ポスト・コロナを見据えて、DX(デジタル・トランスフォーメーション)に取り組む機運が産業界で高まっている。しかし取り組みが小手先にとどまると、DXの本来の目的である「事業の変革」に及ばなくなってしまう。そこでDXを実効のあるものにするために科学的なアプローチを取り入れようと立ち上がったのが、九州大学名誉教授でコンピュータアーキテクチャの権威として知られる村上和彰氏だ。自らベンチャー企業「DXパートナーズ」を福岡市内に立ち上げ、DXの指南に乗り出した村上氏に、そのアプローチを聞いた。(取材・文:松尾康徳)

―― 一言でDXと言っても、デジタルで何をどうすることがDXなのか、捉え方は企業によって異なるように思います。DXとはそもそも何なのでしょうか。

村上氏 よく混同されがちですが、業務のデジタル化とDXは意味が違います。デジタル化は、例えば音楽産業で言えばレコードからCDに移るようなものです。楽曲を収録した媒体を売るという点でビジネス自体は変わっていません。それに対してデジタルでビジネスのやり方自体を変えて新しい価値を届けるのがDXです。音楽産業で言えばサブスクリプション型の音楽配信ビジネスがそれにあたるでしょう。根本的に仕事のやり方を変えて、新しい価値を顧客に届けることが、DXの目的です。

DXパートナーズ シニアパートナー/代表取締役 村上和彰氏
(撮影:若宮祐)

 しかも新しい仕事のやり方を作り上げても、常に変えていかなくてはなりません。新型コロナウイルス感染症がもたらした今のような社会情勢は、1年前には誰も予想できませんでした。いくら努力したところで、もはや将来は予測できないものになったわけです。そう割り切って、どんな変化にも適応できる体制を作ることもDXの目的です。

 コロナで消費が消えたと嘆く製造業の方もいるようですが、消えたのではなく別のものにシフトしただけです。ならば、ものづくりもそのシフトに追随しなくてはなりません。それもスピードが必要です。従来のように中期経営計画を立ててPDCAをまわすような悠長な方法では追いつかないのです。シャープがマスクを作るようになったのと同じように、需要の大きな変化に合わせて作るものを迅速に変えられるようになるために、DXが必要なのです。

「メソドロジーがないのなら自分で作ればいい」

―― そのDXを推進する企業を支援するために立ち上げたのDXパートナーズですね。具体的にどのようにDXを進めていくのでしょうか。

村上氏 当社で開発した実践方法論「DXの科学」に基づいて進めていきます。物理や化学の世界では、仮説を立てて検証することを繰り返して真実を見つけ出します。同じアプローチで、DXを推進します。

 DXの科学は具体的には3つのステップで構成しています。最初のステップが自己診断の「DXアセスメント+DXレシピデザイン」です。現状どのようなリソースを持っていて、どのような将来像を思い描いているのか、その間にどういうギャップがあるのかなどを、99個の質問と6段階評価を組み合わせて明らかにしていきます。さらにそのギャップを埋めるための処方箋をデザインします。

科学的なアプローチの最初のステップ
(画像提供:DXパートナーズ)

 次のステップは「DXブートキャンプ」です。DXを進めるうえで必要な人材育成を進めるものです。ここではデータの「分析力」と「利活用力」に加えて「AI力」を養成するプログラムを用意しています。AI力は、AIを仕事のプロセスのどこにどう組み込むかを考える力です。AIの専門家を育成するわけではありません。AIは既にさまざまなツールが出回っています。何が自社のDXに有効なのか、それらツールを目利きできる力を身につけるのが目的です。

 最後のステップ「DXラボ」では、DXに挑戦する企業とサポーター企業をマッチさせ、チームを組んで仮説と検証を繰り返しながらDXをアジャイルで実践していきます。サポーターには地場のSIベンダなど10社が参画を表明しています。それぞれのノウハウを持ち寄って3か月をメドに、DXに基づいた新たな製品やサービスのプロトタイプを完成させます。

―― 村上さんはコンピュータアーキテクチャの権威として九州大学などで活躍されてきた方です。その村上さんのキャリアから、どのようにしてこのDXの科学が生まれたのでしょうか。

村上氏 ご承知のとおり私は長らくコンピュータアーキテクチャの研究に従事してきました。さらに10年ほど前からは、CPS(サイバー・フィジカル・システム)の実践にも取り組んでいます。成果の一つが、公益財団法人九州先端科学技術研究所(ISIT)で開発した「BODIK DX」です。位置情報に連動したオープンデータを横断的に検索できるAPIで、場所を起点とした新規サービスの開発を支援しています。これもDX支援の一つです。

(撮影:若宮祐)

 BODIK DXの開発を通して、改めてデータの重要性を認識しました。BODIK DXでデータの供給側で成果を出したならば、次に自分が取り組むべきはデータの需要側、つまりデータをもとにDXを進める側ではないかと。考えてみるとDXにははっきりとしたメソドロジーがありません。ならばそれを自分が作ろうと考えて立ち上げたのが、新会社「DXパートナーズ」です。福岡市中心部の小学校跡を活用したスタートアップ施設「Fukuoka Growth Next」(FGN)内に本部を置き、5人のスタッフでスタートしました。FGNには若い起業家がたくさん集まっており、彼らから日々刺激をもらいながら事業を進めています。

IoTだけではデジタル化で終わってしまう

―― 製造業はDXに関心の高い業種の一つと思います。製造業はどうDXに取り組めばよいのでしょうか。

村上氏 製造業のDXと言うと、IoTで現場のデータを集めてそれを制御に生かすという話がよく出てきます。もちろんIoTやそこから集めたビッグデータなどは、DXを進めるうえでの必要条件であるのは確かです。しかしそれだけではDXではなく、単なるデジタル化で終わってしまいます。データで制御は効率的になりますが、ビジネスのやり方は変わっていないからです。DXを進めたいなら、取得したデータでどういうビジネスを行うかまで踏み込まなくてはなりません。

(撮影:若宮祐)

 DXが現実的になった大きな要因の一つに、スマホなどで最終消費者と容易につながることが可能になった点があります。今まで部品メーカは、直接の顧客であるセットメーカのニーズさえ満たせば事が足りました。しかしセットメーカの顧客すなわち最終消費者がどういう使い方をしているか、どういうことを望んでいるかを部品メーカが直接知ることができる手段があるのなら、それを生かさない手はありません。DXでそれを真っ先に実現できた部品メーカは、セットメーカへの提案でも競合を大きくしのぐことができるはずです。

 集めたデータそのものを新規ビジネスにする手もあるでしょう。データを自社内で使うことしか考えていないうちは、コストをかけて多様なデータを集めることはできません。データを外販できればコストの回収も進みます。

 製造業は自社のデータを外部に出すことには後ろ向きと言われていますが、それはデータに機密情報が含まれるからというよりも、データが乱雑で「汚い」からという自覚から来るものではないかと思います。汚いのが理由で外販できないのなら、きれいにすればいいのです。AIなどでクレンジングを行う手法を確立すれば、データをもとにした新規ビジネスを立ち上げられるでしょう。

「内科的療法」でDXを進める

―― DXに取り組む企業の支援には、さまざまなコンサルティング会社が乗り出しています。それらの会社との違いはどう打ち出していく方針ですか。

村上氏 欧米のコンサルティング会社は、ツールを作ったり、ファイブフォースやSWOTなどの分析手法を駆使したりして、外部から組織変革を進めていくアプローチが多いようです。意外と精神論的なものが多いのが実情で、どんな会社にも万能かというと必ずしもそうではないのではないかと思っています。

(撮影:若宮祐)

 それに対して当社は、内部から企業の体質を変えていくというアプローチを取ります。DXの科学の最初のステップを「アセスメント」や「レシピ」と呼んでいるのは、この考えに基づいています。欧米のコンサルを「外科的療法」と例えるならば、当社の手法は「内科的療法」とでも表現すべきものかもしれません。医者の科学的な治療に患者が安心できるように、当社は科学的な手法で企業が安心してDXを進められるようにしたいと思っています。

―― DXラボでチームを組む10社のサポーター企業それぞれが、企業がDXを進めていくうえでの医者みたいな存在になるわけですね。

村上氏 ただチームに任せっきりでは絶対にダメです。医者の科学的な治療と並行して患者が日常生活を改める努力をしなくては病が完全には治らないのと同じように、チームのもとでDXを進めたい企業は、自らもチームに有能な人材を送り込むなど、積極的に関与しなくてはなりません。一般的な情報システム構築では、外部のSIベンダに「丸投げ」しても目的を達成できることはありますが、それが通用しないのがDXなのです。リスクを負いながらも将来を見据えてチャレンジャーとなれる企業でなければ、DXは成功しません。

(撮影:若宮祐)