企業の研究開発は、事業競争力強化のためであるべき

――研究開発体制の機動力が高まり、新たな発想が外部から入ってくることで、研究開発に携わる人の意識も変わってくるのですね。

辻󠄀村氏 私たちの場合には、研究開発は常に事業競争力の強化のためにあるという点を軸にして考えていることが、成果が得られる要因になっていると思います。一般に、基礎研究と企業の事業との間にはギャップがあり、双方の動きを同期させることは困難と思われがちです。でも、「ビジネス」と「R&D」と「IP(知的財産権)」は三位一体であるべきで、事業のためのR&DとIPでなければ意味がないのです。そこで、これら3要素をまとめた「BRDIP(ブルディップ)」という言葉でまとめて、基礎研究を進めるうえで留意すべきスローガンにしています。

 また、「アカデミー」と「ビジネス」、「業界団体(Association)」も一体化して考えた方が効果も効率も高い研究開発ができます。これを推し進めるため、「ABA(アバ)」という言葉も作りました。多くの企業は、大学や業界団体との関わりを、手弁当で行うお付き合いと考えています。しかし実際には、大学や業界団体からは、会社の競争力を高めるうえで極めて有効な知見が得られます。気を抜いたおつき合いをしていたら大損です。真剣につき合わなければいけません。

――EOI、EOL、EI“X”、BRDIP、ABAと、シンボリックな造語を多く作られているのですね。これには、何か理由があるのですか。

辻󠄀村氏 「BRDIP+ABA」のような新しい言葉を作り出し、既成概念を払拭する方法は、みんなの心を1つにしてイノベーションに至る道を阻む壁を超えるために有効な手法だと考えています。この手法は、CMPを実用化する過程で、IBMから学んだことです。彼らは、汚い工程というイメージがあった研磨という言葉を使わず、CMPという新語で技術を呼びました。これは、汚い工程を半導体工場に入れたくない半導体エンジニアのネガティブ・イメージを払拭する効果があったと思います。

NDA結んでオープンイノベーション?

――今、オープンイノベーションに取り組む動きが、多くの企業で出ています。自社の視点からは見えない気づきを外部人材から得ようという狙いです。この考えはEOIやEOLにも、盛り込まれていると思いますが、従来のオープンイノベーションとの違いは、どこにあるのでしょうか。

辻󠄀村氏 荏原製作所では、より創造性に富んだ研究開発体制を構築するため、一歩進めたオープンイノベーションを推し進めようとしています。EOIもEOLも、よくよく考えてみたら、一見オープンなように見えて、常に自社中心で進めていくわけですから、発想を生み出す視野はどうしても狭くなりがちになります。私たちが身を置く半導体業界では、これから誰もが実現は難しいと考えるÅ(100億分の1m)世代の技術開発に取り組んでいくことになります。従来のオープンイノベーションのかたちでは、これから立ち向かう極めて高い壁を乗り越えることはできないと考えています。

 そこで、もっと大胆で、こだわりを捨てた新しい研究開発のかたち「Enhancedオープンイノベーション」を推し進めようと考えています(図3)。簡単に言えば、荏原製作所とともにオープンイノベーションに取り組む人が、荏原以外の企業や人と同じテーマで研究してもかまわないという考えです。もっと端的に言えば、案件によっては研究の広がりを妨げるNDA(秘密保持契約)を結ぶのをやめてしまうというものです。面白いことにNDAを結ばない方が、大学での研究が連鎖反応的に広がっていき、考えてもみなかった発想が盛り込まれた成果が出てきます。

図3 NDAをあえて結ばず、外部での研究の連鎖反応を誘発
(図版提供:荏原製作所)

――それはまた驚くべき施策ですね。しかし、競合企業にも利する施策なのではないでしょうか。

辻󠄀村氏 もちろん競合企業の目に触れることもあるでしょう。でも、結局は、火付け役だった私たちが真っ先に広がった先での研究成果を知ることになります。サケの稚魚の放流のように、ほとんどは大きくなって戻ってくるのです。オープンイノベーションは、激しい競争の中で進められます。競合より少しだけ早く知った価値ある研究成果を、迅速に事業競争力の強化に生かす機敏さが求められているのです。20年、30年の単位でゆっくりと技術革新が進む風水力の分野では、こうした研究手法は難しいかもしれませんが、半導体のような動きの激しい分野ではデメリットよりもメリットの方が大きいと思います。

革新的技術の創出は、投資ではなく投機である

――ハイリスクであるが、高い壁を超えるにはハイリターンが必要であるということですか。

辻󠄀村氏 革新的技術を生み出す作業は、ある意味、投機だと思います。100件の技術開発をしないと10件の新しい芽を見つけることはできません。EOIでも、1テーマ当たり平均約500万円の費用が掛かります。それだけ費やしても、約8割は事業化できません。しかし、こうした一見非効率に見えるようなことをしないと、ブレークスルーを見つけることはできないのです。

 ただし、これは一か八かで研究開発を進めるという意味ではありません。基礎研究の段階から、製品開発や事業化にフェーズが進めば、ケタ違いに大きな投資が必要になってきます。研究段階で高い精度で見極めができていれば、投資効率は高まります。つまり、真剣に研究開発の投機をするということです。EI“X”では、新しいコトを行う時には、小さく生んで、大きく育てることを心がけています。最初は大きくお金を掛けないので、文句を言う人は少ないのです。投機的に多くのテーマに取り組み、少し試して、経過がよければ、その後の追加投資にもみんなも賛成してくれます。

――なるほど。傷が浅く済む状況できっちり冒険しておけば、その経験で後々自信を持って事業化に取り組めるわけですね。

辻󠄀村氏 例えば、Industry 4.0に類したセンサーを使った装置のモニタリングの研究は、3年前に始めた時には1000万円も掛けないような小さな取り組みでした。ところが、1年間しっかりと試すと、新しい応用先や新たな利用法がどんどん出てきました。これは、EOLの仕組みで、事業部と研究所を兼任しているので、研究上の成果が事業部に迅速に流れるからです。そして、事業部側が予算化し、投資価値の高い予算数百億円のプロジェクトになりました。研究開発の段階で、最初から20億円使って始めたら違った結果になっていたかもしれません。

――これからも、研究開発の体制に手を入れていくのでしょうか。

辻󠄀村氏 製品競争力を高めるために、EOIやEOLなどを導入してきましたが、今、少し基礎研究に近い方向に重心を移そうと考えています。荏原製作所には、流体技術、腐食技術、材料技術、振動・騒音関連技術の分野に、世界に誇るエンジニア、学者が在籍しています。ただし、こうした人たちは、研究所があった時代の遺産でもあり、やがていなくなってしまいます。そこをもう一度テコ入れしようとしています。まだまだ挑戦が続きます。

(撮影:栗原克己)