イノベーションを阻む“壁”をいかに乗り越えるか。今、多くの経営者やマネージャー、技術者が直面している課題である。この“壁”にいかにして挑むかを、近年の半導体の進化に大きな貢献をした革新的技術である「CMP(Chemical Mechanical Polishing:化学的機械研磨)」の開発に長く携わってきた荏原製作所 執行役専務 辻󠄀村学氏に聞くインタビューの前編では、革新的技術が生まれた経緯を明らかにした。後編の話題は、イノベーションの実現に向けて構築した同社のユニークな研究開発の仕組みである。

 「独自技術を開発する研究所を解散」「専任者なしで基礎研究」「競合に勝ちたいから、共同開発でNDAなんて結ばない」。これらは、時代の要請に応える研究開発体制のあり方を模索し続ける過程で、同社が打ち出してきた大胆な施策の数々である。CMPという画期的な技術の実用化に貢献した同社が実践する「荏原式オープンイノベーション」のコンセプトは、従来の研究開発体制における問題点を考えるうえでの示唆に満ちている。(聞き手=伊藤元昭)

――社会課題を解決するため、ひいては大きく変化する市場の中で自社の競争力を高めていくため、イノベーションの創出が欠かせないと考える企業が増えています。ただし、社会に大きなインパクトを与えるイノベーションの創出は、そんな気軽に目指せるようなものではないような気がします。荏原製作所では、事業競争力を高めることができる研究開発の体制を構築するため、かなり大胆な施策に取り組んでいると聞いています。

辻󠄀村氏 確かに、他社に比べると、かなり大胆で独自性の高い研究開発体制を採っていると思います。ただし、現在の研究開発体制になるまでには紆余曲折があり、私たちなりの信念があって現在のかたちに至っているのです。創業から現在に至る研究開発体制の変化、さらにはその時々に抱えていた研究開発での課題とそれを解決するための施策を順にお話ししたいと思います。

荏原製作所 執行役専務 辻󠄀村学氏
(撮影:栗原克己)

 荏原製作所は、創業から100年以上たつ歴史のある企業です。一貫して高度な技術に基づく製品を続けており、研究開発は企業競争力の源でもあります。ただし、1912年の創業から1954年まで自社の研究所を持っていませんでした。その当時は最新の科学技術を使った製品を作る企業はどこもそうだったと思うのですが、大学の先生のところに出向いて、技術を教えてもらって製品を開発していたのです。まあ、今考えれば、これもオープンイノベーションの一種だったと思います。

 その後、独自技術の重要性に目覚めた世の中の趨勢にならって、1954年に中央研究所を設立しました。ただし、企業の研究所に求められる役割は時代とともに変わっていきました。私たちも、中央研究所を総合研究所と名称を変えたり、独立させたり、研究の体制や制度を変えたりと様々な工夫をしながら自前で独自技術を研究し続けてきました。しかし、だんだん研究と製品の乖(かい)離が顕在化し、さらには研究効率の悪化が目立つようになってきたのです。

 ここで、荏原製作所は多くの日本企業とは異なる大胆な施策を打ちました。2009年3月に研究所を解散してしまったのです。一度、非効率な研究体制はご破産にして、ゼロからの再構築を目指そうとしたわけです。当時の研究所の人材は、すべて事業部に異動しました。

研究所は解散、でも基礎研究の灯は絶やすことができない

――ずいぶん思い切ったことをしましたね。

辻󠄀村氏 本当にそう思います。ただし、荏原製作所は最新技術を駆使した製品が求められる半導体業界でビジネスをしている企業です。基礎研究をしないわけにはいきません。研究所を解散した時に、自社で行う基礎研究の予算は1円もありませんでしたが、たった3人のスタッフで基礎研究を続けることにしました。

――研究開発に携わっている人にとっては、絶望的な状況です。

辻󠄀村氏 厳しい環境に追いつめられると、懸命に打開策を考えるようになるものです。私たちは、「荏原式オープンイノベーション(Ebara Open Innovation:EOI)」と呼ぶ新しい基礎研究の方法を考えだしました(図1)。まさに苦肉の策です。

図1 荏原製作所での研究所解散以降の研究開発の変遷
(図版提供:荏原製作所)

 EOIは、大学など外部スタッフを利用して、自社の製品競争力の改善につながる基礎研究をする、いわゆるオープンイノベーションの一種です。どこが荏原式かと言えば、徹底して製品の競争力改善を目指した点と、年度の研究を廃止して日割りできっちりと研究を管理した点に特徴があります。当初は年間1500万円の予算からスタートし、これを30以上の大学、50以上の研究室に分配して基礎研究をしてもらいました。

――研究所を中心とした研究開発の体制から、基礎研究のすべてを外部に委託する体制への転換は、あまりに大きな変化です。うまくいったのでしょうか。

辻󠄀村氏 実は、基礎研究を大学などに委託するような方法は、それ以前から一部で始めていたのです。このため、外部委託の勘所は分かっていました。荏原製作所では、革新的技術が求められるCMP装置の開発を効果的に推し進めるため、精密・電子事業カンパニーでハーバード・ビジネス・スクールのHenry Chesbrough教授の著書「OPEN INNOVATION」に触発された研究体制を実践し、成果を挙げていました。その手法を全社に展開したものがEOIなのです。

 精密・電子事業カンパニーでは、CMPそのものズバリの研究ではなく、それに近い研究をしているところを選んで基礎研究を委託していました。CMPは産業界で生まれた技術ですから、元々大学で研究している人はいませんでした。このため、私たちの方が詳しく、大学の先生も真剣に耳を傾けてくれました。また、学界の重鎮といった大先生ですと、小さな予算では相手にしてもらえませんが、准教授や助教クラスの先生は喜んで手を貸してくれました。そこで私たちは、これから実績を積んでいきたい若い先生方と一緒に育っていく戦略を採ったのです。

社内に研究活動にタッチできる人材を育成する

――なるほど、巧妙な戦略ですね。

辻󠄀村氏 ただし、EOIだけでは十分ではありません。会社は基礎研究の知見を得ることができ、大学の先生は育ちますが、事業部に散っていった旧研究所の人材が育たないのです。そこで、この問題を解決する「Ebara Open Laboratory(EOL)」と呼ぶ新たな仕組みを考えました。事業部に行った人たちが、日々の仕事をする中で、基礎研究を固める必要があると感じたテーマを持って集まり、大学と一緒に研究開発を進める仮想的な研究所を作ったのです。

 EOLでは研究の予算を、事業部ではなく会社につけます。研究に関わる人は、事業部と研究所の兼任となり、3カ月だけ課題解決のための基礎研究をして事業部へ戻ってもいいし、3日で見切りをつけて帰っても、必要ならばずっと続けてもよいことにしています。当初、研究所の専任は、全体を管理する役割の私とメンターが2人いるだけでした。

 EOLは、既存事業領域の課題をテーマに選んだため、事業部に重宝されています。現在では約100件のテーマを研究しています。大学に拠出する研究資金も約3億円に増えました。

(撮影:栗原克己)

――外部の力を簡単に借りて済ませてしまうと、自社の人材が育たないというのは重要な視点ですね。大学の先生にただ教えを乞うのではなく、研究活動にタッチできる人材が社内にいないと基礎研究の方向性をコントロールできず、丸投げになってしまいます。

辻󠄀村氏 EOLによって、かなり理想に近いような基礎研究の体制ができたようにも思えるのですが、実はこれでも万全とは言えません。基本的に、事業部の課題を起点として研究することになるので、新規事業が生まれないのです。そこで今、「Ebara Innovation for “X”(EI“X”)」と呼ぶ新たな取り組みも始めました。見えない未来、“X”を創り出す制度です。

 EI“X”でも、外部の力をフル活用していきます。例えば、新規事業を行ううえで欠かせない技術や技能を持つ新たなサプライヤー企業を発掘・育成する「Ebara Open for Supplier(EOS)」といった取り組みを始めています。

 その手始めとして、川崎市の中小企業の交流を支援する川崎市産業振興財団の協力の下、新規事業のエコシステムとなるバーチャル工場を造ろうと思っています。同財団は、よくあるサプライヤーを紹介するだけの組織ではありません。「川崎モデル」と呼ばれる、立ち上げたプロジェクトに専門コーディネーターをつけ、求める技術や技能を持つ企業を組織し、親身になって懸命に新規事業立ち上げに取り組んでくれます。プロジェクトに参加する中小企業は、荏原製作所が出す資金によって、リスクを引き受けることで新しい仕事の創出に取り組むことができます。また、中小企業は大企業による独自技術の搾取を警戒しがちですが、間に財団が入っているので安心感があります。

 このほかにも、当社にない技術を持つ会社とのコラボレーションを進める「Not Invented Here(NIH)」、EOIやEOLのメンバーを中心に荏原型の大学を創設して人材育成する「Ebara Hi-tech University(EHU)」といった取り組みをしています。

半分の研究費で社外発表が2.5倍、特許出願が4.5倍に

――ずいぶん、様々な取り組みをしているのですね。しかもことごとく外部の力をフル活用している点が特徴的です。そうした研究開発体制を採ることで、どのような効果が得られているのでしょうか。

辻󠄀村氏 2008年3月に研究所を解散した後、EOIやEOLを実践することによって、研究費と社内の人工(にんく)が半分以下になりました(図2)。そして、研究テーマ数が解散前に比べて150%以上に増え、社内での技術移転と社外発表も250%に増えています。さらに、社外の人工と共同研究テーマは250%を超え、特許出願はなんと450%以上になりました。

図2 荏原式オープンイノベーションの効果
(図版提供:荏原製作所)

――目覚ましい成果ですね。

辻󠄀村氏 EOIは、半導体製造装置のように技術の動きが激しい分野で効果が出ていることは期待通りの成果です。ところが驚いたことに、風水力のような技術が成熟していると思われがちな分野でも大きな成果が出ています。多くの人は、こうした分野の技術は成熟しているので、新たな特許が出なくて当たり前と思い込んでいます。

 実際に、同業他社の出願動向を見ても、海外出願も含めて年間60件、正味では約20件しか出ていません。しかし、EOIやEOLでの風水力分野の研究の様子を見ていると、特許化できる部分はもっとあると感じていました。そこで、競合の5倍特許を出すプロジェクトを行っています。その結果、年間200件の特許を出願することができました。特許の創出をあきらめていた分野で、積極的に特許を考える文化を醸成できたことは何よりの成果だと思います。

企業の研究開発は、事業競争力強化のためであるべき

――研究開発体制の機動力が高まり、新たな発想が外部から入ってくることで、研究開発に携わる人の意識も変わってくるのですね。

辻󠄀村氏 私たちの場合には、研究開発は常に事業競争力の強化のためにあるという点を軸にして考えていることが、成果が得られる要因になっていると思います。一般に、基礎研究と企業の事業との間にはギャップがあり、双方の動きを同期させることは困難と思われがちです。でも、「ビジネス」と「R&D」と「IP(知的財産権)」は三位一体であるべきで、事業のためのR&DとIPでなければ意味がないのです。そこで、これら3要素をまとめた「BRDIP(ブルディップ)」という言葉でまとめて、基礎研究を進めるうえで留意すべきスローガンにしています。

 また、「アカデミー」と「ビジネス」、「業界団体(Association)」も一体化して考えた方が効果も効率も高い研究開発ができます。これを推し進めるため、「ABA(アバ)」という言葉も作りました。多くの企業は、大学や業界団体との関わりを、手弁当で行うお付き合いと考えています。しかし実際には、大学や業界団体からは、会社の競争力を高めるうえで極めて有効な知見が得られます。気を抜いたおつき合いをしていたら大損です。真剣につき合わなければいけません。

――EOI、EOL、EI“X”、BRDIP、ABAと、シンボリックな造語を多く作られているのですね。これには、何か理由があるのですか。

辻󠄀村氏 「BRDIP+ABA」のような新しい言葉を作り出し、既成概念を払拭する方法は、みんなの心を1つにしてイノベーションに至る道を阻む壁を超えるために有効な手法だと考えています。この手法は、CMPを実用化する過程で、IBMから学んだことです。彼らは、汚い工程というイメージがあった研磨という言葉を使わず、CMPという新語で技術を呼びました。これは、汚い工程を半導体工場に入れたくない半導体エンジニアのネガティブ・イメージを払拭する効果があったと思います。

NDA結んでオープンイノベーション?

――今、オープンイノベーションに取り組む動きが、多くの企業で出ています。自社の視点からは見えない気づきを外部人材から得ようという狙いです。この考えはEOIやEOLにも、盛り込まれていると思いますが、従来のオープンイノベーションとの違いは、どこにあるのでしょうか。

辻󠄀村氏 荏原製作所では、より創造性に富んだ研究開発体制を構築するため、一歩進めたオープンイノベーションを推し進めようとしています。EOIもEOLも、よくよく考えてみたら、一見オープンなように見えて、常に自社中心で進めていくわけですから、発想を生み出す視野はどうしても狭くなりがちになります。私たちが身を置く半導体業界では、これから誰もが実現は難しいと考えるÅ(100億分の1m)世代の技術開発に取り組んでいくことになります。従来のオープンイノベーションのかたちでは、これから立ち向かう極めて高い壁を乗り越えることはできないと考えています。

 そこで、もっと大胆で、こだわりを捨てた新しい研究開発のかたち「Enhancedオープンイノベーション」を推し進めようと考えています(図3)。簡単に言えば、荏原製作所とともにオープンイノベーションに取り組む人が、荏原以外の企業や人と同じテーマで研究してもかまわないという考えです。もっと端的に言えば、案件によっては研究の広がりを妨げるNDA(秘密保持契約)を結ぶのをやめてしまうというものです。面白いことにNDAを結ばない方が、大学での研究が連鎖反応的に広がっていき、考えてもみなかった発想が盛り込まれた成果が出てきます。

図3 NDAをあえて結ばず、外部での研究の連鎖反応を誘発
(図版提供:荏原製作所)

――それはまた驚くべき施策ですね。しかし、競合企業にも利する施策なのではないでしょうか。

辻󠄀村氏 もちろん競合企業の目に触れることもあるでしょう。でも、結局は、火付け役だった私たちが真っ先に広がった先での研究成果を知ることになります。サケの稚魚の放流のように、ほとんどは大きくなって戻ってくるのです。オープンイノベーションは、激しい競争の中で進められます。競合より少しだけ早く知った価値ある研究成果を、迅速に事業競争力の強化に生かす機敏さが求められているのです。20年、30年の単位でゆっくりと技術革新が進む風水力の分野では、こうした研究手法は難しいかもしれませんが、半導体のような動きの激しい分野ではデメリットよりもメリットの方が大きいと思います。

革新的技術の創出は、投資ではなく投機である

――ハイリスクであるが、高い壁を超えるにはハイリターンが必要であるということですか。

辻󠄀村氏 革新的技術を生み出す作業は、ある意味、投機だと思います。100件の技術開発をしないと10件の新しい芽を見つけることはできません。EOIでも、1テーマ当たり平均約500万円の費用が掛かります。それだけ費やしても、約8割は事業化できません。しかし、こうした一見非効率に見えるようなことをしないと、ブレークスルーを見つけることはできないのです。

 ただし、これは一か八かで研究開発を進めるという意味ではありません。基礎研究の段階から、製品開発や事業化にフェーズが進めば、ケタ違いに大きな投資が必要になってきます。研究段階で高い精度で見極めができていれば、投資効率は高まります。つまり、真剣に研究開発の投機をするということです。EI“X”では、新しいコトを行う時には、小さく生んで、大きく育てることを心がけています。最初は大きくお金を掛けないので、文句を言う人は少ないのです。投機的に多くのテーマに取り組み、少し試して、経過がよければ、その後の追加投資にもみんなも賛成してくれます。

――なるほど。傷が浅く済む状況できっちり冒険しておけば、その経験で後々自信を持って事業化に取り組めるわけですね。

辻󠄀村氏 例えば、Industry 4.0に類したセンサーを使った装置のモニタリングの研究は、3年前に始めた時には1000万円も掛けないような小さな取り組みでした。ところが、1年間しっかりと試すと、新しい応用先や新たな利用法がどんどん出てきました。これは、EOLの仕組みで、事業部と研究所を兼任しているので、研究上の成果が事業部に迅速に流れるからです。そして、事業部側が予算化し、投資価値の高い予算数百億円のプロジェクトになりました。研究開発の段階で、最初から20億円使って始めたら違った結果になっていたかもしれません。

――これからも、研究開発の体制に手を入れていくのでしょうか。

辻󠄀村氏 製品競争力を高めるために、EOIやEOLなどを導入してきましたが、今、少し基礎研究に近い方向に重心を移そうと考えています。荏原製作所には、流体技術、腐食技術、材料技術、振動・騒音関連技術の分野に、世界に誇るエンジニア、学者が在籍しています。ただし、こうした人たちは、研究所があった時代の遺産でもあり、やがていなくなってしまいます。そこをもう一度テコ入れしようとしています。まだまだ挑戦が続きます。

(撮影:栗原克己)