「日本企業が作る工業製品は、高品質」。これは、製造業各社の長年の努力の結果、世界市場で築き上げてきた、日本企業が誇るべき信用である。だが社会環境の変化やデジタル技術の進展などを背景に、旧来の日本製品が備えていた高品質が、商品価値としての効力を減らしつつある。こうした中で、日本企業の品質管理の取り組み長年にわたってけん引してきた日本科学技術連盟は、「品質経営」と呼ぶ、時代の要請に即して新たに定義した「品質」の概念に基く企業経営のあるべき姿を啓蒙している。同連盟の理事長を務める佐々木眞一氏に、新たな品質の概念と、それをチカラにして日本の製造業が発展を続けるために、いま企業が取り組むべきことについて聞いた。(聞き手=伊藤元昭)

―― ものづくりの領域でも、デジタルトランスフォーメーション(DX)による事業変革の動きが始まっています。ただし、そうした取り組みの中で、製造業で長年にわたって重要視されてきた品質に関する議論が不足しているように感じます。

佐々木氏 伝統的な品質保証の概念や理論、手法は、すでに確立されたものとの認識が強いので、そのように感じられるのではないでしょうか。DXを前提に新たに定義した品質を巡る議論は活発化していると思います。

 そもそも品質とは、顧客のニーズに対して企業が提供する価値が、どの程度充足しているかを測る尺度です。常に顧客の期待をものさしにして評価すべきものであり、長さや重さのような絶対的尺度が存在する概念ではありません。このため、品質保証の際には、社会でのニーズを注視して、商品の価値を評価する必要があります。顧客の期待が変化したら、保証すべき品質の評価項目も、合否を分ける基準値もガラリと変える必要があるのです。現在は、まさにそんな変化が起きている局面だと言えます。

(撮影:栗原克己)
(撮影:栗原克己)

 従来、顧客のニーズの多くは、物質的充足を得ることでした。例えば、一戸建ての家が欲しい、家族に1台クルマが欲しいといったものです。ところが近年、1人で1台のクルマを持っていても珍しくない時代となり、そうした物質的充足は満たされつつあります。そして、情報通信技術(ICT)の進化、ひいてはそれに基づくDXの進展によって、社会での顧客のニーズが劇的に変化しました。これまで一般消費者では入手不可能だと思っていた、モノや情報が、案外、手軽に入手できるようになってきたのです。

 その一方で、顧客の期待に応える価値を生み出すための手法に目を転じると、ビッグデータ解析や人工知能(AI)、第5世代移動通信システム(5G)のような先端技術を駆使することで、これまでとは全く異なる価値を持つ商品を提供し、顧客の期待に応えられるようになりました。顧客の期待が変化し、提供する商品も変わるとなれば、当然、品質を評価する際の尺度や基準も、それに準じたものに変えていく必要があります。

製品活用時の「品質」を保証する時代に

―― クルマのような多くの消費者が慣れ親しんだ商品でも、ニーズの変化による、概念としての品質の変化があるのでしょうか。

佐々木氏 当然あります。昔、「いつかはクラウン」というトヨタのテレビCMがありました。これは、多くの消費者が、クラウンの所有を最終目標にしていた時代の価値観に沿ったものでした。ところが、現在のクルマのニーズはよりパーソナライズされてきています。クルマを使って何がしたいのか、顧客一人ひとりの異なる価値観が、ニーズにダイレクトに反映されるようになっています。

 「いつかはクラウン」の時代には、高性能でかっこよく、それでいてお値打ちならば、多くの人が一斉に買ってくれました。こうした時代の品質保証は、出荷時にスペック通りの機能・性能がバラツキなく実現できていて、一定期間、機能・性能を確実に維持できる耐久性が確認できればよかったのです。つまり、出荷前に工場でしっかり検査して、顧客の手元に届ければ、そこで品質保証の役割を終えていたわけです。

 ところが現在では、顧客一人ひとりの生活スタイル、価値観に合った道具としてのクルマの提供が求められる時代になりました。それぞれの顧客が期待した機能と性能を、活用時に体験できれば、高品質のクルマだと言えます。つまり、高品質な商品を提供するためには、大衆の総意を俯瞰して品質の基準を定義するのではなく、一人ひとりのニーズをつぶさに知って、三者三様に期待する品質を実現することが重要になってきているのです。つまり、自動車メーカーの品質保証の仕事は、工場出荷時の保証から市場投入後の保証へと拡大したのです。

(撮影:栗原克己)
(撮影:栗原克己)

ユーザーも気づかない価値も提案

―― 品質の概念や定義から変わってきていることに驚きました。

佐々木氏 私たちは、こうした現在の変化を「バリューチェーンの拡大」と呼んでいます。簡単な言葉で言い換えれば、「売りっ放しではなく、製品の活用までしっかり面倒を見る」ということです。ただし、顧客の手元で製品がどのように使われているのかを知らないと、適切なサービスは提供できません。IoT(Internet of Things)のような、顧客の使用状況をモニタリングする手段を活用し、顧客の期待に応える使用法を提案していくことが重要になってきます。

 例えば建機の分野では、コマツが、ユーザーの効果的・効率的な建機の活用・運用を支援する「KOMTRAX」と呼ぶサービスを提供して成功しています。これからは、自動車をはじめとする、様々な分野でも同様のサービス提供が求められます。KOMTRAXは、自社製建機が現場でどのように使われているのかをつぶさに把握しているからこそ実現可能なサービスです。IoT技術を駆使して現場のデータを集め、AIのような情報処理技術を使って建機の最適な活用法を見つけ出すことで、価値ある活用法や運用法を先回りして提案できます。

―― 単に期待に応えるだけでなく、顧客も気づいていないような価値ある提案をするということは、メーカーのビジネス領域を拡大するということですね。

佐々木氏 これまで、セールス担当は、顧客がどのようなクルマを欲しがっているのかを把握していましたが、販売後の活用法まで分かっていたわけではありません。このため、IoTを活用して得られる情報は、顧客一人ひとりのライフスタイルを映した、多くの新たな可能性を秘めた未知の情報だと言えます。多様で多くの顧客から情報を集めることができれば、ニーズの傾向を高い精度で掴むことができるようになるでしょう。そうなれば、暮らしぶりや人生のイベントを勘案して潜在的なニーズを予想し、これを先回りして顧客に提案することができます。メーカーの品質保証担当者は、メーカーが生活のアドバイザーやコーディネーターとしての役割を担うための価値創出の基となる情報を扱うことになるわけです。

顧客に合わせて高品質を作り込む「品質経営」

―― かつて製造業の企業は、生産した製品が、あらかじめ決められた基準を満たすことを確認して品質を保証していました。品質保証の担当者は、製品価値や企業価値を守るいわば門番でした。これからは、品質を製品やサービスの中に作り込む時代になり、積極的に売上向上に関与していく立場になるということですか。

佐々木氏 その通りです。製品やサービスに、顧客一人ひとりの期待に応える高品質な価値を盛り込む新たな企業の経営を、私たちは「品質経営」と呼んでいます。そして、その理念と実践手法を広げるため、日本科学技術連盟では、「品質経営研究会」を立ち上げました。

 この研究会では、顧客に提供する価値を考える研究者や、データから傾向を抽出するデータサイエンティスト、AIの研究者などの参加を募って顧客個々の期待を価値に変える方法論を体系化し、参加企業の間で共有します。同時に、どんなにニーズが多様化しても外してはならない普遍的価値もあります。分析的手法でそうしたコアの部分を見極め、そこでの品質の考え方についても整理します。これによって、時代が求める新たな品質評価のあり方を明確にし、実践しやすい環境を整えます。

(撮影:栗原克己)
(撮影:栗原克己)