専門家を拒絶し、素人を通す“発想の壁”

――半導体チップがここまで進化する過程には、多くの壁があったと思います。中でも、1990年代前半に直面した、チップ上の回路の複雑化による製造の壁は進化を阻む大きな壁でした。その壁を打破したのが、荏原製作所が実用化したCMPだと聞いています。

辻󠄀村氏 CMPに関して、最近うれしいことがありました。2018年9月に「SSDM 2018」という固体素子の学会が開催されました。このとき同学会の50周年を記念したプログラムとして、Moore氏のビデオレターを上映しました。約10分のインタビューの中で、「今までMooreの法則の継続に貢献してきた技術の中で、最も予想外だった技術は何か」という問いに対して、間髪入れずに「CMPです。CMPがなければMooreの法則はこれほど長く継続しなかったでしょう」と話していました。

 これを聞いて、私は大喜びですよ。今やマイクロプロセッサーの世界最大手として知られるインテルを創業し、業界全体を長きにわたってけん引するトレンドをいち早く予見したほどの才覚のあるMoore氏が、CMPを予想外の技術と言っているのですから大感激です。私は、世界中にいる友人のCMPエンジニアにメールでこのことを知らせました。

――荏原製作所は、ポンプメーカーとして有名な企業です。研磨技術であるCMPは畑違いのように思えます。Mooreの法則の提唱者が驚くような画期的技術の装置をなぜ開発することができたのでしょうか。

辻󠄀村氏 結論から言えば、私たちが素人だったからこそ、開発できたのだと思います。実は、CMPの実用化以前にも、半導体の製造には研磨技術が使われていました。デバイスを形成する前のシリコンウエハー(ベアシリコン)は、昔から研磨して平坦にしていたのです。ただし、これはクリーンルームに入れる前の工程でした。だからウエハーを泥だらけにして研磨しても、しっかりと洗浄してからクリーンルームに入れることができました。

 チップ上の配線が複雑化し、平坦化に苦慮していた半導体エンジニアは、様々な平坦化の手法を試していました。しかし、研磨すれば平坦化できそうなことは何となく感じていたかもしれませんが、実際に使うという発想はありませんでした。なぜならば、研磨の工程でウエハーが汚れるからです。極めて微細な構造を持つ半導体デバイスの製造工程では、不要な混入物を徹底的に排除しなければなりません。このためクリーンルームで作るというのが常識です。ところが研磨を平坦化に使うとなれば、スラリーと呼ぶ研磨剤を含む“泥”のようなものをトランジスタ形成後のウエハーに塗りたくって、その上から工具を使ってゴリゴリと研磨します。平坦化手法の選択肢から半導体技術者は真っ先に除外するのは、ある意味当たり前です。

(撮影:栗原克己)

――専門家ならば誰もが手を出さない技術の開発に取り組んだのですか。

辻󠄀村氏 クリーンルームに汚い工程を入れることがいかに危険なことなのか、いま一つピンときていなかったのです。

 半導体デバイスのメーカーの中に、1社だけCMPを平坦化技術として積極的に開発していた常識にとらわれないところがありました。IBMです。しかし、そのIBMでさえ研磨装置をクリーンルームに持ち込むことはしていませんでした。従来から研磨装置を手がけていたメーカーは、研磨工程は泥だらけになって当たり前と思っていますから、それをクリーンルームに入れるのは不可能だと思ってしまったようです。「研磨屋の研磨知らず」といったところでしょうか。

 ところが、国内デバイスメーカーでこのCMPをクリーンルームに持ち込もうとした、さらに大胆なメーカーがありました。そして、全くの門外漢だった私たちにも話が持ち込まれました。私たちはいかに無謀な要求であるのかピンときていませんから、「お客さんが欲しいというのなら、試してみよう」ということになったのです。そして、装置に入れる前と同じ乾いてクリーンな状態を、研磨装置から取り出す時にも維持できればよいのではと考え、「ドライイン・ドライアウト」というコンセプトの研磨装置の開発に着手したのです(図2)。

図2 革新的技術が実用化されたのは、ユーザーに嫌われる点を徹底対策したから
(図版提供:荏原製作所)

 どんなに高度で、斬新な技術でも、市場が受け入れないものはイノベーションとは呼べません。CMP装置では、クリーンな状態で使えるようにすることが、市場が受け入れるための条件だったのです。私たちは、顧客の要求通りに洗浄機能を付加し、装置内の気流設計を徹底的に見直して装置内の汚い空気が出ないような対策を施して、クリーンルームに入れることができるCMP装置を実現しました。それを実現したのは技術開発を指導してくれた顧客と荏原製作所のがんばりだったと自負しています。

――CMPは研磨技術ですが、半導体チップの製造に使うためには、研磨技術そのものではなく、付帯技術を改善する必要があったわけですね。

辻󠄀村氏 実用化に際しては、コアの技術よりも、付帯的な技術の方がよほど重要なことは意外とよくあるように思えます。例えば、荏原製作所は、半導体工場内で使うドライポンプと呼ぶ油を使わず回すことができるポンプを作っています。ルーツポンプと呼ぶ技術なのですが、それを発明したのは荏原製作所ではありません。また、それを半導体に応用することを考えたのも私たちではないのです。ただし、それを半導体工場内で使うためには排ガスを処理する技術が欠かせませんでした。私たちは、排ガス処理装置を併せて製品化することで、広く使ってもらえるようになりました。CMP装置の開発でも、この経験が生きています。

イノベーターは愚直に考え続けよ

――専門性の沼にはまってしまうと、新しい取り組みをする手が萎縮してしまうのでしょうか。

辻󠄀村氏 その通りかもしれません。実際に、私たちにも経験があります。その恥ずかしい話をしましょう。

 半導体産業では、1990年代後半に、配線材料を従来のアルミニウムから抵抗率の低い銅に変更する動きがありました。銅はエッチングで配線パターンをきれいに作ることが難しかったので、配線を作る素地となる絶縁体に配線パターンの溝を掘り、そこに埋め込んできれいな配線を作る工程が考えだされました。ダマシン法と呼ばれる技術です。

 この時に銅で溝を埋め込む工程をめっきで行うというアイデアがありました。そこでグループ企業の中に、めっき装置を作るメーカーがあった荏原製作所に声が掛かったのです。ところが、それまでのめっき技術の常識的成膜品質をよく知るあまり、顧客である半導体メーカーには、その技術を実用化することの難しさばかり語ってしまいました。その結果、別のメーカーのめっき装置が採用されてしまいました。まさに、「めっき屋のめっき知らず」と言える話ですね。反射的に過去の経験だけを基に判断してしまい、よく考えていなかったのです。

 私たちは、この件から、顧客との間で情報と挑戦する気持ちを共有し、信じて愚直に取り組むことの重要性を痛感しました。恐れずに信じて取り組めば、壁は自然と乗り越えることができるのです。

――半導体チップには、まだまだ進化してもらわないと困ります。専門家だからこそ乗り越えられない“壁”があることは、戒めとして重要ですね。

辻󠄀村氏 半導体のロードマップでは、2030年で14Åの実現を目指すことになっています。しかし、業界は「不可能だ」「無理だ」といった言葉で満ちています。今こそ、「半導体屋の半導体知らず」にならないよう、われわれ半導体に携わる者は自戒しなければなりません。半導体デバイスをよく知る専門家だからこそ、目が曇っている可能性があるのです。実現に向けた問題点は何なのか、市場は本当に欲しいと言っているのか、半導体業界の既存企業はどのような技術を提供できるのか。私たちはそれを信じ、実現を信じて愚直に取り組み続けます。(後編「革新は研究所解散から始まった」に続く)

(撮影:栗原克己)