装されていたとしても、大勢のユーザーがアクセスできる環境に、重要なノウハウを含む自社のデータを格納することに不安を感じるユーザーは多いはずです。これは当然だと思います。

 これに対し「顔の見えるデータ共有」は、相手や用途を限定してデータを提供する仕組みを指しています。これがあれば利益を共有できることが明確な相手だけに、データを提供することが可能になるわけです。相手が誰かが明確になっていれば、不正があっても犯人はすぐ分かります。また、この仕組みが普及すれば、生産現場から集めたデータを、迅速に他社と共有することができます。これは他社と協業するうえで有利です。

 クラウドは大規模なシステムなので、それを仲介するベンダーの役割はどうしても大きくなります。その分、ベンダーに持っていかれるコストも大きくなるでしょう。「顔の見えるデータ共有」はピアツーピアで直接関係する当事者だけでやりとりが完結するので、そのための仕組みは、それほど大きなものにはなりません。これは運用コストを下げるうえで有利だと思います。

――なるほど、データ共有というとクラウドというイメージが強いですが、なんでもクラウドという考えは、なじまない場合もあるということですね。

西岡氏 もちろんクラウドならば、あちこちから多様なデータが集まるので、データ活用の選択肢が広がります。こうした特長が製造業に多くの利点をもたらすのは間違いありません。しかし、いきなり落下傘のようにクラウドを持ち込むのではなく、1対1のデータ共有ができる環境を実現するところから始めた方が、デジタル化の考え方がスムーズに業界に浸透するように思います。つまり、まず1対1でデータ共有の仕組みを実現し、それをベースに新しい付加価値の引き出し方を確立。さらに、それを順次拡張して、クラウドをベースにした多対多の環境に発展させるのが、まっとうな進め方だと考えています。

(撮影:栗原克己)

大手と中小が対等関係になる

――顔の見えるデータ共有で、どのような産業構造の変化が期待できますか。

西岡氏 期待できることの一つが、中小製造業の存在感が増すことです。大手メーカーが大きなリソースを抱えて、同じモノを大量に生産してコストを下げるという従来からの手法では、もはや多様化する消費者の嗜好を満たせません。

 そこで注目すべきが、小ロットでも対応できる中小規模のメーカーです。メーカー同士をデジタルでつなぐ環境が整えば、独自の強みを持つ複数のメーカーが連携して、一貫した製造プロセスを構築することができます。しかも、状況に応じて構成を変えることができるので、全体の工数は増やさずに、多用な製品のバリエーションに対応することができるでしょう。つまり、顔の見えるデータ共有の仕組みがあれば、大手企業がすべて取り仕切るものづくりから、中小企業のネットワークが支えるものづくりへと移行するわけです。

 製造業のようなB to Bの世界では発注者側の発言力が大きく、下請け企業がそれに押し切られがちです。しかし、つながった中小企業ネットワークが製造業をリードする時代になれば、関係は対等なものになるでしょう。世界的な受託生産大手の鴻海精密工業は、その先行事例だと思います。ポジションは下請けですが、顧客は同社のリソースがなければ、市場の要求に応じた製品をそろえることができません。このため大手メーカーであっても同社と対等な立場で協調する必要があります。

(撮影:栗原克己)

――そうした力関係の図式が広がると、業界構造は大きく変わるでしょうね。

西岡氏 球技に例えるならば、今までのものづくりは有力選手が力に任せてゴールまでボールを運んでいくものでした。それに対し多数の選手が細かいパス回しを繰り返しながらゴールを目指すのが、デジタル化が進んだものづくりです。パスを効率よく回す技術が確立できれば、相手の動きに柔軟に対応できます。小柄な選手でも独自の技術さえあれば、そのパス回しの中に入って自らの力を発揮できるわけです。

 様々な業界でスタートアップ企業がもてはやされていますが、製造業においては、強力なスタートアップ企業が、なかなか生まれていないのが実情です。製造業の場合、機械や設備などに大きな初期投資を伴うからではないでしょうか。しかしデジタル技術でつながった企業によるものづくりの仕組みを利用して他社と連携することで、少ない投資で必要な生産システムを構築できます。そうなれば新規参入のハードルは下がり、ベンチャーの台頭も進むと思います。

(撮影:栗原克己)

共通の接続仕様は国プロで実装段階へ

――つながる時代の製造業を支える仕組みの実現を、ベンダーに中立的な立場で目指してこられたのがIVIです。IVIを立ち上げた西岡先生が、最終的な目標として掲げているものは何なのでしょうか。

西岡氏 デジタル技術はあらゆる業界で産業構造を変えてきました。AmazonはITで小売業を変え、GoogleはITでマーケティングを変えました。それぞれの仕組みは業界のメガプラットフォームになっています。私は新しい製造業のメガプラットフォームは、日本から生み出したいと思っています。

 また若い世代が製造業に興味を持ってくれないという事実は、少子化と相まって業界にとってさらに深刻な問題となっていますが、データを軸に製造業が変われば、製造業を目指す若い人たちが増えるのではないかと思っています。例えば工場をフランチャイズのように多数展開し、それらをデジタルで結んで一括して管理するといった新しいビジネス・モデルが考えられています。こうした仕組みが実現すると、製造業の中核を担う人の仕事は、データを扱う科学者のようになるでしょう。ひょっとしたらその時の工場管理者は、科学者のように白衣を着てるかもしれません。

 製造業というと様々な機械が並ぶ中で人や機械がせわしなく動いている現場をイメージする方が多いと思いますが、データが製造業の進化のドライバの役割を担うという認識が広がれば、そのイメージは大きく変わるでしょう。

――IVIとしてその構想を、どのように具体化していく方針ですか。

西岡氏 IVIは工場と工場を接続する仕組みの仕様策定を進めています。郵便に例えるなら、個々の企業が取り組んでいる工場内のつなぎ方は国内郵便で、IVIが作っているのは国際郵便の仕様です。仕様はまとまり、実際に動かした実績もできているのですが、まだコスト的に見合わないところに課題が残っています。IVIの会員は製造業が中心ですが、今後はITベンダーも巻き込んでいかなければならないと考えています。今、その仕掛けを作っているところです。

 具体的な接続仕様として、今年3月に「Connected Industries Open Framework」 (CIOF)を公開しました。IVIの業務シナリオワーキンググループで仕様を固めたもので、共通のAPIの定義などを行っています。今後は実装するフェーズへと作業を進める方針です。CIOFに関する活動は国の研究開発プロジェクトとして進めたいと思っており、現在申請中です。

 実装の局面では、大手よりもむしろ中小の製造業の皆さんの取り組みに期待しています。大手製造業は短期思考になりつつあり、時間をかけて業界全体の大きな仕組みを作るような活動には、少し及び腰になりかかっているからです。その点、中小製造業の皆さんは、必要性を認識して積極的に取り組んでくれています。工場同士をつなぐ、新しいものづくりを実現するプロセスをリードするのは、中小企業が担うことになるのかもしれません。

(撮影:栗原克己)