日本の製造業においてデジタル化によるビジネス変革の機運が高まっている。この動きに先駆けて、1996年からデジタル業務革新プロジェクト「MDI(Mazda Digital Innovation)」を立ち上げ、その具体的な成果を出し、様々な業界で注目を集めているのが自動車メーカーのマツダである。現在、第2弾の「MDI2」を進めている同社は、開発・製造にかかわる取引先、ディーラー(特約販売店)なども巻き込み、製品のライフサイクル全体にデジタル革新の領域を広げる考えだ。この取り組みを主導する同社執行役員 MDI&IT本部長の木谷昭博氏に、目指す将来像や今後の課題などについて聞いた(取材・文:松尾康徳)。

―― 2019年4月に、MDIを推進してきたMDIプロジェクト室と、情報システムを担当するITソリューション本部を統合して、新たに「MDI&IT本部」を発足させました。この組織改編の狙いは。

マツダ 執行役員 MDI&IT本部長 木谷昭博氏  
(撮影:栗原克己)

木谷氏 開発、製造、物流、販売、さらに市場に出たクルマや購入したお客様まで、自動車のライフサイクル全体にわたるデジタル革新を加速するためにMDI&IT本部を新設しました。

 MDI&IT本部は、1996年に立ち上げたMDIプロジェクトが発展する形で生まれたものです。MDIプロジェクトでは、全車種の企画から開発、実験、製造までの一連の工程に、3次元データをベースにしたデジタル・プロセスを導入しました。主な目的は、開発期間の短縮と開発コストの削減です。この取り組みが社内に浸透し、一定の成果が得られるようになったため、プロジェクトは2008年3月に終了しましたが、活動そのものは研究開発部門が中心となって、その後も続けていました。

 いったん終了したMDIプロジェクトですが、2016年に再び立ち上げました。これが現在進行中の「MDI2」です。再度プロジェクトという形でMDIを推進することにしたのは、デジタル革新の領域を広げるために活動を強化する必要があったからです。キッカケはICT(情報通信技術)を軸に進む産業革新、いわゆる「第4次産業革命(インダストリー4.0)」のコンセプトが登場し、産業界でデジタル革新の機運が高まってきたことでした。「CASE(Connected、Autonomous、Shared、Electric)」という言葉が、自動車業界の新しいトレンド・ワードとして浮上してきたのも、この頃です。当然、こうした業界の動きも意識しています。

 これら新しいコンセプトに共通する重要なキーワードが「コネクテッド(Connected)」。つまり「つなげる」です。最初に始めたMDIは、主に開発と製造をつなぐプロジェクトでしたが、業界全体の将来動向を踏まえて、つなげる領域をライフサイクル全体に広げることにしました。その仕組みをベースに、新しい付加価値を創出し、一段と事業の強化を図る考えです。これがMDI2の大きな目標です。

「MDI2」のコンセプト
(図提供:マツダ)

 MDI2も、当初は従来と同じプロジェクトという位置付けでしたが、ライフサイクル全体のデジタル化という課題は、従来に比べて格段にハードルが高くなります。このため、これまで以上に腰を据えて取り組まなければなりません。そこで1つの部門として会社の組織に組み込むことにしました。また、MDI2の目標はIT抜きでは実現できないので、MDI2のプロジェクト・メンバーとIT部門のメンバーが密接に連携して取り組まなければなりません。それならばIT部門と一体化した方が有利です。こうした考えに基づいて生まれたのがMDI&IT本部です。

「いいとこどり」の新しい“文化”

―― 同じ会社の中でも、開発や製造などの現場に直接かかわる部門とIT部門の間では、技術者の考え方が違うという話を、よく耳にします。

木谷氏 そうですね。確かに、これまでMDIを推進してきたメンバーと、IT部門のメンバーの間で“文化”の違いを感じます。例えば、品質管理に対する考え方です。ITの業界では、バージョンアップを繰り返しながら品質を高めるという考え方が主流です。マツダ社内のIT担当者も、そのような“文化”に慣れている人が多いです。一方、ものづくりの世界では、市場に出る前に不具合を徹底的に潰すという考えが根付いています。これまでMDIを進めてきた開発部門や製造部門でも同様です。実際に本部内の会議で、こうした“文化”の違いを感じさせる議論が始まることもあります。

(撮影:栗原克己)

 新たに発足したMDI&IT本部は、それぞれの“文化”の良いところを生かしながら、一体となってデジタル化に取り組む考えです。例えば、クルマがネットワークにつながる時代に向けて、ITシステムの開発プロセスに、クルマの開発現場の考え方を取り入れる必要があります。つまり、開発の過程に明確なチェックポイントを置き、品質を責任者が確認しない限り次のステップに進めないといった考え方です。長年IT分野で仕事をしてきた人に、それではなかなか仕事が進まないと言われてしまうかもしれませんが、これは譲れない条件になるでしょう。

 一方、ソフトウエアの柔軟性を生かして、問題点を適時速やかに解決するIT担当者の考え方や仕事のスタイルは生かしたいと思っています。実際にマツダのIT部門の技術者は、ITシステムの保守運用にかかる自分たちの負担を減らすために、様々な自動化システムを独自に開発するなど、日常的に業務プロセスを最適化する工夫をしています。このスタイルは、自動車のライフサイクルの中で提供する様々な新サービスを開発するときに役立つでしょう。

(撮影:栗原克己)

2024年までに基盤を構築

―― MDI2の当面の目標を教えてください。

木谷氏 MDI2では、工場、サプライヤー、物流から車両まで自動車のライフサイクル全体にわたる領域から収集した情報を活用して、ビジネスやものづくりを進化させる考えです。このために、ライフサイクルを構成する一連のプロセスが、1つの情報システムにつながった「コネクテッド」の環境を構築する必要があります。その計画は、既にマツダの中期経営方針に盛り込まれており、2024年までに「コネクテッド」を実現する方針です。

「コネクテッド」のイメージ
(図提供:マツダ)

 本社、世界各国に展開している拠点、ディーラー、車両のそれぞれから情報を収集するプラットフォームを構築して、経営、製造、販売に関する情報、さらに車両に搭載したECU(Electronic Control Unit)やセンサー、GPS(全地球測位システム)から得られた情報など、あらゆる情報を総合的に活用できる環境を実現するつもりです。

 こうした仕組みがビジネスにもたらす大きな利点の1つは、社内で迅速に情報が共有できることですが、それだけではなく、この情報基盤をベースにお客様に役立つ様々な新サービスが提供できると考えています。例えば、ディーラーの営業担当者がお客様にクルマの安全性をアピールするときに、開発部門が保存している試験データにアクセスできれば、より詳しく丁寧に安全性を説明することができるでしょう。実際に、そのようなサービスが提供できないかという声がディーラーから挙がっています。このように情報を共有できる仕組みを、社内の様々な部門や社外の取引先にも提供できるようにすれば、新しい付加価値につながる新サービスが生まれる可能性はぐっと高まるはずです。

―― MDI2を進めるうえでの課題は。

木谷氏 大きな課題の1つは、クルマの進化とともに規模が膨れあがるソフトウエアの開発環境を強化することです。ソフトウエアの品質を保証できるように、ものづくりの世界では定着しつつあるPLM(Product Life cycle Management)の概念をソフトウエアの開発に導入する取り組みを進めています。これは、情報システムとクルマが連携する仕組みを実現するうえで不可避の課題です。

 もう1つ、「コネクテッド」を実現するうえで欠かせない取り組みが情報システムにおけるセキュリティの確保です。今後はソフトウエアで新しい機能を提供する機会が増えます。市場に出たクルマ(商品)に実装したソフトウエアをアップデートする仕組みも必要になるでしょう。そうなると社内だけでなくディーラーやサプライヤー、さらに車載機器にまで及ぶ広範囲にわたるセキュリティ対策の整備が必須です。

 セキュリティ対策については、国際的な標準化の動向を的確に把握し、私たちが実現を目指す「コネクテッド」の環境に反映する考えです。今、クルマのサイバーセキュリティ対策の規格や標準について国際的な場で議論されています。2020年代初頭には、その内容が固まり、これを契機に具体的な法律や認証制度などが登場すると見ています。ディーラーをはじめ取引先の皆さんにも協力していただき、国際動向に迅速かつ確実に対応することでセキュアな「コネクテッド」の環境を実現するつもりです。

(撮影:栗原克己)

社外との相互の協力をチカラに

―― ディーラーやサプライヤーのIT環境は様々です。中には、IT化が進んでいない企業もあるかもしれません。これらをつないでいくのは容易ではなさそうです。

木谷氏 「コネクテッド」を実現するために、関係する企業の皆さんを支援することも必要になるでしょう。そのための取り組みは、最初のMDIを展開したときに経験しています。

 MDIを進めるに当たって、マツダは3次元CADシステムを本格的に導入しました。このときサプライヤーの皆さんとシームレスに情報をやりとりできるように、同じCADシステムを導入してほしいと思いました。しかし、大きな投資を伴う3次元CADシステムを、すべてのサプライヤーがすぐに導入できるわけではありません。

 そこで、企業間でやりとりするデータのファイル形式を、日本自動車工業会で規定した「IGES(Initial Graphics Exchange Specification)」に統一することにしたうえで、様々なファイル形式のデータをIGESに変換するツールを、サプライヤーの皆さんに提供しました。同時に、当社に合わせて新しい3次元CADシステムを導入したサプライヤーの皆さんについては、CADを扱う技術者の教育のお手伝いもしました。

 MDI2を進める過程で、このときと同じようにサプライヤーやディーラーの皆さんとの間で様々な課題が浮上すると思います。こうした課題には、状況に応じて、その都度適切な解決の道を探る考えです。

最新技術を社外と共有

―― サプライヤーの皆さんの中には、情報システムに投資する余裕がなかったり、対応できる技術者がいないという中小規模の企業も少なくないのではないでしょうか。

木谷氏 そのような企業の皆さんを幅広く支援する場として位置付けているのが、広島県を中心に展開している産学連携による地域産業振興活動です。

 例えば、MDIでは、コンピューター・シミュレーションを活用したモデルベース開発の手法を開発部門に全面的に導入しました。これに合わせて最新鋭のモデルベース開発手法を中小製造業の皆さんに体験しながら学んでいただける場を、大学と連携して設けています。

 その1つが、広島大学と共同で進めている東広島市の「ひろしまデジタルイノベーションセンター」での活動です。もともと広島大学から、マツダが所有するスーパーコンピューターを広島大学の研究のために使いたいとの要請があったのがキッカケで始まりました。解析リソースの提供だけでなく、ここでモデルベース開発にかかわる人材の教育活動も展開しています。

 広島県の自動車産業育成を目指す産学官連携組織「ひろしま自動車産学官連携推進会議」(ひろ自連)では、モデルベース開発のほかエンジンやエネルギーなどの専門部会を設置し、地域の企業の皆さんが最新技術を共有する場を設けています。この活動にマツダが関わっています。この組織の理念は「オープン」なので、マツダ以外のサプライヤーも参加可能です。このほかにも、広島県内の企業の事業を幅広く支援している「公益財団法人ひろしま産業振興機構」が中小製造業向けに開いているIoT活用法の講座に、マツダから技術者を講師として派遣しています。

 こうした活動を今後も続けながら、着実にMDI2の取り組みを進める考えです。その成果を期待していてください。

(撮影:栗原克己)