2018年10月、「Industry4.0」の実践で世界をリードするシーメンスの日本法人でデジタル・トランスフォーメーション(DX)の威力を日本企業に伝え続けてきた島田太郎氏が、東芝に電撃移籍。そして、同グループ全体のデジタル・トランスフォーメーション事業の戦略を指揮する立場に就いた。時代の潮目に、典型的な日本企業に飛び込んだ同氏に、何を思い、何を果たそうとしているのか聞いた。

――「インダストリー4.0」というコンセプトが世に出てから数年が経過しました。その過程で見えてきたDXという新潮流は、一過性ではない確かな動きになりました。現在の状況をどのように見ていますか。

島田氏 DXは、サイバー空間だけでなくフィジカルな領域も巻き込む動きです。DXが進むことによって、ビジネスの世界が大きく変わるでしょう。今、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)や中国のBAT(Baidu、Alibaba、Tencent)と呼ばれるプラットフォーマーたちが世界の注目を集めていますが、これらの企業はサイバー空間のビジネスで大きな収益を得ています。DXが進展するとサイバーとフィジカルが融合した領域に新たな収益源が生まれるでしょう。実際、サイバーな領域だけでは拡大が困難と見たGAFAも、いち早く現実世界でのビジネス開発に注力しはじめました。これからGAFAの時代が徐々に終焉に向かう可能性もあります。

東芝 コーポレートデジタル事業責任者(Chief Strategy Officer) 島田太郎氏
(撮影:栗原克己)

 この動きは、日本企業に大きなチャンスをもたらします。日本企業には、現実世界、つまりフィジカルな領域で多くの実績があり、様々なビジネスのノウハウを蓄積しているからです。ただし、まだ多くの企業が、サイバーとフィジカルが融合した領域に眠るデータの価値を十分理解していないように見えます。これから日本企業が、現実世界の動きをデジタル化して、価値化することができれば、日本企業がGAFAを凌駕する存在になることも夢ではないと思っています。

――これまで島田さんは、日本企業にDXの威力を伝える伝道師のような役割を果たしてきました。東芝では、どのようなお仕事をされるのでしょうか。

島田氏 東芝は、2018年4月、DXに取り組むチームを設置しました。ただし、DXという言葉が意味することは広範であり、取り組みの焦点が今ひとつ明確ではありませんでした。これまで私は、東芝の外部から、さらには外資系企業の視点でDXを見てきました。このため、日本企業でなければできないことと、日本企業が改善すべきところが明確に分かります。そこを生かして、日本企業ひいては東芝が取り組むべきDXとは何か。東芝の中で、この点を最初に定義しようとしています。

日本型ビジネスを打破

――そもそも、DXとは、どのような取り組みですか。

島田氏 DXとは、単純に言えば、GAFAやBATのような収益性の高いプラットフォーマーになるということです。日本企業の多くは、プラットフォームとは、“モノ”である製品とそれを活用して提供する“コト”であるサービスをつなぐ、バリューチェーンを支える仕組みであると考えがちです。しかし、これは誤りです。単に“モノ”と“コト”をつなぐだけでは、価値創造の手段と筋道が明確に示されていません。また、起点が“モノ”、つまり日本企業が得意なハードウエアであるため、顧客に提供する価値がハードに偏りがちです。しかも、出来上がるバリューチェーンは、互助会的企業連合になる傾向があり、新たな価値を生み出し、厳しい目で利益を上げる体制を作る緊張感が醸成されにくくなります。

 これに対し、海外のプラットフォーマーは、ネット上のサイバー空間でソフトウエアを使ってオープンな環境を提供して企業間を結び付けながら、顧客と直接取引できる環境を提供しています。もちろんハードを提供することもあるでしょうが、顧客に提供する価値は、ハード2割、ソフト8割といったソフト重視になっています。ソフトは原価が低いため、得られる収益は巨大です。

パートナー企業が参入しやすい基盤

――東芝では、どのようなDXの取り組みをしていくのでしょうか。

島田氏 東芝は、2018年11月に公表した今後5年間の会社変革の計画「東芝Nextプラン」の中で、「CPS(Cyber Physical System)企業」を目指すと宣言しています。CPSとは、現実世界で起きる様々な現象や出来事をIoTなどによってデジタルデータ化し、仮想世界の中で人工知能(AI)のようなITを駆使して分析・活用していくシステムです。CPSに類する取り組みは各所で行われていますが、まだ日本には本当の意味での“CPS企業”は存在していないと思っています。やはり、ハードに偏ったビジネスしかできていないのが現状ではないでしょうか。顧客に提供する価値のうち、ハードによるものが5割、ソフトによるものが5割になって、初めてCPS企業と言えるのだと思います。東芝は、こうした本当の意味でのCPS企業を目指します。

――東芝が本当の意味でのCPS企業になるためには、何に取り組むべきだと思われますか。

島田氏 東芝1社で独りよがりな、自社製品でしか活用できないプラットフォームを開発したとしても、成功しないでしょう。あらゆる立場のパートナー企業が納得できる、プラットフォーム上で機能する機器やサービスを作り上げるための明確な指針を示す必要があります。さらに、顧客に提供する価値を最大化するためには、東芝の競合企業の製品やサービスも受け入れるオープンな仕組みを提案する必要もあるでしょう。

 2018年11月に、こうしたプラットフォーム構築の指針となるリファレンス・アーキテクチャー「Toshiba IoT Reference Architecture(TIRA)」を発表しました。この中身をさらに深めると共に、東芝の製品をTIRAに合わせていく必要があります。

 TIRAでは、ここにつながる製品やサービスで扱うすべてのデータを東芝のデータベースで管理しようとしているわけではありません。他社が提供するプラットフォームと連携して運用できる、クロスプラットフォームを目指したいと考えています。また、TIRAのエコシステムの形成を促すパートナーシステムも用意する必要があります。この部分は、海外のプラットフォーマーに比べて東芝が得意ではない部分なのですが、避けて通ることはできません。

Toshiba IoT Reference Architecture(TIRA)のコンセプト
(画像提供:東芝)

まずバリューチェーンをデジタル化

――TIRA上でDXを実践する準備は、整っているのでしょうか。

島田氏 DXはビジネスモデルの変革には欠かせない要素ですが、それだけでCPS企業となれるわけではありません。これは私の造語なのですが、バリューチェーンをデジタル化する「デジタル・エボリューション(DE)」の取り組みも必須になります。なぜならば、DXを推し進めるためには、まずDEを済ませておくことが前提となるからです。私が在籍していたシーメンスでは、過去10年間DEに当たる取り組みを地道に続けてきたことで、初めてDXに取り組むことができる素地が固まりました。

――どのようなデータを扱うためにDEが必要になるのでしょうか。

島田氏 プラットフォーム上では人のデータとモノのデータの両方を扱います。サイバー空間での人とモノの動きに関するデータは、既存のITの仕組みで収集できるようになりました。このことは、既にGoogleやAmazonなどが人のデータを活用したビジネスモデルで成功していることからも明らかです。

 その一方で、現実世界での人とモノの動きに関するデータを収集する仕組みは十分整備されていません。IoT関連ビジネスが、未だ爆発的な広がりにならない要因は、まさにこの点にあると思います。ただし、DEの整備は徐々に進み、現実世界のデータを活用したビジネスモデルで成功する企業が現れてくることでしょう。東芝は着実にDEを推し進め、この領域での準備と経験を蓄積していく必要があると考えています。

(撮影:栗原克己)

東芝は現実世界のデータ収集で有利

――日本には世界に通用するプラットフォーマーはいません。東芝は現実世界のデータを基にしたプラットフォーマーになれるのでしょうか。

島田氏 なれると思います。理由は簡単で、プラットフォーム・ビジネスを生み出す素地となる有力な顧客基盤を日本市場で持っているからです。ビジネスとして成立する数の顧客を得るには、Google、Facebook、Amazonでさえ、長い年月を要しました。

 日本でプラットフォーマーになれないのなら、海外でもなれません。日本の顧客をベースに、日本にしか適用できない部分を削ぎ落し、残った仕組みを標準化すれば、世界中どこでも通用するのではないでしょうか。今までの日本企業は逆のことをしていました。日本で成功した仕組みの上に、海外固有の機能をどんどん上乗せしていって、一貫性のない収拾不能なビジネスにしてしまっていたのだと思います。

(撮影:栗原克己)

――現実世界のデータの収集や活用において、生かせる東芝の強みは。

島田氏 市場で高いシェアを誇る東芝テックのPOS(Point of Sales)システムを通じて扱う消費者の購買データが最たる例だと考えています。POSシステムのビジネスは、日々使い続けてくれるデイリー・アクティブ・ユーザーが多い、極めて良質なビジネスだと思います。この領域のデイリー・アクティブ・ユーザーを活用する仕組みを作れば、プラットフォームとして広く浸透させることができるでしょう。

 PayPayやLINE Payなど、決済の仕組みを通じて消費者の購買データを集め始める動きが活発化しています。ただし、こうした新しい決済の仕組みを使ったとしても、購買データはすべてPOSシステムで扱うことになります。POSシステムを押さえている東芝は、価値のあるデータを手中にできる可能性を秘めた有利な立ち位置にいるといえます。

 POS以外にも、電力などインフラ系や街の施設、ビルの管理、さらにはヘルスケアの領域でも良質な顧客を保有していると思っています。これらの領域からは得難いデータが出てくることは確かですから、どのような方法でマネタイズできるかが重要になってきます。

――なるほど、POSシステムは現実世界の人の購買行動やそれに伴うモノの動きをつぶさに把握できます。ただし、これまでも東芝は、そうしたデータを得られる立場にいたのだと思います。収集したデータを価値あるビジネスの創出に活用するためには、何を変えなければならないのでしょうか。

島田氏 東芝の中には、様々な製品やサービスを提供している事業部門があります。ところがサービスを商品とするDXを推し進めるためには、他社製の製品で得たデータも活用できるようにした方が、顧客にとってのメリットが高まることでしょう。しかし、自社製品を販売してきた事業部門からすれば、「なぜ好き好んで、自社製品と競合する安価な製品に利するようなことをするのか」といった意見が出てきます。ある意味当然の意見ですが、ここに折り合いをつけないと、DXによって会社全体の利益を最大化することはできません。顧客にとってのメリットの提供が、結局は東芝の利益につながると考えるべきでしょう。

(撮影:栗原克己)

全体の利益を追求

――会社全体の利益を最大化させるために、どのようなビジネスモデルが必要ですか。

島田氏 個々の機器やサービスを提供するビジネスとプラットフォームから生まれる価値を提供するビジネス、それぞれの顧客をズラすことが重要になります。料金を取らずに顧客を集める事業領域と収益を上げる事業領域を分離することを前提にプラットフォーム化し、全体のビジネスモデルを描きます。これは、地図情報やAndroidなどを無料で配って人のデータを集め、それを解析・活用したサービスの提供で莫大な利益を得るGoogleのビジネスモデルです。

 東芝には、多くのビルで人を運ぶエレベーターのビジネスを行っています。ここでは、エレベーターそのものの販売やそれを管理するサービス提供などと、そこから得られるデータを活用するプラットフォーム・ビジネスの顧客を分離して定義し、ビジネスモデルを描いてもよいのではと考えています。もちろん、他社製エレベーターをプラットフォームに組み込めるようにした方がよいでしょう。

 ただしその一方で、やみくもにプラットフォーム化を目的化してはいけないとも考えています。会社全体の利益向上につながらないのならば、プラットフォーム化を無理に進める必要はありません。例えば、現状のプリンターのビジネスは、本体とインクカートリッジをクローズな仕様で対応させるビジネスモデルを取っています。これを無理にオープン化しても、ニーズが高まることもなく、プリンタービジネスの利益を向上させることもできないのではないでしょうか。

現場を見つめなおすことこそが原点

――しかし、機器や設備、管理サービスなどを提供している既存ビジネスと折り合いをつけることは簡単ではないと思います。何か策はあるのでしょうか。

島田氏 会社全体の利益の最大化を追求するビジネスモデルを取るためには、縦割り組織の壁を取り払う必要があります。そして、顧客が製品やサービスを使う現場では、本当は何が必要とされ、何にお金を払ってもらえるのか。各部署の人たちが、実感できている必要があります。東芝では、こうした顧客視点に触れ、現場を知る取り組みが既に始まっており、成果が出てきています。

 そのための取り組みの1つが「みんなのデザイン」です。設計者とデザイナーがそれぞれ個別にベストを尽くしても、最終的に出来上がる製品の価値が高まるとは限りません。スペック上の機能や性能がいかに優れていても、それを現場で使う人が違和感を覚えたり、愛着を感じなかったりする製品ではすべて台無しです。「みんなのデザイン」は、設計者とデザイナーが一緒に現場に出向いて、そこで必要とされる製品のデザインを一緒に考えるというものです。既に、こうしてデザインされた水素ステーションや、見た目もかっこよく現場に取り付けて使いやすい水道メーターの読み取り装置などが「グッドデザイン賞」を受賞しています。現場を見て、設計者もデザイナーもそこで求められていることを基に論理的にあるべき姿を追い求めるからこそ、よい製品になるのだと思います。

――利害がぶつかる者同士が、共に顧客が製品やサービスを活用する現場に触れるというのはよい案ですね。部門ごとに立場や価値観の違いがあっても、顧客には逆らいようがありません。

島田氏 私は、こうした取り組みを拡大して、「みんなのDX」という活動を推進していきたいと考えています。社内のあらゆる部署の人たち全員がDXを考えるようになれば、自らの部署の利益を上げることに汲々とすることもなくなると思います。社内で、各事業にワークショップを設けて、事業のトップ以下社員全員がDXやDEについて考え、多角的な見地からアイデアを出して、イノベーションを量産できるようにしていきたいのです。東芝の人たちの潜在能力は極めて高く、既に多くのアイデアが出てきています。その中で優先順位などを精査して、半年後にはDXに関する何らかの具体的な取り組みにメドを付けたいと考えています。

――会社内の組織やガバナンスの改編も視野に入れているのでしょうか。

島田氏 はい。ただし、組織を先に変えてしまう方法には反対です。すべきことと目的を明確にすることをまず優先させたいと考えています。ここが定まらない限り、新しい組織を作っても意味がありません。何より、社員全体にプラットフォーマーを目指す意識付けを徹底して、そのうえで最適な組織を考える必要があると思います。

(撮影:栗原克己)