中小製造業では「下請け」の立場を抜け出すことがあたかも理想のように思われがちだ。こうした中、下請けの立場を前向きに捉え、あえて「下請けを脱却したいとは思わない」と主張するのが、航空宇宙や医療などの分野のメーカーと組んで新たな製品を作り続ける由紀精密の大坪正人社長だ。「『研究開発型』町工場」というコンセプトを掲げ、顧客とリスクを共有しながら新しいものづくりに挑み続ける同社のスタイルは、中小製造業の発展に下請けなどの形態は関係ないことを示している。(取材・文:松尾康徳)

―― 由紀精密は、「『研究開発型』町工場」というユニークなコンセプトを掲げています。その経緯を教えて下さい。

大坪氏 実は、そろそろ変えようかなとも思っています。あのコンセプトを打ち出してから10年以上になりますから。

 「『研究開発型』町工場」の概念は、新卒で入ったインクス(現ソライズ)から転職する形で2006年に由紀精密に入社したときから念頭にありました。由紀精密は、もともとはメーカーから図面をもらい、指示通りに加工した製品を納める普通の町工場でしたが、私は単に受託加工するだけではなく、自らも研究開発したいと思っていました。この時にイメージしていたのは、顧客の要望に応じて様々なモノを作ることを得意としながら、研究開発の機能を併せ持っている町工場です。この概念を言葉にしたのが、「『研究開発型』町工場」でした。

由紀精密 代表取締役社長 大坪正人氏
(撮影:栗原克己)

 この構想を実現するための最初の取り組みとして2006年に「開発部」を立ち上げました。すぐに行動を起こすことができたのは、前の職場の後輩が私より先に入社していたからです。その後輩は、中小製造業に新しい可能性を感じて、人材募集に応じて一足先に由紀精密に転職していました。前の会社では、彼も私も開発部門に所属していたので、すぐに「開発部」を立ち上げることができたわけです。

 開発部が担う主な役割の1つは製品や技術に関する新しいコンセプトを考案することです。これを社外に提案し、その提案に共感してくれた企業と共同で具体的な形にします。コンセプトを考える際に、重視するのは、「これまでにないもの」であること。ユニークで革新的な製品や技術を考案するように心がけてきました。当初は、検査や加工の治工具のなどの開発から始めました。それから様々な機会を利用して社外に働きかけたことで、開発部が扱う製品や技術の分野が広がりました。最近では航空宇宙や医療に関連する仕事も手がけています。

由紀精密本社
(撮影:栗原克己)

 開発部の活動が加速するキッカケをもたらした事例の1つが、微細加工機メーカーの碌々産業と2014年に共同開発したデスクトップ型の微細NC旋削加工機「VISAI」です。900mm×490mmのスペースに設置可能で、本体重量は70kgと小型軽量の装置ですが、数ミクロン台の高精度な加工ができるのが特徴です。従来、この精度を実現するには不要な振動を抑えるために400kg程度の本体重量が必要と言われていました。小型なうえに100Vの家庭用コンセントから電源を供給することができるので、ガレージやオフィスにも手軽に設置できます。インターネットを経由して遠隔で制御できる仕組みも実装しました。当時は、まだ目新しい機能だったはずです。社内のデザイナーがプロジェクトに参画し、意匠デザインの美しさも追究しました。

碌々産業と共同開発したデスクトップ型微細加工機「VISAI」
(画像提供:由紀精密)

 この装置を、2014年のJIMTOF(日本国際工作機械見本市)や、翌年春にドイツで開催された大型産業見本市「Hannover Messe」などに展示したところ、多くの方々が注目して下さいました。テレビや雑誌でも取り上げていただき、これが「『研究開発型』町工場」を目指す由紀精密の取り組みを、多くの方に知っていただくよい機会になったと思います。

小規模な企業の強みを生かす

―― 「町工場」と呼ばれる規模の企業の提案が、多くのメーカーに受け入れられたのは何故でしょうか。協業先の企業の中には由紀精密よりも規模が大きな企業もあります。開発リソースに余裕があれば自前で、コンセプトを考え、それを具体化することもできたと思いますが。

大坪氏 新しい技術や製品を開発するうえでは、企業の規模が小さい方が有利なことがあります。例えば、組織が大きな企業は関係する部門が多いので、社内の合意をとりつけるのに手間と時間がかかります。このため、過去に実績がない新しいことを、なかなか始めることができないという企業は多いと思います。

 町工場の場合、すぐに自分たちの手でものを作ることができる点も、新しいものを作るうえで有利です。過去に例がない新しいものを実現する過程では、実際にものを作って検証しなければ分からないことがあるからです。ところが、試作を外部の協力メーカーに依頼している企業の場合は、自分たちで実際にものを作りながら検証するということが、なかなかできません。そのままでは仕様を決めることができないので、社外に製作を依頼しながら試行錯誤をすることになりますが、ここでかなりの時間をとられることになるでしょう。

 実は、こうした課題を抱える企業こそが、私たちの開発部が想定している顧客です。新しい技術や製品をコンセプトベースで提案し、世の中にないものを作り出すという目的をしっかり共有したうえで、賛同してもらった企業の新規開発を後押ししたいと思っています。

(撮影:栗原克己)