対等な関係を築くことからイノベーションが生まれる

――生活の中で絶えず工夫していく中での障害者の独自の感覚や、健常者とのやり取りを通じてイノベーションが生まれてくるわけですね。彼ら独特の視点で健常者にないものを補っていく、というイメージでしょうか。

伊藤 それもありますが、障害を持った人と関わると、「障害を持った人から何かヒントがもらえる」という手前で、「(健常者である)自分のできなさ」がすごいヒントになるんです。当たり前のことがガラガラっと崩れる感じが常にありますね。そこがすごく大事だと思います。

(写真:鈴木愛子)
(写真:鈴木愛子)
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 「ソーシャル・ビュー」という美術鑑賞の方法があります。複数の見える人と見えない人が、対話しながら一緒に同じ作品を鑑賞するという方法なのですが、そのときに一番大事なことって「見える人が何も言えない」ということなんです。絵画を見て、「これを説明してください」と言われても、見えるからといってうまく言葉で説明できるというわけではないんですね。ですから、ソーシャル・ビューでは、最初はみんなすごく口ごもるんです。最初しばらく、シーンみたいな感じ(笑)。

 ソーシャル・ビューでは、健常者が「こんなに見えているのに説明できないんだ」ということを知ったり、同じ絵を見ているのに言葉にするとみんな違う説明をしはじめたりする経験を通じて、「何かを見る」ということの価値が大きく下がっていきます。つまり、健常者が「できる」と思っていることや、「当たり前だ」と思っていることが崩される。そのことがすごく重要なんですよね。健常者って、別に答えを知っている人じゃなかったんだということが明らかになっていくわけです。

――普段の生活においても、障害者と健常者が交わっていけばいくほど、いろんなインパクトが出てくると思います。どんなふうにお互いが関わっていくと、より良い社会になっていくとお考えですか。

伊藤 まずは対等な関係を築くことからだと思います。

 米国カリフォルニア州バークレーは、世界で最も障害者が暮らしやすいと言われている街なんですが、バークレーに行くと、例えば車いすの人が4~5人集まって、道路の真ん中とかで世間話をしていたりするんです。そして、その人たちはパンクみたいな格好をしていたりとか、タバコを吸っていたりとか、自然な感じなんですよね。

 日本の障害者の人たちは、どうしても「人から好かれなきゃいけない」みたいなプレッシャーがすごくあるように思えるんです。健常者のほうにも、「障害者なんだから、もうちょっと礼儀正しくしろ」みたいな、そういう感覚があると思います。多分、それがある限りはイノベーションが起こったり、対等な関係になったりはしないんじゃないでしょうか。助けてあげる・助けてもらうという関係から、まずはその外側に出ることがすごく大事なんじゃないかと思います。

 健常者といっても、自分一人でできていることなんて何もないんです。夕ご飯を食べることを考えてみても、調理は自分でやったとしても素材までつくるわけじゃないですよね。着ている洋服だってつくってもらっているわけです。そういう意味では、みんなが助けてもらって生きているわけですよね。

 これも健常者が当たり前だと思っているところを崩すということなんですけど、そういうことを考えるところから、いい意味で障害者と健常者との横並びの関係ができたときに、お互いにとって創造的な発見が生まれてくるような気がします。

――そのあたりのことは、伊藤さんが所長を務める未来の人類研究センター(*2)の研究テーマである「利他」ということにもつながってきそうですね。

伊藤 そうですね。ただ、利他の実践はすごく難しい、それゆえに研究しがいがあると思っています。さきほどもお話しましたが、障害を持っている人に配慮しよう、この人のために何かをしようと何かをすると、逆にその人のためにならないということもあるわけです。その人に障害者を演じさせてしまうことになったりとか、本人が調整しようとしているときに手を出してしまったりとか…。そういうことがとてもよくあります。本当の意味での利他って何なんだろう? ということを考えたいなとは思っています。たまたまセンターの中で、自分と全然研究領域が違う人たちと一緒で研究できるようになったので、その問題を集中的に考えているところです。


注)
*2 未来の人類研究センター
リベラルアーツ研究を推進するため、東京工業大学科学技術創成研究院(IIR)の中に、2020年2月に設置された組織。最初の5年間、「利他」をテーマにかかげて活動する。2021年3月13日・14日には利他学会議を開催。メンバーは、センター長を務める伊藤亜紗准教授、中島岳志教授(政治学)、若松英輔教授(人間文化論)、磯﨑憲一郎教授(文学)、國分功一郎特定准教授(哲学)。