海外企業の台頭、少子高齢化による人手不足、IoTやインダストリー4.0といった新技術の到来・・・。日本の製造業を取り巻く状況は目まぐるしく変化している。「ポスト工業化」とも言われる時代が迫る中で、国内のメーカーはどのようにして勝ち残っていくべきなのか。独自の方法論に基づく未来予測の大著『メガトレンド』を執筆するなど、精緻な未来像の構築を追求してきたコンサルタント/未来学者の川口盛之助氏に、国内製造業が進むべき道を聞いた。

 日本のものづくりは今でも強い。そう私は考えています。

 確かに、様々な分野で世界を席巻した1990年代と比べると、日本の製造業は弱体化したように見えるかもしれません。とりわけ携帯電話機や家電製品といったB2C(消費者向け)製品の分野では、この20年ほどで日本企業の存在感が大きく損なわれました。

 しかし、目を転じてこうした製品の内部を覗くと、日本製の電子部品が多く使われています。例えばコネクターのような単純そうに見える部品でも、日本の技術でなければ実現が難しい最先端品がいくつもあるのです。海外企業に負けたかに見えるスマートフォンの中には、それがなければ製品自体が成り立たない日本の部品がいくつも息づいています

(撮影:栗原克己)

 「中」だけでなく、「奥」に隠れた日本の技術もあります。例えば半導体製造装置といった生産財や、エレベーターなどのインフラ機器です。後でまた述べますが、これからの時代にはこうした裏方の機器が重要な役割を担います。

 もちろん、自動車をはじめ、日本製の強い最終製品もあります。航空機のエンジンの何分の1かは日本製部品でできているなど、メカの分野では中から外まで日本の強さは健在です。

日本よりも中韓が危うい

 一方で、勝ち組とされた韓国や中国の製造業には、厳しい将来が待ち受けていると見ています。理由の一つは、日本と同様に少子高齢化が進むこと。それ以上に厳しいのが、東南アジアなどの新興国との戦いが待っていることです。

 現在、韓国や中国が強いのはDRAMや液晶といった市場規模が大きい部品や、スマートフォンやデジタルテレビなどの消費者向け製品です。これらは、いかに効率よく大量に作るかが何より重要です。技術力よりも、製造のオペレーション効率の勝負なのです。

 こうした製品の生産が、新たに工業化した国に移行していくのは、歴史が示す通りです。かつて強かった日本企業からお株を奪った韓国企業は、現在は中国企業の猛烈な追い上げを受けています。同様に、これからはタイやベトナムなどの東南アジアの企業が台頭します。さらにその先には、インドやバングラデシュといった南アジアの国が控えています。

 日本が韓国や中国と違ったのは、時間をかけて技術力を磨けたことです。アナログ技術全盛の時代だったこともあり、先行していた欧米企業から、数十年をかけて技術や市場を奪うことができました。電子部品や駆動系、機構部品など、手間がかかる一方で、市場規模や利益は小規模な部品や機器の技術を蓄積できたのです。その間に、世界初のイノベーションが日本からいくつも生まれました。クオーツ腕時計やオートフォーカスカメラ、「ウォークマン」「ファミコン」などなど。今ではすべてスマートフォンに統合されてしまいましたが。

(撮影:栗原克己)

 一方で韓国や中国などからは、こうしたイノベーションは登場していません。今はまだ日本の1990年代の絶頂期に似た状況でしょうが、これからデジタル製品での競争が激化したときに、次を担う産業の種を仕込めていないのです。また、日本が得意な少量多品種の先端部品の技術を磨こうにも、時間がかかるのはもちろん、労力に見合うほど巨額の利益が得られるわけでもありません。これから日本に追いつくのは難しいでしょう。ですから日本企業にとって問題なのは、韓国や中国との競争よりも、高齢化が進む中で技術を次の世代にきちんと伝承できるかどうかの方だと考えています。

 ちなみに、驚きなのは米国です。インターネットを牛耳るGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)はもちろん、スマートフォンのApple社やルーターのCisco Systems社などが重要な機器を押さえ、基幹部品ではパソコン向けチップのIntel社の次にスマートフォン向けのQualcomm社、最近では人工知能(AI)向けのNVIDIA社など、中核の半導体を確実に握っています。世界のICT(情報通信技術)社会を支えるシステムの「中」と「奥」の要所はしっかり押さえているのです。産業全体で見ても、農業は世界最大の輸出国ですし、唯一の泣きどころといえたエネルギーもシェールガスの登場によって輸入依存から脱しつつあります。米国は、他国のベンチマーク対象にならないほど特殊な国です。

サービスとして考える

 これからの日本の製造業は、強い部分を保ちながら、時代に合わせて変わっていく必要があります。ポスト工業化やサービス化、情報化など呼び方は様々ですが、 製造業といえども、単純に物を作って売るだけでは稼げない時代が迫っています。

 以前は製品の機能として提供していた利便性を、今後はサービスとして提供する場合が増えてきます。これを端的に表す言葉が「XaaS(X as a Service)」です。ソフトウエアを販売する代わりに、ネット経由で使えるサービスとして提供する「SaaS(Software as a Service)」という言葉から始まりました。

 最近では、ハードウエア製品の機能までサービスとして捉える考え方が広がっています。自動車などの移動手段を各種のサービスと組み合わせる「MaaS(Mobility as a Service)」が典型例です。いわゆるシェアリングエコノミーの拡大を受けて、使いたい機能を使いたいときだけ利用できればいいと考える消費者が増えているからです。極論すれば、近い将来、仕事や生活に必要な機能のほとんどはXaaSによってオンデマンドで提供されるようになるかもしれません。

 例えば家電製品を考えてみると、洗濯機はサービス化される可能性があります。洗濯を終えた後の、折りたたんだり収納したりする作業をなかなか機械化できないからです。実際に、ランドリーバッグに詰めた洗濯物を宅配便で送ると、洗濯後にきちんと折りたたんで返送してくれるサービスなどが増えています。

(撮影:栗原克己)

 一方で、ユーザーがプライベートな空間を必要とする限り、掃除機は家電製品として残り続けるでしょう。今後は、いわゆるAIスピーカーの機能を取り込み、自ら移動できる機能を生かして、ユーザーのパートナーロボットのような存在に変わっていく可能性があります。

 これからの製造業は、自社の製品が今後どのような形態になっていくのかを見極めることが大切です。洗濯機のようにサービス化していくと見るならば、現在は家庭用の製品が業務用の製品に生まれ変わることになります。これに伴い、耐久性の仕様やメンテナンスの手法などが自ずと変わります。これは、インフラ機器など、裏方として活躍する製品を得意とする日本企業に有利な方向です。

強敵はECサイト

 これからの製造業が対応を迫られるもう1つのポイントは、製品を情報ネットワークに接続し、ユーザーの行動に関する情報を集めることです。多くのユーザーから集めたビッグデータを使って、ユーザーの行動パターンや潜在的な需要を分析し、次の製品やサービスに生かすことが求められます。リアルなユーザーの姿を知らなければ、製品を受け入れてもらえなくなるのです。

 現在、小売業の世界では、メーカーが提供するナショナルブランドよりも、小売業が手がけるプライベートブランドの製品の方が人気をさらうようになってきました。小売業の方が実際のユーザーをよく知っているため、購買意欲をそそる製品をつくることができるのです。小売業は、豊富な販売データを通して、ユーザーの嗜好をより深く調べています。中でも最強の存在がAmazon.comなどの電子商取引(EC)サイトです。ECサイトでは、ユーザーの行動が逐一分かるため、リアルな店舗とは比較にならないほど詳細な情報が得られます。

 売り上げで既存の小売業を圧倒しつつあるAmazon.comは、既に衣類や日用品などでプライベートブランドの展開を始めています。同社はレジ不要の食料品店「Amazon Go」を開店したばかりか、クラウドサービスの世界最大手でもあり、リアルかバーチャルかを問わずに様々なXaaSサービスを仕掛ける可能性もあります。

Amazon Goの店舗
(iStock.com/carterdayne)

 こうした強豪と渡り合うためには、どのような分野でもユーザーのことを深く知ることが重要です。そのための格好の手段が、客先にある自社の製品なのです。それをネットワークにつなぎ、稼働に関する情報を集めることで、顧客の真の姿が見えてきます。

目的を与えることが仕事に

 Amazon.comの話ではないですが、今後は自社の業界の外から競合する企業が現れる可能性も高まります。厳しくなる一方の事業環境の中で、継続的な成長を図るには、どうすればいいのでしょうか。答えの1つは、顧客に先んじて、自社の製品やサービスを使う目的自体を生み出すことです。

 かつて鉄道事業者は、沿線に都市や住宅街をつくることで事業を拡大しました。不動産開発を通じて、電車に乗る目的をつくっていたわけです。航空会社がホテルやリゾートを整備するのも同じです。

 最近感心した事例が、ANAホールディングスが「疑似観光」のサービスを始めると発表したことです。遠隔地にあるロボットをユーザーの分身と見立てて、現地の映像に加えて感触などまでユーザーの元に送り届けます。例えばロボットが釣りをすると、ユーザーの手元の釣竿がしなり、釣った魚は実際に送られてくるといった感じです。他にも、動物園や美術館を訪れたり、海中の貝を手で捕まえたりできるといいます。

ANA AVATAR FISHINGのデモンストレーション
大分県佐伯市の海上釣堀を疑似体験をできる(提供:ANAホールディングス)

 このサービスは、リアルな旅行を置き換える可能性がありますから、航空会社にとっては自社サービスの目的自体を否定するものといえます。それでもANAが実用化に踏み切るのは、自社が提供する価値を「旅行先への移動」ではなく、「非日常体験の提供」と定義し直したからでしょう。そう考えれば、疑似観光はANAが手がけるべき事業になり、顧客がANAのサービスを使う目的にもなるわけです。

 ANAの新サービスは、他社との差別化を図れる技術要素を盛り込んだことも面白い。遠隔地の触覚をユーザーに伝える「ハプティクス」技術です。こうした技術的なボトルネックがあると、技術の優劣が事業の成否に直結する、日本企業が得意な戦い方に持ち込むことができます。また、ANAは技術開発を加速するために、米国のXPRIZE財団が主催する、賞金をかけた開発コンテストも活用します。これも、スピードの速さを優先する現代ならではの取り組みです。

自社の価値を見つめ直す

 ANAの事例のように、これからの製造業は自社を取り巻く環境の変化に合わせて、自社製品を顧客に使ってもらう理由や目的を創造していく必要があります。そのためには、顧客をよく知ることはもちろん、自社が提供している価値とは何かを突き詰めて考えることが大切です。

 もちろん、これまでの事業と関わりのない全くの新事業を立ち上げることもできますが、それならばベンチャー企業を創業すればいい。これまで築いてきた自社の強みや経営資源を前提に、これからの時代に顧客に何を提供できるかに知恵を絞るべきでしょう。長時間の会議をするなら、こういうことに時間を使うべきです。

 こうした作業には、創造力の高さが求められます。豊かな発想力を持った多様な人材を集めることが重要になります。中でもトップ級の人材は世界でも引っ張りだこで、日本企業が採用するのは容易ではありません。

 日本ではようやく長時間労働を見直す「働き方改革」が始まりましたが、海外では、優秀な社員には無期限の休暇を認めたり、ペットを職場に連れてきてもOKだったりします。まさに「周回遅れ」の日本が追いつくのは大変ですが、業務効率の追求にとどまらず、社員が高いモチベーションで働ける環境づくりを意識していくべきでしょう。効率を求めるだけの仕事はいずれロボットに置き換わりますし、社員の能力を最大限引き出せるのは、楽しんで働いているときですから。(談)

川口盛之助
盛之助 代表取締役社長
川口盛之助 技術とイノベーションの育成を専門とするコンサルタント/未来学者。大手電機メーカー勤務ののち、戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトル・ジャパンでアソシエート・ディレクターを務める。2013年に株式会社盛之助を設立し、代表取締役社長に就任。国内だけでなくアジアから中東各国の政府機関からの招聘を受け、研究開発戦略や商品開発戦略などのコンサルティングを手掛ける。日経BP未来ラボ アドバイザーなども務める。