メディアに華々しく登場する機会は少ないが、社会で重要な役割を担っている分野がものづくりの世界には多い。パワーエレクトロニクスもその一つだ。人々の生活や社会活動に欠かせない電力の形(電圧、電流、周波数)を変える技術であるパワーエレクトロニクスは、紛れもなく未来社会の生命線である。だが、それを扱う産業には、IT業界や自動車業界ほどの派手さはない。

こうした分野で数々の画期的な成果を残してきたベテラン技術者の1人が、東芝三菱電機産業システム(TMEIC) パワーエレクトロニクスシステム事業部 技監の川上紀子氏である。同氏は、2018年1月、世界的な電気工学・電子工学の学会であるIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)から会員資格としては最高グレードのFellowの称号が贈られた。日本人女性としては、産学を通じて4人目。重電業界では初の女性Fellowである。同氏は、何に惹かれてパワーエレクトロニクスの技術開発に取り組み、数々の成果を挙げてきたのか。その動機や未来への思いなどについて聞いた。

――もともとエンジニアは、女性の比率が低い職種ですが、なかでもパワーエレクトロニクスの開発に携わっている方はとても少ないのではないでしょうか。どのようなキッカケで、この分野に関わるようになったのでしょうか。

川上氏 パワーエレクトロニクスの分野は、本当に女性エンジニアが少ないですね。実は、私も特別な思いがあってこの分野を選んだわけではないのです。ただ、少し天邪鬼なところがあって、学生時代から女性が少ない分野を自ら選んできました。高校時代は理系コースを選択しています。そして、大学時代には物理を専攻し、有機半導体の物性をテーマにした研究に携わりました。この時に、もう少し身近で、人々の生活に貢献していることが実感できることに関わりたいと思ったのが重電業界に飛び込むキッカケになりました。

東芝三菱電機産業システム パワーエレクトロニクスシステム事業部 技監 IEEE Fellow 川上紀子氏
(撮影:栗原克己)

 実は大学の研究では、少し物足りないものを感じていました。高校で習う物理は、日常目にする現象を扱うことが多く楽しかったのですが、大学の研究では非日常的現象を扱うことがほとんどでした。それで、成果が実感できる仕事に惹かれたのだと思います。重電業界との直接の出合いをつくってくれたのは、私が就職活動を始めようかという時に大学に勧誘に来られた1学年上の女性の先輩でした。東芝で電力関係の部門で働いておられたのですが、この時に話を聞いたのが重電業界との出会いですね。当時の私は、東芝と言えば家電メーカーだと思っていましたから、その時初めて、電力設備のようなインフラをつくるという仕事も手がけていることを知りました。同時に、そんな社会に直接役立つ大きな仕事に私も関わりたいという気持ちが沸いてきたのです。

――電力分野に関する知識が、ほとんどないままで飛び込んだのですね。

川上氏 入社後、配属に当たってパワーエレクトロニクス部門を希望したわけではありません。ただし、ハードウエアの開発に関わりたいということだけは伝えていました。私が入社した頃は、電気・電子の分野でソフトウエアが活用され始めた時期でした。女性エンジニアはソフトウエア関係の部署に配属されるケースが多かったように感じていたのですが、私はもっと分かりやすい部分で技術や製品に触れていたいと思っていました。こうして配属されたところが、パワーエレクトロニクス部門でした。だから、強い意志を持ってこの世界に飛び込んだというより、気がついたらここにいたという感じですね。

ヘルメット、作業服、耐電靴・・・、現場は想像を超えていた

――開発現場に飛び込んで、どのように感じましたか。

川上氏 配属されたのは事業部で、設計・開発と同じ部署で製品も製造していました。配属されるとまず、現場に連れていかれるわけですが、そこには今まで見たこともなかったような大きな装置が置いてあり、当時はいろいろな配線が雑然とはい回っていました。現場は整然としたところではないとは想像していましたが、もうびっくり仰天という感じだったのです。

 そこに女性の先輩がいたのですが、ヘルメット被って、作業服着て、ごつい耐電靴を履いて、エリアの奥からこちらを見てにっこり笑った時は、ちょっと衝撃でした。本当にこんなところで働けるのだろうかと感じました。現場は雑然としていても、技術開発はオフィスでするものだと思っていましたから。

六ヶ所村二又風力発電所および、同発電所に設置された大規模電力貯蔵用NAS電池とパワーコンディショナー
(画像提供:東芝三菱電機産業システム)

――仕事にはすぐに慣れたのでしょうか。

川上氏 パワーエレクトロニクスについて何も知らないまま会社に入りましたから、先輩から渡された本を読みながら少しずつ勉強しました。最初の1年目は、分からないことが多すぎて、やっていけるのか本当に不安でした。自分が、何が分かっていないかも分からず、質問さえできない状態だったのです。

 今振り返ると、この頃に電源装置で起きる現象を探るシミュレーションをやらせてもらったのが、とても勉強になったように思います。どのパラメーターを変えれば、どのようなことが起きるのか。自分で調べながら試行錯誤することで、技術の背景を理解できました。今は卓上のパソコンでシミュレーションができますが、当時はスーパーコンピューターを使っていたので、かなりの費用がかかりましたが、ありがたいことにそれを気にせずに使うことができました。このときに自分で考えながら技術の理解を深める機会を与えていただいたことが、代えがたい経験になりました。

 また、知識を身につけるだけでなく、自分で設計し、試作し、試験して性能を確かめるところまで一貫して任せていただけたのも、技術者としてのスキルを早く身につけるうえでよかったと思います。これは事業部門ならではの経験ですね。当然、思い通りにいかないケースも多かったのですが、動かない原因を考えながら動く装置に仕上げていくプロセスはとても楽しく感じました。苦労した末にきっちりと動いた瞬間の喜びを一度体験すると、やめられなくなりますね。これは、製品を作る事業部門の特権ではないでしょうか。お客様の元に収めた装置が実際に動いているのを見ると、自分の仕事が社会に役立っていることを実感できます。これは、大きな励みになりました。

(撮影:栗原克己)