魅力的な課題が次から次に現れる

――学会との関わりは、いつ頃からですか。

川上氏 開発した製品や技術については、積極的に学会発表しなさいと上長に言われていました。入社2年目の終わりには、電気学会の全国大会でシミュレーション結果を発表しています。その時に取り組んでいた開発テーマは、日本原子力研究開発機構に収める核融合炉や加速器などに向けた電源装置の制御技術でした。まさに最先端の用途に向けた装置です。ありがたいことにお客様が、成果を学会で発表することをすすめてくださいました。

(撮影:栗原克己)

――これまで多くの開発テーマを手がけてきたと思いますが、テーマはどのようにして決めてきたのですか。

川上氏 私は主に電力システムに適用するパワーエレクトロニクスを担当してきましたが、この分野ではお客様から課題をいただくことが多いです。ただし、課題を決めて開発が先に進めば進むほど扱う技術の領域が広がっていく傾向があります。そのような状況になると新しい技術を学び、そこから生まれた新しい仕組みを装置に反映するわけです。こうして、自分の知識の幅を広げながら、より高度な装置を開発するのは、技術者にとって魅力的なことではないでしょうか。実際、私は夢中で取り組みました。

――パワーエレクトロニクスを巡る技術の動きは、分野外の人には技術者であってもなかなか分からないと思います。魅力的な開発案件をもたらす、新しい技術や応用がパワーエレクトロニクスの分野では次々と登場しているのですか。

川上氏 はい。目立たないかもしれませんが、この30年~40年間、この分野の技術は活発に動いています。この背景には半導体の技術が進化していることがあります。

 パワーエレクトロニクスでは、パワーデバイスと呼ばれる大電力を扱える半導体デバイスをスイッチとして使い、その開閉を精密に制御することで、電力を目的に応じたかたちに変えています。私がこの分野に入った頃、サイリスタやGTO(Gate Turn-Off thyristor)と呼ばれているデバイスが主流でした。ところが、例えばサイリスタでは電源の1周期ごとに1回だけしかスイッチングできないため、制御の精度を追求するうえで、どうしても限界がありました。その後、1990年代に1周期内で何回でもスイッチングできるIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)が登場。これによって、電力波形の位相や振幅などを自由に制御できるようになりました。このおかげでパワーエレクトロニクスの応用範囲が格段に広がったのです。

 また、こうしたパワーデバイスの開閉を制御するデバイスも大きく進歩しました。かつてはオペアンプなどの個別半導体部品を使って制御回路を構成していましたが、やがてマイコンが登場し、より合理的な回路で、細かい制御ができるようになりました。その後、マイクロプロセッサーの機能や性能が急速に向上しました。このおかげで、かなり高速で精緻な制御ができるようになっています。この過程で、パワーエレクトロニクスの制御回路に実装するソフトウエアの技術も進化しました。最近では、FPGA(Field Programmable Gate Array)と呼ばれている半導体デバイスを使うことで、さらに高速で高度なレベルの制御が可能になっています。

――半導体デバイスが進化したことで、それを活用して高度なパワーエレクトロニクスを開発するエンジニアは、より多くの知識やノウハウが求められるようになるわけですね。

川上氏 その通りです。半導体デバイスの潜在能力を最大限まで引き出して、より効果的な制御法を実現することが、とても重要なのです。デバイスの進化に合わせて、その使いこなしと回路設計理論、制御理論も進化しています。この分野の技術をリードする大学の先生は、今のパワーエレクトロニクスを取り巻く環境を理解しており、様々な方向から研究をされています。私たちは、そうした先生方の成果や知見を取り入れて、さらに高度な製品を追求しなければなりません。

パワーエレクトロニクスの進化が新たな焦点に

――川上さんは、2018年にIEEE Fellowとなりました。どのような業績が認められたのでしょうか。

川上氏 IEEEが、Fellowの称号を授与する際、2つの貢献が評価の条件です。私の場合は、1つは電力系統網の運用に用いる大容量の直流・交流変換装置と安定運用に向けた無効電力補償装置。もう1つは太陽光発電や風力発電を有効利用するための蓄電システム用変換装置と燃料電池用変換装置でした。そのほかに、世界初の仕組みを使ったマイクログリッド(小規模電力網)を実現したことも認めていただいたようです。

2018年9月にアメリカ・ポートランドで開催された電力関連の学会「IEEE ENERGY CONVERSION CONGRESS & EXPOSITION(IEEE ECCE) USA 2018」の中で開かれたIEEE Power Electronics Society Award CeremonyでIEEE から会員資格としては最高グレードのFellowの称号が川上氏に贈られた。
(画像提供:東芝三菱電機産業システム)

――Fellowとなって、お仕事の内容は変わりましたか。

川上氏 IEEE Fellowには特別な責務はありません。ただ、様々な場での講演のお話をいただくようになりました。社内の仕事にとどまらず、広い意味でパワーエレクトロニクスの発展に貢献すべき立場なのだろうと思っています。会社も、それを支援してくれています。

――エネルギーの有効活用や地球温暖化対策の観点から、パワーエレクトロニクスに対する応用側からの期待が多方面で高まっています。

川上氏 確かに、今までほとんど興味を持たなかった業界の方が、パワーエレクトロニクスに関心を持ち始めていることを感じています。実際、電力関連以外の企業の方から、声がかかるケースが増えてきました。私は電気学会で部門長を担当しており、様々な業界の方と交流する機会があります。その折に、「パワーエレクトロニクスに興味があるので技術交流会をやりましょう」といった申し出を受けることが増えました。また、私が異業種をまたぐ交流を促進する業際団体に呼ばれて講演した際に、もっと詳しく聞きたいとお声がけいただくこともあります。

異分野連携が発展を加速

――パワーエレクトロニクスを取り巻く環境はどのような方向に向かっているのでしょうか。

川上氏 これから、パワーエレクトロニクスの分野に、さらに面白い時代がやってくると考えています。技術面では、より高いスイッチング周波数で、電力の利用領域を広げていく必要があるでしょう。直流電源システムの活用も一つのキーワードになるかと思います。さらに、SiC(シリコン・カーバイド)など新材料を使ったパワーデバイスが実用化の段階を迎えています。その高い潜在能力を引き出すことで、パワーエレクトロニクスの性能を飛躍的に高めることができるはずです。

 応用面では、電気の力で動かすモノがどんどん増えています。クルマの電動化は確実に進んでいきますし、電気で飛ぶ飛行機も登場しています。また、家庭の中に電池や燃料電池を置いて小さなグリッド(電力網)をつくったり、地域の中でグリッドをつくったりする動きもあります。特に電力供給網が脆弱な国で、マイクログリッドのニーズがあるはずです。そうした新たな用途に合った、新しいパワーエレクトロニクス機器の登場に期待が集まっています。

 さらに、ネット社会を支えるデータセンターを安定運用するためには、一瞬でも電力供給が途絶えることがないようにする無停電電源装置(UPS)が欠かせません。パワーエレクトロニクスにかかわる技術者が担う役割は、これからますます大きくなると感じています。

――業界を超えた取り組みが活発化しそうです。

川上氏 パワーエレクトロニクスの技術を発展させていくうえでも、異分野連携が重要です。例えば、情報通信の技術を使って複数のパワーエレクトロニクス装置を結び、大規模なシステム群として機能させる時代が近づいています。分散配置されたパワーコンディショナー、太陽光や風力の発電設備、蓄電池などを結び付けて、全体を大きな発電所として機能させるバーチャル・パワープラントと呼ぶ概念も実証が始まっています。また、ITを利用した故障診断や活用状況の分析による運用の最適化なども進むでしょう。ITとパワーエレクトロニクス技術を融合させて新たな価値を生みだす。そんな時代は遠くないと思います。

――そうなると、ITに詳しい人材も、パワーエレクトロニクス業界に集まってほしいところですね。

川上氏 本当にそう思います。私たちの業界は、自分が生み出した技術や製品が、世の中に役立っていることが実感できる業界です。サイバーな空間だけにとどまりたくないと思うエンジニアにとっては、本当に働きがいがある世界ではないかと思います。これは、ITに強い人材だけに限ったことではないと思うのですが、自分が開発したものが、実際にお客様の元で動く姿を見られることが、この仕事の醍醐味です。

(撮影:栗原克己)