経営破綻寸前の企業だった山形県の金型メーカーIBUKIが、業界に新たな動きを巻き起こす存在として脚光を浴びている。奇跡の回復を遂げただけでなく、「IoT金型」など古くからのノウハウと先端技術を組み合わせた革新的なソリューションを次々と開発しているからだ。その立役者が、2014年に同社を買収したコンサルティング会社「O2」(オーツー)の社長を務める松本晋一氏である。自らIBUKIの社長を務め、同社の復活劇を主導してきた。「理想とする製造業を具現化したい」という強い想い持つ同氏が、中小製造業の新しい将来像などについて語った。(文:松尾康徳)

―― 社外から経営支援にあたるコンサルティング会社が、なぜ中小規模の金型メーカーを買収し、社長が自ら経営に乗り出すことにしたのでしょうか。

松本氏 O2のコンサルティング業務を通じて多くの企業にかかわっていて気づいたのが、「良い企業」という定義が変わってきたことです。昔は製造業で言えば自社製品がたくさん売れる企業、稼げる企業が良い企業でした。しかし今は地域から応援される企業が、良い企業と認識されるようになりました。

IBUKI 代表取締役社長 松本晋一氏
(撮影:栗原克己)

 地域に応援される企業とは、地域に貢献できる企業です。例えば、グローバルで活躍する企業ならば、地域の子供たちの目を世界に向けさせ、世界を身近に感じさせることができます。高校野球で甲子園大会に出場した学校が地元から盛大な応援を受けるように、日本全国、さらに世界に名をとどろかせる企業になれば、「良い企業」として地域の皆さんの注目を集めるようになります。そうなれば、優秀な人材が集まり、さらにその企業の競争力が高まるでしょう。それによって、雇用、地域の知名度、税収、来県数など様々な場面で地域に大きな貢献ができるようになります。IBUKIの前身である安田製作所の支援という話が持ち上がった時、こうした企業を、実際に自分で作るチャンスだと思いました。

 学生時代に、インドなど世界各地を旅して回った時に、あちこちで日本製品の優秀さを高く評価する声を耳にしました。この時、誇らしく思うと同時に、不安を感じたのです。日本製品の名声は、日本の製造業を発展させてきた先人の努力があったからこそ得られたものですが、自分が社会に出た時も、同じように日本製品は賞賛されているだろうかと。時間とともに、この思いは高まり、日本の製造業の競争力を伸ばし、名声を維持していくことが自分の目標だと考えるようになったのです。

(撮影:栗原克己)

―― しかし、市場のグローバル化や市場ニーズの高度化・多様化などを背景に、中小の製造業の経営環境は一層厳しくなっています。

松本氏 果たしてそうでしょうか。私はむしろ中小製造業が活躍する時代が到来したと思っています。

 すべてに手本があり、前例のあるものづくりであれば、資金力も人材も豊富な大企業の方が有利でしょう。しかし新しいことに取り組むスピードが何より求められる今のものづくりでは、それは逆に足かせになります。大企業では社内に利害関係者が多く、物事を素早く決めることができないからです。その点、トップの考え一つで社内が動く中小企業は、大企業には追随できないスピードと柔軟性を備えています。

 しかもブランドだけがものを言っていた時代と違い、誰もがSNSなどで情報発信できるようになったことで、人の感性に訴えることが、市場に影響を与えるようになりました。人の感性はつかみにくいので、何がヒットするのか分かりません。また人の感性は、移ろいやすいので商品がヒットしても売れる時期が長く続きません。このような時代には、大量生産がリスクを持つようになります。つまり、大量生産を前提としたビジネスを続けてきた大企業では、「月に1万個生産しないと採算が合わない」といった判断で、新製品の開発が見送られるのです。結果として、新製品がなかなか市場に投入できないという事態に陥ります。そうならないように、市場の変化に合わせて少しずつ商品を作るのならば、小回りがきく中小企業の方が絶対に有利です。

(撮影:栗原克己)

金型が「ソリューション」に

―― 松本さんがIBUKIを率いるようになって5年。復活するために何を変えてきたのでしょうか。

松本氏 変えたものを数えればきりがありません。社長就任当初、従来のままでは生き残る方法が見当たらないという状態でしたので、変えられるところは、どんどん変えました。もちろんむやみやたらに手を入れたわけではありません。新しい方向を目指す際には常に着地点を考えておく必要があります。例えば、IBUKIの前身に当たる安田製作所は、金型製作が主力事業でしたが、私が経営の舵をとるようになった時に「金型でソリューションを作る」ことに事業の中心を変えました。

 それから生まれた技術の1つが、金型による「加飾」です。金型の内側に微細な加工を施すことで、樹脂部品の成形工程で成型と同時に表面に装飾加工ができる技術です。自動車の内装などに使う樹脂部品では高級感を醸し出すために、表面にカーボンファイバー材や木などの模様を再現したり、ヘアライン加工を施したりします。これらは従来、成形した部品の表面に追加で加工していました。加飾の技術があれば、この工程を合理化できます。これがソリューションです。

「加飾」の技術を施した金型
(撮影:栗原克己)

 もっとも金型を使って樹脂部品の表面に微細形状を転写する技術は、いずれ他社に模倣されてしまいます。そこでもう一つ、「機能加飾」の開発も進めています。特殊な微細形状を金型で転写することで撥水性など様々な機能を、部品の表面に付加する技術です。例えば、蛾の眼の表面には極めて微小な突起が並んでおり、この構造を表面に再現すると、光の反射や映り込みを抑制できます。こうした機能性を備えた加工を、部品の成型と同時に済ませることができます。

 単に「量産の道具」と金型を見なしているうちは、ソリューションは、なかなか生まれないでしょう。「機能を実現するための装置」ととらえれば、金型は様々な方向に発展する可能性を秘めていると思います。

(撮影:栗原克己)

ICTは“飛び道具”

―― 加飾や機能加飾の場合、金型を製造する時に使う加工装置を制御するプログラムは、かなり複雑になるはずです。そのようなプログラムを開発できる中小企業は、まだそれほど多くはないと思います。IBUKIでは、ICT(情報通信技術)の強化に、かなり力を入れているのでしょうか。

(撮影:栗原克己)

松本氏 会社の規模にかかわらず、ICTは積極的に活用すべきです。IBUKIでは、企業の競争力を高めるために積極的にICTを活用しています。また会社を次のステージに進めるための新規事業創出は重要な課題ですが、それを実現するための“飛び道具”としてもICTを重視しています。こうした私たちが創り出した事例の1つが、時間をかけて蓄積してきた現場のノウハウとAI(人工知能)を組み合わせて実現した「工具摩耗判定システム」です。

AIを利用した工具摩耗判定システム
左:測定部 右:表示部 (撮影:栗原克己)

 金型加工に使う工具は摩耗が避けられません。摩耗が進むと加工精度が低下するため、寿命を迎えるまでの間も、摩耗がある程度進んだところで工具を再研磨して形を整える必要があります。この再研磨のタイミングは、ノウハウを身に着けた熟練の技術者でないと判断できません。ただし、これができる技術者を確保するが難しいのが現状です。そこで、この作業をAIと画像認識の技術を利用して自動化することを考えました。

 あらかじめ多数の摩耗パターンを記録した画像ライブラリを構築し、これをもとに学習させたAIを使って、検査対象の工具を撮影した画像から再研磨の要否を判定します。このようなAIを使った判定システムに加えて、使用済みの工具を検査カメラの前に置いたり、判定後の工具を仕分けしたりする一連の作業もロボットを使って自動化しました。4カ月で開発して、今年4月から運用を始めたところです。グループ会社で、AIを手掛けるLIGHTzと共同で開発しました。

工具摩耗判定システムの構成
(図提供:IBUKI)

 樹脂を成形する金型内部の状態をセンサーで計測し、最適な成形パラメータを効率よく探る「IoT金型」のシステムも、自社のノウハウにICTを掛け合わせて実現したものです。

「IoT金型」を実装したプレス機
左:プレス機の外観 右:指さしているところがセンサーの1つ (撮影:栗原克己) 

 プレス機では同じ製品を同じパラメータで作っても、周囲の環境や機械の状態などによって仕上がりが変わります。このため熟練技術者が、勘と経験をもとに臨機応変に現場でパラメータを調整することで品質を維持してきましたが、加工時の金型の温度やプレスの圧力、樹脂の流速など様々なデータを実際の加工プロセスからリアルタイムで取得し、これをAIやCAE(Computer Aided Engineering)システムを利用して解析すれば、熟練技術者の暗黙知をデータ化できるはずです。これを実践するために開発したのが、金型にセンサーを実装して加工時に様々なデータを取得できるようにした「IoT金型」です。すでに試作ラインに組み込み、AIを使って成形条件を自動調整するシステムの開発を進めているところです。

IoT金型のシステム構成
(図提供:IBUKI)

緩くつながってバーチャルな“大企業”に

―― 最近、製造業の生産性向上を目的としたICT活用の事例が数多く発表されていますが、生産性向上にとどまらないICTの使い方があるというわけですね。

松本氏 従来の技術の延長だけでは革新的なソリューションに、なかなかたどり着けません。ICTを融合することで新たな価値が生まれる可能性がグッと高まります。

 さらに新しい価値を創出するために欠かせないのが「構想力」です。社会の困りごとや課題といった観点と、人の欲求や欲望といった生物的な観点の交点に、自社が持つ強みが加わるとビジネスチャンスが生まれます。ここを起点に、ゴールを設定し、そこに到達するプロセスや戦略をあらかじめ描くことが重要です。

 この構想を描く際に、自社のリソースだけで考える必要はありません。様々な分野の企業とフォーメーションを組んで、技術領域を広げるべきです。早い話が「オープンイノベーション」ですね。いろんな会社を巻き込んで、相互が緩くつながったバーチャルな“大企業”を作ることができれば、開発力や競争力が高まるでしょう。つまり「1+1+1」が「3」ではなく「3以上」なるフォーメーションを編み出すことが構想の重要なポイントになります。複数の企業がそれぞれ持っている得意な技術を融合することで、他社の追随が難しくなるのもオープン・イノベーションの利点です。1社でできたことは、競合他社にすぐに追いつかれる可能性が高いです。

(撮影:栗原克己)

 強力な構想を立てるうえで注目しているのが、スタートアップ企業です。スタートアップ企業は、素晴らしい着眼点と高い志。さらにそれらを実現するためのカギとなる技術を持っています。それぞれ優れた商品企画、実現に向けたプロジェクトをけん引するリーダーシップ、イノベーションをもたらすものですが、いずれも私たちのような中小企業が弱いところです。一方でスタートアップ企業の多くは、量産に必要な設備や、品質管理や価格設定のスキームやノウハウを持っていません。その部分は、私たちのようなものづくりの企業が力を貸せばお互いが補完できる関係になります。

「中小だから」は言い訳

―― 実際にIBUKIは、いろいろな会社を巻き込んで新しいプロジェクトを展開していますが、これはコンサルタントとして多くの企業とかかわってきた松本さんだから実現できたことのようにも思えます。他の中小企業には難しいということはないのでしょうか。

松本氏 他の会社の方に、そう言われることがあります。その時は、「だったら、私を使って新しいビジネス始めればいいじゃないですか」と返しています。ただ、中小だから他社とのコラボレーションが難しいというのは言い訳に聞こえます。

 コラボレーションに消極的な企業やコラボレーションがうまくいかないという企業の経営者の多くは、自社が有利なポジションに立てるかどうかを気にしているように思います。つまり、価値軸で議論せずにメンツを軸に相手と議論しているのではないでしょうか。私は企業が連携するうえで、メンツ、規模、会社の歴史もあまり重要ではないと思っています。大事なのは、勝つための価値を一緒に生み出せるかどうかです。そのためのビジョンが共有できたならば、レベニューシェアのモデルを決めておけばよいだけです。中小製造業に追い風が吹き始めた今は、下請けのポジションから脱却し、世界で活躍する企業を目指して事業を発展させる絶好の機会です。こうした大きなチャンスを早く生かすことの方が重要だと思います。

(撮影:栗原克己)